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俺を好きになってほしかったのに

「久しぶりーティナ! 早く会いたくって迎えにきちゃった」


 ふわりと持ちあげたティナが、「はわっ!?」と慌てふためきながら驚愕に目を丸める。


(なに、その反応)


 俺の知る"ティナ"はしない。けれど、俺を見下ろす紫の瞳は、感情に素直なあの"ティナ"のもの。

 この瞳が特別な愛情を持って、俺を映すというのなら。


(うん、悪くない)


「しばらく見ないうちにますます別嬪さんになったじゃん。それで? そろそろオレと婚約する気になった?」


 俺はティナと婚約の意志がある。そう示すつもりで放った言葉に、ティナは盛大に驚いた。

 更には"婚約"の言葉に詰め寄る"オトモダチ"の反応を見るに、どうやらティナは俺達の約束を周囲に黙っていたよう。


(ま、そうだと思ったから、あえて口にしたんだけどさ)


 ティナは昔から俺と同じく、この婚約話を"あってないようなもの"だと考えていたから。

 俺との縁だって、互いの父親の交流を阻害しないための"親孝行"程度に思っていそうだったし。


(ほーんと、"普通のご令嬢"なら、こんな"好条件"を逃してなるものかって必死になるもんじゃん?)


 互いにすっかり年頃になったというのに、むしろ迷惑そうにしているところがティナらしい。


(そんなところがいいんだけどね)


 黙っていろと俺を睨むティナの顔は、俺の良く知る彼女のまま。

 ティナが何を思って"侍女"という立場を越えて、ヴィセルフ様やエラ嬢、レイナス様にダン様といった権力者の側にいたのかは知らないけれど。


(一日でも早く、俺の"婚約者"にしなきゃ)


 正直、自信があった。

 これまでは"侍女"として、絶対的な権力を持つヴィセルフ様の庇護を受けながら王城という小さな世界にいたから、大きな問題は起きなかったのだろうけど。

 貴族の子息令嬢が集まるこの学園では、そうはいかない。


 権力者との縁を望む者たちが、いつだって不都合な相手を蹴落とそうと狙っている。

 ましてやテオドールもティナを敵視していて、無理難題を突き付けてエラ嬢から引き離そうとしていたし。

 敵ばかりの世界で、優しく接する昔馴染みの俺に、ティナはすぐに心を寄せてくれるはずだと。


 なのに。ティナはその目に俺への信頼を宿すことなく、あらゆる"障害"をどんどん乗り越えていってしまった。

 ヴィセルフ様たちとの距離は離れるどころか、ますます親密になるばかり。


 おまけに新しいスイーツはもちろん、フォーチュンテリングカップやらシークレットシューズやら、新しい製品まで生み出している始末。

 ティナがその能力を示し、学園内での地位を確立していくほどに、"キャロル商会"の状況は苦しくなっていく。


 それに――気が付いてしまった。

 ティナを取り巻く"オトモダチ"は、そうと思っているのはティナばかり。

 ティナに向けられる瞳には確実な"特別"が宿っていて、それは、ヴィセルフ様にも。


(マズい。ティナが気が付く前に、俺のモノにしないと)


 いくらティナが"普通のご令嬢"でないとはいえ、王子に求婚されれば誰だって頷くものだ。

 ましてやどうにも、ティナはヴィセルフ様に絶大な信頼を寄せていて、彼個人を嫌っているようにも見えない。

 いや、むしろ――。


(このままじゃ、取られる)


 俺の卒業も着実に近づいている。

 船員はますます"クリスティーナ号"に取られているし、親父は「お前は学園生活に集中しろ」と言うだけで、これといった打開策もないままだ。

 俺は俺で、どうにもティナとの仲が深まらない。

 焦りばかりが積もっていく、そんな時だった。レイナス様が、ティナにその想いを告白したのは。


「僕を意識してください、ティナ嬢。あなたを僕の婚約者として連れ帰りたいという想いは、冗談でもなく、紛れもない僕の願望です。あなたのことを、心から愛しく思っています」


「レイナス様、その、本気で……?」


 ――駄目だ。

 取られてたまるか。ティナは、俺のモノだ。


「ティーナ」


 叫び出したい衝動をぐっと抑え、いつも通りの、"ティナの良く知る俺"のように軽い調子で笑んでみせる。

 ティナは強引な男を好まないし、"昔からの俺"にはなんだかんだ、甘いから。


「よそ見なんかしないで、俺にしときなよ、ティナ。ティナのこと、一番に理解してるのは小さい頃から知ってる俺なんだからさ。大事にするよ?」


 言葉に嘘はない。

 ティナが俺を選んでくれれば、それこそお姫様のように扱ってあげるつもりだった。もちろん、ティナが望めばだけれど。


 それに、権力に興味のないティナにとっても、一国の王子の伴侶なんて負担なはず。

 とはいえティナの性格からして、"王子"という権力者からの求婚を断る勇気もなかなか持てないだろう。

 だから、"噂"を流した。ティナはもともと俺の"婚約者候補"だと。


 ティナへの好意を露わにしはじめたレイナス様に対抗して、俺もまた、ティナへの好意を周囲に見せつける。

 ティナが戸惑うことはわかっていたけれど、こうすれば、俺を選びやすくなるだろうと思った。


 いくら奇抜な発想力があろうと、"田舎の伯爵令嬢"なんかが王子様の婚約者になるなど許せないご令嬢方が、ティナには俺が"お似合い"だと噂を強めるだろうから。

 周囲の目を気にするティナは、"自分では王子様に釣り合わない"と、俺を選ぶはず。


(簡単だって、思ってたのになあ)


 打てる手は打った。

 好意を伝えて尽くして、彼女にとっての"好条件"を提示して。

 互いだけしか見えなくなるような情熱的な恋心は持てなくとも、俺となら結婚してもいいと。

 そう納得できるだけの"好き"を抱いてくれたら、全て解決していたのに。


「ごめんなさい、オーリー。結婚は出来ません」


(……ごめんね、ティナ。俺を、好きにしてあげられなくって)


 でも、絶対に俺を選んでよかったって思えるようにするから。

 たくさん、たくさん大切に愛してあげるから――今だけは、許してほしい。


「ティナには俺と結婚してもらうよ」


 強引に抱えあげた彼女が、その瞳に驚愕と恐怖を宿して俺を見る。

 ズキリと心が痛んだけれど、止めてあげることはできない。

 婚姻署名書に名を書くよう言いつけて、閉じ込める。

 出してほしいと懇願する必死な声も、激しく打つけられる扉の音も、本当ならば聞きたくはなかった。


(どこまで身勝手なんだろうね、俺は)


 大切にしたいといいながら恐怖に陥れて、絶望的な選択を迫って。

 ティナを傷つけている張本人だっていうのに、この期に及んでも、嫌われたくはないだなんて。


「どうしても、俺にはティナが必要なんだ。俺を……助けてよ、ティナ」

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