優しい彼の夜
「ティナ。また、港に行っていただろう」
「わ! ニークル!?」
寝る前に少しだけ星空を見ようかと窓を開けた刹那、突如として眼前に現れた彼につい声が大きくなってしまった。
咄嗟に両手で口を抑えると、「入るぞ」と無遠慮に窓から入室してくる。
精霊王である彼は、基本的に人前に姿を現すのを好まない。
というか、誰かに見られたら大騒ぎになるような存在だ。
急ぎ窓を閉めた私は、不機嫌そうに眉根を寄せ腕を組むニークルに苦笑零す。
「昼間のあれ、やっぱりニークルだったんだ。港についた途端に雨が止んだから、もしかしたらって思ったけど」
「雨の港は常よりも危険だ。一人で近づくなと、俺以外の連中からも言われているだろう」
(う、本当によくご存じで)
ヴィセルフをはじめとする友人たちから念を押された時の事を思い返し、ますます言葉に詰まってしまう。
視線を逸らした私に、ニークルは呆れ交じりの息を吐きだし、
「あの船には加護の魔力を込めてやったと言っただろう? この国の領海から離れるほどに効力が薄まるとはいえ、沈むことはないはずだ。それほどまでに俺を信用できないのか」
「ちが! そういうことじゃ」
「なら、その身を危険に晒すほどの価値がアレにあるというのか。身勝手な欲でティナを手籠めにしようとした、卑怯な愚か者だぞ」
(あー……ニークル、すっごく怒ってる)
オリバーの一件で、ニークルは自身を酷く責めていた。
というのも、この国の"精霊王"であるニークルはこの地と密接な関係にあり、離れることが出来ないのだという。
つまるところ、海や天候といった"自然"に働きかけることは出来るものの、ニークル自身がその身を海上に移すことは難しいようで。
船上にいた私を助けてやれなくてすまなかったと謝る彼は、今にも自分自身を殴りそうな顔をしていた。
もちろん、ニークルではなく私の責任だと言ったのだけれど……納得はしてくれず。
あれから私が海に近づくことに、敏感になってしまった。
「心配かけてごめんね、ニークル」
私はそっと彼の右手を両手で包んで、
「近々戻ってくるみたいなんだけど、正確な到着日はわからなくて。皆も忙しい時期だから、毎日一緒に行ってほしいだなんて我儘で迷惑をかけたくないし。……戻ってきたら、品物の確認のために王城に呼んでもらえるんだけど、その時はオリバー様の姿はないんだよね。それも私のためだっていうのは理解しているんだけど、ちゃんと自分の目で無事な姿を確認しないと落ち着かなくって。……私が送り出した人だから」
「…………まったく、アンタはどこまで」
深く長い息を吐きだしたニークルは、「わかった」と顔を上げ、
「あの船が領海に入ったら、俺がティナに帰国を報せる。だが、港には行くな。アレと顔を合わせるのは城でにしてくれ」
「え? でもそれだと、ニークルにもヴィセルフ様にも……」
「あの男には、俺から説明をしておくから問題ない。……頼む、ティナ」
私の両手に左手が重なり、懇願するようにしてギュッと力が込められる。
見つめる銀の瞳は苦し気で、こうも彼の苦悩をありありと見せられてしまっては、頷くしかない。
「……わかった。力を貸してくれてありがとう、ニークル」
「一人で港に行かれるのもそうだが、腹立たしい罪人にアンタの出迎えなんて褒美までやりたくはないからな」
「褒美だなんて、大袈裟だよ」
「俺はそうは思わない。現に、今こうしている時間も大層な"褒美"だと感じている」
褒美? ただ私と話しているだけの時間が?
言葉の意図がわからずに首を傾げると、ニークルは噴き出すようにして笑んで、
「俺が去ったら、眠るのだろう?」
「へ? あ、うん。そのつもりだったから」
刹那、するりと頬が指先でなぞられる。
驚きに肩を揺らした私と視線を合わせ、ニークルは上から私を見下ろし、
「アンタのこの目は俺の姿を最後に記憶して、アンタの耳は、俺の声を眠りの間際まで脳裏に響かせるだろう。ティナの夜が、俺という存在と共に終わるんだ。喜ばずにはいられないだろう?」
(それって……もしかして、ニークルって実は夜の時間が寂しいってこと?)
確かに、精霊王ニークルは夜の時間を主な活動時間としているけれど、それはあくまで"ゲームとしての"ニークルの設定だ。
今のニークルは元がくーちゃんなわけで、当然ながら私達と一緒に暮らしていたくーちゃんは日中に活動して、夜には眠る生活をしていたわけで。
(そうだよね。くーちゃんの記憶があるんだから、あの時みたいに誰かと遊んだり、話したり、もっと関わりたいって思っても当然だよね)
だから私がニークルと話した時間の余韻と共に眠ることが、嬉しいのだろう。
その時間は、私が彼と夜の時間を共有しているように感じられるから。
「ニークル」
たまらず私はその背に手を回して、ポンポンと宥めるようにして叩く。
「眠くなっちゃうから、あまり遅くまでは話せないけれど、寂しい時はいつでも来てくれて大丈夫だよ」
「……それはそれで魅力的だな。ひとまずは、良しとしておくか」
まるでお返しのようにして、トントンと私の背でニークルの掌が往復する。
と、彼はそっと身体を離し、
「離れがたいが、あの男が眠る前に話をつけておく必要があるからな。約束、忘れるなよ、ティナ。――星々の謡う安寧の夜を」
タンッと窓から跳ねたニークルが、瞬きの間にその姿を夜にくらませる。
代わりのようにして残された月に「おやすみなさい」と呟き、窓とカーテンを閉めてベッドに潜りこんだ。
今夜はニークルが望んだように、彼への感謝を抱きながら眠りにつこう。
優しい彼の夜が、少しでも彩られるように。
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