落ちぶれたのは誰のせい?
(これは、罪悪感だ)
オリバーは本来、ラッセルフォード王国一の商会、キャロル商会の跡継ぎという肩書きを持ったキャラだ。
それはエラが他の攻略対象キャラのルートを選択したとしても変わらず、いわば確約されたオリバーの輝かしい未来でもある。
オリバールートを攻略した時だって、ヴィセルフがエラに婚約破棄を告げた卒業パーティーに颯爽と現れ、
「そんじゃ、お嬢サマは俺がいただきます」
そう言って自分の商船にエラを乗せ、出国。他国で目利きの仲間たちと新たな商会を立ち上げ、あっという間に富を築いてしまう。
挫折などない、華麗なる人生。
それが彼に用意されていた"シナリオ"だったのに。
(私が、壊してしまった)
私の、"ティナ"の本来の立ち位置は、ビジュアルすらついていないモブ令嬢なのに。
ヴィセルフとエラの婚約破棄を阻止するためなんて掲げながら、皆と一緒に過ごす時間を楽しんで、欲張ってしまったから。
(今からでもオリバーとの結婚を約束すれば、少しでもオリバーを元のシナリオに近づけられ――)
「ティナ、しっかりしろ。うまいこと丸め込まれてんじゃねえぞ」
「!」
力強く掴まれた腕に、はっと彼を見上げる。
ヴィセルフは「ったく、ティナがそんな顔する必要なんざねえだろうが」と眉根を寄せつつも、私と視線を合わせ、
「よく考えろ。本当にコイツが落ちぶれたのは、ティナのせいか? ティナがコイツの言いなりになって、"mauve rose"を手放せば、コイツは危機的状況とやらから脱せるのか? コイツが本気でそう信じているのなら、あまりにお粗末だな」
ヴィセルフは「ダン」とオリバーを睨みつけたまま、
「この船に乗り込んでから、俺達はコイツの目の前を何度横切った?」
「なるべく目につかないようにしていたけれど、二度は通ったな」
「気付いたか?」
ヴィセルフはオリバーの眼前にしゃがみ込み、嘲笑交じりにその顔を覗き込む。
「いくら変装していたとはいえ、俺達はテメエの前を二度横切った。それでもテメエは一切不審がらなかった。つまり、覚えてなんざいないんだろ? 大切な船に乗り、生命線ともいえる品を運ぶ役目を担わせている船員の顔すら」
「――! っ、今回は他国への航海が目的ではなかったし、近頃は人員の入れ替えが頻繁で」
「まるでウチの船がテメエの船員をすべてかっさらっていったかのような口ぶりだったが、実際にウチに移った人数を把握しているのか? 俺だって立場上、"キャロル商会"がどれだけこの国に貢献しているかは理解している。"キャロル商会"を壊滅させるような人員確保はさせてねえ」
「な……実際、主力のほとんどが奪われて……っ!」
「んなわけあるか。ウチに断れたやつらは、また別の船に移ったり、そもそも船乗りの職から離れたヤツもいる。……それだけ、テメエとの信頼関係が崩れてたってことだ。奴らの目は正しかったな」
「そんな……っ」
真っ青な顔でわななくオリバーに嘆息して、ヴィセルフは「もう一つ、いい事を教えてやる」と立ち上がる。
「キャロル商会長……テメエの父親が王城まで交渉に来ていたことすら、気が付かなかったみたいだな」
「! 親父が、王城に……っ!?」
激しく動揺するオリバーと同じく、私も衝撃に息をのんだ。
だって、キャロル商会長であるオリバーのお父様は、大の"規則"嫌い。
だからこそ爵位を断ってまで、"自由"を選んでいたというのに。
ヴィセルフは私に説明するようにして、
「さすがは大商会の長、というべきだろうな。潮目の変化にも敏感で、必要とありゃ自分の信念を曲げることすら受け入れる。……上に立つ者としての視野の広さと器のデカさってのは、ああいうのを言うんだろう」
(ヴィ、ヴィセルフがこんなにも絶賛するなんて珍しい……!)
けれど確かに、数える程度しか会ったことのない"ティナ"の記憶ですら、オリバーのお父様は印象的な人だ。
ヴィセルフはオリバーを見下ろすと、
「敬意を持つべき相手だと判断したからこそ、息子には黙っていてほしいという頼みをきいた。いずれ商会を背負う立場のお前が、この窮地をどう脱するか。その手腕を見極めたいってな。その結果がティナを攫って無理やりモノにするだ? さっさと新しい後継者候補を見つけるべきだな」
押し黙るオリバーに、かける言葉も見つからない。
ヴィセルフの話ぶりから察するに、オリバーのお父様はキャロル商会の生き残りのため、ヴィセルフと何かしらの交渉を行ったのだろう。
確かに、自他国内において注目を集めているのが"ティアナ号"と"mauve rose"の商品なら、その全ての裁量権を持つヴィセルフと協力関係を築いたほうが利になる。
例えば、私の知る限り"ティアナ号"は現在特定の国としか取引をしていない。
その他の国との取引を、キャロル商会が担ったなら。
(オリバーのお父様は、"自由"と引き換えに商会と船を守ることを選んだんだ)
そしておそらくは、オリバーも自ら同じ結論に辿り着くのを待っていた。だけれど。
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