らしくない彼女
「え? ティナって全然戻ってきてないんですか? 王城の侍女って、休暇日がありますよね?」
王都クラウン学園は貴族の子息令嬢が多く通う学園であることから、在学中でも申請をすれば、欠席にも寛大だ。
商人でいたければ、時流には敏感でなくてはならない。
故に学園に入学してからも、定期的にキャロル商会の船に乗り、他国との貿易を続けていた。
久しぶりにハローズ伯爵の元を訪ねたのは、休暇を利用して帰ってきているだろうティナへの土産を託すためだったのだけれど。
迎え入れてくれたティナの父親であるハローズ伯爵は、今にも泣きそうな顔で「そうなんだよ」と肩を落とす。
「帰る時間も金も勿体ないからって、有事の時以外は帰らないつもりだとか言ってね……。出ていく時も、王城で侍女を募集しているようだから行ってくるって言い置いて、突然だっだし……。まあ、それもこれも、私が不甲斐ないからなのだけれども」
しおしお、という音が似合いそうな弱々しさで、ハローズ伯爵は椅子に腰を落とす。
「そういう事情だから、ティナへの土産を預かったとしても、いつ渡せるかはわからなくてね。王城に送るにも、物品は難しいんじゃないかな。大抵は没収されるって聞いたことがあるから」
「……そうですね」
早くに王妃を亡くした国王は、よほど王妃を愛していたのか、後妻も妾も迎えることはなかった。
故にラッセルフォード王国では、ヴィセルフ王子が唯一の後継者。
王城の関係者に贈り物をしたとて、彼に僅かでも害を成す可能性のある品は、ことごとく処分されるというのは周知の事実だ。
ハローズ伯爵は紅茶を一口含むと、「それにしても」と穏やかな顔で俺を見上げ、
「少し見ないうちにすっかり大人の顔つきになって、子供の成長は早いねえ。オリバーくんの方が、ティナと会う可能性が高いんじゃないかな。あの子に会ったら、頑張りすぎる前に戻っておいでと伝えてくれるかい」
その場では了承を返したものの、実際のところ、俺がティナと出会う確率はほとんどゼロに等しい。
大の"規則"嫌いで有名なキャロル商会が王家主催のパーティーに招かれることはほとんどないし、あったとしても、出席を見送るのが常だ。
王都ですれ違うにしたって、そもそも"あの"ティナが頻繁に出て来るとは思えないし。
(手紙でも送ってみる……? いや、今後のことを考えると、ティナには王城の侍女としてうまいこと伝手を作ってきてほしいからなあ)
自国はもちろん、各国の女の子とそれなりに"交流"してきたけれど、今のところ結婚を考えるような相手には出会えていない。
ハローズ伯爵の口振りからして、ティナも特定の相手いるわけではないようだし、このままだとティナと結婚する確率が高そうだ。
(まあ、それならそれでもいいんだけどさ。ティナのことは嫌いじゃないし)
むしろ、小さい頃から俺達商人の事情を理解しているうえに、あれそれ口うるさくもないから丁度いいのかも。
なら、最大限に有利な状況にしておくべきだ。
手紙なんて送って、"キャロル商会"の関係者だとティナが警戒されては、得られるモノも失ってしまう。
(案外、ティナが学園にいる俺に手紙を送ってこないのも、似た考えだからなのかも)
それこそ手紙一つ送ってくれれば、俺を"王都散策の案内役"にすることだって可能なわけで。
不慣れな街では買い出しだって大変だろうに、貴重な"伝手"を使わないのは、ティナなりの理由があるってことだろう。
(ひとまず今は大人しく、出来る範囲でティナの情報を集めておこうかな)
けれどもそんな俺の怠慢は、すぐに破られた。
「姉様を誑かした相手を見つけた」
二人きりとなったにも関わらず、さして困っていない生徒会室で、目尻を吊り上げたテオドールが俺の前にダンッ! と音を立てて書類を叩き置いた。
重度の"姉様好き"であるコイツは、ブライトン家に立ち寄った際に"姉様"ことエラ嬢が『大切な人』と称した相手を必死に、それこそ文字通り血眼になって探していた。
(思っていたより早かったな)
まあ、その頭脳の高さから時折国軍の軍議に呼ばれるほどの男が探すというのだから、そうかからずに見つかるとは思っていたけれど。
テオドールは椅子に腰かけたままの俺をぎろりと見下ろし、
「ティナ・ハローズ。オリバー、知らないとは言わせないよ」
「……は? ティナが、その相手? まっさか」
真っ白な脳を必死に動かし、テオドールの書類に目を通す。
「僕が間違えるはずがないだろう? 特筆すべき点もない、田舎も田舎の出身だから情報が少なすぎるけれど……間違いない、彼女だ。純粋無垢でお優しい姉様の懐に入り込み、贈り物までさせている。狙いは姉様を利用した有力貴族との玉の輿か? いや、王家への反逆を企てる反対派の諜報員の可能性も」
「ちょ、ちょっとまって、テオ。断言する。ティナは、テオが警戒するような女の子じゃないよ。それに、小さい頃から俺の婚約者候補だし」
ティナの安全性を必死に説くも、テオドールの警戒を解くことは出来なかった。
(マズい。テオドールに目をつけられては、王家に何を拭き込まれるかわからない)
そうなっては最悪、解雇だってあり得るだろう。
それは困る。
だからなんとか、いかにティナが"ただの田舎令嬢"なのかを説得し続けたけれども……小さな疑問も抱いた。
――"あの"ティナが、エラ嬢と懇意にしているだって?
彼女のためにと手作りの"プリン"なる菓子を持って、屋敷まで訪ねていった?
しかも、あの悪名高いヴィセルフ様――この国唯一の"王子様"と共に?
(どれもこれも、ティナらしくない)
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