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「レナード」
呆然としながら中庭で座っていると、ジュディットが話し掛けて来た。
「ジュディット……」
「貴方、ユスティーナ様と婚約解消になったんでしょう?ふふ、おめでとう、レナード。これでやっと貴方は私だけのモノよ」
彼女は至極嬉しそうに笑みを浮かべ、隣に座るとレナードに身体を擦り寄せて来る。何時もなら彼女からこんな風にされたならば、胸の高鳴りを感じていた。だが今は何の感情も湧かない。
「……でも君は、兄上の婚約者だろう」
「勿論そうよ。私はヴォルフラムだけのモノよ。でもってヴォルフラムと貴方は私だけのモノ。ね、素敵でしょう?」
彼女は甘える様な声を出し、うっとりと夢心地で話している。
自分は兄の言う通り莫迦だ。ジュディットの言っている言葉の意味がまるで理解出来ない。ただ一つ分かるのは、モヤモヤして気分が悪い事だけだ。
「レナード?どうかしたの」
急に立ち上がったレナードに、ジュディットは不思議そうに見上げて来る。腕を掴まれるが、振り払った。すると彼女は心底驚いた顔をした。
「すまない……失礼する」
「え、あ、ちょっと!」
ジュディットが後ろで何か喚いているが、振り返る気にもなれずレナードは足早にその場を後にした。
「此処か……」
以前ユスティーナが話していた教会だ。隣には孤児院が併設されている。
気が付けば足が此処へ向いていた。今更勝手だと分かっているが、無性に彼女に会いたい。会った所で何を話せば良いのかは分からない。ただ婚約解消について直接どう思っているのかを聞きたい、兎に角彼女と話したくて仕方がなかった。
レナードは周囲を見渡す。遠くに子供達が遊んでいる姿が見えた。だが彼女の姿は見当たらない。もしかしたら建物の中かも知れない。そう思い足を一歩踏み出したが、それ以上動かなかった。何故なら……。
「兄、上……?」
何故ここにヴォルフラムがいるのだろう。少し離れた木陰に座っているのが見えた。そしてヴォルフラムの隣には、ユスティーナの姿があった。レナードは驚き呆気に取られ、立ち尽くす。
「っ⁉︎」
暫く二人を眺めていたが、不意にヴォルフラムがユスティーナを抱き締めた。
これは、一体何なんだー。
頭が真っ白になって、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。心臓が早鐘の様に脈を打っている。
何故兄上がユスティーナと一緒にいる?何故兄上がユスティーナを抱き締めている?分からない。一体何時から二人は……ー。
あれから何時どうやって帰って来たのか記憶にない。気付いた時には自室のベッドの上で外套すら脱がずに倒れる様にして横になっていた。
「どうして、だ……ユスティーナ……彼女は私の婚約者、だったのに……一体、何時からだ、何時から兄上と、彼女はっ……」
悶える様にしながらレナードはベッドに何度も拳を叩きつける。何度目かでシーツを力の限り握り締め、我慢出来ずにそれを裂いた。
「はぁっ……はぁはっ……っ」
動悸が激しく、頭がクラクラする。
『お前から解放された彼女は寧ろ幸せだろう』
『彼女とお前の関係は終わった。それ以上でもそれ以下でもない。それを今直ぐ理解しろ』
あれは、自分が彼女を手に入れたいから言っていたのか……?兄はジュディットにはまるで興味がなかった。それは別に好きな女がいたからか……?そしてそれはユスティーナだった……?十分にあり得る……。
そもそもだ、父上にユスティーナの件を告げ口した奴は誰なんだ……?まさか、兄上なのかー。
そうなると、自分とユスティーナの婚約を解消させたのは、ヴォルフラムという事になる……。
レナードは、ギリっと音が鳴る程、奥歯を噛み締めた。




