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カフェモカココア  作者: 桐葉
8/15

気に入っていただけましたか。

一冊の"しおり"を見ながら、グループで机をくっつけていた。


「じゃあグループで、遠足中の役割を割り振ってください。ちゃんと話し合えよ。」


先生の合図で、一気に騒がしくなる教室。

月末に遠足という名のハイキングのため、リーダーを決めるという話。

グループは大体五人くらいで、席順を元に先生が決めていた。


私のグループは、七海(ななみ)ちゃん、千賀(ちが)君、田中(たなか)君、森本(もりもと)君の五人になった。


「リーダーだって。誰にする?」


先陣を切って千賀君が呼びかける。


「もう舞原(まいはら)で良くね。千賀には無理だろ。」

「賛成賛成ー! でももし舞原さんが嫌なら俺がやるよ!」

「田中だけはマジでやめて。無理。」


そんな森本君と田中君の言い合いに、私は笑うしかなかった。

でも、森本君の提案は一理あった。

消去法だけど……。


そう考えていたら、田中君が整理し始めてくれた。


「まあ、森本の言う通り舞原がいいと思うけど。俺は論外でしょ、ちがれんは部活あるし森本は絶対サボる。んで、百名(ももな)さんはまだ俺らに慣れてないだろうし。」

「そうだよなあ。ごめん、舞原。頼めるか?」


田中君の話に頷いていた千賀君が、手を合わせている。

七海ちゃんは相変わらずため息を小さくついた。


「なんでこんなメンバーなのかしら。」

「面目ない……。」


ものすごく申し訳なさそうな千賀君に、少し心が痛んだ。

リーダーなんて大変そうで助けになりたいと思って、私は七海ちゃんの手を取る。


「えっと、できることは少ないかもだけど、私も七海ちゃんのこと助けるから何でも言ってね。」

「ありがとう。萌果(もか)がいてくれてよかったわ。」


こうして、私たちのグループのリーダーが決まった。







「遠足かあ。懐かしい響きだな。」


夕食を囲いながら、私は叔父さんと千鶴(ちづる)さんに、遠足について話した。


「でも、ハイキングってなんだか中学生みたいで。」

「いいじゃないか、でも、気を付けてね。山道は危ないだろうし。」


はい、と返事をしてご飯を食べ進める。

食後、リビングのソファで千鶴さんと話しながら過ごしていると、テレビの天気予報が映し出される。


『今週の暖かさとは裏腹に、月末にかけて寒さが強くなる予定です。』

『今年の春は例年より寒くなるのでしょうか。』

『えぇ。去年の四月と比べて五度近くは冷え込む予報です。』


キャスターがいまいち読み方の分からないざっくりした天気図を読み上げる。

週間予報に移ると、丁度週末の天気が崩れるようだった。

それを見た奈津希(なつき)叔父さんがコーヒーを持ってやって来た。


「四月の末ってなにかと天気が崩れがちな気がするなあ。遠足、来週だよね。気を付けてね。」

「ありがとうございます、気を付けます。」


千鶴さんも同じく、うんうんと頷いていた。

でも私、雨女なんだよな。








それから、役割ごとに決めたり、しおりを作ったり、ルートの確認をしたりと、ハイキング一つでも案外忙しく過ごした。

なので遠足当日は一瞬で来てしまった。


学校から現地まではバスで移動するので、朝は校庭に集合した。

既に半分以上の生徒が来ていて、グループに分かれ始めているところだった。

私は、いつも早く来ている七海ちゃんを探し、合流した。


「七海ちゃん、おはようっ!」

「おはよう。」

「千賀君も早いね。」


七海ちゃんと一緒に、既に千賀君が来ていた。

千賀君はいつもの笑顔でおはよう、と返してくれた。

田中君と森本君はまだ来ていないらしく、このまま三人で待つことにした。


「でも天気予報やばかったのに、めっちゃ晴れたなー! 良かった!」

「ええ。千賀みたいな雨に愛された男がいても晴れるものね。」


