私は優しくなんかないのです
「……ティナってさ、優しさが時には残酷だってこと、自覚してる?」
「……以前、友人に似たような事を言われました。私のこの提案は"優しさ"ではありません。オリバー様を脅す形で自分の利を得ようとしているという事実は、理解しているつもりです」
「そう……。なら、安心した。俺に首輪をつけたのも、その手綱を握っているのもティナだって、ちゃんと覚えていて」
オリバーはヴィセルフへと顔を向け、跪く。
「どうかこの身をティナに捧げ、贖罪とする許しをお与えください」
恭しく下げられた頭を睨みつけていたヴィセルフは、チッと舌を鳴らして自身の額に手を当てる。
「ダンの説明した通り、テメエの処遇は王も交えた議論の末に決定される。……テメエは随分と軽々しくティナの案をのみたいと言うが、"商船"として船を動かすには人手が必要だ。今この船に乗っている連中だって、どれだけ残るかわからねえ状況だろうが。手を貸すつもりはねえぞ」
「その時は土下座でもなんでもして、体制を整えてみせるよ」
「…………ダン」
はあ、と大きく息を吐きだして、ヴィセルフは渋々口を開く。
「ソイツは船長室じゃなくて食堂に連れて行け。他の船員の出入りは、自由にさせてやっていい」
すると、ダンは苦笑しながら肩をすくめ、
「手は貸さないんじゃないのか」
「……ソイツに船長室なんざ贅沢すぎるからだ。船員に殴られよーが、放っておけ」
「了解」
ダンに促され、オリバーが立ち上がり歩きだす。
「じゃあね、ティナ。慈悲をかけてくれてありがと」
オリバーはちらりとヴィセルフへ視線を移し、
「俺も一番に守りたいモノが違ったら、"正しく"成長出来ていたのかな」
「とっくに失った"もしも"に興味はねえ。今が全てだ」
「……おっしゃる通りで、"ヴィセルフ殿下"」
今度こそ背を向けて、オリバーがダンと共に去っていく。
既にシナリオから外れてしまった世界で、"正しさ"を示してくれる指標なんてない。
私に出来るのは、どうか今回の選択が少しでも救いに繋がるよう祈り続けること。
オリバーにとっても、そして、"私"にとっても。
「……顔色が悪いぞ、ティナ。座って休むか? 横になりたきゃ、癪だが船長室が一番マシなはずだ」
「あ……少し、甲板に出て来てもいいですか? 風に当たりたくて……」
わかった、と頷いたヴィセルフが、私に手を差し出してくれる。
この手を取ることに、躊躇しなくなったのはいつからだろう。
私を気遣うヴィセルフの声を頼るようにして、連れ出してもらった甲板に立ち海を眺める。
頬を通り過ぎていくヒヤリとした冷気に、やっと気が緩みふうと息を吐きだした。
「……少し寒いな」
「あ、ヴィセルフ様は中にお戻りください。私も少し休んだら戻りますから」
「あ? ティナを一人にしていくわけねーだろ」
刹那、隣に並んでいたヴィセルフがふと私の手を放した。
あ、と過った時には、私の左右から手すりに向かって伸びた腕。
背の冷気を遮断する確かな存在に、ヴィセルフが私の背後から腕を伸ばしているのだと悟ったのはいいけれど。
(こ、この体制って恋人同士がするもんじゃないっけ!!!!????)
ダンスを共にしているから、近しい距離にはそれなりに慣れている。
けれど、けれどこれはさあ……っ!?
(バックハグ一歩手前というか、ほぼバックハグみたいなものだよね!!?)
僅かでも動けばその身体に触れてしまいそうで、硬直したまま動けない。
ドキドキ通り越してドドドドドとヒートアップする大音量の鼓動と、あわわわわと意味を成さない思考に混乱していると、あろうことか右肩にふわりとした感触と重みが加わった。
ヴィセルフがその額を私の肩口にうずめたのだと。
理解した瞬間に、心臓が飛び出しそうになる。
「ヴィ、ヴィヴィヴィヴィセルフさま……っ!?」
「……こうしてたほうがあったかいだろ」
「そ、れは! あったかい、ですが……!!」
「……ティナが無事でよかった」
噛みしめるような声に、はっと冷静さが戻ってくる。
そして同時に、彼に聞かなければならないことを思い出した。
「……ヴィセルフ様は、どうしてダン様と一緒にこの船に乗り込んでいらっしゃたのですか? もしかして……オリバー様について、何かご存じだったのですか?」
ヴィセルフとダンは変装してこの船に乗っていたと言っていた。
つまり、事前に準備をし、明確な目的を持って潜入していたことになる。
そしておそらく、その目的は――。
言葉を待つ私に、ヴィセルフは額を私に預けたまま、
「ジークにアイツの商船周りの動きが妙だと報告を受けてから、調べさせていた。内密にティナの両親にも確認したが、アイツは一年前に学園に入学してからもティナにろくに手紙も送っていなかったんだろ? そのクセに今になって"婚約者候補"だなんだと主張しやがって……キャロル商会の状況を探れば探るほどに、どうしても無視できない可能性が浮かんだ」
「……それが、私との"確実な"結婚だったんですね」
「俺に、怒ってもいいんだぞ、ティナ」
「へ?」
あまりに予想外の言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまった。
慌てて口元を覆うも、くすりとも笑んだ気配はない。
ほどなくして、ゆるりと頭を上げたその表情を伺うようにして首をひねり仰ぎ見ると、ヴィセルフは苦し気に眉根を寄せていた。
「事前に話していれば、ティナはこの船に乗ることを避けただろ。いや、もしかしたら、ティナならアイツと話し合って事前に解決することも出来たかもしれねえ。"幼馴染"だからなのか、他者にはない絆があるようだったしな。……こうして決定的な事件が起きるまで手を出さねえと決めたのも、ダンを口止めしていたのも俺だ。ティナに恐怖と裏切りの苦しみを味合わせ、アイツの罪を隠すなんて選択をさせたのは、全て俺の責任だ」
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