ep1 さようなら人間
初投稿です。
小説を書く上での記述のルールをよく知らないのでお見苦しい文章が多いです。
ご了承下さい。
ご感想お待ちしております。
子どもの頃、公園でトカゲを見た。
普段、自然には囲まれていないこの町で爬虫類は見かけないから、
その時初めて見たのだけれど。
ザラザラした鱗に覆われた小さい"それ"が素早い動きでこっちに迫ってきた時、
私は恐怖して大声で叫んだ。
率直に言って、気持ち悪かったのだ。
その見た目が。
その動きが。
その早さが。
今となってはその程度で泣き叫んだのか、とあきれる話だけれど、
まあ、当時4歳の幼子にとっては仕方なかったと思う。
今はその時程嫌いってわけでもない。
別に好きでもないけど。
結局、そのあとどうなったのかはあんまり覚えていない。
別に何事も無かったんだろう。
でも、この出来事はどういうわけか私の記憶に印象強く残っていて、
ふとした瞬間に、あの日のトカゲが私の頭の中に現れる。
そしてその存在しないトカゲを見るたびに、私の中の4歳の私は泣き叫ぶのだった。
教室にチャイムが鳴り響く。
退屈な授業が終わりを告げ、皆お待ちかねの昼食の時間だ。
私はお弁当を机に広げ、一人で食べ始めた。
今日は、"都合が悪い日"だ。
教室の真ん中の方、活発な明るい女子軍団のお弁当パーティーに
ひっそり目を向ける。
その中にいる一人、仮野 友美と今日も一緒に食べられない事に、
私はちょっと落胆した。
とはいえ、いつもの事だ。
流石に慣れた。
一週間に1回二人っきりになれれば運が良い、それくらいの低確率なのだ。
別にキニシテナイ・・・、いや、嘘だ。
本当はもっと一緒にいたい。
けど、あの中には入りたくない。
友美ちゃん以外とは話したくない。
と、ここまで考えて、自分が小学生の頃からまるっきり変わっていない事を
実感し、自分が嫌になった。
私、子石 竜奈は昔っから人付き合いが好きじゃない。
ひねた子供だった私は、周りの女の子たちの付き合い方が、
まるでお互い嘘を付き合っている様な、
何かおぞましいモノに思えてしまった。
だから、人並みの付き合いはしても、それ以上は踏み込んでほしくなかった。
そういうわけで中2になった今も、あの女子軍団の中には混じりたくない。
でも、友美ちゃんは別だ。
友美ちゃんは私の幼馴染で、誰にでも優しく接してくれる。
それはひねていた私にも例外ではなく、
その八方美人っぷりが鼻について、
正直最初に幼稚園で話しかけられた時はクラスで一番嫌いだった。
しかし、友美ちゃんは何度私が突っぱねても話しかけて来た。
「竜奈~、一緒に遊ぼう!」
と何回言われたことか。
結局いつの間にか私の方が折れてしまい、
彼女に心を許すようになった。
さっき言った通り、友美ちゃんは誰にでも優しいので、
普段は基本的にクラスのイケてる女子達と一緒に過ごすことの方が多い。
一緒にお昼を食べられるのはかなりレアだ。
とはいえ、昼食時以外は結構話せる機会はある。
今日はまだ一度も話せていないけど、放課後までにはあるだろう。
私はそう考えながら、一人で黙々とご飯を食べていた。
「なぁ、あの動画見た?ほら、あの化け物の。」
「噂のエヴォルドのやつ?」
ふと、私の耳に近くの男子達の会話が入ってきた。
「あれマジっぽくね?前はガセだと思ってたけど。」
「どうせCGだって。お前ピュアか?」
「でも証拠の動画が一人だけじゃなくて何人からも投稿されてるし。
生配信に移り込んだやつもあるぞ?」
「その生配信の切り抜きが編集されてるんだろどうせ。」
『エヴォルド』
それは、ここ数年ネットで有名になった怪物のことだ。
名前の由来は人間の進化態。
その外見は、さながら人間がヒーロー番組に出て来る怪人のスーツを
着ている様で、映像を観る限りでは、
はっきり言ってあんなの趣味でそういう映像を撮っている
