お嬢様とメイドと婚約破棄1 ~お嬢様が婚約破棄されました。元婚約者に『ざまぁ』をしたいそうです。メイドは全力でお嬢様をサポートします~
長いかも知れません(15000文字くらい)
最後まで読んでもらえると嬉しいです。
「クラリッサ! 『ざまぁ』ですわ!」
「……唐突になんですか? お嬢様」
涙目で訴える少女と、冷静に問い返す若いメイドがいる。言葉だけなら性格の悪いお嬢様そのものだ。しかし、少女の目は涙で滲んでいる。なにかあるのは、メイドにも想像がついた。
「『ざまぁ』をしたいのですわ!」
少女はギュッと手を握りしめ、メイドを見上げる。
自分に対して『ざまぁ』と言っているのではないことはメイドにも分かった。しかし、彼女が具体的に何を訴えているかまでは分からない。
メイドが屈み、少女に視線を合わせる。彼女は少女の頭を優しく撫で、慰めるように話しかける。
「アリスお嬢様、それでは分かりません。もう少し詳しく説明してくださいませ」
「う~~」
少女はメイドに抱きつき、本格的に泣き始めた。
◇
少女の名前はアリス。
メイドの名前はクラリッサ。
二人の関係は主従――とは少し違うのだが、クラリッサはアリスをとても大切にしており、アリスはクラリッサを誰よりも頼りにしている。
クラリッサはアリスを慰めながら話を聞く。
「お嬢様、何があったのか教えていただけますか?」
「……今日、社交ダンスの授業があってね」
少し泣き止んだアリスが、ぽつりぽつりと話し始める。
アリスは伯爵家の令嬢で現在十歳。今年の春から貴族学園初等部の一年生だ。
貴族学園はその名の通り、貴族の子供が通う学園だ。同年代貴族の交流が主目的だが、貴族に必要なことを学ぶ授業も当然ある。社交ダンスはその一つだ。
「お嬢様がとても楽しみにしていた授業ですね?」
クラリッサがそう問いかけると、アリスが悲しそうに頷いた。
アリスは社交ダンスを一生懸命に練習してきた。彼女の学年には婚約者の男子がおり、彼にダンスを褒めてもらいたい一心で、毎日ダンスの稽古をしてきたのだ。
「……」
アリスは黙ったまま俯いている。
「バーニー様が褒めてくださらなかったのですか?」
クラリッサはアリスに問いかける。
アリスの婚約者の名前はバーニー。子爵家の次男坊だ。
二人が出会ったのは、今よりずっと幼い頃だ。とある出来事がきっかけで、アリスが彼を好きになった。彼女は熱心にアプローチを続けた。両親はすぐに興味を失うと思っていたが、数年経っても彼女の気持ちは変わらなかった。
アリスの両親は娘の気持ちを尊重することにした。去年の夏、バーニーに対し正式に婚約の打診を行なったのだ。両親はあまりバーニーを評価していなかったが、彼女の目が他に向くとは思えなかったからだ。
バーニーの両親は諸手を挙げて賛成した。実はアリスは伯爵家の一人娘だ。彼女と婚約することは、婿入りして次期伯爵となるのと同じことだ。バーニーは次男で子爵家は継げない。伯爵家への婿入りはこれ以上ない幸運と言える。
その辺りのことを両親が息子に説明し、彼自身も喜んで婚約を了承した。
アリスは婚約が成立したことをとても喜んだ。婚約成立以来、彼女は貴族学園入学を心待ちにしていた。貴族学園に入学すれば、彼と過ごす時間が増えるからだ。
しかし、今のアリスの表情は、その頃とは全く違う。彼との間に何かあったのは想像に難くない。
クラリッサはアリスの返事をじっと待つ。
数秒の沈黙の後、アリスが小さな声で言葉を発する。
「一緒にダンスしてもらえなかった……」
「え?」
「他の子の方が良いって……」
アリスの瞳に大粒の涙が浮かぶ。
「バーニー様がそう言ったのですか?」
アリスは無言で頷き、クラリッサの胸に顔を埋める。
クラリッサは彼女を抱き寄せ、優しく頭を撫でる。
◇
入学して数日が経った頃から、アリスに対するバーニーの態度が素っ気なくなった。アリスが話しかけても、彼は面倒くさそうに返事をするのみ。彼女はその理由が分からず、何か自分が悪いことをしたのではないかと悩み続けた。
数日前のこと、彼が同級生の女子に嬉しそうに話しかけているのをアリスは目撃した。
相手は子爵家の令嬢で名前はシェリー。彼女もアリスと同じ一人娘で、将来は婿をとる必要がある。シェリーは大人しいタイプの女の子で、とてもかわいい顔をしている。性格も良く、男女問わず好かれている。
二人が会話しているのを見て、アリスは嫌な気持ちになった。婚約者のそんな態度を見れば当然と言える。彼女は二人の会話に割り込んだ。
シェリーは笑顔で会話に応じた。その顔には微塵の不快感も見られない。しかし、バーニーは違った。彼は露骨なほど不快感を表情に出した。それは、当然ながらアリスにも伝わった。
それ以来、彼の態度があからさまに変わった。