七海ちゃんがそう言っていて、ふと親近感がわく。


「もしかして、千賀君も雨男なの?」

「お、百名も雨女か? あははっ、一緒だな。」

「ふふっ、それじゃあ七海ちゃんはとんでもなく晴れ女なのかもね。」


思いがけず共通点を見つけて、私は少し嬉しかった。

私達の会話を聞いていた七海ちゃんは苦笑いをしていたけど。

そんな時、田中君らしき声が聞こえた。


「おーい、ちがれーん。どこだあ。」

「こっちだこっちー。遅すぎるんだよ。」


聞こえてるんだか聞こえてないんだか、田中君はふらふらとしながらやって来た。

隣には森本君がいた。


「ちがれんこんなとこにいたのかあ。」

こいつ(田中)が迷子になってたぞ。千賀、お前がちゃんと手綱を握れよ。」

「森本だって遅刻だろ!」


三人がそんな言い合いをしていると、丁度先生が話し始めた。

田中君と森本君は結構ギリギリに来ていたらしい。

間にあって良かった。







クラスごとにバスに乗り、ハイキングへ向かう。

現地に着くと、嫌になるほどの快晴で、暑くて仕方がないほどだった。


私と森本君は運動が大の苦手で、中腹の時点でへとへとになっていた。

次点で千賀君と七海ちゃんが私たちに合わせて歩いてくれていた。

田中君はというと。


「森本もちがれんも遅すぎだろ。早く早く。」

「たなかー! お前なあ、一人でばかすか先に行ったってしょうがないだろ! ちょっとは落ち着けー!」

「まったく……田中に言ったってしょうがないわよ。山に帰れて浮かれているんだから。」


一人で50mは先を歩いていた。

もう一時間近くは登っているのにまだまだあり余っていそうな体力が少し羨ましい。

笑ったり返したりする元気がない中、七海ちゃんは振り返ってにこやかに笑いかけてくれた。


「ゆっくり行けばいいから。安心して。」

「――っ! 七海ちゃん、ありがとうっ。」


それから三、四十分ほどしてようやく頂上に着いた。

もうほとんどのチームがお弁当を食べているようだった。


「ふう、ああ、もう無理。歩けない。」

「あははっ、大丈夫か。」


千賀君は笑っていた。

笑うような元気はなくて、弱弱しくありがとうと返すばかりだった。



そして、グループ五人で集まってお弁当を広げる。

男の子たちは見たことないサイズのお弁当箱を取り出していて、あんな重そうなものを持って登っていたことに驚いた。


「すごい食べるんだね。」

「これくらい普通でしょ。俺ら育ちざかりってやつだし、ちょっと体動かすだけで死にそうなほど腹減るんだよ。」


田中君が平然とした顔で言うものだから、ちょっと尊敬してしまった。

私も食べる方だと思っていたけど、運動直後に食べれる量ではなかった。


「その栄養が、脳みそに行ってくれれば良かったのにな。」

「はあ? 森本だってちょっとは体力ないとがりがりになるんだから人のこと言えないだろう?」


相変わらず、二人は仲良く喧嘩をしていた。

私は七海ちゃんとおやつを交換し合ったりして、下山までの1時間をのんびりと過ごしていた。

グミを開けたところで、千賀君に肩を叩かれた。


「先生から話あるってよ。」


先生から、予定よりも早めに下山する知らせを受けた。

天気が崩れるかもしれないかららしいけど、まだ、晴れているのにな。







その後の下山で、中腹まで来ようとする時に豪雨は来た。

一瞬でバケツをひっくり返したようになり、視界が悪くなる。


「みんなゆっくり歩けよ、前の人が見えなくなったら叫べよ!」

「早速だけどちがれん歩くの早いわあっ!」

「森本はもっと頑張りなさいよ!」


大声張り上げて会話しててもどこか聞き取りにくい。

カッパのせいもあって余計に音がくぐもる。


「でもなんか雨ってテンション上がらねえ?!」

「田中はやはり猿だな……。」

「聞こえてるからなーーー?!?!」


元気な田中君の声を背中に受けながら足元を見て歩く。

