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俺の欠点と彼女の苦手

「ダン様! ひとつ思いついたのですが、ご協力をお願いしてもいいですか?」


「ん? なにか策があるのか?」


 彼女が思いついたのは、夜や暗がりに光るとされる夜光花との交換だった。

 なるほど、物々交換。発想は悪くない。

 けれど俺の魔力では、花をつけることは出来ない。

 どんなに訓練を積んでも昔から変わらないのだから、こればっかりは相性だろうと思っている。


 告げた俺に、彼女は花は自分が咲かせられるという。

 ならば、と。試してみたところ、見事成功。

 ヒイヨドリから目的のお菓子と刻印も回収できたし、一件落着といったところか。


「作戦成功だな」


 渡した小袋を、「ありがとうございます!」と彼女が抱きしめる。

 まるで子供ような、あまりに無邪気な喜びように思わず吹き出してしまった俺は、ふと興味が沸き、


「その中、そんなに珍しいおかしなのか?」


「あ、えと。中身はクッキーなんですけれど、ちょうど今開発中の試作品でして……。あ、よろしければダン様もおひとついかがですか?」


「俺か? あー……と」


 本音をいえば、一枚ほど食べてみたかった。

 けれど彼女はこのクッキーを試作品だといっている。

 つまりそれは、まだヴィセルフは口にしていないということ。


(なにかの拍子で、俺が先に食べたなんて知られたら……)


 おそらく。いや、確実にへそを曲げるだろう。


「いや、気にはなるんだが、今回は遠慮――」


 自身の興味と、従者騎士としての立場を天秤にかけ、断りをいれた刹那。

 戻ってきたヒイヨドリが、他にも何かを持っていけと主張した。


 俺としては、ヴィセルフのスタンプが戻ってきただけで充分目的を果たせている。

 それは彼女も同じようで、渋る俺たちに、再び巣に戻ったヒイヨドリが何を運んできた。

 どうしても、何かを渡さなければ気が済まないのだろう。


(ヒイヨドリは頑固なところがあるからなあ……)


 ならばここは、贈り物を受け取ってしまったほうが早いだろう。

 右腕を上げ、着地点を作ってやると、すっと降り立ったヒイヨドリ。

 くりっとした愛らしい眼で俺を見上げ、「ピッ!」と咥えてきた何かを俺に差し出し――。


「う、うわあああああ!?」


 飛び退いた拍子に、勢い良く尻餅をついてしまった。

 しまった、と思うも視線はヒイヨドリの口元に奪われてしまって、取り繕うまで意識が及ばない。

 なぜならヒイヨドリが咥えていたのは、雪食虫の羽だったからだ。


「だ、大丈夫ですか!?」


 駆け寄る彼女の頭に、ヒイヨドリがぽすりと着地する


「あ、ああ! なんでもないんだただ少し足が……そう! 足が何かに引っかかっただけで!」


 必死に言い募りながらも、つい身体が逃げてしまう。

 だって、虫が。それも雪食虫というのは、そうそうお目にかかれる虫じゃない。


 情けなくも、俺は幼少期から虫が大の苦手だ。

 完璧な強さと頼りがいが必須の、従者騎士だというのに。致命的な欠点だ。

 周囲に知られる前になんとか克服しようと、幼い頃から涙をのみ、虫を見つけては手に乗せてみたり、部屋中に標本を飾ってみたり。


 それはそれは、悪夢にうなされる日々が続くほどの厳しい訓練を重ねた結果、大抵の虫ならば平気な顔をして触れることも出来るようにまでなれた。

 けれどやはり苦手は苦手。

 簡単にはお目にかかれない、希少な虫たちだけは、残念ながら克服できないままでいる。


(まずい。ここで彼女に虫が苦手だなんてバレたら――!)


 使用人仲間に噂され、一気に城内で笑いモノに?

 いや、それだけで済めばいい。俺の欠点をネタに、脅しをかけてくる可能性だって――。


「ふ、ふふ」


 彼女が耐えきれず、といった風に笑みをこぼす。

 確信を得た笑み。

 心臓が焦燥に縮み、身体中の血液が一気に凍り付く。

 見慣れない紫の瞳が、ついと俺を見上げた。


「申し訳ありません。その、なんだか安心してしまって」


「あ、安心……?」


「はい。ダン様も、私と一緒で苦手なモノがおありなんだなって。同じ人間なのだから、苦手のひとつやふたつあって当然ですよね」


「……っ!」


 同じ人間なのだから、苦手があって当然……?


(いや、けれども俺は従者騎士で、たった一つの欠点すら許されない存在で……)


 ヒイヨドリへと視線を移した彼女が、雪食虫の羽を受け取る。

 飛び去る姿を愛らし気に見送り、ポケットから取り出したハンカチでそっと羽を包むと、


「ダン様。実は私、お化けが大の苦手なんです」


「……え?」


 突然の告白に、俺はただ戸惑った。

 けれどもそんな俺をものともせず、彼女は畳みかけるようにして、自身がいかにお化けが苦手かと言い連ねていく。


(なんだ? なにが目的なんだ?)


 従者騎士であるにも関わらず、虫の羽ひとつに取り乱す俺への憐れみか?


「どうしたって急に、そんな話を俺に……?」


 彼女は尋ねた俺の戸惑いを、心底不思議そうにして、


「へ? だって、ダン様の秘密事を知ってしまいましたから。私の秘密事も教えなければ、不公平じゃないですか」


「…………」


(不公平。俺と、キミが?)

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