彼はアリスのことを無視するようになった。
彼女は焦り、必死に彼に話しかけ続けた。
しかし、彼の態度が変わることはなかった。
そして、社交ダンスの授業がやってきた。
彼女は一生懸命に練習してきたダンスを見てもらうことで、彼と仲直り出来るのではないかと期待していた。
――しかし、そんな彼女の期待は裏切られた。
◇
アリスはクラリッサの胸に顔を埋めて泣いている。
彼女は涙を流しながら、思いの丈を吐き出す。
「シェリーと一緒に踊るって言われて、……こ、婚約も破棄するって」
「はあ!?」
思わず声が大きくなるクラリッサ。
彼女はアリスに問いかける。
「婚約破棄ですか?」
俯いたままのアリスが頷く。
「バーニー様がそう言ったのですか?」
アリスは再び頷く。
クラリッサは心底驚いた。
貴族の婚約は家同士の約束だ。個人の判断で婚約破棄など出来ない。そのくらいのことは、バーニーの年齢なら理解して然るべきだ。そんな大切なことを、貴族学園の授業中という周囲に大勢の人がいる場で発言した。
「(予想以上の愚か者だったわね……)」
クラリッサは呆れ果てた。
彼女はバーニーのことを評価していない。彼のことはアリスの両親もあまり評価していないのだが、彼女の場合はその比ではない。アリスが好意を持っているので口に出すことはなかったが、本音を言えば二人の婚約には反対なのだ。
彼女はバーニーの何が問題と考えているのか――
実はほぼすべてが問題だと考えている。
最初に出てくるのが性格だ。
彼は短気で考えなしだ。落ち着いて考えることをせず、思いついたままに行動する。気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起こす。我慢することを知らない。
次に頭脳。
彼は控えめに言ってバカだ。性格的な意味もそうだが、単純に知識が足りていない。貴族というだけで入れる貴族学園がなければ、他の学校には入れていないだろう。
そして、貴族にとって重要な能力である魔法。
一応使える。しかし、本当に一応だ。学年最下位争いをしているであろうことは、想像に難くない。
おまけを言えば、容姿も至って平凡だ。貴族基準で言えば不細工よりだろう。
そんな男を何故アリスは好きになったのか――
それは、二人が出会った時の出来事が原因だ。
◇
二人の出会いは今よりずっと幼い頃。伯爵家と付き合いのある貴族同士で、王都近郊の平原にピクニックに行くことがあった。その場所は、魔物と遭遇することがほぼない安全な平原だ。護衛の兵士もおり、のんびり気楽なピクニックになるはずだった。
しかし、幼い二人が集団からはぐれてしまった。
大人たちは大いに焦った。魔物がほぼいないとは言え、全くいないわけではない。幼い二人では万が一もある。
彼等は手分けして周囲を捜索した。幸いなことにすぐに二人は見つかった。皆が胸を撫でおろした。
二人は仲良く手をつないで戻ってきた。
バーニーは得意気な顔をしており、アリスはそんな彼を熱い眼差しで見ていた。
大人たちが二人に話を聞いたところ、二人は魔物に遭遇し、バーニーが討伐したらしい。魔物はどうやらスライムだったようだ。幼いバーニーが倒せても不思議ではない。
しかし、アリスの受けた印象は全く違う。
彼女が初めて出会う魔物、それはとても恐ろしい存在だった。そんな彼女の前に立ったのがバーニーだ。彼は足元にあった石をスライムに投げつけた。石はスライムに直撃し、一撃でスライムは動かなくなった。
彼女は自分と同い年の子供が魔物を倒したことに驚いた。驚愕は羨望に変わり、すぐに恋心となった。
彼女の初恋だった。
普通に心温まる話だ。大体の人は微笑ましく思うだろう。
しかし、クラリッサはそうは思っていない。彼女はこの出来事についても問題視している。
そもそも何故二人がはぐれたのか――
大人たちは二人に遠くに行かないように注意をしていた。アリスは素直に頷いたが、バーニーは碌に話も聞いていなかった。その上、大人たちの目を盗み、アリスを連れて黙って居なくなった――彼女を騙して。
ピクニックから帰った後、両親はアリスに詳しく話を聞いた。黙っていなくなったのは良くないことで、彼女に注意をする必要があるからだ。
すると、アリスは予想外の話を始めた。
バーニーに誘われたアリスは、大人から離れるのは駄目だと彼に言ったそうだ。すると彼は、近くに見える丘までなら離れても良い許可を貰ったと言ったらしい。
アリスはこの話を素直に信じた。
彼女はとにかく素直だ。疑うことを知らず、言われたことをそのまま信じる。それは彼女の美点でもあり、それ以上に問題点でもある。
バーニーの言ったことが真実かどうかは分からない。他の大人が本当にそう言った可能性もある。アリスの両親は優しく諭すにとどめ、彼女も素直に頷いた。
