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俺の侍女だという自覚

 結局、あの侍女を雇っていた首謀者は見つからなかったが、それがますます俺の熱に火をくべた。


(まさかアイツは本当に、ただ純粋に俺を送り出しただけ……?)


 いや。こうして一度目のパーティーで油断させ、次の機会で仕留める作戦なのかもしれない。


「……おもしれえ」


 俄然興味の沸いた俺は、ダンを使ってあの侍女を調べようとした。

 が、名前もわからずでは時間がかかるといいやがる。

 そこで直接、アイツをとっつかまえて名前をはかせた。ついでに、"もしかしたら"の可能性も潰しておく。


「地方によってマナーが違うのか?」


「……と、いいますと?」


「お前の家では、パーティーにはああして花をつけろと学ぶのか?」


 とたんにアイツはさっと青ざめて、


「いえっ、あれは、ついといいますか……! 殿下ならば、宝石ではなく花もお似合いになるのではと思った次第でして……!」


(――嘘、ではなさそうに見えるな)


 すべてが本心ではない。

 だが、俺に不利益を与えようとしていたようにも思えない。


(今のところ、このまま泳がせていた方が、俺に利があるな)


 そう判断した俺は、アイツを花付け役として利用することにした。

 アイツのつけた花を胸に夜会を渡り歩いて、どこからか糸を引く人物との接触を待つ。

 俺の見立てではアイツはどうにも"器用ではない"から、回数を重ねれば重ねただけ、そのうちアイツ自身がボロを出すような気もしていた。


 だが。どれだけ待っても怪しげな接触者はおろか、アイツの態度が変わることはなかった。

 俺が命じるまでもなく、飽きが来ないようにと趣向を凝らした花を用意し、俺に飾っては満足げな笑みで送り出す。


「さすがヴィセルフ様。よくお似合いです」


 幼い頃から聞き飽きた、捻りのない賞賛。

 なのになぜかコイツの言葉だけは、自然と心に沁みこむような。


(――限界だ)


 いい加減、コイツの一挙一動に振り回されるのも、面倒になってきた。

 予定ではもうしばらく泳がせておくつもりだったが……。


「――ティナ」


「へあ!? は、はい!?」


「明日の"目覚めの紅茶"は、お前が持ってこい」


(絶対に、尻尾を掴んでやる)


 目覚めの紅茶。すなわち朝、俺の寝室に入れるただ一人。

 その特殊性を利用して、俺のベッドに入り込もうとする侍女も珍しくはない。

 地方の貧乏な伯爵家。しょぼい魔力。

 強いて言えばその紫がかった髪と目の色が珍しいぐらいで、特に特筆すべき点のない、行儀見習い。


(もし、はじめからパーティーへの出席ではなく、俺が狙いだったなら)


 これだけお膳立てしてやれば、間違いなく"正体"を現すだろう。

 ……その、はずだったんだが。


「――ダン」


 カップの紅茶を飲み干し、思考を切る。

 ダンの淹れるミルクティーは、随分と昔に俺が告げた好みの味から、微塵もぶれない。

 俺はカップをソーサーに戻し、


「寝るからもう下がれ」


「そうか。なら、俺も部屋に戻るな」


 ほどほどにな、とティーセットを片付けたダンが、トレーを手に扉へと歩を進める。


「――ああ、そうだ。ヴィセルフ」


 扉を開く直前、ダンは顔だけで振り返り、


「あの子、婚約者はまだいないみたいだ」


「…………そうか」


 役目は果たしたとばかりに頷いて、今度こそダンが部屋を出ていく。

 静寂に、椅子へと沈み込んだ俺は顔だけで窓外の夜を見遣って、ふうと息を吐きだした。


 ――婚約者は、まだいない。


 その事実に、安堵を覚えている自分がいる。

 婚約者がいないのなら、まだ暫くは王城勤めだろう。

 この城にいる間は、ティナは俺の侍女だ。俺が見限るまで。


「俺の、か……」


 アイツは、わかっているのだろうか。

 俺の気分ひとつで、その先の運命をいくらでも変えられるのだと。

 わかっていてなお、ああも自由に……俺を利用しようとはせずに、いられるのだろうか。


***


「――おはようございます、ヴィセルフ様。本日も良いお天気ですよ!」


 ジャッっと鈍い音に重なり、閉じた瞼が陽光を認識する。

 眠りの縁から強制的に引き起こされた俺は、慣れた朝に「……うっせえ」と渋々上体を起こし、


「……いい加減、もう少し色気のある起こしかた出来ないのかお前は……」


「ご存知ですか、ヴィセルフ様。身体を目覚めさせるには、朝の陽ざしを浴びるのが一番なのだそうですよ」


 にっこりと清々しい笑みを浮かべ、ティナは「お紅茶の準備をいたしますね」とワゴンへ。

 俺は盛大な欠伸と共に背を重なった枕に預け、いまいちたどたどしい手つきを眺めながら意識の覚醒をはかる。

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