大学2年生前期 ①
4月
PDFの学生要覧と時間割を見ながら決めた授業を受け始めた。皆はどの授業を取ったのだろう。SNSで繋がっていない友人も沢山いる。ネットで繋がってなくてもいつでも会えると思っていたような子と突然会えなくなったことに悲しみを感じた。どれでもいいから同じ授業を取れてるといいな、などと思いながら初回の授業を受ける。初回はほぼガイダンスだから授業を聞いている気にならず、ずっとスマホをいじっていた。zoomの授業は顔出しがないのがほとんどだった。授業の録画を見る授業もあった。レジュメだけ送られてくるような授業もあった。なんだこれ。本当に大学の授業なのか?つまらない。
「変な感じ~、てか腰痛い」
『授業このままやるわけ?ほんとに?信じられん』
「わかる、生き残ろうな共に」
『zoomとオンデマンドはわかるけどレジュメとかパワポが送られてくるだけなのはさすがに手抜きすぎない?どゆこと?』
どの授業でもこんな会話をTwitterでする。出席確認の課題を毎回出さなきゃいけないらしい。地味にめんどくさいなと思いながらこなしていく。通信教育みたい。
課題をやっている途中に優太さんから電話がかかってきた。優太さんからの電話が来るのは夜7時以降だ。もうそんな時間なのかと思い慌ててボタンを押した。
『おつかれ~』
「おつ~、もう仕事終わったの?」
『もう7時だよ?杏奈は勉強中だった?』
「うん、課題が終わらなくて」
『えっ大丈夫?電話切ろうか?』
「大丈夫だよ、提出ボタン押すだけだから」
と言ってボタンをクリックした。今日の課題は全て終わった。
『お疲れ様!差し入れ必要だったら持ってくから』
「ありがとう、でもまだ大丈夫だよ」
『どうだったよオンライン授業は』
そう聞かれて今日の授業の状況やTwitterでの友人との会話を伝えた。
『マジかよそれほんとに大学の授業?』
「そ、まじウケる」
「まぁ、朝ギリギリまで寝れるのはいいかもね」
と笑った。
『明日の予定は?』
「今日がこんな感じだったんだから同じだろうね。ただ、1限からあるから今日よりは早起きだけど」
『何時?』
「8時に起きりゃ充分」
『それは早起きとは言わん』
と彼は笑った。私も笑った。私は朝が本当に苦手だ。目を覚ますことは出来るが、体を動かせるようになるまで1時間近くかかるのだ。顔出しもしない、着替える必要も無い、ヘアメイクをする必要もない、なんなら通学するために電車に乗る必要がないんだからギリギリまで寝ていられるのは本当に嬉しいことだった。
「外に出られないのは辛いけどこれは嬉しいね」
『ほんとにね』
と談笑しながら一緒にオンラインゲームをしたりして寝落ちした。
次の日も次の日も科目が違うだけで同じような日々だった。もちろん授業の形式はそれぞれ違ったが、授業らしさは少なかった。戸惑いを隠せない中、1週間が終わってしまった。
『えっこれでガイダンス終わったの?』
『マジ授業感無さすぎるやん、まぁ多少オンライン授業らしいのはあったけど』
「前期これでずっと続くのか~」
やはり皆困惑しているようだ。もちろん楽なところはある。直前まで寝てられるし自分の好きな時間に受けることが出来る授業もある。それでも「なんだかなぁ」ともやもやするのだった。
『まじ今週1週間お疲れ~!』
「おつかれ~」
今日は1日最初の1週間が終わったお祝いで優太さんとオンライン通話をする。優太さんに持ってきてもらった大量の飲み物とお菓子や自分で作ったジャンクなご飯を食べながら1日中おしゃべりする。
「ほんとごめんね、しばらく会えなくなっちゃって」
と謝った。もう少し私が早く生まれて既に家から出てたらと考えて苦しくなる。
『気にしないでよ、ご両親両方ともお医者さんだもんね、忙しいよね』
「そうみたいだねぇ…今日も帰ってこないみたいよ」
『それなら内緒でドライブ行ったりくらいならできるんじゃね?感染リスクも俺以外からはないじゃん』
「いつ帰ってくるかわからないし貴方の会社も不安みたいよ?貴方の会社でもクラスターが起こるかもしれないし、無症状の人がいるかもしれないしって。貴方も無症状なだけで罹ってるかもよ?」
『それは否めないな~、俺も取引先と会ったりするしな』
「取引先まで行ってるの?そんなの知られたら尚更会わせてくれないよ」
『行かなきゃなんだよ、これ以上増えたら自粛になるかな。』
「今どんな感じなんだかよくわからないけどさ」
『最近ニュースとか新聞とか見てないの?杏奈よく見てたじゃん』
その通りだ。我が家は新聞も取っているしニュース番組をよく見る。私自身もネットで記事を見たりしていたから時事問題には詳しい方だった。でも最近はテレビがあるリビングにあまり行かないから見る機会が減ったし、新聞やネット記事はなんとなく避けている。