この時点では、クラリッサはアリスのメイドになっていない。二人が出会ったのは少し後のことだ。
彼女がアリスのメイドになった時、アリスは既に恋をしていた。
アリスはバーニーに会うたびに、彼に積極的にアプローチを繰り返していた。
クラリッサから見て、バーニーはアリスの相手に相応しいとは思えなかった。初恋のエピソードにも疑問を持ち、彼女は独自に調査を行なった。
結果は予想通り、バーニーの嘘だった。
クラリッサはさり気なくバーニーの問題点をアリスに聞かせたが、彼に夢中のアリスに伝わることはなかった。はっきり言えば伝わるのだろうが、さすがにそれは彼女にも躊躇われた。
次第にバーニーが落ち着いてきたこともあり、前述のとおり、二人の婚約が成立することになった。
◇
「(可哀そうだけど、結果的には良かったかも知れないわね)」
アリスの頭を優しく撫でながら、クラリッサはそんなことを考えていた。
アリスは仲直りの方法を相談するのではなく、『ざまぁ』をしたいと言った。彼に婚約破棄したことを後悔させたいのだ。未練がないとは言えないが、彼への気持ちはかなり薄れている。
クラリッサはそれで十分だと考えた。
これまでのアリスは、正に『恋は盲目』状態だった。しかし、今なら冷静な目で見ることも出来るし、バーニーの駄目なところにも気づくはず。クラリッサはそう考えたのだ。
アリスは素直で頭の良い子だ。男を見る目以外は優等生と言える。
「(まずは、元気づけましょう)」
クラリッサは方針を決め、『ざまぁ』を成功させるべく行動を開始する。
「お嬢様」
「……」
アリスは返事をせず、クラリッサの胸に顔を埋めたままだ。
「お嬢様はバーニー様を見返したいのですよね?」
アリスは少しだけ頷く。
「それではどうしたら見返せるか――、いえ、どうしたら『ざまぁ』出来るのかを考えましょう」
クラリッサに優しい口調で話しかけられ、アリスはゆっくり顔を上げる。
「……うん」
小さな声ではあるが、アリスはしっかり返事をした。
クラリッサは慈愛に溢れた笑みを浮かべ、アリスの頭をもう一度撫でる。
「バーニー様はシェリー様の方が良いと言ったのですよね?」
「うん」
「なにが良いと言っていましたか?」
「シェリーの方がかわいいって……」
「それだけですか?」
「魔法もシェリーの方が上手だって……」
アリスの言葉にクラリッサは納得する。
シェリーの魔法がアリスより上なら、バーニーが乗り換えた理由は分かる。人間的には問題のある判断だが、婿入りの利点のみを考えればありうる話だからだ。
アリスの家は伯爵家で、シェリーの家は子爵家だ。爵位で言えば伯爵家の方が上だ。しかし、この国で爵位はあまり意味をなさない。
貴族にとって最も重要な仕事は、国を維持するための魔力を供給することだ。
この国は至る所で魔道具が使われており、そのための魔力を貴族が供給している。
そして、供給した魔力量によって翌年の年給が決まる。
彼はシェリーの方が魔力が多いと考えたのだろう。魔法が上手な方が魔力も多いのが普通だ。第三者から見れば、彼女の婿になる方が得だと考えても不思議はない。
何も知らない第三者から見ればの話ではあるが――
「(何も分かっていなかった証拠ね)」
クラリッサは心の中でバーニーをバカにする。
実はアリスの魔力は相当多い。彼女の両親より明らかに才能があり、伯爵家基準で考えれば破格の量を持っている。同年代で彼女以上の者はいないと断言できる量だ。
そんなアリスが何故シェリーに負けているのか――
理由は単純で、魔法の練習をほとんどしていないからだ。
騎士や冒険者であれば魔法は必須だ。貴族の子供も大多数は魔法の訓練に重点を置く。
しかし、そこに例外がある。
貴族の跡継ぎで、尚且つ女性である場合だ。
跡継ぎでない場合、魔法の訓練に重点を置くのが普通だ。男子は主に騎士や冒険者を目指すため、女子はそれに加えて、貴族の妻としての価値を高めるためだ。魔法の才能は遺伝する傾向があるため、魔法の上手な女性が求められる傾向にある。
跡継ぎの場合はそれとは異なる。効率的な魔力供給の技術と、魔力量の増加に重点を置くのが普通だ。前述のとおり、貴族の最も重要な仕事が魔力供給だからだ。
それでも男子であれば戦闘行為をする可能性がそれなりにある。そのため、魔法の訓練もある程度はすることになる。
しかし、女子が跡継ぎの場合はその可能性もほぼない。そのため、魔法の訓練の必要性がほぼ皆無だ。
アリスはこのケースに該当する。
そして、シェリーも同様だ。
クラリッサは確認のため、シェリーについて質問する。
「シェリー様は魔法が上手なのですか?」
「あまり上手じゃない。でも、私よりは上手」
予想どおりの回答にクラリッサは頷く。
