約束の時間まで
遠足から帰ってきて最初の土曜日。
世間一般的にゴールデンウィークの初日である。
からんころん次から次へとお客さんがやってくる。
久しぶりによく晴れた事も相まって、今日は朝から忙しかった。
少し落ち着き出したかあたりの午後に、一人のお客さんがやってきた。
「いらっしゃいませ、何名様で――」
「あ、ひとりです。」
「千賀君! 来てくれたんだ!」
入口には私服姿の千賀君が立っていた。
遠足の帰り道にお店を教えた際近いうちに行くよとは言ってくれていたが、こんなに早く来てくれるとは思わなかった。
同級生が来てくれたことがなんだか嬉しくて、私はついテンションがあがる。
「早速で、なんか、ごめん。」
「ううん。友達が来てくれるのって嬉しいよ。」
「そか……。嫌じゃないなら良かった。」
千賀君をカウンターに近いテーブル席へと案内する。
お水とおしぼりを出して、メニューは少し悩んでいるようだった。
また後で呼んでとだけ告げて、仕事に戻る。
「萌果ちゃんのお友達かい。」
「はい。クラスメイトの千賀君です。遠足で一緒の班だった子で。」
「ああ、彼がそうなんだね。」
奈津希叔父さんに紹介をし終わったあたりで、千賀君から呼ばれる。
メニューを聞いて戻ってくると、カウンターの奥は叔父さんから珠綺さんに変わっていた。
どうやら叔父さんは足りなくなった材料の買い出しに行ってしまったらしい。
珠綺さんとは何にもなかったし、なんでもなかったけれど、二人きりになるのは遠足の帰り道以来だからか少しだけ背筋が伸びる。
「あ、えと、アイスココアをお願いします。」
「ん。」
私は何となく珠綺さんに話しにくさを感じてしまい、そそくさとホールの仕事に戻ってしまう。
「百名さん。これお願い。」
アイスココアはすぐ出てきたはずだけど、私にはもう30分経ったかのように感じていた。
珠綺さんも、それだけ言ってポットに新しいお湯を沸かし始めてしまった。
仕方ないと、グラスをトレーに載せて千賀君の席へ。
「お待たせしました、アイスココアです。」
「ありがとう。」
ことんと机に置くと、千賀君は心配そうに口を開く。
「なあ、百名は、あの人と仲いいのか? えーっと。」
「珠綺さんのこと?」
「そうそう。珠綺さん。前に百名のことを迎えに来てただろ、その時よりあんま喋ってないなあって思ってさ。」
「そうかなあ。たぶんバイト中だからじゃないかな。」
笑って返すと、千賀君はふうんと言ってアイスココアにガムシロップを入れる。
そして、かき混ぜるのに使ったストローを持ったまま、口を開く。
「明日は休み? 二人で遊びに行かない。」
思ってもいなかったお誘いでなんだか嬉しかった。
他の子より少しだけ家が遠いから、あまり誘われることがなくて浮足立ってしまう。
「いいよ、遊ぼう! ふふっ、あとでメール欲しい。」
「おお、送っとく。」
ひらひらと千賀君に手を振って、またバイトに戻る。
友達と約束、友達と遊びに行く、楽しみができてるんるんで、早く明日になれーって願ってしまう。
気付けば珠綺さんと少し気まずく感じていたのも忘れてしまっていて、奈津希叔父さんが買い出しから帰ってきたところだった。
「華君お待たせ、ありがとうね。」
「大丈夫です。手伝うことありますか。」
「いや、もうこれで終わりだからいいよ。」
そう言って珠綺さんは手を洗った後、ホールに出てきた。
少しだけじっと見られた気がする。
気のせいかな。
「萌果ちゃん、オーダーあるなら聞くよ。」
「あ、はいっ。」
いつものおじいちゃんのコーヒーを奈津希叔父さんにお願いして、私はお客さんが帰った席を片付けに向かった。
戻ってくると、珠綺さんに話しかけられた。
「明日、なんかあるの。」
「え、いや、別に勉強しようかなって思ってます。」
バイト変わってって言われてしまうかなと思い、つい嘘を返してしまった。
ほんの少しだけ、珠綺さんの眉間にしわが寄った気がした。
そしてほんの少しだけ低い声が返ってくる。
「千賀と、どこ行くの。」
びっくりしてしまった。
「この辺遊ぶところなんてないから、変なトコ行ったらだめだよ。」
「変なトコって……行かないですよ。普通に遊びます。」
変な珠綺さん。
そんなに千賀君って悪い人に見えるのだろうか。
☕
「まーぜーて、って言えばいいんじゃない。」
「言えるわけないですよ。」
