ep3 異形の体、異形の心
人間がある日突然怪物になるお話、良いですよね
「やだぁっ!!何なのこれ!!」
私は泣き叫びながら鏡を見る。
鏡の中の化け物も、泣き叫んでいる。
「違う!こんなの私じゃない!!
こんなっ・・・、トカゲ人間じゃないよぉ・・・!
こんな気持ち悪いのやだぁぁぁああっっっっっっっ!!!!」
その時、2階から足音がした。
まずい、お父さんかお母さんが今の叫び声で起きちゃったんだ・・・!
「どどどどど、どうしよ!
こんなの、見せられない。
もしこの姿を見られたらっ・・・!」
私は想像した。
私の大好きな二人が、今の化け物の私を見た時の反応を。
きっと、まずは恐怖で叫ぶだろう。
そして次に、私を追い出そうとするか、警察を呼ばれる。
私が竜奈だって言っても、信じてもらえないに決まってる。
だって見てよこの外見。
二足歩行なことを除けば人間の要素がなあんにも残っていない。
私の肌も顔も髪の毛も、一切無いのだ。
ただのトカゲの化け物だ。
だから、私に残された道は一つしかなかった。
「逃げなきゃっ・・・、今すぐ!!」
私はグチャグチャな感情のまま、大急ぎでドアを開けた。
そして夜の誰も居ない道路を、怪物の姿のまま走った。
「逃げなきゃ。
逃げなきゃっ。
逃げなきゃあ・・・!」
誰かに見られたらどうするんだ、なんてことを考えている余裕はなかった。
「はあっ、はあっ・・・!
ああっ・・・。
うぅっ・・・・・。
うあぁぁぁああああっ!!!!!!!」
走りながら、また自分に起こった悲劇への悲しみと怒りが沸いて、
叫んでしまった。
何で?
どうして私は化け物になっちゃったの?
どうしてエヴォルドになっちゃったんだよぉっ!!!
もう意味がわからない。
まだ悪夢が続いているの?
夢なら早く覚めてよ!
しかしいくらそう願っても、いくら走り続けても、
悪夢が覚める気配は一切無いのだった。
しばらく走って、私は夜の公園に入った。
ここの茂みに入れば、少しは姿を隠せるだろう。
草木に囲まれながら、私は深呼吸をする。
もちろん、姿はトカゲの怪物のままだ。
やっと落ち着いてきた。
「・・・私、これからどうやって生きていけば良いの?
そもそも、何で私こんな姿に・・・?」
エヴォルドの『人間の進化態』説を取るなら、
私はエヴォルドに進化してしまった、ということだ。
でも、何でそうなったのかは全く思いつかない。
確か進化態説ではいろんな要因が考察されていたけれど、
そういうのは全部ありえないと思っていたからよく知らない。
一つ心当たりがあるとしたら・・・。
「やっぱり昨日の蝙蝠のあれ、だよね・・・。」
信じたくないけれど、あの時蝙蝠のエヴォルドに襲われたのは、
夢じゃなかったのかもしれない。
あの時に私は多分殺された・・・?
だからエヴォルドになった、ってこと・・・??
全然わからない。
ただ、
「あれが夢じゃなかったとしたら?」
あの蝙蝠のやつのように、人間の姿に戻れるかもしれない。
あいつは人とエヴォルドの姿を好きに行き来していた。
あの技術を使えば・・・!
「・・・でも、どうやるんだろう。」
今のこの異形の姿がどんな力を持っていて、どうやって操るのか。
私にはそれがちっともわからない。
元に戻る方法がわからないままじゃ、私はもう二度と人間として
暮らせなくなってしまう・・・!
それだけは絶対にやだ・・・!!
「ふふ、こんばんは。」
「ひっ!?」
まずい!誰かに見られた!!
私は心臓が張り裂けそうなほど驚いて、身を震わせた。
「そんなに怖がらないでよ。
同じエヴォルド同士なんだから、さ?」
「え・・・?」
私は声のする後ろの方に振り向いた。
そこにいたのは・・・、
「っ!?き、昨日のっ・・・!!」
例の蝙蝠のエヴォルドの人間態だった・・・!
やっぱりあれは夢じゃなかったんだと確信に変わった。
「ん?もしかしてあなた、昨日私がぶっ殺した子?
あ、そっかあ!
死ぬ直前にエヴォルドに進化出来たんだねぇ!
いやぁ良かった良かった!
おめでとう!!パチパチパチぃー!」
「何が良かったんですかぁ!」
「うん?」
私は声を張り上げた。
「何で私はこんな姿になっちゃったんですか?
エヴォルドになんてなりたくなかったのに!
あなたに殺されたせい!?
だったら早く元に戻してください!!」
藁にもすがるような思いで、私は彼女に問いただす。
すると彼女は、まるで幼い子供に物事の道理を教えようとするような目で
こちらを見て答えた。
「あのねえ、トカゲちゃん。
エヴォルドに進化することは、祝福なんだよ?
