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孤独なお茶会を隠れ家カフェにしてしまいましょう

 ともかく私は、そうした理由でエラには並々ならぬ思い入れがあるけれど、"ブライトン家"には心底興味がない。

 ぶり返してきた高ぶりに胸中で涙を拭いながら、私は「ですから!」と夜明け前の空に似た瞳を見つめ、


「ここには、一介の侍女である私とエラ様しかおりません。他の目はないのです。なのでせめてこの、美しい草花に囲まれたお茶会のひと時だけでも、"ブライトン家"ではなくエラ様として、その心を安らげる場になれたらと……っ!」


 そう。私が計画したのは、その名も『温室のお茶会をエラの隠れ家カフェにしてしまおう!』作戦だ!


 隠れ家カフェ。それは人目を忍んだ立地だからこそ成り立つ、心安らぐ癒しの空間。

 美しい緑に時を忘れ、あたたかなお紅茶と美味しいティーフードに舌鼓をうちながら、日々の疲れを溶かしていく極上のひと時。

 エラの孤独なお茶会を、そんな一人だからこその特別に……! 変えたい……!


(それに、ここがエラにとって手放し難い特別な場所になれば、間接的にヴィセルフのポイントも上がるだろうしね!)


 例えばヴィセルフがエラへの気持ちを自覚する前に、攻略対象キャラがエラの好感度を上げてしまった場合。

 エラがヴィセルフと攻略対象キャラを天秤にかけた際、この至極の温室を思い出してくれたなら、プラスポイント加算でヴィセルフに軍配が上がる可能性だって捨てきれない。


(そりゃ、ゆくゆくは互いにちゃんと心から好いてほしいけれど)


 元々は対立する二人。心を通わせるには、きっと時間がかかる。

 ならばモブキューピットの私が、その蜜月を迎えるまでの時間を稼ぎましょう!


(ヴィセルフは"王子"ってステータスを持っているんだから、王城の設備だって立派なヴィセルフの武器でしょ!)


 これぞまさに一石二鳥の両取り計画っ! 自分の頭のキレが怖い……っ!

 私は慎ましい侍女の顔で「エラ様」と言葉を繋ぎ、


「この場ではエラ様がどんなにその背を崩そうと、咎める者はおりません。例えお紅茶を音を立ててすすろうと、私の耳には小鳥のさえずりしか届きませんし、フォークではなくその指でクリームを舐めとったとしても、私はティーカップにお紅茶を注ぐのに夢中で気づかないでしょう」


 私の告げるどこれもこれもが、テーブルマナーを知る前の少女が注意される事項だ。

 けれども優秀で洞察力の高いエラは、幼少期からそんなミスは犯さない。それでも。

 すべてが隠されたこの温室の中でなら、幼きエラが押し込めた未熟な少女が顔を出しても、私は知らん顔で侍女としての仕事をこなすだけ。


「この奇異なお菓子がテーブルに乗る"おかしな"お茶会では、笑うも怒るも心のまま自由に。そうした願いをこめて、チュロスをお出ししたのです……っ!」


 長々と一気に言い募ったせいか、興奮のためか、ぜえぜえと息があがる。

 エラはそんな、肩を上下させる私の剣幕に圧倒されたような顔で硬直していたけれど、


「……わたくしの心、ですか」


 まるでその在り処を確かめるようにして、するりと胸元に細い指先を寄せるエラ。

 刹那気な瞳を閉じ、上質な羽に匹敵する繊細な睫毛を微かに震わせると、


「そのようなことを言って頂けたのは、初めてでございます」


 ゆっくりと開いたロイヤルブルーの瞳が、淡い歓喜を瞬かせて私をとらえる。


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


「へ!? っと、ティナです。ティナ・ハローズと申します……!」


「ティナ様、でございますね。ティナ様は――」


「さっ!? お待ちくださいエラ様! 私のことは、どうかお気軽に"ティナ"とお呼び下さい!」


 生粋の公爵令嬢であるエラに"様"付けで呼ばれるなんて無理無理っ!

 いや、誰にでも分け隔てなく優しい心で接するエラだからこそ、私なんかでも"様"付けで呼んでくれるんだろうけど!


 少なくとも今の私は王城の侍女なわけだし、侍女を様呼びするなんて、エラはともかく周囲がいい顔をしないのは明らかだし……!


(私がエラの足を引っ張るわけにはいかない……!)


 すると、エラは少し抵抗があるのか、恥じらうようにして白い頬をほのかに染め、


「本当に、よろしいのでしょうか?」


「はい! むしろ、ティナと呼んでいただきたいのです!」


「……そう、ですか」


 では、とエラは小さく息を吐きだす。

 それからすうと息を吸い込み、


「ティナは、またわたくしがそう経たずにこの場を訪ねてきても、呆れることなくお相手をしてくださいますでしょうか?」


「へ? それはつまり……またすぐにこの"お茶会"に来てくださるということですか?」


(え? もしかして早速と隠れ家カフェ化計画が功を奏して――!?)

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