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全てを守るために婚約を

 ある日、またある日とテオドールから聞かされる"王城でのティナ"の情報に違和感と妙な焦燥を感じている最中、キャロル商会としての仕事でも異変が起きた。


「ねえ、近頃ラッセルフォード王国で人気だという"mauve rose"の菓子はないのかい?」


「……え?」


 始めは思い出したように一人に尋ねられただけだったのに、気が付けば「次は"mauve rose"の菓子を持ってきてくれ」と言われるまでになっていた。

 あの店はヴィセルフ様の直営だ。持ち出すのならば、王家との交渉が必要になる。

 当然、こちらから交渉など持ち出しては、"キャロル商会"が守り続けていた"自由"も危うくなるだろう。


(それだけは、出来ない。親父も動きがないってことは、同じ考えのはずだ)


 自慢の話術と愛嬌でかわしながらも、じわりじわりと追い詰められていく感覚。

 そして、とうとう突き落とされた。


「この品をラッセルフォード王国向けに仕入れたい? あー……すまんな、これは"クリスティーナ号"に売るって決まってるモンなんだ」


 男の言葉が嘘であることは、即座に分かった。

 "キャロル商会"の俺が目をつけた。だからこそ、同じラッセルフォード王国からやってくる王家直属の商船、"クリスティーナ号"に売りつけたほうが得になると判断したんだろう。

 瞬時に損得を計算する。商人というのは、そういうものだ。


 それでもまだ、顔見知りの相手は俺達を優先してくれていたし、そもそも"クリスティーナ号"は特定の品しか購入をしなかったから、なんとかうまくやっていた。

 いや、確実に崩壊の一途を辿っていた事実から目を逸らして、"うまくやっていた"と思い込みたかっただけなのかもしれない。


「どういうことだよ親父! 今日の出航は中止だなんて!」


 執務室で書類仕事をしていた親父は、チラリとだけ目線を上げるも再び書類に視線を落とし、


「乗船予定だった船員に体調不良者が出た。必要人数を確保できなければ出航はしないと取り決めているのは、お前も知っているだろう」


「けど、今までは別の船員を補充して……っ」


「補充できる船員などいない」


「!?」


 親父はやっとのことで視線を上げ、苦々しい表情で眉間を揉む。


「残りは一昨日、俺と共に戻ってきたヤツ等ばかりだ。無理やり駆り出して、体調不良者を増やしては次の出航に支障が出る。今回のお前の短期貿易よりも、次の俺の航海のほうが商機が――」


「そんなに、減ったのか」


 一人、また一人と辞める船員が相次ぎ、親父が常に船員の配置を見直している状況にあることは気が付いていた。

 ラッセルフォード王国一の商家、"キャロル商会"がその地位を不動のものとしてきたのは、船員を奴隷のごとく酷使する商家とは異なり、適切な休息を与えながらきちんと船員の数も確保しているからだ。


 だからこれまでは、急な欠員が出たとしても、待機予定だった船員から補充が可能だった。

 一時は教育中の船員も含め、待機者が何人もいたというのに。


「……"クリスティーナ号"がそんなにいいって言うのかよ。船長も仕切ってる奴らも、野蛮な海賊だっていうのに」


「思っていた以上に、ヴィセルフ様が奴らをうまく抑えているのだろう。船員のあり得ないほどの高待遇は、暴力的で無礼な奴らとの航海を許容する船員を確保するための"餌"だと思っていたが……。まさか船員が定着するばかりか、こうも人気を集めるとはな」


("クリスティーナ号"のせいで、船員まで失うだなんて)


 あんな貴族のような待遇を提示できるのは、王族であるヴィセルフ様だからだ。ウチだって難しい。

 ――"キャロル商会"は、どうなるんだ?


(商機も地位も、船員さえも、このまま"クリスティーナ号"に奪われ続けるのか?)


 させない。俺達が、親父が、これまでどれだけの危機を乗り越えて今の"キャロル商会を"築いたと思っているんだ。

 ただ王族に生まれたというだけで好きなだけ権力と金を費やせる、自分で船に乗らないヤツの"気まぐれな娯楽"に、奪われていいはずがない。


(どうする。相手は王族だ。直接喧嘩をうっては、こちらが潰される)


 "クリスティーナ号"に手を出すことなく、かつ確実に損害を与えるには――。


「……ティナ」


 そうだ。クリスティーナ号が海を渡るのは"mauve rose"のため。そしてその"mauve rose"は、ティナが菓子を考案しているようだとテオドールが言っていた。

 だとすれば、ティナを俺のモノにすれば、自然と奴らは勢いを失うだろう。

 そして次に彼女の恩恵を受けるのは、俺達"キャロル商会"だ。


(元々ティナとは婚約の約束がある。ティナだって、覚えているはず)


 なにも難しいことはない。女の子を喜ばせるのは得意だし、ティナの性格だって昔からよく知っている。

 ティナを俺の恋人に。そして彼女を、"キャロル夫人"に。

 その決意を後押しするかのように、ティナがクラウン学園に入学するとの知らせを受けた。

 ティナの父親から届いた手紙には、「どうか、ティナの手助けをしてやってくれ」と記されていた。


(ハローズ伯爵なら、ティナが卒業すると同時に結婚させてほしいって頼んでも、許してくれそうだな)


「なあ、テオ。ティナのことなんだけどさ」


「ああ、まさか異例も異例の推薦を使って入学を決めるとはね。オリバーの印象よりも随分と強かな彼女が、どうかしたのかい?」


「俺が卒業する前に、正式な婚約をしたいなって思っててさ。だからあんまりイジメすぎないでやってね」


「本気かい? 特定の相手を作らずに遊んでばかりのオリバーが? わかっていると思うが、彼女はお前の記憶とは随分と様変わりしているようだよ」


「いいよ、それでも。俺の中でティナとの婚約は、決定事項だから」


「……"予定"のひとつとして覚えておくよ。けれど僕は、手を抜くつもりはないからね。姉様をあの女の手の内から奪い返すのが先決だ」


(ま、それならそれで、俺が慰め役になればいっか)


 いくらこれまでは王子サマやエラ嬢に目をかけてもらっていたからといって、入学すれば事情も変わる。

 この学園におけるティナの安息の場所は、俺だけだ。


 そうして迎えた入学式で久しぶりの再会を果たしたティナは、俺の知る彼女よりも随分と明るい雰囲気をまとい、くるくると表情を変える女の子になっていた。

 おまけに、聞いていたよりも王子サマたちと随分と親し気で――。


(だとしても、俺の目的は変わらない)

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