これは同情なんかじゃない
「は、はは……」
乾いた笑いと共にオリバーが項垂れる。
「俺は……何よりもその"生き様"を守りたかったんだって、考えたことあんのかよ、親父」
(オーリー……)
オリバーがどれだけ父親を尊敬し、憧れていたのかはよく知っている。
だから彼は、自身と"ティナ"を犠牲にする方法が最善だと考えたのだろう。
ううん、"最善"というより、それしかないと追い詰められていた。
(ヴィセルフはああ言ってくれてたど、やっぱり"私"にも原因の一端が――)
「俺のこと、許さなくていいよ、ティナ」
「!」
顔を跳ね向けた私に、オリバーは苦笑を浮かべる。
それからダンへと視線を移し、
「それで? 俺はこれから王子サマの言う通り、アンタに縛られたまま海に突き落とされるかんじ?」
「……そうしたいところだが、ティナに止められたからな。王城の地下牢に拘束してから、王も交えて処罰が話し合われ、罪状と共に国中に発表されるだろうな」
「それはそれは、寛大なご配慮をどーも。なら恩情ついでに、紙とペンを貰えない?」
「父親に手紙でも書いて泣きつく気か?」
鼻を鳴らすヴィセルフに、オリバーは「泣きついたところで」と肩を竦めて、
「除名通知書を書くんだよ。もちろん、俺のね。商会長補佐としてそれなりの権限を与えてもらってたから、俺自身が書いた通知書でも効力があるはずだし」
途端、ヴィセルフは眉根に皺を寄せつつ嘲笑する。
「は、なるほどな。その紙切れがあればテメエはキャロル商会とは無関係になる。……親父と商会が罪に問われないよう、逃がすつもりだな」
「王子サマにとっても悪い話じゃないでしょ? 親父とどんな取引をしたのかは知らないけれど、キャロル商会は残すつもりなんだろうからさ」
ヴィセルフはそうだなと首肯して、
「ダン、コイツは港に着くまで船長室に放り込んでおけ。通知書も書かせてやっていい」
「……わかった」
「――ま、待ってください!」
ダンに引き上げられ背を向けたオリバーに、思わず声を上げる。
オリバーはゆっくりと振り返ると、苦々しい顔で口角をあげ、
「ねえ、ティナ。ティナに怖い思いをさせるってわかってても実行したこと、後悔はしてないよ。たとえ親父の交渉に気づいたとしても、俺はやっぱりティナとの結婚を選んだ。……ティナはさ、俺にとって"特別な女の子"だったけれど、それは必ず"おかえり"を言ってくれる妹みたいな存在だったんだ。けれど……学園で再会したティナは憎むべき相手なのに、そんなことを忘れるくらい魅力的でさ。演技じゃなくて、本当に欲しくなった。俺だけの宝物にしたかったんだ。その気持ちに嘘はないよ」
「オーリー……」
「あーあ、ティナと結婚するのは絶対俺だと思ってたんだけどなー! こんなことならもっと早くティナに求婚しておくんだった。……ティナが王都に踏み入れる前にさ」
「……最後までよく回る口だな」
ドン! と激しい音が響いたのは、ヴィセルフがオリバーに詰め寄り、その勢いのまま壁に叩きつけたから。
オリバーの襟元をねじり上げ、
「ティナが生み出したモンはどれ一つ"神の恩恵"なんかじゃねえ。それすら理解しねえで、田舎に閉じ込めておけばなんざぬかせるテメエなんか、選ばれるわけがねえだろ。二度とティナに近づくな」
「く……っ、そういう王子サマこそ、ティナに努力を強いてるんじゃないの? それこそ、自分のためにさ」
「な――っ!」
「二人とも、落ち着いてください! っ、ダン様!」
瞬く間に二人の間に割り入ったダンが、無理やり二人を引き離してくれる。
私はすかさず二人の間に立ち、両手を広げ、
「ヴィセルフ様、お願いがあります」
「……言ってみろ」
「私は、オリバー様に"誘拐および監禁"などされていません……!」
「! 何を……っ」
「自分の意志で船に乗り、オリバー様と共に船長室に入りました。その際に少々"口論"が生じ、互いに頭を冷やすためにオリバー様は室外へ、私は室内に留まったのです」
「ティナ? 何を言って――」
戸惑うダンの声に被さるようにして、背後のオリバーが「ティナ!」と叫ぶ。
「同情したから俺の罪を無くそうとでもしてんの? そういうの、本気でいらないんだけど」
「同情ではありませんし、オーリーの罪を無くすつもりもありません。私に結婚を強要した罪と、王子であるヴィセルフ様にご迷惑をおかけした罪はきっちり払って頂きます」
私は姿勢を正してヴィセルフを見つめる。
「本件への罰として、オリバー様の統括する商船に、東の国への貿易を求めます。こちらの指示する品目を運んでいただき、私どもは仕入れ値と同額での買い取りを。もちろん、航海に発生する費用は一切負担しません」
「ちょ、ちょっと待ってよティナ! 東の国と貿易? 買い取りは仕入れ値と同額? 渡航するにしたって、どれだけの準備や費用がかかると思って……!」
「不満なら、ヴィセルフ様の指示通り船長室に向かい、大人しく投獄されてください。……買い取りを約束するのは指定した品目だけですが、それ以外の品を買い付け、商会に卸してもらっても構いません。準備費や旅費はその利益で賄えるよう、今一度"キャロル商会長補佐"として努力されても良いのでは?」
「……っ」
私の意図が伝わったのか、オリバーが押し黙る。
同情じゃない。この提案は私の拭い去れない罪悪感を払拭するための、いわば自分のための身勝手な提案だ。
(オリバーにはもう一度、商人としてやり直してほしい)
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