ここは時間がゆっくり流れている。
「はーい、撮るよー。あ、千鶴はもうちょっと右向いて。萌果ちゃんはカメラ目線のまま。」
今日は編入初日。
保護者の代わりとして、奈津希叔父さんと千鶴さんが来てくれた。
「いいね、そのままだよ。はいチーズ。」
パシャリ。
新品の制服はちょっぴり着心地が悪くて、背中がムズムズして仕方なかった。
今日からは憧れていた二年生。
たくさん青春したいなぁ、なんて。
「いい笑顔で撮れたよ。」
「ほんとっ! 見せて見せて。」
我ながらいい顔で盛れている。撮った写真は後で送ってもらおう。
「ふふふっ、なんだか私も学生に戻ったみたいだわ。」
「千鶴さんは今でも制服似合いそう。」
「ありがとう。嬉しいわ。」
千鶴さんもご機嫌みたいだ。みんながニコニコ笑っていると、私まで嬉しくなってくる。
一番最初に、職員室で編入生の手続きや、学校についての説明を受ける。
ただ、始業式と被っていることもあり、これから学べばいいと担任の先生は優しく笑ってくれた。
「ほら、早く行かないとクラス表見れなくなっちゃうよ。」
「それは困る。行ってきます!」
「行ってらっしゃい。めいっぱい楽しんでくるんだよ。」
「はーい!」
叔父さん達はこれから校長先生に挨拶をすると面談室に向かうため、職員室前で別れた。
少し時間が空いたので、許可をもらって校内探検をすることに。
校庭に向かおうとすると、丁度昇降口前に掲示板が張り出されていた。
クラス表の様だった。
せっかくだからクラスメイトの名前を知りたいな、と掲示板に近寄る。
自分の名前を探すだけなのに、なんだかワクワクしちゃう。
「わわ、えっと……。」
ただ、タイミングが悪かったらしく、人だかりに押されてしまった。
こういう時は、自分の背の低さを呪いたくなるものだ。
「よく見えないや。」
人が減るのを待とうと少し下がると、肩を叩かれた。
「ねぇ、見えないならここおいでよ。意外と見えるよ。」
少しダボついた制服を着た男の子だった。
短髪で爽やかで、太陽みたいな子だな、と素直に感じた。
申し訳なく思ったりもしたけれど、私は早く見たい気持ちが勝って、お言葉に甘えることにした。
「ありがとう……。」
「どういたしまして!」
掲示板には、たくさんの名前が並んでいて自分の名前を見つけるのには少し苦労する。
全部で6クラスもあるので余計にだ。
(保育園はないし、小学校と中学校は2組までしかなかったからなぁ。なんなら前の学校は1クラスしかなかったし。
こんなに同級生がいるのは、ちょっと不思議な気分。)
少し経ったか、自分の名前を見つけた。
50音順だと後ろの方かと思っていたが、案外真ん中の方だった。
(Bクラス……。)
ざっとクラスメイトの名前を確認した後は、昇降口へ向かう人の流れに逆らって学校探検に戻る。
もう時間だ。
私は上履きに履き替えて、職員室へ戻った。
☕
「ここが今日から通う教室だ。最初は構内も怪しいと思うから、余裕を持って登校してくれ。」
チャイムが鳴り、担任の先生と一緒に教室まで来ると呼ぶまで廊下で待っていてくれと言われた。
先生が入った後も少しがやがやしていたので、気になって教室をのぞくと、既にいくつかのグループでおしゃべりに夢中な様だった。
中央の列、丁度教室の真ん中にあたる場所に一席、空席があった。
きっと、私の席だ。
周りが囲まれていることにどことなく寂しさを感じつつも、仕方ないよなあと自分で自分を慰める。
(友達、できるんだろうか。今更考えてみたら、友達ができなくて当然だよね。)
勝手に落ち込んでいると、先生に呼ばれる。
そーっと教室に入るものの、クラス全員から注目をされるこの瞬間。
一生分のように感じて仕方がない。