私もどういう条件でなれるのか詳しくは知らないけどさ、
誰もがなれるわけじゃない。
人間という愚かな下等生物の鎖から解き放たれたあなたは
選ばれし存在で、幸せ者なの。
わかる?」
「わかりませんよ!
そんなのいいから、早く私を戻してください!」
「元に戻す?無理無理そんなの。」
「・・・え?」
「一度割れた卵の殻は、もう元には戻らないでしょ?
それとおんなじだよ。
一度人間という殻のやぶれたあなたが人間に戻ることなんて絶対に出来ない。」
嘘だ。
もう、戻れない・・・?
いや、そんなわけない。
「で、でもっ、あなたは今、蝙蝠じゃなくて、人間に戻ってるじゃん!」
「ああこれ?こんなのただの擬態だよ。
人間っぽいのは見た目だけ。
そりゃあまあ、怪人態よりは流石に能力は劣っちゃうけど、
それでも並みの人間とは比べ物にならない位力が強いしね。」
「擬態?
つまり、人間としての姿は所詮偽りの姿で、
エヴォルドとしての姿が本物ってこと・・・!?
そんなぁ・・・。」
彼女の話が本当なら、もう私は本当の意味で
人間に戻ることは出来ないことになる。
擬態はあくまで擬態なんだ。
こんなことって・・・。
私は両手を地面につけて絶望する。
「・・・まあ、そう落ち込まないでよ。
私が先輩として、エヴォルドとしての価値観を叩きこんであげるからさあ。」
「そんなのいらない!」
彼女は私に向かって手を差し伸べたが、
伸ばされた手を私は振り払った。
「私もなったばっかりの頃は人間の価値観だったから気持ちはわかるけど、
先輩方に教えてもらって立派なエヴォルドになれたんだ。
トカゲちゃんもすぐに人間がいかに下等で愚かな生物か
わかるようになるよ。
さ、目立たない場所に行こう?」
「ただでさえこんな醜い姿になったのに・・・。
体だけじゃなく心まで怪物になるなんて絶対嫌だ!」
私は彼女から離れて、そう言った。
しかし彼女は引き下がらない。
「悪いけど、新しいエヴォルドを見つけたら
ちゃんとしたエヴォルドになれるよう導いてやれ、って
先輩たちに言われてるの。
このままじゃ帰れない。」
彼女は蝙蝠の怪物に変身・・・、いや、擬態を解除した。
そして力づくで私を連れて行こうとした。
「あなたが何と言おうと、私は人間なの!
もう私から離れて!そんな価値観いらないから!!」
「・・・ったく、めんどくさいなぁ。
あんまりイライラさせないでよ。
それとも、もう一回半殺しにしてあげようかぁ!?」
あの時私の首を掻っ切った爪が、再び私に迫る。
やばいっ・・・!
そう思ったその瞬間だった。
突如、どこからともなく紫色の火球が、蝙蝠の彼女に命中した。
「グフッ!!」
彼女は吹っ飛ばされる。
一体何が起こったの・・・?
「・・・ここ数日起きている連続殺人はお前の仕業だな。
バッドエヴォルド。」
火球が飛んできた方から女性の声がする。
「えっ・・・、また別の、エヴォルド・・・?」
そこには、蝙蝠とは別のエヴォルドが立っていた。
全身紫色の炎で包まれたような、禍々しい姿だ。
燃え盛る顔の火の奥からは、爛々と光る赤い瞳が見えた。
「っ・・・!
あんた、もしかして噂の"復讐"のエヴォルド!?
丁度いい・・・、あんたを殺せば先輩方に褒めてもらえる!!」
「・・・クズが。
さっさと地獄に堕ちろ。」
・・・これは一体、何が起こっているんだ?
どうしてあの『復讐のエヴォルド』って呼ばれたやつは、
蝙蝠の彼女と戦おうとしているの??
じょ、状況がつかめない・・・!
すると、公園の入り口から、また別の女性の声が聞こえて来た。
「おーい、そこのトカゲのエヴォルドの君~!」
「・・・え、私のこと?」
「やっと追いつけたぁ。
怖かったよね?
でももう大丈夫だよ。
あそこの紫の子、
リベンジエヴォルドがやっつけてくれるから!」
そう私に話しかけているのは、
とても落ち着いたような雰囲気を纏い、
しかし言葉の節々に少し子供っぽい所も見える、
大学生くらいの女性だった。
「あ、あのっ、どちら様ですか・・・??」
ますます状況が飲みこめない私は、目の前の女性に困惑しながら尋ねた。
「私は長田 守江。
あのリベンジエヴォルドっていう子は恨道 炎。
安心して、私達はあなたの様な、まだ人の心を持っているエヴォルドの味方。
その名も『人間同盟』!」
「にんげん・・・どうめえ・・・??」
どうにも急すぎる展開に、私は自分でも驚くほどまぬけな声を出した。