「……見たくないんだよね、現実突きつけられたくないし。親からの連絡だけでどのくらい大変なのかだいたいわかるし」
『当事者に近いもんなぁ』
正直なところ、まだ私はこのパンデミックは茶番だと思っている。壮大な嘘だと思っている。古臭くて頭の固い考え方をする親がおかしいんだと思い込みたいんだろう。
「ねぇ、親が私にここまでするのって過保護かな?」
『完全外出禁止は少し過保護かなぁ。でも実際流行ってるし、杏奈のご両親がほとんど家にいないのが何よりの証拠だろうなぁ』
「…だよね」
私はそう言ってノンアルコールのビールを流し込んだ。
『よく飲むね~苦くない?』
「20歳になるまでに味に慣れておきたいからさ。さ、早くゲームしよ」
私はケロッとしたように振る舞って、流行りのFPSゲームを起動した。
『マシンガン?』
「もち」
そこからは時間を忘れてゲームをし続けた。日付か変わるまでやった。そんな私を注意する人はどこにもいなかった。
2週目はまだマシだった。演習系科目の発表日程が提示されてスケジュールを組まなくちゃなと思いながらまだわくわく感を感じながら授業を受け、課題をこなした。皆はアルバイトがあったりして忙しいようで、
『まじで課題多すぎ!終わらない!』
と嘆いているのを見た。私は課題が出たらその日中に提出するを徹底していたからどうにかなったが、課題に時間がかかっているのは事実だった。
「今日の課題終わり~、時間かかるしめんどくさい」
とツイートして布団に入って眠りに落ちる日々だった。
オンラインになってから、通学時間がないことをいいことに眠くなったら昼寝をしていた。私の昼寝は本当に長い。2時間は絶対に寝る。だから8時とか9時とかまで寝てしまう。そんな生活をしているからか次第に今まで以上に寝付きも寝起きも悪くなり、1限が始まる30分前に起きるのもしんどくなってきた。
「まじ最近眠いんだけど、春だから?」
と優太さんとの夜の電話のときに言ってみた。
『昼寝してりゃそうなるって』
と笑われた。
「でも眠くなっちゃうんだもん、ずっとパソコンに向かってるのも辛いし」
『そりゃな~、でもまだ1限ある時期なんだから早く寝なよ』
と言った後に彼は欠伸をしてそのまま電話先で寝てしまった。ミュートボタンを押して、
「くそ他人事じゃん、まぁ他人なんだけど」
と眠れない欠伸をしてとりあえず電気を消した。
3週目はしんどさが強くなりつつあった。リアルタイムの授業はもちろん、オンデマンドの授業も時間通りに受けていたが集中が続かず更に時間がかかるようになった。
「なんかもうオンラインしんどい」
『わかる~~、まぁ今週終わればゴールデンウィークだから休めるよね』
『早い五月病説濃厚』
タイムラインの皆もしんどさを嘆いている。あぁ、もうゴールデンウィークになるのかと思いながらzoomの横にTwitterを表示させてタイムラインを眺める。私はハッとしたように、
「てかゴールデンウィーク明けすぐに発表あるの忘れてた、近藤くんしんどい」
とツイートした。
『近藤先生取ってるの?仲間!』
とリプが来た。
「取ってる~!仲間いてよかった!」
と返信をした。発表で扱う作品は既に読んだが、それだけだった。
「ネットで先行研究と引用できる場所探して、レジュメの構成を組みたてて…てか論点あんま定まってないな…」
と脳内でやらなきゃいけないことのリストを展開させる。わからなくなりそうでTwitterの下書き機能に箇条書きで保存した。そのタイミングで授業が終わった。
「授業、ほぼ聞いてなかったな」
と思って途方に暮れた。この授業の課題は今までで1番時間がかかった。
金曜日には更にしんどくなって、その日の課題はその日のうちにというマイルールが崩れかけてきた。PCに向かってると頭が痛くなってしまう感じがして中々授業を受ける気にならない。どうにか身体を起こしてPCに向かうも、集中力が続かず課題にかかる時間が更に伸び、昼寝したいと思って布団に入る時間は夕方の7時頃になってしまっている。
「もうこれ昼寝じゃないじゃん」
と眠い目をこすってソシャゲを起動した。ちょうどイベント中だったため無心で周回して優太さんから電話が来るかお腹が空くまで寝ないように頑張った。
先にお腹がすいた。夜8時を過ぎていた。優太さんは残業だろうか、LINEに既読がつかない。ご飯を食べようとリビングに行くとマスクをつけた母がいた。
「帰ってきてたの」
「お父さんは今日も帰らないけどね。あまりに長時間労働だから今日は帰ってきた」
「へぇ、ご飯食べたの?」
「病院で食べてきた。杏奈はテキトーに食べなよ」
と母は席を立った。
「なんで家でもマスクしてるの?」