「華君は頑固だなあ。」
奈津希さんは楽しそうに笑っている。
千鶴ねえさんもやってきて、二人できゃっきゃと楽しそうだ。
「千賀君、いい子だし大丈夫じゃないかな。」
「あら、いい子だから心配になるんですよ。」
ふふと優しく笑う千鶴さんと、うんうん頷く奈津希さんを放って、外のライトを消しに行く。
ああ、なんでか廣瀬がぎゃんぎゃん騒ぐ姿が目に浮かぶ。
☕
「おーい、百名。」
「千賀君!」
駅前で待ち合わせをした私達は、そのまま近くのコーヒーショップで新作のフラッペを飲みに行った。
昼になり太陽も高いからか、冷たいものが美味しく感じる。
「なんかすごい、亜由奈ちゃんが好きそうな味。」
「わ、それ俺も思った。」
「だよねっ! 今度またみんなで来ようっ。」
「おー!」
二人でフラッペを飲みながら、ふらふらと街中を歩く。
「あ、この辺にゲームセンターってある?」
「あるよ。少しだけ歩くけど。」
「うん、喋ってたらすぐだよ。」
駅から8分程歩いて、アーケード街から一本入った道にゲームセンターはあった。
少しガヤガヤしていて、賑やかなのがワクワクする。
「百名ってあんまりゲームとか興味無いと思ってた。」
「ゲームはあんまりだよ。漫画は好きで、中学の時の友達と良くゲームセンターに来てたの。」
私は空になったフラッペの容器を持って、クレーンゲームが並ぶゾーンを見て回る。
キラキラしたおもちゃや、見たことあるキャラクターのフィギュアが並んでいる。
「私、今日はお目当てがあるんだ。」
「どれ?」
「これ! このぬいぐるみが欲しくって。」
そこには、今連載中の漫画のマスコットがちょこんと座っていた。
きゅるんとしたおめめが完全再現されていて、見ているだけでもうっとりしてしまう。
「なんだっけ……最強ガールズ? みたいな名前の漫画だよね。」
「そう! 千賀君知ってたんだ。」
「あー、でも名前だけ。少女漫画なのに激アツ展開で面白いって紡木が言ってた。」
「悠星君? へえ、今度話してみようかな。」
「いいんじゃないか、紡木も百名の話したがってたし。」
またみんなで遊ぼうね、と勝手に約束して。
喋りながらああでもない、こうでもない、と文句言ったり言わなかったり、意外と格闘した。
「可愛い顔して強情な子……。」
「あはははっ、百名マジでゲーム苦手なのな。」
いくらなんでも笑いすぎたと思う。
むう、と念を送っても弱々しいアームは空を掴むだけで、上がっていく様子をただ見守るしかできなかった。
「ははっ、ね、貸してみ。こういうのってコツとかあるんだよ。」
そういって千賀君は2回で取ってしまった。
「すごいっ、取れちゃった!」
「あげるよ。欲しかったんでしょ。」
「わ、ありがとう。すごく嬉しい、千賀君はクレーンゲームのプロだね。」
言い過ぎだって千賀君は言ったけど、私はなんで取れたのかよく分からなかったからすごいと思う。
だってアームにぬいぐるみの端っこしかかかってなかったのに。
「あ、でも千賀君にお金払わせちゃったね、返すよ」
「気にするなよ、プレゼント。」
「ほんと? でもお礼したい。」
じゃあ、と千賀君は壁際のコーナーを指差した。
「あれ、一回やろ。それで一回奢ってよ。」
「やろやろ!」
私は千賀君にお金を渡し、車を模したシートに座る。
何回かやったことはあるけれどあまり上手にできた試しはない。
「俺がコース選んでいい?」
「私詳しくないからお任せするよ。むしろ教えて欲しい。」
「ああ、いいよ。車も好きなの選びなよ。」
アクセルがどっちかも曖昧なまま、見た目が丸くて可愛い車を選び、レースが始まる。
「右足ね。」
「はいっ!」
ちなみにしっかり負けた。
半周遅れで、千賀君にコースアウトしていることを教えられる始末。
「ゲームって難しすぎない?!」
「練習すれば上手くなるよ。」
次に千賀君と勝負するまでに上手くなろうと誓った。
「他にもやる?」
「車の以外でね。」
「ははっ。そうだね。」
それから、二人でメダルゲームをして、フリースローゲームして、とにかく遊びまくった。
ほとんどうまくできていないけれど、それでも一緒に笑っているだけで楽しかった。
「わ、もう夕方だね。」
アプリの通知でスマホを開いた時には夕方四時が終わる頃だった。
「結構遊んだな。そろそろ帰るかあ。」
「そうだね、だいぶ遊んだね。」