「百名です。よろしくお願いします。」
よくある、先生からの簡素な紹介を受けた後は、空いている席に座る。
周囲から視線を感じて落ち着かないが、なんとか耐え忍ぶしかない。
その後は、先生から書類が配られ、時間割や今日の予定の説明がされる。
そして、始業式まで30分ほど空いたため、ちょっぴり休憩が入った。
クラスのみんなは既にグループができていて、一人ぽつんと座るだけでも、むずがゆく感じる。
しかし、質問責めに合うよりはマシなのかもしれない。
(でも話しかけたい。けれど、やっぱり勇気が出ないなあ。)
もう寝たふりをするしかないかも、と覚悟を決めあぐねていた瞬間。
後ろで「ああ!」と大きな声がして驚いた。
話が盛り上がったのかなと思い、恐る恐る振り返ると、私も「あっ!」と驚いた。
「「さっきの!」」
「…………。」
「…………。」
そこには、掲示板で場所を譲ってくれた男の子がいた。
驚いてしばらく見つめ合ってしまって、今更目を逸らす。
「あはは、なんかごめんなさい。さっきはありがとう。」
「ううん。むしろ同じクラスだとは思わなくて。」
そーっと視線を戻すと、男の子は頬を掻きながら斜め下を見つめていた。
「普通は同じクラスだって思わないよね。すごい偶然。」
「確かになあ。まあ、よろしくな。」
「うんっ、よろしくね。私は百名。名前、聞いてもいいかな。」
男の子は、のどを鳴らす。
もしかして喋るの苦手だったりするのかな。
「俺は千賀漣太郎。さざなみって書くけど漣太郎だ。」
「わかった。よろしくね千賀君。」
「おう。」
「私、引っ越してきたばかりだから友達いなくて不安だったんだ。嬉しいな。」
「そうなのか、じゃあ後で俺の友達紹介してやるよ。愛想ないけど、根はいい奴なんだ。」
千賀君は、底抜けに明るく笑う人で、その笑顔を見ているだけですごくホッとする。
友達まで紹介してくれるなんて、とても優しい人でよかった。
胸を撫で下ろしていると、女の子がやってきて千賀君の肩を掴んだ。
「誰が、愛想がないですって?」
怒っているかもしれない。
女の子は、千賀君の肩に置いた手に力を込めた。
「痛っ! いてててててててっ。ストップ、ごめんってば。」
「まあ、痛いのはあたしの方だけど。」
「ごめんごめんっ。百名に紹介するからちょっとタンマ!」
千賀君がそういうと、女の子は力を抜いた。
すると私の方に向き直り、にこりと笑いかけてくれた。
「あたし、舞原七海。千賀とは同じ中学だったんだ。仲悪いとかじゃないから安心して。」
「〜〜っ、てえぇ。……さっき百名に紹介したいって言っていたのがこの舞原のことなんだよ。舞原も同じクラスだし、仲良くなれるといいなって。」
「そっかあ、嬉しいっ。舞原さんもよろしくね。」
すると、彼女は綺麗な黒髪を小さく横に振る。
「七海でいいわ。あたしも、萌果って呼んでいい?」
「うんっ、じゃあ、七海ちゃんっ!」
「ふふっ。よろしくね。」
丁度ぴったり、鐘が鳴った。
「うおおお、席戻んねえとな。また終わったら喋ろうぜ。」
「うん、またあとで。」
七海ちゃんと千賀君はそれぞれ自分の席に戻っていった。
転入早々に友達が二人もできるなんて、幸先よくて期待しちゃいそう。
(千賀君に、七海ちゃん……。)
私は心の中で何度も名前を呼んでは飲み込んだ。
楽しい学校生活だといいな。
☕️
担任の先生からの説明も終わり、体育館で長くありがたいお話を聞き、また教室へ。
転入初日は考えていたよりもあっさりしていたが、二年生なんだという自覚は強くなっていた。
「ふあーっ! ちょっと疲れたなあ。」
「ふふっ、私も疲れちゃった。休憩終わったら何があるんだっけ。」
