ep7 人を見下すヒト
まだちょっとだけ続く説明パート。
後半からは物語が進むよ!!
「エヴォルドになった人の多くが、人間を見下し、差別し始めるわ。
でも普通は何も無ければ、
昨日まで自分も人間だったのにいきなり見下し始めるなんてあり得ないよね。」
私は頷いた。
「つまり何かあったんですね・・・。」
「・・・どうも一部のエヴォルド達は『組織』の様な物を作っているらしくてね。
そのメンバーは『エヴォルドこそ人間に代わってこの世の支配者に
なるにふさわしい存在だ』という思想を持っているの。
厄介なことに、『組織』って呼ばれてるとはいえ
普段は皆バラバラの所にいて、
有事の時にだけ深層ネットに集合し、すぐに解散する、
形の無い面倒な形態の組織。
・・・奴らは進化したてのエヴォルドを見つけたら、
自分たちの思想に染まるように色々と吹き込んでいる。
その思想に染まった者は、また新しいエヴォルドの思考を染める。
それの無限ループが起こった結果、ほとんどのエヴォルドが
人間は下等生物で自分たちはそこから逸脱した選ばれし者だと
主張して、人間を虐殺し始めた・・・!!」
そっか、あのバッドエヴォルドが言ってた『先輩方』っていうのは、
その組織のことなんだ。
バッドエヴォルドの人もその組織に吹き込まれて、
人の心を失ってしまった。
だから私を連れて行こうとしたわけだ。
「・・・だからね、竜奈ちゃん。
私はこんな状況が許せない。
本当はエヴォルドになったって、心は人間と変わらないはずなのに。
組織の奴らの入れ知恵で、人の心が壊されていってるの。
このままじゃ新しくエヴォルドになった人が皆心を失って、
エヴォルドの存在が世の明るみに出た時に
私達が全ての人間達から憎悪を向けられる。
私や炎ちゃん、そして竜奈ちゃんみたいに人の心を捨てていないエヴォルドが
たくさんいるのに!!」
守江さんは今までで一番真剣な表情で、そう力強く私に言った。
「だから私は作ったんだよ、この『同盟』を。
エヴォルドになってしまうのは、自然現象の様な物だから止めようがない。
けど、エヴォルドに殺される人を助けたいし、
何もわからないうちに組織の奴らにそそのかされてしまう
かわいそうなエヴォルドを一人でも少なくしたい!
エヴォルドに人間の心を失ってほしくない!!
それで、人間の心を持ったエヴォルドの同盟として
『人間同盟』って名付けたの・・・!
その人間同盟初の活動として、
私と炎ちゃんはあなたを救い出せた。
本当によかった、本当に・・・!!!」
守江さんは泣き始めてしまった。
「守江さん・・・!!」
正直、最初に公園で声をかけられた時は、場にそぐわない雰囲気で
変な人だなあと思っていた。
けれどこの人は、守江さんはすごい人だと私は理解した。
自分だけじゃなく、皆を助けたい。
これ以上心まで化け物になったエヴォルドには生まれて欲しくない。
守江さんは、そう願って人間同盟を作ったんだ・・・!
「・・・あ、ごめんね竜奈ちゃん!
つい熱くなって・・・!」
守江さんは泣き止んでさっきまでの緩い表情に戻った。
「・・・いえ、貴重なお話が聞けて、とても助かりました。
本当にありがとうございました!」
私はぺこりと一礼した。
「それじゃあ、竜奈ちゃんのお話しも出来る限り聞かせてもらおうかな。」
「はい、もちろんです!」
私はさっき話した分も含め、バッドエヴォルドに初めて襲われた昨日のあの時から
今日までの具体的に起こった怪現象を守江さんに説明した。
所々で私の話のメモを取っている守江さんが
「うん、そりゃあ驚くよ!」
「そっかぁ、辛かったよね・・・!」
と相槌を打ってくれたのが嬉しかった。
「よしっ、これでメモ完了!