人々のいたずらだとしか思えない。
しかし目撃談は後を絶たず、
彼らが訴える外見の特徴はバラバラだった。
どうやら様々な種類のエヴォルドがいるらしく、
さらには、彼らが人間を殺害している現場を見たという声まで上がっている。
実際、最近日本中で行方不明者が増えている。
話題になり始めた当初は冷めた目でその話題を聞いていた私も、
流石にこの学校の生徒が数人行方不明になった事を聞いて以降は
恐怖を感じる様になってきた。
人間の進化態だとかあーだこーだってのはただの与太話だとしか思えないけど、
危ない思考を持った人々が怪人のスーツを着てテロを起こしているのでは、
という考察には深く納得せざるを得なかった。
遠いどこかの他人事じゃない。
今自分の周りで、確実に何か不穏なものが動いている。
そんな恐怖心が、私だけじゃなく学校中、いや、町中、日本中を
渦巻いていた。
「りゅーうなっ!」
「あ、友美ちゃん。」
放課後になって、友美ちゃんが話しかけてくれた。
良かった、今日一度も話せないまま終わるんじゃないかってヒヤヒヤしてた。
「今日、私部活休みなの。
良かったら一緒に宿題しない?」
「えっ、良いの!?」
放課後に友美ちゃんと一緒に遊べるなんて久しぶりだ。
やった!
嬉しくて、心が弾み始める。
しかし。
「えー、友美用事あるのー?」
私達の元に、いつもの女子軍団がやってきた。
「今からね、アタシ達カラオケ行こうと思っててさ。
友美にも絶対来て欲しかったのにぃ。」
「ごめんね、先に竜奈と約束しちゃったから・・・。」
友美ちゃんは申し訳なさそうに答えた。
「あ、何なら竜奈も一緒に行くってのはどう?」
「いいねー、だったら問題ないね。」
「友美と一緒にあれ歌いたいな。」
うわ、最悪だ。
女子軍団は私と友美ちゃんの意思を聞かず勝手に話を進めてしまった。
この人たち、いっつも人の気持ち考えないんだから・・・。
だから付き合いたくないんだよね。
「あっ、ど、どうしよ、竜奈。
それで大丈夫?
嫌だったら・・・、」
・・・友美ちゃんは優しい。
今ここで私が嫌だって言えば、きっと誘いを断ってくれると思う。
けど、それをするのは憚られた。
友美ちゃんはクラスの皆から大人気なんだ。
誘いを断ったら、私のせいで友美ちゃんの人気が落ちてしまう。
けれど、だからといってこの人たちには絶対付き合いたくない。
友美ちゃんが一緒でも絶対だ。
だから昼食の時も一人で食べてるのに。
「・・・ごめん、友美ちゃん。
私、今日用事あったの忘れてた。
そっち行って来なよ。
私の分まで楽しんできて!
また暇があったら一緒に宿題しよ?
それじゃ。」
「りゅ、竜奈!」
友美ちゃんの静止を振り切って、私はカバンを片手に教室を飛び出した。
そして、逃げるように学校から離れた。
遠く、少しでも遠く、友美ちゃんに追いつかれない様に逃げ続けた。
「ハア、ハアッ、ウぅ・・・。」
運動は昔っから好きじゃない。
慣れないのに長距離を全力疾走したせいで、
気持ち悪くて吐きそうだ。
「これでっ、良いんだ・・・。
はあ・・・、私はいくら嫌われても良いけど・・・、
友美ちゃんが嫌われるのは・・・やだ・・・・・。」
口ではそう言うけれど、
きっと私の顔は苦虫を噛み潰したような顔をしていたと思う。
折角二人っきりになれると思ったのに。
あーあ・・・。
とにかく、帰ったら友美ちゃんにごめんってメッセージ送っとこ・・・。
ようやく落ち着いてきた息を整え、私は歩き始めた。
何も考えずがむしゃらに走って来ちゃったから、
あまり来たことの無い道にいることに気が付いた。
普段の帰り道に戻る方向は・・・、こっちだっけ?
探り探りで私は進んだ。
「うわああああああああああっ!!!!」
「ひっ!?」
私はビックリして声を上げた。
な、何、今の叫び声。
あそこの路地裏?