私はあまり体力に自信がないので、みんなに着いていくだけで頭の中はいっぱいだった。


千賀君の声を頼りに、かなりぬかるんだ道を慎重に歩いているとガチャ、ドサァッと音がした。


「大丈夫っ?!」


振り向くも視界が白くてよくわからない。

うっすら動く影だけは分かった。


「大丈夫よ、少し滑っただけ。」

「痛てぇ……。」


七海ちゃんと田中君の声だ。


「え、えっと、千賀君!! 待って、助けて!」

「なに?」


聞こえたみたいで、少し先に進んでた千賀君と森本君が引き返してきてくれた。


「あのね、多分七海ちゃんと田中君が怪我したみたいなの。」


そう言うと、私の肩越しに千賀君が呼びかけた。


「二人とも、怪我はどれくらいなの。」


「私は少し打っただけよ。」

「俺も、手をついちゃった。」


元気そうな声に近づくと、田中君は立って荷物を拾っているところだった。


でも、七海ちゃんはぬかるむ地面に座り込んだままだった。


「七海ちゃん!!」


私は駆け寄ってすぐに七海ちゃんの手を取った。


「舞原、痛むんだろ。無理して立つなよ。」

「平気よ。萌果、あたしは大丈夫だから。」


笑いかけてくれたけど、どこか辛そうな様子に安心できなかった。


「まー、後で後ろの班が来るだろ。森本、降りてそうなやつに連絡しておいてくれない。」

「うーす。」


テキパキとした指示で、下にいる先生に怪我人を伝えて、少しは雨除けできる木陰に移動した。


「ごめんな舞原。俺が遊んでたから。」

「そうね。飛んだら跳ねたりバカのすることよ。」

「……仰る通りです。」


田中君は七海ちゃんに謝っているけど、あんまり許す気がないみたいだった。

今にも喧嘩しそうな空気にハラハラするしかできない。


「まあまあ、もうすぐ先生来るっぽいから。喧嘩はまた後で。」




☕️




少しして、最後の班と一緒に、先生が来た。

七海ちゃんの荷物は千賀君が持ってくれて、私と先生で支えながらゆっくり下山した。


バスが見えた時は心底ホッとした。


七海ちゃんは手当を受けて、田中君は先生から事情を聞かれているようだ。


少し歩きにくそうな七海ちゃんをバスの一番前の席へ連れていく。

座ってからも、少しだけ辛そうにしていて、あまりいいこけかたではなかったのが良く分かる。


「……やっぱり痛い?」

「耐えられないほどじゃないわ。先生も軽い捻挫だって言っていたもの。」


大丈夫、と口では言っているけど元気のない七海ちゃんが心配でたまらなかった。


でも先生達は無情で、さっさと自分の席に戻れと文句を言ってくる。


渋々戻ると、隣に千賀君が来た。


「座ってもいい?」

「あ、うん。いいよ。」


まだ止まない雨に、少し不安を覚える。

窓の外をぼーっと見ていたら、肩を叩かれた。


「大丈夫だよ。田中もちゃんと反省してるよ。」

「大丈夫、かな。」

「もちろん。むしろ、舞原のがしんどいんじゃね。百名がそんな顔してんなよ。」

「そっか、そうだよね……。ありがとう、千賀君。」


心配してくれたらしい千賀君の言葉に少し綻ぶ。


他愛もない、笑いもしない話をしとしとと話しながら、雨と共に学校へと戻った。




☕️




学校に着くと、七海ちゃんは一度保健室へ向かった。

森本君と私の二人で荷物を持って、怪我をした時の状況を保健医の先生に話した。


田中君も、後で千賀君に連れられて来て、謝っていた。


「すみませんでした。」

「もういいわよ。」


と、仲直りできたみたいだった。多分。


七海ちゃんは親御さんが迎えに来てくれるみたいで、その場でみんな解散。

それぞれ帰ることになった。


校門を出た辺りで、千賀君に呼び止められたけれど。


「百名、一緒に帰ろ。」

「うん。ありがとう。」


きっと私のことを心配してくれているんだろう。

どこまでも優しい人だ。


「千賀君のお家はどの辺なの?」

「ここから二駅。と、山側に20分。」


山側……?