竜奈ちゃん、こっちこそ今日は本当にありがとう!!
おかげでエヴォルドに関する個人的な研究がさらに深まるよ!
・・・ところで、竜奈ちゃん。」
「はい?」
「竜奈ちゃん・・・、炎ちゃんの言葉の通り、
『人間同盟』に入る気はない?」
「えっ、私が・・・!?」
「炎ちゃんは素直じゃないから、
正式に言えば今うちの同盟は私しかいない。
だから一人でも多くの手が欲しいの!
・・・けど、命の保証は出来ないわ。
例の形の無い組織のやつらと、関わることになるかもしれない。
もしそうなったら、そいつらと戦う必要も出てくる・・・!!
同盟に入ったら、竜奈ちゃんには常に苦しい思いをしてもらう事になると思う。
でも、それでも私の思いに共感してくれたのなら・・・!!」
私が、人間同盟に・・・。
私も・・・、守江さんや炎さんと強力して・・・!!
・・・いや、無理!
いくらエヴォルドになって身体能力が高くなったといえど、
私は昨日の炎さんの様な戦い方は全く知らない。
これ以上危ない事に首を突っ込んでお父さんとお母さんにも心配をかけたくない。
何より・・・。
「・・・ごめんなさい、守江さん。
私っ・・・、ほんとはすごく協力したいんですけど、
戦うってのは・・・!!!
そのっ、ただの中学生の私じゃ、無理です・・・!
何より、私、死にたくないです。
バッドエヴォルドに殺されかけたあの瞬間の事を思い出すと、
脚が・・・、震えて・・・!!!」
そう、一番の要因は死への恐怖だ。
あの時はそんなこと考えている暇が無かったから
死ぬことを受け入れていた。
けど、今にして思い出すと、あのまま暗闇に堕ちていたら死んでいたという
事実に、私は恐怖せざるを得なかった。
守江さんは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに優しい表情になって
「そっか・・・、ごめんね、わがまま言って。
そうだよね、怖いよね、死ぬのは・・・。
まだ14歳なのに、死にたくないよね・・・!」
と慰めてくれた。
その慈愛に満ちた表情に、余計に罪悪感を覚えた。
「とにかく、同盟の話は忘れてね。
これから竜奈ちゃんがどう過ごしていくかは、
また今度一緒に相談しよっか。」
私はなごみ堂を後にして帰路に着いた。
昨日に引き続き、すごい情報量だ。
頭がパンクする。
私の答えはあれでよかったのかな。
本当は私も同盟に加わった方が・・・。
いや、やっぱり無理だ。
怖い。
戦うのは、すごく怖い。
何がって?
まずは下手すりゃ死ぬこと。
それが一番怖い。
そして次に、擬態を解く事。
結局昨日からずっと私は擬態を解いていない。
もう擬態の簡単なやり方は守江さんに習ったのに、それでも怖い。
エヴォルド達と戦うってことは、昨日の炎さんみたいに
エヴォルド態を晒して戦うってことだ。
でも、私は出来る事ならもうあのトカゲの姿にはなりたくない。
一生擬態で過ごせるならそれでいい。
ひねくれた14歳のガキには、何も出来やしない。
私は復讐に燃える炎さんとは違うのだ・・・。
その時、私の身体に"あの感覚"が伝わってきた。
エヴォルドの波動・・・。
つまり、この近くでエヴォルドが擬態を解除している。
・・・関係ない。
私が行って何になるっていうの?
そもそもこの波動が出たからって、
何もエヴォルドが人を殺しているってわけじゃない。
もしかしたら何かの拍子に擬態を解いただけかもしれない。
きっと大丈夫だ。
私は何も心配することは無い。
帰ろう、家へ。
「何で来ちゃったかなぁ・・・!!」
私は、どういうわけか無意識の内に波動の流れて来た路地裏へ来てしまった。
何やってんだ、私は・・・!!!