私の頭に、昼食時のエヴォルドの話が浮かんだ。
何だか、関わったらヤバそうな気がする。
例のスーツを着たテロリスト的なやつらかもしれない。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ・・・。
「もしかして、見た?私のこと。」
「えっ・・・?」
その声は路地裏の方から聞こえた。
「見てなくても、叫び声、聞いたよね?」
「なっ・・・、あっ・・・・。」
私は声が出なかった。
何故なら、その路地裏から出て来た声の主は・・・。
「じゃあ、通報されるとまずいな。
証拠は消しておかなきゃね・・・。」
まるで蝙蝠を無理やり人の形にしたような、化け物・・・。
ヒーロー番組に出そうな怪人・・・。
エヴォルドだ。
「えっ・・・、エヴォ、ル、ド。」
震えながらそう呟く私。
脚はがくがくと振動し、
頭から血の気が抜ける感覚がした。
殺される。
直感がそう告げた。
震える足を無理やり動かし、
私はその場から逃げようとした。
「逃がさないよ。」
私はまたもや信じられないものを見た。
蝙蝠のエヴォルドは、その羽を使ってとんでもないスピードで私の方へ
飛んできたのだ。
「うわあっ!!」
背中から押し倒されて、私は前へ倒れた。
そんなっ、ただのスーツで、こんな人間離れしたことが出来るわけない。
「スーツなのに・・・、飛んだっ・・・・?」
「もしかして君、エヴォルドは怪人スーツを着てるテロリスト説を信じてる人?
残念でした!
エヴォルドの体はスーツじゃないよ。
私達は正真正銘、人間から進化した新人類。
選ばれし存在!
ほら、これで信じるかな?」
そういうと、私にのしかかる人間蝙蝠は、
一瞬の間に、まるでCGでも使った様に、どこにでもいそうな女性に変わっていた。
「そんな・・・、一瞬で、人間に・・・?」
こんなことがあり得るのだろうか。
怪物が一瞬で人間に変身する。
こんな光景、フィクションでしか見たことが無い。
エヴォルドは、本当に人間の進化態ってことなの!?
「どう?まるで映画みたいでしょ?
今からあなたが私に殺されるのも、映画だったらよかったのにね!」
女性の目の周りに、赤黒いヒビが広がる。
すると、ヒビは一瞬で全身に広がり、女性の人間としての姿が崩壊する。
次の瞬間には蝙蝠の化け物になっていた。
「ひいっ・・・!」
そして、指から伸びた鋭い爪を首の上に突き立てる。
「ううっ・・・、何で、私を殺すの!?
助けてっ!誰かぁぁぁぁっ!」
「私が殺したやつの断末魔を聞かれちゃったからね、しょうがないよ。」
「そ、そんなの無茶苦茶だよぉぉぉぉぉっ!!!
嫌だああああああああああああああっ!!!
死にたくない!!!!
死にたくないよおおおおおおおおおおおっ!!
お母さん!!
お父さんっ!!
友美ちゃんっっ!!!!」
「ギャーギャー煩い!
また誰かに聞かれたら余計に犠牲者が増えるよ!」
そんなことを言われても、落ち着けるわけがなかった。
こんな理不尽な理由で、こんな一瞬のうちに、
どうして私が死ななきゃいけないのか。
怖くて、怖くて、泣き叫んだ。
声が枯れて喉が痛むまで泣き続けた。
そんな時だった。
私の頭の中に、またあの時の"トカゲ"が現れた。
ああ・・・・。
思えば、今こうして泣き叫んでいるのは、
あの時の、4歳の私にそっくりだった。
未知の存在にただただ恐怖し発狂する。
その対象がトカゲか、エヴォルドか。
違いはそれしかない。
「さよなら、哀れな女の子。」
その声と共に、爪が私の首に突き刺さった。
辺り一面に、私の血が無惨に飛び散った。
「あ、ァ・・・・・。」
「ふぅ、これで目撃者は0だね。」
堕ちて行く。
私の意識が、暗い暗い谷底に堕ちて行く。
朦朧とした視界に、人間の姿になった蝙蝠女が笑顔で私に手を振って
去っていくのが見えた。
もう、私がこと切れるのは時間の問題だった。
激痛で体は動かないし、喉が潰れたから声も出ない。
私は助からない。
血と涙があふれ出る私の体。
私は最後に、あんな風に別れてしまった友美ちゃんへの罪悪感を感じた。
ごめんね、友美ちゃん。
私、死んじゃうみたい。
もっと一緒にいたかった。
ごめんね、ごめんね・・・・。
しかし、その次の瞬間、この暗闇の世界に、また例のトカゲが現れた。
4歳のあの時と同じく、トカゲは物凄いスピードで私の方へ迫ってきた。
やめて、来ないでよ。
昔ほど嫌いじゃないけど、今だって好きじゃないんだ。
そんな真近くで見たいものじゃない。
しかし、"それ"はそんなことはお構いなしに、私の目の前にやってきた。
そして、あろうことか私の口の中に入って行った。
動けない私はそれを拒めない。
けど、とにかく気持ち悪かった。
ああ・・・、何で最後にこんな気持ち悪い夢を見るの?
