閑話 高梨家と三上くん
明日から旦那の仕事初めの為、お正月休みは今日までで、これから車で自宅に戻る。
娘のイクミは今回は一緒では無く数日実家に残る為、私たちの出発を恋人の三上くんと一緒に見送ってくれた。
1年半前のあの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
一昨年の夏、私たち家族の引っ越しの日にも三上くんは見送りに来てくれた。
今日と違うのは、あの日イクミは見送られる側だった。
出発前、二人は取り乱すことなく静かにお別れの言葉を交わしていた。
気丈に振舞う二人を見て、親の都合で別れさせる申し訳無さに、私の方が涙が零れてしまった。
でもイクミも、三上くんの前だからと相当我慢していたのだろう。
車が走り出すと、とうとう娘は声を上げて泣き出した。
「アカリと離れたくない」
「アカリとずっと一緒にいたい」
「大好きなのになんで」
「別れたくないよ」
「アカリ、ごめんなさい」
悲痛な声を上げて泣き続ける娘に、私も旦那も声を掛けることが出来ず、ただ一緒に泣いてあげることしか出来なかった。
高梨家では、三上くんはずっと前から有名人だった。
イクミが中学2年に上がった頃から、度々三上くんの話題を私や旦那に聞かせてくれたから。
「三上っていう男の子がね、ミワちゃんに告白してフラれたのに、自分で自業自得だからってケロっとしてるんだよ。可笑しいよね」
「三上って実は頭いいんだよ。授業中いっつも寝てるのに、先生に指されると眠そうな顔して質問に全部答えちゃうんだよ」
「三上が数学で100点満点取ってたよ!いっつも寝てるのに凄くない!」
「三上が朝遅刻してきてね「いつもと違う道で来たら迷子になった」とか言うんだよ!やっぱりバカだよね!?」
「三上って文芸部だから運動音痴だと思ってたのに、元陸上部なんだって」
「三上が陸上部辞めたの、事故の後遺症が原因なんだって。でも本人はやっぱりケロっとしてるんだよ」
ミカミミカミと楽しそうに三上くんのことを話す様子を見ていると、今イクミは、この三上くんのことが好きなんだろうな、と思い聞いてみると
「え?三上のこと?違う違う、ただのクラスメイトだよ。それに私、彼氏いるし」
本人が気付いてないだけなのかな?
三上くんのことを話すイクミは、どう見ても恋する乙女の顔をしているのに。
そもそも、イクミからその彼氏くんの話は今まで1度も聞いた事がない。
そして、ある日
「三上にね、彼氏と別れてミワちゃんとも喧嘩したって言ったら、一緒に謝りに行くから仲直りしろって言うんだよ。三上なにも悪くないのに」
更に数日すると
「なんか最近三上が冷たい。避けられてる気がする。私何かしたかな・・・」
そこで、恋に悩む娘に1つアドバイスをした。
「イクミちゃん、いい加減三上くんのことが好きなの認めたら? 本当は好きなんでしょ? だったらその気持ちを本人にぶつけてみたら? それくらいしないと中学生の男の子は気付いてくれないよ?」
その場では、イクミは黙りこくって悩んでいるようだったが、次の日にはイクミの様子が一変した。
「ママ!三上と付き合うことになった!三上も私のこと好きだったって教えてくれたよ!」
それからの娘は、本当に毎日が楽しそうだった。
三上くんのことも、いつのまにか"アカリ"と呼び、度々ウチにも連れてくるようになった。
三上くんは、思春期の中学生には珍しく、とても礼儀正しくて、私にも旦那にも気遣いが出来る男の子だった。
私は初対面で気に入ってしまった。
旦那も同じだったようで、普通年頃の娘のボーイフレンドなんて男親にしてみれば面白くない存在なのに、三上くんが遊びに来ると聞くと、「なん時にくるんだ?」「お昼ご飯一緒にどうだ?」「イクミと遊びに出掛けるならお小遣いいるんじゃないか?」と、旦那も三上くんが来るのを毎回楽しみにしている様子で可笑しかった。
だから、引っ越しが決まった時、思い悩む娘に「悔いを残さない様にしなさい」と伝えるのは本当に辛かった。
この正月のイクミと三上くんの再会は、二人だけでなく、私たち夫婦にも幸せを運んでくれたと思う。
あの日以来、人が変わったように落ち込んでばかりの娘を見て、私たちもずっと申し訳ない気持ちで一杯だった。
それがお正月早々二人が再会した途端、イクミは以前の様な明るさを取り戻し、そして三上くんも私たちに以前と変わらぬ気遣いを見せてくれた。
旦那なんて、本人に向かって「大歓迎だよ」って嬉しそうな顔で言ってるし。
三上くんと高梨家の交流が再開したことで、イクミだけでなく私たち家族も明るさを取り戻すことが出来た。
だから今度こそ悔いを残さない様に、そしてイクミの将来の為に、私はイクミと三上くんが二人だけの時間を過ごせるように取り計らった。
当分遠距離恋愛になってしまうけど、今の二人の様子だときっともう大丈夫。
また昔みたいに、イクミは三上くんの話を沢山聞かせてくれるだろう。
私も旦那も今からそれが楽しみでしようがない。




