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それはまるで海のような

「きちんとご挨拶をするのは初めてですね、キャロルのぼっちゃん。もっとも、俺なんぞに挨拶なんてしたかないでしょうに」


 飄々と肩を竦めてみせるそいつを、睨め上げる。


(元とはいえ、海賊風情が)


 奴らには、キャロル商会の商船も何度か襲撃を受けた。

 ただ、こいつらはジークの"美学"とやらを理由に、積み荷を渡せば人為的な被害を出さないことでも有名だった。

 当然、積み荷を守ろうと抵抗すれば言わずもがな……だが。


 船員の命を優先する親父は、海賊の襲撃にあった際は積み荷を引き渡すよう指導している。

 おかげでコイツ等に傷つけられた船員はいないとはいえ、商船にとって、積み荷はそれこそ命だ。

 ごっそり奪われては、大赤字なんてもんじゃない。明日のパンを買う金すら危うくなる商人だっている。


 ジークは狡猾なヤツで、そうした商人の事情をよく理解し、襲撃した船には積み荷を少しだけ残していた。

 善意からではない。商船が減れば、それだけコイツ等の"獲物"が減ってしまうからだ。


 各国の劣悪な環境化で働かされている水夫の中には、海賊としては異例尽くしのコイツ等に憧れをもつ者もいたが、海賊は海賊。

 こいつらに抵抗して大怪我を負ったヤツも、積み荷を失った責任をとれと連れて行かれ、行方知らずになったヤツだって知っている。


 ともかく俺にとっては、心底憎い相手。

 ヴィセルフ様が口を開く。


「ジークにはテメエの監督を任せる」


「なっ!? 監督って、コイツは……!」


「文句を言える立場にあると思ってんのか?」


「!」


 強く噛んだ奥歯がギリリと軋んだ音をたてる。

 オリバー! と叱責したのは親父で、ヴィセルフ様は笑みのひとつも浮かべずに俺を見据えている。


「船をはじめとする航海に関する報告に、運搬されてきた品の餞別もジークを主体に進める。今後はジークの指示に従え」


「……っ、承知、しました」


 握りしめた掌の痛みに憤怒を逃して、了承を絞り出す。

 と、ジークが「あーあ、可哀想に」と緩く首を振った。

 心底憐れんだような目をしつつも口角を吊り上げ、


「まあ、こーんな怖いお方を怒らせちまった代償ってやつですね。過去を全て水に流せとは言いませんけど、俺はヴィセルフ様の命には忠実なんで、しっかりやらせてもらいます。キャロル商会長様も、どうぞよしなに」


「……ああ。愚息が世話になる」


 その日から俺は家に戻され、急ぎ航海の準備が始められた。

 学園はあれから一度も通うことなく退学となったものの、感傷に浸る暇もないほど慌ただしくしている。


 監督のためにとしきりなしに顔を合わせるようになったジークは、本当に食えないやつで、俺が逆らえないのをいいことに食事だ酒だといいように連れまわされた。

 それだけでもストレスだっていうのに、一方的に話されるアイツの経験談は悔しいほどに聞き入ってしまうものばかりで……。


(屈辱的だ……)


 まさかヴィセルフ様は、これも狙っていたのか?

 憎い"海賊"が上に立つだけでも耐えがたい状況だっていうのに、いくら同じ船乗りだとはいえ、ほんの僅かでも"共感"してしまうだなんて。


(今まで積み重ねてきた"俺"が、ズタズタになっていく感覚がする)


 ヴィセルフ様の指示もあり、俺の船にはジークの部下も数名乗り込むことになった。

 俺だって俺が信じられない。

 出航の準備が整う頃には、そいつらを心強く思うようになっているだなんて。


 親父とも、久しぶりに腹を割って話した。

 なんというか……俺は、想像以上に視野が狭まっていたのだと痛感するばかりだ。

 俺のせいで"首輪付き"になった親父は親父で、すでにヴィセルフ様を通じで王家に高級品を売り付けてきたようだし。


「なーんか恥ずかしくなってきた。俺ってそんなにガキだったってこと?」


「ん? 悪いな、うまく聞き取れなかった」


「なんでもないよ、ジーク。……いい空だなって思って」


 すっかり口調のくだけたジークが、空を見上げて「そうだな。出航にうってつけの天気だ」と首肯する。

 とうとう迎えた出航の日。

 最後の積み荷が運び込まれたのを確認した俺達は、甲板で船員の点呼を終えた。


 それぞれ配置についた船員たちが準備を整え、ジークが船を降りたら就航だ。

 船の下には、見送りにきている者もいる。

 親父は出航を見届けに来るような性格ではないので、確認するまでもない。


「んじゃ、そろそろいこっかな。ジークも五日後に出航するんだっけ。いい航海になるといいね」


「そうだな。俺にも敬愛する"紫の乙女"が見送りにきてくれたら、いい船旅になるのは確実だろうな」


「"紫の乙女"って、ティナでしょ。ヴィセルフ様が行かせるわけが――待った、今、"俺にも"って言った?」


 まさか、と急ぎ手すりへ駆け寄り、船を見上げる人々へ目を凝らす。と、


「――ティナ!?」


(そんな、どうして)


 信じられない心地で急ぎ下船する。

 息を切らす俺の前に立つティナは「見送りに来ました」と微笑み、手にしていた籠の蓋を開け、


「これも持って行ってください。この瓶はレモン入りの飴で、こっちの瓶はレモンの蜂蜜漬けです。そのまま食べてもいいですし、シロップとして飲み物に混ぜても構いません。積み荷の中にもレモンとオレンジを追加してもらっているので、皆さんでちゃんと食べてくださいね。船乗りは定期的に新鮮な果物を摂取しないと、ひどい病気になってしまうと他国の本に――」


「どうして」


 違う。謝罪とか、お礼とか、言うべき言葉は他にもっとあるって分かってる。

 なのにどうしてか、発せたのはその一言だけだった。

 ティナはちょっと驚いたように目を丸くしてから、ふわりと頬を緩める。


「私、許してませんから。お願いした品と一緒に戻って来て、償ってもらわないと」


 ティナが俺の手を両手で包み込んだ。

 その額の近くまで導き、まるで祈るようにして、


「待っていますから」


「! ――ティナ、お願いがあるんだけど」


「はい、なんですか?」


「俺が、戻ってきたらさ。"おかえり"って、言ってくれない?」


 情けない。それでも、縋りたい衝動を抑えきれなかった。

 俺が手放してしまったもの。

 もう二度と取り戻せないと覚悟をしていた、何よりも大切だったもの。

 今ならもっと――今度こそ、大事に出来るから。


「わかりました。約束します」


 俺の手中には収まらない、キラキラと輝く海のような彼女は、俺の手に柔らかな熱を込めて言う。


「ちゃんと帰ってきてくださいね。いってらっしゃい、オリ―」

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