「もしかして、お家ちょっと近い?」

「マジ?!」

「あ、でも私はもう一駅先なんだけど……。」


スマホを見せ合い、家の場所を教え合った。

最寄りが一駅ズレるけど、家同士は自転車で10分くらいの距離だった。


「じゃあ今日は百名の最寄りで降りよっと。」

「わーい、嬉しいっ!」


当初より少し長めに話しながら、電車の中でずっと駄弁っていた。


相変わらず、千賀君の飼っている犬の話をして。

私が居候している家がカフェだっていう話をして。


いつもより早く駅に着いた。


「たまには一緒に帰れるかもな。」

「そうだね。あ、七海ちゃんも千賀君と同じ駅だよね?」

「ああ、確かに。でも舞原はこっちまで来ると遠いかもな。」


残念、と二人で改札を出る。

少しだけ名残惜しさからゆっくり歩き出した時。


「百名さん。」


思ってもいなかった声がした。

自転車を引いた珠綺(たまき)さんがいた。


どうしてこんなところで……。

一瞬で頭の中がぐるぐるする。


「雨すごかったらしいね。SNSで見た。」

「え、あ、どう……。」

「今からバイト行くし、一緒に行こ。」


珍しくにこにこと笑っている。

普段見かけても声を掛けたりしないのに。


「百名のお兄さん……?」

「ん、えっと、あー……と……。」


歯切れが悪い。

我ながら引くほど歯切れが悪い。


珠綺さんは、私から見ても一番説明がしにくい人だ。


「カフェの……。」

「お兄さんです。()()()。」


ん?


「あ、カフェのアルバイトに来てるお兄さん!!」

「……ふうん。」


千賀君は腑に落ちてはいないようだった。

でも私嘘はついてないよね。


「そう。すごく長い間働いてる先輩みたいな。珠綺さんって言うんだよ。」

「そうなんだ。」


千賀君は小さく頷いて、珠綺さんの方を向いた。


「千賀です。百名の友達です。」


軽くペコっとお辞儀をする。

するといつもの明るい笑顔に戻る。


「じゃ、百名。また学校でな。」

「うん。また学校で。」


そう言ってたたた、と行ってしまった。

山登った後なのにすごい体力だ。


「えっと、それで。珠綺さんはなぜ……。」

「雨すごかったらしいね。」


ロボットみたいになっていた。


「はい、そうですね。だいぶ濡れました。」

千鶴(ちづる)姉さんが迎えに行こうとしてたらしいから、代わりに。」

「そうだったんですね?!」


それを先に……と言おうとして、辞めた。

なんとなく、珠綺さんに言っても意味がないような気がして。


「ありがとうございます。」

「どういたしまして。」


それから5分は無言で歩いていた。

びっくりするくらい、珠綺さんは喋らない人だと思う。

私から上手く話せないというのも合わせて。


「楽しかった?」

「楽しかった、です。でも、悲しいこともありました。」

「うん。」

「七海ちゃんが怪我しちゃって、心配してます。」

「優しいね。」


目も合わせずに淡々と話す。

その距離感と低い声に、段々落ち着いてきてしまう。


「前に言ってた千賀君が彼?」

「はい。」

「いい子だね。」

「いい子です。」

「いい子いい子。」


そうやって、珠綺さんは私の頭を撫で出した。

そういういい子なのだろうか。

私は珠綺さんの手を無理やり払う。


「千賀君のことを言っていて……。」

「そうだよ?」


よく分からない人だ。

珠綺さんはあまり話さないし、表情に出ない。

声もトーンが一定で感情がよく分からないし、行動も脈絡がない。

最近分かってきた珠綺さんはそういう人だ。


難しい顔をしてる、と言われたけれど、珠綺さんのせいだと言い返したかった。


「今日もバイトよろしくね。」

「はい、よろしくお願いします。」


いつの間にかペチカに着いていた。

「気に入っていただけましたか。」

店主が静かに訪ねてくる。

私はあまり言葉で答えるのも無粋なような気がして、一度だけ頷いた。

店主は目を細めて、良かったです、とだけ呟いては、カウンターの奥へ行ってしまった。

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