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世界  作者: 霧野秋彩
3/3

GW

今まで生きてきた中でこんなに退屈なゴールデンウィークがあっただろうか。課題もない、授業もない、バイトもない、友達と遊ぶ予定を組むこともできない、彼は仕事だ。いつものようにSNSを見ると、皆バイトに行ったり、ウイルスを気にせず遊んでいる様子である。Twitterもまぁまぁ酷いが、Instagramが特にひどい。ストーリーを見るとなんだかんだ皆遊んでいる。ネモフィラ畑やテーマパークの様子が目に入る。いいなぁ…と心から思う。そういえば茨城の公園にネモフィラを見に行く約束をしたっけ、と思う。予定は全て消えてしまった。

「つまんないの」

と呟きその日はYouTubeを見て眠くなったら寝てを繰り返して終わった。


翌日、さすがに堕落しすぎだと思った。優太さんに、

「ダラダラしすぎて飽きた、なにかやることないかな」

とLINEしてみた。しばらくして、

『なんだろな~、料理作ってみるとか?普段自分で作らないでしょ?』

と返ってきた。


「えーなにそれ。例えば?」

『お菓子でもいいし、ご飯でもいいし。最近ちゃんとしたご飯食べてる?』

「レトルトばっかりで食べてないね」

『だと思った!なんか作ってみなよ!材料とかある?』

「基本的なものはあるかな、母さんがネットスーパーで食材とかは買ってるはずだから」

『じゃあやってみなよ!』

「何作ればいいの?」

『ご飯系から始めれば?炊き込みご飯とか!作ってみたいのないの?』


私は作りもしないのにレシピアプリをインストールしており、色々な料理のレシピを保存している。炊き込みご飯のレシピもいくつか保存してある。作ったことはないけど。


「そだねぇ、作ってみる」

『頑張って!じゃあ仕事戻る!』


ちょうど昼には遅いが夜には早いくらいの時間帯だ。豚キムチ炊き込みご飯というレシピをアプリで開く。家にある食材で作れそうなので1番美味しそうなのがこれだった。私は本当に料理経験がない。ついでに刃物が苦手なので包丁を握るのが本当に怖い。

「切るのムッズ…」

と言いながらレシピ動画を細かく見つつゆっくり1回1回確認しながら食材を切る。全ての食材を切り終えた頃には、

「世の料理する人こんなしんどいことしてるの?」

とヘトヘトになっていた。切るだけで1時間経っていた。次に、指定された調味料と切った材料を洗ったお米を入れた釜に入れる。味見ができないのが怖いところだ。そして炊飯ボタンを押す。初めて自分がやりたいように食べたいものを1から作ることが出来た。その達成感で夢に落ちてしまった。

ピピ、ピピ、と甲高い音がなりはっと目が覚める。どうやら炊けたらしい。ワクワクしながら炊飯器の蓋を開ける。むわっとキムチの香りを帯びた湯気が顔に当たる。香り的には成功してそうだ。私はレシピ通り、刻んでおいたネギをパラパラと散らして蓋を閉じ、余熱で軽く熱を通す。5分後、蓋を開けると再び湯気が顔に当たる。その湯気はネギの旨味も混ざった、元気が出そうな香りを帯びていた。香りにうっとりしながらしゃもじでよく混ぜる。茶碗に盛り付け、さらにネギをトッピング。

「我ながらおいしそうにできたかも」

と写真を撮り、優太さんに、

「久しぶりにしっかりごはん!」

とコメントをつけて写真を送った。時間的に仕事中なのでおそらく返事はまだ来ないだろう。さて、実食。

「おいし!」

と声をあげてしまう。とてもインスタ映えなどしないような見栄えだが、私にとって初めての私が作った料理としては十分だ。ピリ辛のキムチと豚肉のスタミナ感、ネギのさっぱりした旨味が口内に満ちゴールデンウィークで疲れ果てた気持ちと消えてしまった行動力が回復するのを感じる。噛み締めていると、彼から連絡がある。


『美味しそう!上手くできたね!』

「美味しいよ~」

『俺も食べたいなあ』

「家から出られるようになったら作ってあげるよ、その間に得意料理にしておくね」


家から出られるのはいつになるのかと思いながら、1人での豊かな食事を楽しんだ。

私はすっかり料理が楽しいと思うようになって、ゴールデンウィークの間毎日1品ずつ新しいレシピに挑戦してその日の食事としていた。グラタン、ピラフ、作ったことのないレシピの炊き込みご飯…主食以外にもそういえば自分で作ったことがなかった卵焼きや味噌汁などを作るようになった。その度に彼に写真とコメント付きで報告していた。

「趣味を料理にできるかも」

と感じながら料理を作り、明日は何を作ろうか考える日々が続いた。


ゴールデンウィーク最終日の夜、久しぶりに両親が帰ってきた。

「ご飯作ったの?」

「うん、今日はわかめごはんと肉じゃがと味噌汁。食べる?」

「ああ」

私は両親の器に食事を盛り付けようとする。

「自分でやるからいい。お前は夕飯を食べたのか」

「え、うん。もう食べたよ」

「そうか、じゃあ父さんたちが食べている間に風呂掃除をしてこい」

「えっ」

「またしばらく帰って来れない可能性がある。早くしろ」

と部屋を追い出された。まあ食べたら感想を言ってくれるかもしれないと思って風呂掃除をする。だが、カチャカチャと食器がぶつかる音が聞こえるだけで声が聞こえてこない。黙って食べているにも程があるな、と思った。早々に風呂掃除を終わらせリビングに戻り、

「ごはんどう?」

と聞くと、

「今食べてるだろう!食べてる人に声をかける時はマスクをしろ!」

と怒鳴られた。

「えっ、味…味は…?」

「マスクをしろと言っているんだ!」

と言って机を殴った。私は酷く驚いて、急いでマスクをして、

「あ、味はどう?いい感じに作れたと思ったんだけど」

と改めて聞くも、返事はなかった。黙々と食べている。母に、

「こんなに色々作るなら最初から言いなさい。全く、お金がかかる娘だこと」

と嫌味ったらしく注意されただけだった。

私はすっかり嫌になってしまって、部屋に戻った。ポチポチとLINE通話で優太さんに報告をする。


「親が帰ってきた、私が作ったご飯食べた」

『おお!何か言ってた?』

「最初から言えって言われた。金のかかる娘だって」

『えぇ…それは酷くない?いくら現場が切迫してるからって娘にイライラをぶつけるのはダメでしょ』

「まぁ元々ドライな人達だから。今まで学祭とかはもちろん卒業式や入学式にも来てくれたことないんだから」


でも昔はもう少し笑ってくれた気がする。間違いなく両親は病気に乗っ取られている。

「私の友達とかには患者いないのにな」

と呟く。


『俺の周りにもいないなぁ、てかいたらヤバすぎる会社潰れる』

「よね」


私にとって、両親が戦っている相手が存在しているようには思えなかった。都市伝説だと思っているし、両親は都市伝説に狂った狂人のように見えた。

「もう、料理する気なくなっちゃったな」

と呟いた。

『ご両親のはいらないんじゃない?』

と言われた。そういう問題じゃないなぁと思いながら「そうだね」と言った。どうせ明日からまた授業が始まってまともにご飯なんて作れなくなる。ちょうどよかったのかもしれないと納得させた。

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