シェリーが学年で一番だったりすると、『ざまぁ』は少々大変になるのだが、今のアリスと同程度なら何の問題もない。仮にそうであっても何とかなるのだが――
「であれば簡単ですね」
「簡単?」
「はい。週明けに魔法のテストがありましたよね?」
「うん。……前のテストでシェリーの方が上手だった」
アリスが少し悲しそうに言う。
バーニーはその時にシェリーに鞍替えしたのだろう。クラリッサは彼に対し強い憤りを感じたが、その気持ちを隠し、優しく冷静にアリスに提案をする。
「週明けの魔法のテストで、シェリー様に勝ちましょう」
「えっ!?」
「バーニー様はこう思うはずです。『婚約破棄をしなければ良かった』……と」
「でも……」
「自信がありませんか?」
アリスが頷く。
そんな彼女に、クラリッサが優しく微笑みかける。
「大丈夫です。今日と明日、頑張って訓練をすれば、お嬢様なら絶対に勝てます」
「……本当?」
「本当です。私が保障します」
クラリッサが力強く断言する。
アリスはクラリッサの目をじっと見つめる。
彼女は自信がなかった。一日二日の訓練で上手くなるものではないと思っていた。しかし、クラリッサは絶対に勝てると言った。彼女はクラリッサをとても信頼している。その言葉を信じても良いのではないかと考える。
アリスは少し悩んだ後、まっすぐにクラリッサの目を見て答えた。
「……私、頑張る!」
「はい、一緒に頑張りましょう」
「うん!」
クラリッサは優しく微笑みかけ、アリスは力強く頷いた。
◇
その日の夜、クラリッサはアリスの父である伯爵の執務室を訪れた。執務室にいるのは二人だけだ。
「伯爵、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「何でしょうか? クラリッサ様」
伯爵はクラリッサに対し、目上の人に対する言葉使いで答える。
彼の態度は、普通のメイドに対するものではない。
「アリスのことですが、今日のことは聞いていますでしょうか?」
「何かありましたか?」
「バーニーから婚約破棄を宣言されたそうです」
「婚約破棄!?」
伯爵は驚愕の表情を見せる。
クラリッサは頷く。
「アリスから聞いた話ですが――」
クラリッサは昼間の話を説明した。
婚約破棄のこと、シェリーのこと、魔法のこと……
「アリスは『ざまぁ』をしたいそうですよ」
クラリッサは笑みを浮かべ伯爵に告げる。
クラリッサは魔法の訓練について伝え、今後の方針についても提案した。
伯爵は急な話に考え込むものの、動揺している様子はない。
「多少は大人になったと思っていたのですがな……」
伯爵は少し呆れた様子で話す。
彼が言っているのはバーニーのことだ。
「伯爵はどうお考えですか? まだ、バーニーを婿にするおつもりでしょうか?」
「アリスの気持ちが変わったのなら、バーニーを婿にする理由はありませんな。クラリッサ様も同じでしょう?」
「もちろんです。あれはアリスの相手に相応しくありません」
二人の意見が一致する。
「であれば、ご提案の内容で構いません」
「分かりました。先程の方針で進めます」
「バーニーの両親にはいつ伝えますかな?」
「週明け、登校時間の後に私が伺います。子爵も文句は言えないでしょう」
「バカな息子を持ったものです」
「長男がまともで幸いでした。子爵家を潰さないで済みます」
クラリッサが苦笑する。
伯爵の方はため息を吐く。
「婚約解消の準備はしておきます」
「よろしくお願いします」
話し合いを終え、クラリッサは執務室を後にした。
◇
週明けの貴族学園。
一年生が校庭に集合していた。
これから二回目の魔法のテストが行なわれる。
「テストの方法は前回と同じだ。正面の人形に攻撃魔法を当てると、その威力に応じて数字が表示される。それがそのまま点数になる」
教師の説明に学生達が頷く。
「あの、アリス様?」
「……なんですか、シェリー?」
テストが始まる前、アリスの元にシェリーがやって来た。申し訳なさそうな雰囲気が感じられる。
「先週のことですが――」
「シェリー!」
シェリーが話し始めたところで、後ろからバーニーが声をかけてきた。
彼女は迷惑そうな表情でそちらを向く。
「シェリー、応援しているからな。前回より良い結果を出せよ」
「……私はアリス様とお話をしているのですが?」
「そんな奴に気を使う必要はないぞ。俺はシェリーと婚約すると決めたからな」
「あなたは何を――」
「そこ! 喋ってないで準備をしなさい!」
教師が三人を注意する。
バーニーは舌打ちをしてその場を去る。
シェリーは不機嫌そうにその背中を見る。
「シェリーも行った方が良いのではなくて? そろそろ順番でしょう?」
「……はい。アリス様、お話はまた後で」
「分かりました」
シェリーは一礼してその場を去る。
