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王子がダンスに誘うのは

「うう……背中が……太ももが……ぜんぶの筋肉が悲鳴を……」


 行儀が悪いのは百も承知。

 ぐったりとソファーに腰を落とし、その背もたれに縋りつく私の対面では、この部屋の主であるヴィセルフが涼しい顔で紅茶を口に運んでいる。


「鍛え方がたんねえな」


「うう……おっしゃる通りで……」


「そんなんじゃ夜会に出たところで、一晩持たねえぞ」


(まあ、そんな機会これまでもなかったし、これからもそう簡単にあるとは思えないのだけれど)


 過った本音はくるりと丸めて胸の中に。

 肯定も否定もしない代わりに、「ヴィセルフ様は、ちっともお疲れではなさそうですね」と返すと、


「あれも俺の仕事だからな。あの程度でへばってたら、話になんねえ」


(ダンスが"仕事"だっていう自覚はあったんだ……)


 自覚した上で、これまでは社交界嫌いを理由に逃げ回っていたのか。

 エラに全部を押し付けて。


(本当、ここ数か月で一気に大人になって……)


 感動にほろりと涙を零したい心地になる。しないけど。

 と、ヴィセルフのカップが空になったのが見えた。


「おかわりを……」


 言いながらポットに手を伸ばそうとした刹那、ピキリときしんだ腕。

「いっ!?」と眉根を寄せると、ヴィセルフは「いい。自分でやる」とさっさとおかわりを注いでしまう。


「申し訳ありません。私の仕事ですのに……」


 本来ならば、こうやってソファーに座ることだって大変な不敬にあたる。

 ここが他に目のないヴィセルフの私室で、正しく彼によって許されているからこそ、成立している無礼だ。


 ちなみにこのアフタヌーンティーは、ヴィセルフの指示によって別の侍女が準備し、部屋まで運んできてくれた。

 ワゴンに乗っていたカップは二つ。これもヴィセルフの指示だという。

 彼女は部屋前で「頑張って」と気の毒そうな顔でエールを送ってくれた後、そそくさと戻っていってしまった。


 そしてそこからは、ヴィセルフは私をソファーに座らせ、全部自分で用意してくれている。

 なんなら私の分の紅茶も「ほら」と淹れてくれた。


「無理させたのは俺だ。今はしっかり休んでおけ」


 おお、優しい。

 でも正直いまは感動に浸るよりも、身体が痛い。

「ありがとうございます」とブリキの人形よろしく、ギギギと頭を下げた刹那、


「ダンスレッスンはしばらく毎日あるからな。明日までには回復しておけよ」


「へ!? い、いえいえ! 私は本日のみで充分貴重なお時間を過ごさせて頂きましたので……!」


「何言ってんだ。せっかくそれらしい型になってきたのに、身体が完全に覚える前に辞めたらまたイチからだぞ。それに、相手役がいねーとやる気にならねえって言っただろうが。俺サマがまたサボってもいいのか?」


「う……ですがせめて、お相手役は別の方に……」


「却下だ。俺はティナが相手じゃねえと踊らねえ」


(こ、この我儘横暴王子めええええええ~~~~~~っ!!!!!)


 そんなに!? 

 そんなに私がマダムにしごかれているのが面白いの!?


 プイとそっぽを向くその横顔に、思わず拳を握りかける。

 ヴィセルフにとって"踊れない令嬢"が物珍しいのはわかるけれど、だからといってオモチャにされるのは御免というか――。


 と、ヴィセルフが不可解そうに眉根を寄せ、「……なあ」と視線を戻してきた。

 不貞腐れたように唇を尖らせ、


「なんでそんなに俺サマと踊るのを嫌がるんだ? ダンスレッスンだって、ティナにとって利はあれど、損なことはねえだろ?」


「そ、れは……」


 こんなに身体ガタガタにされてまで、暇つぶし要因として遊ばれたくないし、私にだって仕事があるし。


(なーんて、言えるワケないよなあ)


「ヴィセルフ様の大切な講義のお時間を、私のせいで潰してしまうには申し訳ないですし」


「あのな、今更ダンスの練習だなんて、俺サマには必要ねえんだ。ティナだって気づいてんだろ。アレは"やっている"っつー体裁を保つための、形式的なもんだって」


「…………」


 そんな気はしていた。だってヴィセルフのダンスは完璧だったし、マダムもこれといって新しいことを教えている様子もなかったから。

 だからこそマダムは突然現れた部外者の私を追い払うことなく、歓迎してくれたのだろう。

 目的はヴィセルフに教えることじゃなくて、ヴィセルフが"講義"を受けることだから。


「ティナ、ちゃんと話せ」


 強い眼差しが、「嘘は許さない」と言外に伝えてくる。

 これでまだ"言い訳"を重ねれば、きっとヴィセルフは完全にへそを曲げるだろう。

 私は小さくため息をついてから、膝上で指先を握りしめる。


「……先ほどの理由も、完全に嘘というわけではありません。ヴィセルフ様もお気づきの通り、私にはダンスの教養などほとんどありません。ヴィセルフ様のお心遣いは嬉しいですが……あれでは、私ばかりが与えられているばかりで、ヴィセルフ様には何一つ利益がありませんから。それでは、本末転倒だなと」


「……そうでもないがな。いや、悪い。続けてくれ」


 コホンと咳ばらいをして先を促すヴィセルフを不思議に思いながらも、私は言われた通り、言葉を続ける。


「ヴィセルフ様にとって、"踊れない令嬢"が物珍しいのはわかります。不格好に四苦八苦している姿が滑稽で、丁度いい観賞の対象なのも。ですが分かっていても、ヴィセルフ様にただ時間を浪費させるばかりか毎日のように好奇の目に晒されるのは、さすがの私でも耐えきれないといいますか――」


「……は? ちょっ、ちょっと待てっ」


 慌てたようにヴィセルフが腰を浮かせたと同時に、ガンッと机から衝撃音。

「~~~~~~っ!!」と膝をおさえて悶絶するヴィセルフの姿から察するに、どうやら前のめりになった際、机の端に膝を思いっきりぶつけたらしい。


「だ、大丈夫ですか!?」


「……っ、平気だ、つか、それよりもだ」


 ヴィセルフはばっと顔を上げ、


「ティナ。お前、俺サマが踊れないティナを"面白がって"ダンスレッスンに付き合わせている、と。本気でそう思ってんのか?」


「へ? 違うのですか?」


「ちげえ! んな趣味悪いことするわけねえだろ!」


 叫ぶ勢いで告げたヴィセルフが、はあ~~~~と深いため息をついて椅子に腰を落とす。

 項垂れるようにして顔面を手で覆い、


「ちゃんと言葉にしていたつもりだったんだがな……」


「ヴィ、ヴィセルフ様?」

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