と何となく聞くと、
「医師の家で家庭内感染が起こるわけにはいかないでしょ、自覚しなさい」
と冷たく言った。
「そんな言い方しなくたっていいじゃん、私家から出なくなって1ヶ月経つよ?」
「ニュースを見なさい、相変わらず常識ないんだから」
と自室に戻っていった。
レトルトカレーを食べて部屋に戻ると、ちょうど優太さんから電話がかかってきた。
「おつ、残業?」
『そー、お腹すいたわ』
と笑う。時間は10時近かった。
「流石に何か食べないとお腹すいて眠れないでしょ」
『まぁでも疲れたから寝ちゃおっかな、てか杏奈も眠そうじゃん』
「あ、バレた?今日課題に時間かかっちゃって昼寝できなくてさ。毎日眠いわ~」
『頑張ってるね!今日は早く寝れそうだね』
「寝れる~。てかもう寝るの?」
『そうだな。眠過ぎて風呂入るのもしんどいわ。明日の朝シャワー浴びよっと、休みだし』
「あぁ、明日休みか」
『曜日感覚ないの?』
「ないよ、毎日気付いたら夜になってる」
『家にずっといるとそうなるよな~まぁ杏奈はゴールデンウィーク休みだから明日から1週間休みみたいなもんだよな!その期間に体力回復させりゃいいよ!』
と彼は笑った。
「でもゴールデンウィーク明けすぐに発表があるんだよね、それやらないと」
『まぁ無理しないでやればいいでしょ』
と言われた。無理しないって難しいんだけどなぁと思ったけれど反論する元気もなく、2人同じくらいのタイミングで寝落ちした。
土日は先週のようにビデオ通話で優太さんとおしゃべりしたりゲームをしたりした。
『今日は天気も良くて暖かいよな~、昼寝する?』
「天気いいんだ」
『えっ天気いいでしょ?』
「わかんない、窓開けてないから」
『えっ開けて!?換気大事だよ!』
「めんどくさいから後でね。換気扇つけてるから換気はできてるし」
どうやら今日は天気がいいらしい。もう5月になるのだから当たり前だが。彼との会話で私はこの1ヶ月間1度も窓を開けていないことに気付いた。電気はつけてるし部屋の気温は扇風機で調整すればいい。
『で、昼寝する?』
「あぁ、そうだね。起きたら連絡するわ」
『おっけー、おやすみ。また後で』
「おやすみ~」
と電話を切った。窓を開けようかと窓を見たが、なんとなく開ける気にはならなかった。私は意味がなくなってしまっているカーテンを閉めて布団に入り眠りについた。
5時過ぎに目が覚めた。充分な時間寝たはずだが疲れが取れた気がしない。
「久しぶりに湯船に浸かろうかな」
とお風呂を沸かしにリビングに行った。両親はいなかった。机には病気の感染者数に関する新聞の一面が置いてある。嫌悪感がすごい。スルーしてお風呂を沸かした。
割とすぐにお風呂が沸けた。あえて優太さんには連絡せず、湯船に浸かった。リラックス効果のある入浴剤を入れた。長風呂前提で入ったのでスマホでYouTubeを開く。グッズを集めたりオフ会に行ったことがあるくらい好きなYouTuberがいるけれど、彼らが外ロケをしてるのを見るとなんとなく悲しくなって最近は見ていない。代わりにゲーム実況動画を最近は見ている。ホラーゲームやレースゲームなど現実離れしたものを選んでいた。
1時間くらい入っていただろうか。体の芯から温まって身体の疲れも軽くなったように感じた。「お風呂に入ってた~」と優太さんにLINEした。するとすぐ電話がかかってきた。
『長いなぁと思ったらお風呂入ってたんだね』
「うん、だいぶ疲れが取れた気がする」
と髪を乾かしながら話していると、父が帰ってきた。
「あ、父さんが帰ってきた」
しばらくして父に呼び出された。
「呼ばれたから席外すね」
と通話を繋いだままリビングに向かった。マスクをした父がいた。
「帰ったんだ」
「あぁ、風呂入ったのか」
「風呂のお湯抜いて洗え」
「なんで?入浴剤が嫌?疲れ取れるよ」
「バカ娘が、感染したいのか。いいから早くしろ。あと使い捨ての手袋と消毒アルコール買ってきたからこれを必ず使うように」
と言ってリビングでテレビを付けて新聞を読み始めた。父のこの体勢はもう話をする気がないという意味だ。諦めてお湯を全部抜きお風呂掃除をした。お風呂が綺麗になるにつれて自分の身体に疲れが戻ってきたように感じた。
「洗ったよ、沸けたら勝手に入って」
と父に言うも返事は返ってこなかった。
「ごめん遅れて、お風呂掃除してた」
と優太さんに言った。
『お義父さんが言ったの?人遣いが荒いね相変わらず』
「昔からだよ、なんか気疲れしちゃった。ゲームしよ」
とFPSゲームを起動して2人で銃を乱射しまくった。ゲームをして騒いでいる私に、父から『うるさい』とLINEが来たが無視して夜通し遊んだ。どうせ明日からゴールデンウィークなんだから。