アリスも自分のテストに備え集中を始めた。
◇
その様子を校庭の端から見つめる視線がある。
「子爵、バーニーの態度は見ましたね?」
「……はい。大変申し訳ございません」
ここにいるのは四名。
学園長、バーニーの両親、そして――クラリッサだ。
「謝罪は伯爵とアリスにして下さい。……まぁ、婚約の解消は確実ですけれど」
「……はい」
謝罪の言葉を述べたのはバーニーの父親である子爵だ。彼の隣では、子爵夫人が申し訳なさそうに頭を下げている。
謝罪を受けた人物は――クラリッサだ。
伯爵同様、子爵の言葉使いも目上に対するものだ。
そして最後の一人、学園長がクラリッサに話しかける。
「授業中に起きたことだ。儂からも伯爵に謝罪をしておこう」
「ありがとうございます。ですが、それよりも後のフォローをお願いします。叔父様」
「そちらも任せろ。……シェリーの様子を見る限り、その必要はないかも知れんがな」
「そうかも知れませんわね」
学園長とクラリッサが苦笑し合う。
「申し訳ございません、王弟殿下」
「学園内でのことだ。儂にも責任はある。……それから、ここでの儂は学園長だ」
「は、はい。学園長」
子爵が学園長に謝罪する。
クラリッサは学園長を叔父と呼び、子爵は学園長を王弟と呼んだ。
つまり、クラリッサの立場は――
「……そろそろ、三人の順番だわ」
クラリッサが呟いた。
◇
「次、バーニー」
「……」
バーニーは返事もせず、やる気のない態度でテストを始める。
彼は掌を人形に向け、攻撃魔法を放った。
数秒後、魔法の衝突音が聞こえ、人形の上に数値が表示された。
「……バーニー、55点」
教師が得点を読み上げる。
バーニーは興味なさ気な態度でその場を後にする。
得点はこれまでで断トツの最低だ。前回の彼の得点は95点だ。適当にやっているのは誰の目にも明らかだ。
「おい! バーニー!」
「うるさいな! テストは受けたんだから良いだろ!」
バーニーが教師に悪態を吐く。
先程注意されたのが理由なのは明らかだった。
アリスはその様子を冷めた目で見ていた。
「(今まで何を見ていたのかしら……)」
彼のことをとても頼りになる男の子だと思っていた。
自分を守ってくれる勇敢な男の子だと思っていた。
それが今は全く違って見える。
彼女の目に映るのは、愚か者以外の何者でもなかった。
私語を注意されたくらいでやる気をなくす。
注意されると教師に悪態を吐く。
貴族として常識がないどころではない。
「(クラリッサは知っていたのね……)」
アリスはクラリッサから言われたことを思い出していた。
◇
一昨日、昨日と、アリスは必死に魔法の訓練をした。クラリッサの言うとおり、彼女自身が驚くほど成長することが出来た。アリスは彼を見返せると確信した。
訓練の後、彼女はクラリッサから話をされた。
『お嬢様、きっと『ざまぁ』は成功するでしょう』
『バーニー様を見返せるわね!』
『ええ、もしかしたら婚約破棄を取り消すと言うかも知れません』
『えっ?』
『ですが、許してはいけません』
『……』
『一方的な婚約破棄の宣言など、常識では考えられない行動です。バーニー様は、その常識知らずの行動をする方だということです』
『……』
『もう一度、客観的な目で彼を見てください。今までとは別のものが見えるはずですよ』
『……分かった』
◇
「(クラリッサの言ったとおりね。なんであれに夢中になっていたのかしら?)」
アリスの顔に微笑が浮かぶ。
彼女の視線の先には、次に試験を行なうシェリーの姿があった。アリスは彼女に対しても、先週までとは違う印象を持っていた。
「頑張れ、シェリー」
小さな声で呟く。
「次、シェリー」
「はい!」
教師の合図を受けて、シェリーが攻撃魔法を放った。
魔法は人形に当たり、周囲に爆音を響かせる。
「シェリー、120点」
「やった!」
シェリーが喜びの声を上げる。
彼女の前回の点数は100点。前回より20点上昇した。
「よくやった! シェリー!」
バーニーが偉そうな態度で声をかける。
シェリーは彼を無視し、アリスの元にやって来た。
アリスは彼女を笑顔で迎える。
「おめでとう、シェリー」
「ありがとうございます。アリス様も頑張ってください」
「ええ、見ていて頂戴」
「はい!」
二人は笑顔で会話をする。
アリスは試験の準備に入った。
「(なんで気付かなかったのかしら。シェリーの態度を見れば明らかなのに)」
アリスは微笑を浮かべる。
「次、アリス」
「はい!」
アリスが魔法の準備に入った。
彼女の前回の点数は90点。学年で最低だった。しかし、今回は違う。クラリッサと一緒に訓練をした。今の彼女は迷いも消え、自信に満ち溢れていた。
「(クラリッサ、私、――頑張る!)」
彼女は掌を人形に向け集中する。