「助けてぇぇぇぇっ!!!!」
その声と共に、野球のユニフォームを着た高校生位の男子がこっちへ逃げて来る。
「お前ムカつくんだよ・・・。
人間のくせに、レギュラーに選ばれやがって!!」
私の視線の向こうには、まるで革の様な素材で出来た皮膚を持つ
エヴォルドがいら立って暴れていた。
見たところ、レザーエヴォルドと言った所だろうか。
「僕は真面目に練習してただけなのに!
どうして君に恨まれる必要があるんだよ!!」
男子高生は腰を抜かして震えながら、レザーエヴォルドに問いかけた。
「だって、おかしいだろ?
俺だって真面目に練習してた!
穢れた人間どもに交じって、毎日汗水流したのに!
どうしてお前みたいな出来損ないのクズ人間が選ばれる!?
折角有能な候補は全員殺してまわったのによ!
エヴォルドである俺が2軍落ちなんて、許される訳ねえだろぉ!!」
レザーエヴォルドは、未だに腰の抜け続ける男子高生の胸ぐらを掴んだ。
「ひぃぃっ!!!」
「なぜ怖がる?
醜い人間とは比べ物にならない程美しい、この俺の姿を。
この美しさを理解出来ないお前は、やっぱり低能なんだなぁ!!!」
レザーエヴォルドは、男子高生に頭を全力でぶつけた。
「うぐぁあ・・・。」
硬い革で出来た皮膚のダメージは絶大で、
男子高生は頭から出血してしまった。
「終わりだ人間!死ねぇっ!!!!」
レザーエヴォルドは男子高生の首を全力で絞め始めた。
「あっ・・・、ガ、ァ・・・・・!!!!」
男子高生の顔が青白くなり、口から唾液が垂れ流れる。
目は徐々に白目をむき始めた。
私は・・・、ずっとその光景を見ていた。
何かしなきゃ、って思っても、体が動かない。
ここで擬態を解いてレザーエヴォルドを止めれば、彼は助かる。
なのに、私には何にも出来ない。
止めた後にどうする?
私があいつに勝てるのか?
逆に殺されるに決まってる。
そもそも、あの姿になるのが嫌だし、
この男子に見られたくない。
けど・・・・・・・・・・・。
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
私はそばにあった石を、レザーに投げた。
石はレザーに直撃した。
「っ、いってぇなぁ!!
誰だテメエ!!」
レザーは男子高生を離した。
「ゲホッ、ゴホッ!!」
幸い、まだ生きていた。
・・・ここで私が彼を見捨てたら、
私の心は人間じゃなくなってしまう。
人間を虐殺するエヴォルドと同じになってしまう。
だから、石を投げてしまった。
もう後戻りはできない。
「何だぁ?中学生のガキじゃねぇか!
お前も一緒に殺してやるよ!」
「・・・何で、そんな簡単に『殺す』とか言えるんですか。
他のエヴォルドに、そう吹き込まれたからですか?」
「あぁ??
何で俺が他のエヴォルドから色々教わったって知ってんだ??」
やっぱりこの人もバッドエヴォルドと同じパターンだった。
「あなただって、人間だったじゃないですか。
ちょっと力を手に入れた位で、
いきなり人間を見下して
殺し始めるなんて・・・!」
私は目に力を入れた。
目の周りにヒビが広がり、
そして私の擬態は一瞬で崩れ去った。
「ひぃ・・・、また怪物・・・!!」
「なっ、お前もエヴォルド・・・!?」
「あんたは進化なんかしてない。
人間を見下しても、結局あんたも
他のエヴォルドに流されるしかない。
それの何が人間と違うの?
体が変わろうと、心は結局『ヒト』じゃねーかぁ!!」
リザードエヴォルドとしての真の姿になった私は、
後先考えない自分の行動に後悔しながらそう言い放った。