そんな噂は聞いたことがありません!
貴族の子息令嬢が大多数を占めるこの王都クラウン学園では、冬の初めには講義の大半が終了し、以降は図書室や一部の講義室が解放されるだけの自主登園式となる。
というのも、雪が降るこの国での冬支度はなかなかに忙しく、どの家も一人でも多くの人手が必要となるから。
卒業式は年内に行われ、一年生もほんの一部の生徒を除いては、雪が降る前に帰省していく。
近々に迫った冬の気配。
生徒会でも、卒業式後に行われる卒業パーティーの準備が始まった。
「ティナ、このファイルを総料理長に渡してきてくれ。卒業パーティーの資料だって言えば伝わるはずだ。料理リストと食器類の確認は、早いうちに対応してくれって伝言も頼む」
「わかりました! 行って来ます」
ヴィセルフからファイルを受け取り、生徒会室を出る。
(まさか、あの卒業パーティーの準備をする側になるなんてなあ)
ヴィセルフがエラに理不尽で横暴な婚約破棄をつきつける、因縁の舞台。
その婚約破棄を阻止するために、日々頑張ってきたわけだけれど……。
(ヴィセルフ達のイベントまで、あと一年かあ)
今の二人はラブラブ! まではいかなくとも、婚約者としても学友としても、いたって良好な関係だと断言できる。
周囲からはお似合いの二人として、憧れの対象となっているほどだし。
ここから婚約破棄だなんて、よっぽどのことがなければ発生しないでしょ!
(むしろ、卒業前に二人の想いが通じ合って、それこそラブラブルートに突入する可能性だって……っ!)
脳裏に浮かんだ見つめ合う二人の光景に、にへらと頬が緩んだ刹那、
「ティナ嬢!」
「はい!?」
反射的に返事をして、声の主を見遣る。
そこにはご立腹な様子のミリー様。ローザ様とマリアン様の姿はなく、珍しくお一人のよう。
つかつかと私の眼前まで歩を進めてくると、ご愛用の扇子をビシリと私の鼻先に突き付け、
「"mauve rose"で販売している"あんバターのパンケーキサンド"が間もなく発売を終えるとは、真実ですの!? 今でも不定期の発売ですのに!」
「あ、あんバターのパンケーキサンド、ですか?」
「ええ、そう言っているでしょう!? ティナ嬢なら、事情をご存じですわよね!?」
当初は"餡子とクリームのパンケーキサンド"としての商品化を目指すつもりだったそれは、現場のニーズをより把握している王城の料理長との相談を経て、"あんバターのパンケーキサンドとして発売を開始した。
希少な"小豆"を使うとはいえ、お客様からすれば"甘い豆"という馴染みない食材。
手に取ってもらうための付加価値として、常時販売ではなく不定期での発売にしてみたのだけれど。
初回の販売時から、あっという間に完売してしまうほどの人気商品になっている。
(元より"おかしなお菓子"ばかりを取り扱っているからか、特に常連さんは大喜びだって聞いたなあ)
どうやらその"大喜び"の中に、ミリーも入っていたみたい。
「あと、ミリー様のおっしゃる通りです。おそらく、あと二度ほどの販売で今年は終いかと……」
「二度!? そんな、たったの二度しか残されていないだなんて……っ! なぜ終えてしまいますの? 希少性に頼らずとも、通常商品として販売いただければ、わたくしが毎日でも購入してさしあげますわ!」
「わ、そんなにも気に入っていただけて嬉しいです! ありがとうございます、ミリー様。ただその、餡子の原材料となる小豆の在庫の問題でして……」
「……確かに馴染みのない見目と食感の豆でしたけれど、手に入れるのが難しい豆ですの?」
「はい。東の国のものでして」
思い当たったようにして、ミリーが「ああ、そういうことでしたの」と扇子を開く。
「ただでさえ冬の航海は危険なもの。ましてや、東の国へとなれば慎重になるのも当然ですわ。……いくら、オリバー様でも」
苦笑を浮かべた私の手元をチラリと見て、ミリー様が扇子を閉じる。
「引き留めてしまってごめんなさいね。どちらへ向かう途中だったのかしら」
「いえ、急ぎではありませんでしたので。食堂の料理長に、卒業パーティーの資料を」
「……わたくしも途中までご一緒してよろしくて? アナタと、話したいことがありますの」
「え、はい! 私は構いませんが……」
(ミリー様、どうしたんだろ?)
普段からよく顔を合わせているし、話がしたいのならこれまで機会はいくらでもあった。
それをこんな、改まって尋ねてくるなんて……。
「よかったら、場所を変えますか? お話してから渡しに行っても間に合いますし」
ミリーは迷ったように一度視線を落としてから、
「そうですわね。お願いできるかしら。そう長くはかからないわ」
そうして私達は、庭園に出た。陽があたっていても少し肌寒いからか、他に生徒の姿はない。
止まっていては余計に寒くなってしまうので、歩きながら話すことにした。
ミリーは「ごめんなさいね。他の耳があると、アナタにとっても都合が悪いでしょうから」と前置いて、
「オリバー様のことですけれど。ご自身から東の国への貿易を望んで、一刻も早くと学園を辞めてまでキャロル商会に戻ったという"噂"ですけれど、真実は違うのでしょう? ヴィセルフ様のお怒りをかって処罰されるところを、アナタが仲裁したのではなくて?」
「!? い、いえ! オリバー様は、もとより、東の国に興味をもってらして……!」
「本当にティナ嬢は、貴族に向いていませんわね。……まあ、おかげで勘ぐる必要もなくて楽なのですけれど。ティナ嬢、わたくしの家門が何をしているか、覚えていらっしゃるかしら」
言われて、思い出す。
ミリーの一族は、造船業を統括していると言っていた。
つまり、船の関係者とも繋がりが深いってことで……。
(ヴィセルフはあの船の関係者に緘口令を敷いたって言ってたけど、あの時オリバーは、ダンに捕らわれて船を下りてた)
港には別の船の乗組員もいる。
あの船の関係者ではなくとも、偶然目にした誰かにとって、違和感のある光景だったに違いない。
だからといって普通なら、貴族の耳の入ることはないだろうけど、ミリーの一族なら。
焦りにぱっと顔を上げた私に、ミリーはどこか呆れたような顔をして、
「安心なさって。わたくしの一族は愚かではありませんの。ですから先ほどの"噂"が真実として、学園に広がっていますのよ」
「あ……」
「わたくしとしては、もう一つの"噂"も限りなく真実に違いと思っていますわよ? アナタに婚約を断れてしまったオリバー様が、諦めきれない愛を証明するために、健気にも東の国との貿易を始められたと。おおかた、こちらはヴィセルフ様の意図されたものではないのでしょうけれど」
「な、なんですかその噂は!?」
本気でなにそれ!? 初めて聞いたんだけど!?
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(DPNブックス/漫画:田丸こーじ先生、構成:風華弓弦先生)
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