体中の魔力が集まり、彼女の手が大きく輝き出す。
そして――
彼女は全力で攻撃魔法を放った。
魔法は勢いよく人形に向かう。
直後、大きな爆発音が響き渡る。その音は、学園中に轟くほどに大きい。
魔法の輝きと爆発音の大きさに、周囲の学生達が騒然とする。
前回の彼女とは明らかに違っていた。
教師が得点を確認し、驚きの表情を見せる。
「アリス、――360点! 最高得点だ!」
「おー!」
「凄い!」
教師が得点を発表すると、学生達が驚きの声を上げる。
前回最低点のアリスが、今回は最高得点を出したのだ。しかも値は前回の四倍だ。学生達が驚くのも当然のことだ。
アリスは呆然としていた。
自信はあったが、まさか最高得点を取れるとは思っていなかったのだ。
「アリス様、凄いです!」
シェリーがやって来て、アリスを賞賛する。
アリスは彼女に視線を向ける。呆然としていた表情が満面の笑顔に変わる。
「やったわ! シェリー!」
「はい! おめでとうございます!」
「ありがとう!」
二人は笑顔で喜びを分かち合う。
「シェリーも前回より上がっていたわね」
「少しは訓練した方が良いと思って」
「私、先週まで自分が特殊なのを知らなかったわ」
「私も入学してから知りました」
彼女達は女子の跡継ぎという特殊な立場だ。魔法の訓練をほとんどせず、魔力供給に重点を置いて訓練してきた。シェリーは前回のテストの前に訓練を少し増やした。アリスは一昨日からだ。前回の差はそこにあった。
二人が談笑していると、後ろから不機嫌そうな声がかかる。
「おい、アリス」
バーニーだ。
声だけでなく、表情まで不機嫌そうだ。
「何かしら?」
「さっきの点はなんだ? 俺を騙したのか?」
「言っている意味が分かりませんわ」
「とぼけるな!」
バーニーが怒り出す。
「(本当に短気ね……)」
アリスは呆れた表情でバーニーを見る。
「前回は手を抜いていたんだろう!」
「テストで手を抜くわけがないでしょう? 誰かさんじゃあるまいし」
「なんだと!」
「事実でしょう? それともあれが実力ですか?」
「貴様!」
「そこ! 静かにしなさい!」
大声を出したバーニーを教師が注意する。
彼は横目で教師をにらみ舌打ちをする。
「……まあ良い。アリス、お前を認めてやろう」
「何を言っていますの?」
「お前との婚約を続けてやる」
「はぁ?」
バーニーの厚顔無恥な態度を見て、アリスは思わず声を漏らした。
「(ここまで愚かだったとは……)」
勝手に婚約破棄をしておきながらこの言いぐさ。しかも隣にはシェリーがいる。彼はついさっきまで彼女との婚約を口にしていた。
アリスは大きなため息を吐き、面倒くさそうに答える。
「一方的に婚約を解消したのはあなたです。既にお父様にも話は伝わっています。元に戻ることはありません」
「俺が婚約を続けても良いと言っているんだ!」
「あなたの言葉には何の意味もありませんわ」
「アリス!」
「いい加減、呼び捨てにするのもやめてくださいませ。赤の他人なのですから」
「貴様!」
バーニーの手がアリスに伸びる。
「アリス様!」
アリスをかばうようにシェリーが割って入る。
次の瞬間――
地面に叩きつけられる音とともに、バーニーは押さえつけられていた。
彼を取り押さえたのは、メイド服を着た若い女性――
「お嬢様に手を出すことは許しませんよ」
クラリッサだ。
突然の出来事に、周囲が喧噪に包まれる。
「クラリッサ!?」
「お嬢様、ご無事でなによりです」
「どうしてここにいるの?」
「授業参観です」
クラリッサは笑顔で答える。
彼女の下で、バーニーが拘束から逃れようと暴れている。
もちろん逃れることは出来ない。
「離せ! メイド如きがこんなことをして良いと思っているのか!」
「お嬢様に手を出す悪漢を取り押さえただけですよ」
「俺は貴族だぞ!」
「貴族だろうと同じことです」
「父上に言うぞ!」
「どうぞ、そこにいらっしゃいますよ」
「え?」
バーニーは暴れるのを止め周囲を見る。
そこには彼の両親が立っていた。
「父上?」
彼はぽつりと呟くと、すぐにハッとした表情に変わる。
「父上! このメイドを処罰してください! 私に暴力を振るいました」
「……」
彼の父親は、怒りとやるせなさのこもった視線を息子に向ける。
彼の母親は、悲しさと憐みのこもった視線を息子に向ける。
息子は、そんな両親の気持ちにも気づかない。
「父上!」
「……黙りなさい」
「このメイドを――」
「黙れ!」
子爵の怒声がグランドに響く。
周囲が静けさに包まれる。
「……父上?」
バーニーが呆然とした表情で父親を見る。
そんな息子を無視し、子爵はクラリッサに視線を向ける。
「申し訳ございません。クラリッサ様」
「構いませんよ」
「この処分は如何様にでも」
