おかえりを言ってくれる女の子
すると、耐えきれずといった風にしてテオドールが駆けてきた。
厳しいダンの表情から何かを悟ったらしい。困惑の中に怒りを混ぜ、
「いったい何をやらかしたんだい、オリバー!」
「詳しいことは王子サマたちが説明してくれるよ」
「僕はお前に聞いているんだ!」
胸倉をつかみ上げるテオドールは、どこか縋るような必死さで俺を睨み上げてくる。
「ごめん、テオ」
テオにも悪いことをしちゃったな。
頭の隅でそんなことを考えながら、苦笑する。
「卒業までは、俺が力になるって。テオを孤立した独裁者なんかにさせないって、約束してたのにね。まあでも、心配しなくても大丈夫だよ。今の生徒会はたくさん人が増えたし、テオの大好きなお姉サマだっているじゃん。あと少し、頑張ってね」
「――っ! 卒業は!?」
歩きだした俺は、引き留めるような怒号に歩を止め振り返る。
「お前は僕と共に、生徒会の名を背負って卒業すると言った。その約束は、どうなるんだ……っ!」
(よく覚えているな)
王都クラウン学園の、生徒会副会長。
卒業後、商会で働くにも有利な肩書なうえ、会長はとても面倒だから、副会長がちょうどいい。
そんな打算から、テオが会長職をまっとうできるよう補佐をするという意味を込めて、俺が一緒に"生徒会"の名を背負って卒業するって宣言したのだけれど。
(テオは、ちゃんと意味のある"約束"にしてくれてたんだ)
クラウン学園への入学なんか必要ない。
それよりも一か国でも多くの国を回るべきだと告げた俺に、親父が語った理由を思い出す。
『俺達商人は、必ず陸に戻るものだ。海は道に過ぎない。かけがえのない友人でも、愛すべき恋人でも、将来有望な客でもいい。お前の"戻る理由"を見つけてくるんだな』
もしかしたら。もしかしたら、だけど。
俺がちゃんとうまくやっていれば、テオもまた、俺の"戻る理由"の一人になってたのかも。
「……テオの卒業スピーチ、見れなくて残念」
「――!」
いこっか、と時間を許してくれていたダンを促す。
テオの声はもうない。馬車に乗り込む刹那、王子サマに支えられて船から降りてくるティナの姿が見えた。
ご令嬢ちゃんたちが駆け寄っているのが見える。
テオは俺の馬車を見ていたようだけれど、レイナス殿下に声をかけられ、ティナと王子サマの元へ向かった。
動き出した馬車の窓からは、ティナが俺を見送っているようにも見えた。
***
「はい、ティナ。お土産だよ」
木漏れ日の下で、木に背を預けながら小さな本を読んでいたティナを見下ろし、異国の花を一本と小瓶をかざすようにして見せる。
ティナは一瞬、驚いたように目を見開いたけれど、すぐに呆れたような顔をした。
「気を遣う必要はないって、いつも言ってるじゃないですか」
「やだなあ、俺が好きであげてるだけだっていつも言ってるじゃん」
言いながら隣に腰かけ、ティナに「はい」と差し出すと、ティナは仕方ないといった風にしながら、
「ありがとうございます。この小瓶は何ですか?」
「寝る前とか、夜会の前に手に塗るクリームだって。この間行った国で、女性たちに人気でさ」
「ああ……わかりました。使ってみて、感想をお伝えしますね」
「さっすがティナ、よろしくね」
俺がこうして"土産"としてティナに渡すモノは、この国に商品として持ち込むかどうか悩んでいる品物であることも多い。
ティナがそれに気がついたのは、わりと早かった気がする。
ともかく、それ以降もティナは特に文句を言うことなく、俺の"土産"を受け取った時は協力してくれている。
ティナは首都のご令嬢たちとは違って自己顕示欲が強くはないし、そもそも自慢するような相手もいないようだから、俺にとってもありがたい"協力者"になっている。
「戻られたばかりですか? お茶の用意をしましょうか」
そう言って立ち上がろうとしたティナよりも先に立ち上がり、手を差し出す。
ティナはやっぱり仕方なさそうにしながら、俺の手をとり腰を上げた。
他の女の子なら、嬉しそうにしてくれるのに。
「親父も事務処理が終わったら来るみたいでさ、こっちで夕食をご馳走してもらえるって話になってるみたい。でもその前に、ティナとお茶がしたいな」
先を歩くティナの背を追うようにして、のどかな草木の中を歩いて行く。
どの国の女の子とも違って、ティナは俺のエスコートを嫌うから。
屋敷に向かって進んでいくティナは、早足ではないけれど、俺をチラリとも見ずに言う。
「……いつもながら、高級な茶葉も食材もない、田舎の家庭料理しかお出しできませんよ。帰国祝いならば、首都の煌びやかな料理店に行かれるべきでは?」
「俺達はここが落ち着くんだって」
「お二人とも、相変わらずのモノ好きですね」
実は高級な茶葉を買ってきているのだと、いつ披露しようかな。
そんな算段を立てていると、ティナがくるりと振り返った。
「おかえりなさい、オーリー」
柔く緩んだ紫の瞳には、確実な安堵。
ティナの目は感情にまっすぐだ。
彼女はいつだって、手紙もなく突然帰国する俺にも「おかえりなさい」を欠かさない。
張り詰めていた神経がじんわり解けていくような、温かくて、安心するような心地よさ。
(これが、待っていた"家族"に会えたような感覚なんだろうな)
情欲のない、純真な嬉しさ。
いつだって求められる"キャロル商会のオリバー"ではなく、ただの"オーリー"でいられる場所。
「ただいま、ティナ」
小さい頃から顔見知りで、時々会っては、いまだに欠かさず「おかえり」と言ってくれる女の子。
首都はもちろん、外の情報には疎くて。田舎暮らしの"令嬢"である身を密かに恥じているからか、他人の手を借りずに自力でどうにか解決しようとする。
そんな意地っ張りなところや、他人を頼れない不器用さを手助け出来る"男"は、俺だけで。
俺にとってのティナは――そう。"妹"のような存在だと、疑うことなく納得していた。
そのはずだったのに。
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