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願いと祈りの琥珀糖

「あのな、俺がティナのダンスを一回でも笑ったか?」


「いえ、一度もありませんでしたが……」


「ならどうしてそういう思考になるんだ……。ティナをダンスレッスンに連れていったのは、相手役がいねえとやる気が出ねえからだって。ティナも踊れねえと今後に響くからだって、ちゃんと伝えてただろうが」


「それは、そうですが……」


「じゃあ、なんだ。俺サマの言葉は、そんなに信じられねえか」


「――ちっ」


 違います、と発しかけた言葉を、喉元で押しとどめる。

 決して、信じていなかったワケじゃない。

 けど、"それが本当の理由じゃない"と考えていたのも事実だ。


 それってつまり、ヴィセルフの言う通り、"ヴィセルフの言葉を信じていなかった"ってことになる。

 押し黙った私に小さく息をついて、ヴィセルフが口を開く。


「……ティナ。思慮深いのは構わねえが、もう少し俺の言葉を素直に受け止めてみたっていいんじゃねえか」


 言い聞かせるような声色は、なんとも切実。

 バツの悪さに心臓がぎゅうっと痛むのを感じながら、なんとか「……善処します」と絞り出す。

 と、すかさずヴィセルフは不満そうにして、


「そんなに俺サマの言葉には裏がありそうか」


「いえ、そういうワケでは……。なんといいますか、私には、自信がないんだと思います」


「自信?」


「ヴィセルフ様の与えてくださるご厚意を、そのまま受け止めるだけの、自信です」


 ああ、そうだ。私には"自信"がない。

 言葉に出してみて、納得した。


「ご存じの通り、私は伯爵令嬢という肩書こそあれ、ただの田舎娘です。ドレスもろくに持っていなければ、ダンスに限らず"令嬢"としてのマナーも教養も、ほとんどありません。幸いなことに、ルームメイトを初めとする使用人の皆さまに恵まれ、エラ様やダン様、レイナス様と心の広い方々に良くして頂き、こうしてヴィセルフ様にも温情をかけて頂けて……。つまるところ、私には何もないのです。運の良さしか。皆さまの優しさに縋るしか出来ないからこそ、つい、その与えられる優しさに納得できるだけの理由を、求めてしまうんだと思います」


 例えば私が、もっといい所のご令嬢だったなら。

 例えば私の魔力がもっと強力で、他者を圧倒できるだけの技量と知識があったなら。

 そうすれば周囲から与えられる好意も、もっと対等に、素直に受け止められたのかもしれない。


 けれど私には何もない。一人じゃ、何ひとつなし得ない。

 ならば周囲が私に良くしてくれるのは、同情か、好奇か、策略か。

 無意識の中で、そんな風に考えてしまうのだ。


「……何もない、な」


 落とされた声の低さに、びくりと肩が跳ねる。


(何を今更って、怒らせちゃったかな……)


 おそるおそる顔を上げると、ヴィセルフは特に顔をしかめるでもなく、


「そういや部屋に戻ってくるまでに、今日は新しい菓子を試食してほしいとか言ってたな。どれだ?」


「あ、と。少々お待ちを……」


 急な話題の転換に戸惑いながらも、必死に立ち上がった私はワゴンの下段に収められていた小瓶を取り出した。

 アフタヌーンティーのプレートは、料理人さんたちが用意してくれる。

 今日はヴィセルフ様に試食してもらう日だー! と私が意気込んでいたのを覚えていてくれた誰かが、しっかり乗せてくれたのだろう。


 取り分け用の小皿を一枚、ヴィセルフの前に置いてから、空けた小瓶をそっと傾けた。

 ころころと転がり落ちたそれの一つを摘まみ上げ、ヴィセルフが「これは……」とかざす。


「透明な中に色んな色が入っていて、ガラスや宝石みてえな……。氷とも違うのか。冷たくねえし、なにより溶けねえ」


「はい。これは"琥珀糖"、というお菓子です」


「琥珀糖……」


 視線を手元に戻して、ヴィセルフがそれを口に含む。

 途端にシャリシャリと小気味のいい音が。


「……この甘さは砂糖か。だが、ただの固めた砂糖じゃねえ。周りはしっかり歯ごたえがあるのに、内側はとろっと柔らかい」


「はい。ゼラチンを使って固めているので、内側はそのように柔らかな食感に。その後、数日かけてじっくり乾燥させることで、結晶化した外側だけがシャリっとした食感になるんです」


 私は皿の上のひとつひとつを指さしながら、


「色付きのものはジャムや、花を煮詰めた色素での色付けを。茶色いものは、お紅茶を混ぜ込んであります。味はやはり砂糖が勝ってしまうのですが、見た目も宝石のように華やかですし、しっかり乾燥させれば日持ちもするので、こうして少量を瓶などに詰めれば手に取りやすいお値段で提供できるのではないかと」


 脳裏に浮かぶのは、あの時の少年。


「"mauve rose"は王室御用達ですが、だからこそ、もう少しお客様の間口を広げてもいいのではないかと思うんです。それこそ貴族相手だけではなく、街の住民、誰もが利用できるように。とはいえただ単純に安価な菓子を置くのでは、お客様の頑張った日々につり合いません。ワクワクする特別な見た目と、少量ずつ楽しめる日持ちの良さは不可欠かなと。幸せな気持ちは、少しでも長く続いたほうが嬉しいですから」


「……街の住民、誰もが利用できる、か」


 ヴィセルフはもう一つを咀嚼すると、紅茶を流し込んでから、


「いいんじゃねえか。俺に出したってことは、料理長も店で使えると判断しているんだろ。提供開始の時期や仕入れの件は、後でダンと詳細を詰めさせておく」


「……! ありがとうございます!」


 がばりと下げた私の頭上から、「なあ、ティナ」とヴィセルフの声。


「こうして新しい菓子を俺に持ってきておきながら、それでもお前は自分に"何もない"って思うのか」


「それは……」


 私はヴィセルフの皿に転がる、琥珀糖を見つめる。

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