子爵がクラリッサに頭を下げる。
夫人も同様の態度を見せている。
二人の様子を見て、バーニーが再び声を上げる。
「父上! 何故メイドに頭を下げるのです! こんな女、処刑に――」
「黙れと言ったはずだ!」
「!?」
バーニーは再び怒鳴りつけられ、驚愕と困惑が入り混じった表情を見せる。
周囲が静まり返る中、教師が恐る恐る声をかける。
「……何故こちらにいらっしゃるのですか? クラリッサ王女殿下?」
「「「えっ!」」」
学生達が驚きの声を上げる。
「……黙っているように言われませんでしたか?」
「えっ……あっ! 申し訳ございません!」
クラリッサに呆れた表情で問い返され、教師は思い出したように謝罪する。
彼女の言う『黙って』は、先程の子爵の発言ではない。
学園長がゆっくりと歩いて来る。
「すまんな、クラリッサ。伝えてはいたのだがな」
「はぁ……まあ、良いです。学園に入学した以上、気付かれるのは時間の問題でしたから」
クラリッサはため息を吐き答える。
彼女はアリスに視線を向ける。
アリスは呆然とした表情で彼女を見ていた。
「驚かせてしまいましたね、お嬢様」
「……クラリッサは王女様なの?」
「はい。黙っていてごめんなさい」
クラリッサは優し気な笑みを浮かべる。
彼女はこの国の第一王女だ。
立場上はこの場で二番目に偉い。一番は王弟である学園長で、二人は叔父と姪の関係になる。アリスの父やバーニーの両親が敬語で接していたのはそのためだ。
「なんで、私のメイドをしているの……ですか?」
「色々と理由はあるのですが、詳しい説明は時間がかかるので、また後でしますね」
「……はい」
アリスは困惑顔で頷く。
クラリッサはそんな彼女に苦笑を浮かべると、すぐに表情を戻し学園長に視線を向ける。
「叔父様、場所を変えましょう」
「そうだな、授業の妨げになっておるしな」
学園長が教師に視線を向ける。
「先生、アリスとバーニーは連れて行きます」
「は、はい」
「シェリーは……まぁ、良いか」
「そうですね……」
クラリッサは同意しつつも、シェリーに視線を向ける。
「シェリー」
「は、はい!」
「バーニーに何か言っておくことはありますか?」
クラリッサが優しく問いかける。
シェリーはハッとした後、表情を引き締め力強く頷く。
彼女はバーニーに視線を向ける。
「バーニー様」
「……はっ!」
呆然としていた彼は、ハッとしてシェリーに視線を向ける。
「シェリー! お前から王女殿下にお願いしろ!」
「……」
「お前は俺の婚約者だろ!」
バーニーが喚き散らす。
周囲の学生は唖然としている。あるいは、嫌悪の視線を向けている。当然のことだ。先週の出来事も、先程までの会話も、ほとんどの学生は知っている。
子爵は恥ずかしさと悔しさの入り混じった表情を見せ、夫人は目に涙を浮かべている。二人に対し気の毒そうな視線を向けている者もいる。
「シェリー! 王女殿下に――」
「うるさい!」
シェリーが怒鳴る。
バーニーは驚きの表情で彼女を見る。
「私はあなたの婚約者じゃない! 勝手なことばかり言うな!」
「なっ! お前は俺の婚約者だろうが!」
「そんな約束一度もしていない!」
「先週約束しただろうが!」
「あなたが勝手に言っていただけよ!」
「断らなかっただろうが!」
「あなたが怒鳴るから怖かっただけよ! そもそも私には婚約者がいるわ!」
「なっ!?」
バーニーが驚く。
周囲には頷いている学生も多い。彼女は婚約者の存在を隠していないので、知っている者も普通にいる。バーニーは彼女のことも全く分かっていなかったのだ。
「俺を騙したのか!」
「勝手に勘違いしただけでしょ!」
「話しかけても嫌がらなかったじゃないか!」
「会話くらい誰とでもするわよ! 貴族なら当たり前でしょ!」
貴族学園は同年代の貴族と交流を図る場所だ。彼女の態度は当然と言える。
「ふざけるな! お前のせいでアリスとの婚約が――」
「勝手に婚約破棄したんでしょ! あなたのせいでアリス様と険悪になりかけたのよ! 迷惑をかけられたのは私の方よ!」
シェリーはそう言ってアリスの方を向く。
「アリス様、改めて謝罪しますわ」
「私こそ嫌な目で見たわよね。ごめんなさい」
「アリス様……」
「結果的には良かったわ。バーニーとの婚約が白紙になったのだから」
アリスは笑いかける。
シェリーも笑顔で応える。
「そうかも知れませんね」
「ええ、先週までの私はどうかしていたわ」
二人が笑い合う。
「おい! 俺を無視するな!」
バーニーが二人を怒鳴りつける。
そんな彼を二人は無視する。
「シェリー、言いたいことは言えましたか?」
「はい、クラリッサ様」
「お前らっ――ガッ!」
クラリッサはバーニーの顔を地面に押し付ける。
彼のもがく声が聞こえるが、誰も相手にしない。