戦利品という名のぬいぐるみと細々したお菓子を持って、私達はゲームセンターを後にする。
外に出た時には夜がすぐそこまで来ていた。
「私、こんなにゲームセンターにいたの初めてかも。」
「そうなの? じゃあ次は橘達と一緒にもっと遊ぼうな。」
「うんっ。」
それから、連休明けに七海ちゃんとも遊ぶ約束をしようとか、怪我が治ってきたとか、友達の話ばかりをした。
楽しい時間はあっという間で、すぐに駅に着いてしまった。
「じゃあまた学校で。」
「うん、また。」
千賀君に見送られて電車に乗る。
明日、七海ちゃんはきっとずるいって言うんだろうな。
早く足の怪我が治って、みんなでまたロスバーガーで待ち合わせして。
そんな千賀君とだけした遊ぶ約束を思い出しながら帰路についた。
☕️
家に帰り、カバンを置いてお店の方へ向かう。
叔父さんにぬいぐるみも見てもらおう。
「ただいま。」
「おかえり、早かったね。」
「いっぱい遊んだから早く帰って来ました。」
お客さんは落ち着いているようで、奈津希叔父さんが手招きしてくれた。
「可愛いの持ってるね。」
「これね、千賀君が取ってくれたの。」
「それは良かったね。」
可愛いって言ってもらえて満足な私は、邪魔にならないホール側へ出る。
「ホットココア飲んでもいい?」
「もちろん。」
叔父さんは鍋にミルクを注ぎ始める。
沸騰手前でココアパウダーを入れてかき混ぜる。
お湯を注ぐだけのココアを飲んでいたから、手が込んだココアを作る様子はいつ見ても楽しい。
「どうぞ。」
「ありがとう、いただきます。」
好きなだけ砂糖を入れて、少しだけ冷まして飲む。
かなり苦めだけどそれがまたより大人っぽい香りになる。
「美味しいです。」
奈津希叔父さんはにこっと笑ってくれた。
それから使った鍋を洗い始める。
最近はお店にも慣れて来て、段々居心地が良くなって来た。
カウンターでのんびり過ごしていると、外の掃き掃除から戻って来たらしい珠綺さんに声をかけられた。
「おかえり、勉強できた?」
「……いっぱい遊びました。」
嘘ついたの忘れていたな、と今さら申し訳なく思ってしまった。
「嘘つかれちゃった。」
「すみません。」
わざとらしい声で驚いてみせる珠綺さん。
まるで私が遊んできたらダメみたいな口ぶりに思えて、少しむっとしてしまった。
「楽しかった?」
「はい。」
「取ってもらったんでしょ、ぬいぐるみ。」
「はい。」
ふふ、と笑ってゴミを捨てに裏口に行ってしまった。
私は心を落ち着けようと隣に座らせたぬいぐるみを撫でる。
ココアを半分ほど飲んだあたりで、エプロンを脱いだ珠綺さんが隣に座って来た。
「どこ行ったの。」
「駅前のゲームセンターです。」
「あそこちょっと歩くよね。」
「んー、そんなに遠くは感じなかったです。」
「じゃあ楽しかったんだね。」
そういって、アイスコーヒーを一口飲む。
「いいなぁ、デート。」
「姫愛さんといつも行ってるんじゃないんですか。」
「デートはしてないよ、廣瀬は気づいたらいるの。すごいよね。」
そんなスナイパーみたいな言い方されても。
私からしたら姫愛さんみたいにぐいぐい人と話せることの方がすごいと思う。
「俺とも遊んでよ。バイトない日。」
「うーん、珠綺さんが楽しいことはできないと思いますけど。」
「俺が楽しいことしてくれるの。嬉しいなあ。」
「どういう意味で言ってるんですか。」
なんか嫌な捉え方されちゃったな。
珠綺さんは、なんだかゲームセンターにいるようなイメージはないし、かといって何をしてるとかもわからない。
「珠綺さんは遊んでるイメージが想像できないですね。」
「そうかな。」
珠綺さんは、うーん、と頬杖をついて遠くを見はじめた。
やっぱりいつもペチカにいる印象しかない。
「高校生みたいな遊びは少ないかも。」
「大学生じゃないですか。」
「それもそうだ。強いて言えばご飯食べに行くのが遊ぶって感じかな。」
大学生ってわからないなぁ。
あ、でも一個あるかもしれない。
「珠綺さんって映画見ますか。」
「割と幅広く。」
私はそれを聞いて、ぬいぐるみを抱き寄せる。
「アニメになっちゃうんですけど、今このコが出る映画やってて一緒に行きますか。」
「うん、行く。」
一人になった店内で、優しいジャズの音とコーヒーの香りに身を任せる。
約束の時間まではもう少し余裕があった。