失敗の代償
(あーあ、失敗しちゃったなあ)
卑怯ともとれる手段を選ぼうと、結果が出れば全て良し。
ティナとの"駆け引き"も、そうなるはずだったのに。何も得られないまま、最後の"おかえり"も手放してしまった。
深海へと沈む行く身ではどれだけ手を伸ばそうと、太陽に昇っていく気泡は掴めない。
「それで――俺は牢に繋がれるんだと思ったんだけど?」
王城へと到着した馬車の中で、ダンが俺の拘束を解いた時から不自然だった。
大人しくついてこい、というから、言われた通りに黙ってその背を追ってきたけども。
ダンの向かった先は地下牢ではなく、庭園の奥にひっそりと佇む小塔だった。
螺旋階段を上った先の部屋は手入れが行き届いているとはいえない、最低限の簡素な家具が置かれただけといった廃れ具合だけれども、牢獄と比べればはるかに好待遇だ。
ダンは部屋に置かれた、たった一つのランプに火をつけ、
「以前は王や王妃に逆らった王族の"反省"を促すための塔だったらしいぞ」
「らしい、ってことは、今代になってからは別の使い方を?」
「俺が知っているのは、ヴィセルフが小さい頃に罰として何度かここで夜を過ごしたくらいだな」
「王族の軟禁部屋から、子供のしつけ部屋に……か。それで? 俺はここで子供みたいに丸まっていたらいいってこと?」
「そうだな」
あっさりと首肯され、面食らう。
にこりと笑んだダンは、自身の仕事は終わったとばかりに扉の側に立った。
「食事は運ばせる。最低でも明日、声がかかるまではここから出ないことだな」
「心配せずとも、王城の騎士の見張りを撒いてまで逃げる余力はないよ」
「ああ、見張りは立たせないぞ」
「は? 逃げ放題じゃん」
「だから"忠告"したんだ。逃げても構わないけどな、よく考えてからの行動をすすめておく。オリバー・キャロル」
(ったく、ほーんと厄介なタイプ)
ダンが去り、静かになった部屋の簡素なベッドに寝転がると、ミシリと木の軋む音が響く。
見張りは"立たせない"と言った。が、見張りが"いない"とは言っていない。
わざわざ"キャロル"の名を出したのは、俺がまだ家門から除名されていないのだと示すためだろう。
つまり、俺が逃げれば親父や商会が責任をとらされる可能性が高い。
どちらにせよ、塔から抜け出したところでその後の伝手もない。
どころか、ティナに好意を抱く有力貴族の連中が総力を挙げて、全力で追ってくるだろうし。
「大人しく流れに身を任せるが正解ってね」
王族には"罰"となる埃臭い布団も部屋も、慣れている。
ただ、不可解なのが、騎士が運んできたパンとスープはちゃんと温かくて、水差しも新しいものに変えてくれたことだ。
"罪人"の扱いではない。いったい、誰の指示なのか。
ダンが再び現れたのは、朝の香りが薄れ、薄暗い部屋に急かすような明かりが伸びてきた頃だった。
やっぱり拘束のないまま連れて行かれた部屋の扉が開かれ、中に踏み込んだ刹那、
「こんっの馬鹿者!!!!」
「!?」
轟く怒号と共に頬に強い衝撃が走り、勢い良く倒れ込んだ。
殴られたのだと理解するとほぼ同時に、胸元をぐいと乱雑に掴まれ対面する。
「親父……っ!?」
「その辺にしてくれ、キャロル商会長。親子喧嘩を見るために呼んだんじゃない」
「……大変な失礼をしました、ヴィセルフ様」
俺を放り捨てた親父が、姿勢を正す。
その視線の先、部屋の奥に座していた声の主を見遣ると、不機嫌そうな眉間にますます力が入る。
「よく寝れたみてーだな」
「あー……素敵な部屋に泊めていただけましたから。それも温かな食事つき。"罪人"相手に、待遇が良すぎやしませんか」
「俺だって地下牢にぶち込んでやるつもりだった。……テメエはこれからティナへの償いを果たしていくんだろーが」
(ああ、納得)
地下牢に放りこんで、体調でも崩されたら"商人"として役に立たなくなるってこと。
(まさか本当に、ティナとの"口約束"を守るなんてね)
あの場ではティナにいい所を見せたくて、好きにさせている可能性も考えた。
ヴィセルフ様の眼からは俺への怒りと憎悪が消しきれていなかったし、結局は俺がティナを裏切って逃げたことにして、始末されるのではないかと。
そんな俺の憶測に気が付いたのか、ヴィセルフ様は鼻で笑うと腕を組み、
「キャロル商会長には先に説明したが、本件は王より俺に一任された。オリバー・キャロル。お前が身勝手な私情によりハローズ伯爵令嬢を誘拐、監禁した事実は公表しない。本件は、あくまで内密とする。今後キャロル商会は船の一隻をお前に任せ、東の国より王家の要求する品の買い付け、運搬を命ずる。こちらが妥当と判断した品のみ、仕入れ値と同額で買い取る。当然、王家からの支援はない」
低頭しながらヴィセルフ様の言葉を聞いていた親父が、胸元に手を添え忠義を示す。
「寛大な措置に心よりお礼申し上げます」
「付け加えておくが、オリバー・キャロルの除名も禁じる。また、責を放棄し、他国に逃げおおせた際はお前たちを追わない。が、その時はキャロルの名が付く全ての者を反逆人とする。国内に残った者はもちろん、再びこの国に足を踏み入れたその時は、相応の処罰が下ると心得ろ」
「承知いたしました。キャロル家当主として、忠誠を持って責務を果たしていくことをお約束いたします」
さらに深く頭を下げた親父に倣い、俺もまた、体制を整えて腰を折る。
ヴィセルフ様は俺達をしばし見遣ってから、
「"優秀な跡継ぎ"とされていながら、自ら"キャロル"に首輪を付けた気分はどうだ? キャロル商会が俺の手の内に収まることなんざあり得ないと思っていたが……は、いい眺めだな」
「……っ」
「忘れるなよ、オリバー。俺はテメエを許してなんざいないし、許すつもりもねえ。……ダン、扉を開けろ」
控えていたダンが、扉を開ける。すると、新たに入室してきた者が。
その者は低頭し続ける俺達を通り過ぎ、ヴィセルフ様の側に立つ。
「頭をあげろ」
ヴィセルフ様の指示に、親父と顔を上げた。そこには。
(っ、コイツは……ジークっ!)
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