「分かりました。では移動しましょう。……お嬢様も」
「えっ、は、はい」
アリスは慌てた様子で返事をする。
クラリッサは再び苦笑した。
◇
その後の話し合いの結果、二人の婚約が白紙に戻されることが正式に決まった。
伯爵は婚約解消以上の要求はしなかったが、子爵の判断でバーニーは学園を退学することになった。子爵の元で再教育を行なうらしい。彼の今後は彼次第だ。
アリスの婚約者については完全に白紙。婚約解消後に大量の縁談が舞い込んだが、伯爵は全ての縁談に断りを入れた。当面は彼女の成長を見守ることにしたのだ。
そして、アリスに正体を知られたクラリッサは――
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま、クラリッサ」
これまでどおり、アリス付のメイドを続けていた。
実は彼女、王国の魔力の三割を担う程の魔力の持ち主だ。そのため、それ以外の面ではかなりの特権が認められている。魔力供給さえすれば、王女の職務は完全免除。それ以外の時間は好きなことをして構わない立場となっている。
そんな彼女の好きなことは何か――
無論、アリスお嬢様のお世話だ。
クラリッサは幼い頃のアリスに出会い、その純粋さに一目ぼれをした。彼女はすぐに行動を起こした。国王や伯爵に直談判し、あっと言う間にアリスのメイドになったのだ。以来、アリス付きのメイドを続けている。
彼女の正体を明かさないことは、関係者の間に周知されていた。特にアリスに対しては、徹底して情報統制がなされた。理由は単純で、クラリッサが普通に接してもらいたいからだ。
今回の騒動の後、アリスはクラリッサにどう接すれば良いのか迷った。大好きなメイドが王女だったのだ。十歳の少女が戸惑うのは当然だ。
当人同士の話し合いが行なわれた結果、これまでと同じように接することに決まった。クラリッサがそれを望んだからだ。
アリスもそれが本音だということはすぐに分かった。伊達に何年も付き合っていない。彼女の戸惑いも消え、今までどおりのメイドとお嬢様の関係に戻った。
変わったことと言えば、クラリッサが王女であることが秘密ではなくなった。二人の間でも普通に会話が行なわれている。
「クラリッサは結婚しなくて良いの?」
アリスが気になっていたことを尋ねる。
クラリッサは既に成人している。王族なら縁談の話は当然あるはずだ。まして彼女は膨大な魔力の持ち主だ。遺伝的な意味でも、結婚し子供を産むことが求められる。
「婚約者はいますよ」
「えっ、そうなの!?」
「はい」
驚くアリスに、クラリッサが説明する。
お相手は彼女と同い年で、王国屈指の名門侯爵家の跡取りだ。つまり、二人とも結婚出来る年齢にある。しかし、ある理由から結婚を保留にしている。
「何か問題があるの?」
「問題というほどではないですね。単なる私のわがままですから」
「わがままって?」
「結婚したら、お嬢様のお世話が出来なくなるじゃないですか?」
「えっ! そんな理由!?」
アリスが驚きの声を上げる。
「そんな理由とはなんですか。私にとってはとても重要なことです」
「でも……」
「お嫌ですか?」
「嫌じゃないよ。でも、婚約者さんが可哀そうだよ」
「大丈夫ですよ。それが婚約の条件ですから」
「え?」
「ですから、お嬢様の成人まで待っていただくのが婚約の条件です」
アリスは絶句した。
彼女は現在十歳で、成人するまであと五年ある。クラリッサは二十歳。五年後は二十五才だ。貴族令嬢の結婚適齢期はとうに過ぎている。
「だ、駄目だよ! さすがに待たせすぎだよ!」
「それが婚約の条件ですから。それにお嬢様はまだまだ子供です。とても放り出すような真似は出来ません」
「大丈夫だから! もう、しっかりしているし!」
「殿方を見る目もありませんしね」
クラリッサの指摘はもっともだ。
アリスの勢いが少し弱まる。
「だ、大丈夫。すぐにすてきな相手を見つけるから」
「では、すてきな相手を見つけたら教えてくださいませ。私がしっかり見極めて差し上げます」
「分かった。だから、クラリッサも婚約者さんのことを考えてあげて」
「考慮しておきます」
必死に説得するアリスと、そんな彼女に目を細めるクラリッサ。
お嬢様とメイドの関係は続きそうだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
アリスが十歳の女の子ということもあり、ほのぼのエンドとなりました。
如何でしたでしょうか?
ジャンルは『異世界恋愛』『ハイファンタジー』『ヒューマンドラマ』『その他』で迷いましたが、婚約破棄ものということで無難に『異世界恋愛』にしておきました。正直、恋愛要素は薄いなと思っています。
続編投稿しました。