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焦げた臭いと煙と焼け付くような熱さに顔を歪ませながら、布で顔を覆う。煙で視界は遮られ真っ直ぐ歩く事すら難しい。


僕は、何をしているんだー。


気付いたらユスティーナを追って炎の中へ飛び込んでいた。身体が勝手に動いた。まさか自分が、こんな風に自制が効かない日が来るなんて思いもしなかった。

自分は王太子なんだ、絶対に死ぬ訳にはいかない。それなのに、自ら危険を冒すなんて莫迦過ぎる。


『ヴォルフラム、お前が王太子として先ずしなければならない事は生きる事だ』


この言葉を、嫌と言う程叩き込まれた。王太子に生まれ、周りは常に敵だらけだった。命を狙われたのも一度や二度ではない。毎日が死と隣り合わせだ。


『常に疑え。人を信じるな』


誰も信じない。信じてはいけない。それが親だろうが兄弟だろうが友人知人、誰であろうが関係ない……全て敵だ。何時裏切られるかなど分からない。信じられるのは、自分だけだ……。だが彼女だけは違う。そう思った。そう思えた。いや、思いたかっただけかも知れない。


「ゴホッ……」


煙を少し吸い込んでしまいヴォルフラムは咳をする。

物心ついた時から様々な訓練を受けて来た。その中には、毒に耐性をつける為に毎日少量の毒を摂取するというものがあり、数日にわたり高熱や痛みに苦しみ、時には痛みに耐え切れずベッドから転げ落ち床で一晩中悶え苦しむ事もあった。それに比べたらこれくらいならどうって事はない。ただ流石のヴォルフラムも、身体が燃えてしまったら成す術はない。


「ユスティーナッ……」


煙と炎、建物が崩れており自分が何処へ向かっているのか分からなくなる。そもそも彼女は何処へ向かったのか……ヴォルフラムには想像が付かない。本当ならこのまま彷徨い続ける事に意味はない。炎は益々燃え広がり建物はもう間もなく限界に達するだろう。このままなら確実に自分は死ぬ。



『ヴォルフラム、良く覚えて置け。自分以外は全て、国を動かす為の駒だ』


分かってる。自分以外の人間は駒だ。使える駒か、使えない駒の二つしか存在しない。それは平民だろうが貴族だろうが関係ない。ユスティーナだってヴォルフラムの駒の一つに過ぎない……。そんな駒の為に自らの命を掛けるなんて愚かだ……。彼女の代わりなんて幾らでも……。

今直ぐに引き返して、此処から脱出して、そうなればヴォルフラムは危険を顧みず、炎の中婚約者を助けに行った勇敢な勇士となる。それと同時に婚約者を助けられず失った悲劇の勇士にもなり、ヴォルフラムの周囲からの評価は上がり……。


「っ……ユスティーナッー‼︎」


そこまで頭の中で筋書きを書き、やめた。何時もの自分なら直ぐに踵を返している。なのに足は勝手に前へ前へと進む。口が勝手に彼女を呼んでいる。もはや、自分が自分で分からない。


「っ⁉︎」


ヴォルフラムが彷徨い続けていると、近くで大きな音が響いた。同時に悲鳴の様な声がする。ヴォルフラムは声の方へとひたすら駆けた。


「うわあぁぁぁー‼︎」


子供の泣き喚く声が一際大きく聞こえた瞬間、視界に横たわるユスティーナとその側に蹲るリックが映った。


「ユスティーナッ‼︎」


「お兄ちゃん⁉︎ユスティーナお姉ちゃんがっ、お姉ちゃんが僕を庇ってくれてっ、うっ……」


ユスティーナは瓦礫の下敷きになり、微動だにしない。出血が酷い。このままでは……。


「っ……」


彼女が死んでしまうー。


人の死など別段、珍しいものではない。人が死ぬ様など見慣れている。……初めて人を斬ったのは何時だっただろう。十歳くらいだった気がする。相手は罪人で、父に斬り捨てる様に言われた。横たわる死体を見ても何の感情も湧く事もなかった。


「ユスティーナッ‼︎ユスティーナッ‼︎っ……ユティッ‼︎」


必死にヴォルフラムは瓦礫を退けようとするが、思いの外重量があり上手くいかない。早くしなくてはと焦り、柄にもなく動かす手が震えた。


「お兄ちゃんっ、僕も手伝うっ」


泣いていたリックは、涙を拭うとヴォルフラムと共に瓦礫を退かし始めた。


「ユスティーナッ……」


大した時間ではなかっただろうが、ヴォルフラムには酷く長く感じた。何とか瓦礫を退かす事が出来た。直様自分の外套を脱ぎそれで彼女を包み、ゆっくりと抱き抱える。


「リック、一人で歩けるかな」


「うん、大丈夫」


「そうか、なら僕の服を掴んで、離さない様にね」


ユスティーナを抱き抱えリックを連れたヴォルフラムは、暫くして炎の中から生還した。


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― 新着の感想 ―
[一言] …体が動いたんなら仕方ねぇ… でも!王太子として! …謹慎モンですよ〜?
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