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甘えさせてくれる人

「…………」


 顔を戻すと、私の眼下で手すりを握りしめる手は、その力の強さを示すように色がうっすらと変わっている。

 それでも"すまない"と謝罪を口にしないのは、ヴィセルフにとって、"私に話さない"という選択肢が必要不可欠だったから。


(私に怖い思いをさせたことは謝ってくれたから、これは、"謝っちゃいけない"ことなんだろうな)


 もしかしたら、ヴィセルフはギリギリまでオリバーが実行しないことを願っていたのかもしれない。

 私を船に乗せても、結婚を願い出ても。

 閉じ込めて脅迫などせず港に戻れば、ヴィセルフもまたダンと共に静かに船を降りるつもりだったのかも。


 だからわざわざ変装までして見守るなんて、手間をかけて。

 知らなければ、それはなかったままに出来るから。


(オリバーが私の幼馴染だから、大事にならないよう動いてくれていたのかな……なんて、さすがにうぬ惚れすぎだよね)


 でも、もしかしたら。

 そう考えてしまえるほど、この人が私に優しいことはよく知っている。


(いくら"友人"にしてくれたとはいえ、一国の王子が自ら"風よけ"になるなんてあり得ないよなあ)


 けれどそれを当然のようにやってしまうのが、私の知るヴィセルフだ。

 胸がトクトクと温かくなる。私はそっと左手を伸ばし、ヴィセルフのそれに重ねた。

 ひやりとした手の甲に、僅かでも熱が移りますように。


「次に有事と対面した際は、ヴィセルフ様に"話してもいい"と思っていただけるように精進しますね」


 肩口でピクリと揺れた重みが、そっと退く。


「……ティナを巻き込む前に、解決できるようになってみせる。だから……俺を、嫌わないでくれ」


「! 心配ありませんよ、ヴィセルフ様」


(私も随分と図太くなったもんだなあ)


 こんな状況でヴィセルフを、可愛い、なんて思うだなんて。


「こんなにも私を気遣ってくださるヴィセルフ様を嫌うのは、なかなか難しいです。ヴィセルフ様が私を見限る方が、先だと思いますよ」


「それは、ない。絶対に、あり得ない」


「ヴィセルフ様のそのお気持ちと同じくらい、私もヴィセルフ様を大切に思っております」


 少しでも安心してもらおうと再びその顔を見上げると、ヴィセルフは瞠目して空を仰いだ。


「あ~~~……俺と同じだけ、なあ。そうなってくれりゃいいんだが」


「あ、信用していませんね? 本当の本当です!」


「そうだな。わかってる」


 どこか棒読みのようなそれはわかっている言い方ではないと抗議をしようとした刹那、ヴィセルフは手すりを握っていた手を私の両肩に移した。


「気が晴れたんなら、そろそろ戻るぞ。暖かい紅茶を淹れてやる」


「私がお淹れしますよ?」


「ティナはまだしばらく休んでおけ。これは命令だ」


 呆れたように告げて、ヴィセルフは私の手を引き船内へと導く。

 相変わらずの優しい"命令"に、それなら仕方ありませんね、と私は笑みを零して、


「では、甘えさせていただきます」


「そうだな、甘えておけ」


 立ち止まったヴィセルフが、ぐいと私の腕をひっぱる。

 バランスを崩した私を支えたかと思うと、まるでそうするのが当然といった風な自然さで私を"姫抱き"し、


「忘れるなよ、ティナ。俺が甘えさせるのも、紅茶を淹れるのも……温めてやるのも、ティナだけだからな」




***



(結局、俺はティナに甘えたかったのかもなあ)


 そんなことをぼんやりと考えていると、「降りるぞ」とダンが立ち上がった。

 その手にはしっかりと、俺に巻きついた蔓の先。

 ティナと別れてからというものの、その表情はすっかり王族に仕える"護衛騎士"そのものだ。

 いつもは綺麗に隠されている冷酷さが、見え隠れしている。


「……はーい」


 もはや"先輩"ではなくなったからと礼節を捨てたダンに引かれ、港に戻った船から降りる。

 待ち構えていたのは生徒会のメンバー……もとい、俺と同じくティナに魅了されている者たち。


 どうやら彼らは王子サマから、俺の計画を知らされていなかったらしい。

 拘束された俺を見て、驚愕と困惑を浮かべている。

 推察するに、ティナが俺と共に船に乗り、その船が出港したとの連絡を受け慌てて集結していた……ってところか。


(……いや、違うな)


 一人だけ。レイナス殿下だけが、明確な敵意と憤怒を宿らせた目で俺を射抜いている。

 なるほど、と腑に落ちたと同時に、ふは、と噴き出してしまう。


(いったいつからが、王子サマの策だったんだ?)


 我儘で横暴、とても王位継承者だとは思えないほどに愚鈍な王子サマだという評価は、共に学園生活を過ごす中で多少なりとも書き換わっていたけれど。

 まさか、この俺があの王子サマの策にはまるとは。


(レイナス殿下がティナに本気なのは間違いなかったから、油断した)


 ああして大胆にアピールを始めたのは、俺に対抗するためだけではなかったらしい。

 それすら見抜けない程に、この目は曇り切っていたってことか。


 ダンの向かう馬車は貴族が好む上等な外観をしているものの、王家の紋章はない。

 それがまた、王子サマがいかにティナを大事にしているのかを見せつけられているようで、自分との対比に自嘲してしまう。

★電子書籍にてコミカライズ連載中!★

(DPNブックス/漫画:田丸こーじ先生、構成:風華弓弦先生)

ぜひぜひよろしくお願いします!


ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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