折角友美ちゃんのことを考えていたのに・・・。
「竜奈!竜奈!!」
友美ちゃんの声が聞こえる。
良かった、最後に友美ちゃんの声と共に死ねる。
それだけが唯一の救いだ。
「竜奈っ!起きてよ!どうしたのこんな道端で!!」
「え?」
私は目を覚ました。
二度と抜け出せないであろう暗闇の世界から、あまりにもあっさりと
抜け出してしまった。
「良かったー、目を覚ました。」
「友美、ちゃん?」
辺りを見渡した。
さっきよりも日が落ちている。
「ほんとビックリしたよ、何でこんなところに倒れてたの?」
「それは・・・、あれっ?」
私はさっき突き刺された首を触った。
しかし、どこにもその傷跡は残っていない。
当然、痛みも感じない。
「あれ、あれっ?」
下を見ても、さっき飛び散った血が消えている。
まるで何事も無かったみたいだ。
「・・・?」
友美ちゃんが心配そうにこっちを見ている。
「いや、その、私・・・。
さっき、蝙蝠のエヴォルドに、襲われて、
首を刺されて・・・・。」
「えっ!?エヴォルドって、あの!?
大丈夫なの!?!?!?」
友美ちゃんは私の肩を両手で持って前後にブンブン揺らした。
「それが、さっきまで全然大丈夫じゃなくて、
血だらけになって、意識も消えて行ってたんだけど・・・。」
「でも、首には何の傷も無いよ?」
これは・・・、どういうことだ?
私はさっき蝙蝠のエヴォルドが出て来た路地裏を覗いてみた。
しかし、そこには死体も血痕も何も無かった。
私が襲われた道路も、路地裏も、
いたって普通の光景しか無かった。
「竜奈??」
・・・・そっか。そういうことか。
「夢・・・。」
「え?」
「私、多分夢を見ていたんだよ。
ここでエヴォルドに襲われる、っていう。
心配かけてごめんね、友美ちゃん。」
そう結論づけるしかなかった。
いや、冷静に考えてみれば、そう考える方が自然だ。
やっぱり、エヴォルドなんてあんな非現実的な化け物が実在するわけがない。
「そっか、それは怖かったね。」
友美ちゃんは安心して笑顔になった。
「・・・あ、そうだ。」
友美ちゃんに謝らなきゃ。
「友美ちゃん、さっきは本当にごめん!
私があの場の空気を悪くしちゃって・・・。」
「そんなことないよ、私がどっちつかずな態度取っちゃったから・・・。
結局、あの後カラオケは断ったんだ。
それで竜奈を追いかけたんだけど、
普段の通学路をいくら追いかけてもいなかったから
色んな所を探し回ってて・・・。」
「ほんと、色々迷惑かけてごめんなさい・・・。」
「もういいってば、それより、一緒に帰ろ?」
「・・・うん!」
夕日をバックに、私達は帰路に着いた。
二人で色んなことを話しながら、笑って歩いた。
ようやくまともに友美ちゃんと話せて、私はこの上なく幸せだった。
まるでさっきの悪夢が無かったみたいに。
けれどこの先、私は思い知ることになる。
あれは・・・、悪夢なんかじゃなかったんだと。
そして、今日この日を持って、
人間としての私は、既に死んでいたということを。
これは、人間を辞め怪人になった"私達"の物語だ。