「次は選択科目についてと、教科書配布ってさっき説明があったじゃない。」
七海ちゃんは少し頬をふくらませている。
そんな顔もとても可愛いな、とつい和んでしまう。
「あははっ、ありがとう。七海ちゃんは優しいね。」
「どういたしまして。そこの千賀はあんまりアテにしちゃダメよ。」
「お前……いいんだな。このあと紡木と橘呼ぼうと思ってたのにいいんだな。舞原は呼んでやらねえ。」
「千賀にはたくさん頼るといいわ。ね、きっと萌果の助けになるから。」
「よろしい。」
よくわからないけど、二人はいつも仲良さそうでつい笑ってしまう。
それにしても、千賀君と七海ちゃんは友達が多いんだな。
ちょっと羨ましいかもしれない。
「おっと、百名には言ってなかったよな。俺たちと同じ中学だった奴が他にもいるんだよ。
後で紹介するよ。」
「そうなんだ。仲良くなれるといいなぁ。」
新しい友達。
元々仲が良かった人の輪に入るのは、ちょっとたじろいでしまう。
自分がきっかけで壊れてほしくはないけれど。
「なんか心配しているみたいだけど、二人から萌果に会わせろって言われたのよ。」
「え、私に……。」
「おー。さっきの休憩中に喋ってるのを見ていたみたいでさ。ずるいーってピコピコスマホが鳴るってうるさいのなんの。」
「そっか、そっかぁ。嬉しいな、うん、嬉しいっ!」
会いたいって言ってもらえることほど嬉しいものはないな。
どんな人だろう。
七海ちゃんも千賀君も優しいから、きっと二人みたいに優しいのかな。
その後も、3人で帰りに遊ぶ予定を立てたり、面白い先生がいる話、千賀君の飼っている犬の話、他にも沢山の他愛もない話をした。
気づけば休憩は終わり、先生が入ってきた。
私の頭は既に、友達のことでいっぱいになっていた。
☕️
「千賀遅いよ。」
「ま、待ってって。俺今日そんな荷物ないかなぁーって、カバン持ってきてないんだよ。」
「ありえない、いくら千賀でもありえないわ。」
千賀君はたくさんの荷物が持ちきれず、途中で落としていたりと苦労していた。
そして、またペンが一本転がっていった。
「大丈夫、千賀君……。」
「大丈夫大丈夫。ごめん、ありがとう。」
ペンを拾って渡すも、千賀君は受け取れるような態勢ではなかった。
そこで私は思いつく。
「あっ、ちょっと待ってね。」
急にカバンを漁り出した私を、二人はきょとんと見ている。
そんな二人に構わず、私はカバンを漁る。
「あった、良かったあ。千賀君に貸してあげる。」
私は、小さく畳まれたエコバッグを千賀君に渡す。
千賀君はぽかんと口を開けていた。
「迷惑だったかな。」
「い、いやっ、助かるよ。」
ぶんぶんと首を振って、エコバッグを受け取ってくれた。
「萌果って、用意周到なのかしら……。」
「そんなことないよ。昨日買い物に行って、それでたまたま持っていただけなんだ。」
「女子力ね……。」
七海ちゃんはなにかを分かったかのように頷いている。
エコバッグ一つでそんなに考えるものかな。
「ふう、やっと落とさずに帰れる。貸してくれてありがとうな。」
「ううん、大丈夫だよ。」
「エコバッグ、後で集まる時に返すよ。」
「ありがとう。」
そうして、三人で駅まで歩いて、またあとで集まろうということになった。
その時に、五人で遊ぶ約束だ。
「じゃあ、またあとでね。」
「うん、またあとで。」
千賀君と七海ちゃんとは反対のホームへ降りて、電車を待つ。
その間に、叔父さんにメールを送る。
『始業式が終わって、今から帰ります。そのあと、お友達と遊びに行ってもいいですか。』
本当は電話がいいのかもしれないけれど、お店の忙しさがわからないのでいつもメールを送る。
すると、しばし待ってから返信が届いた。
『お疲れ様。もちろん遊びに行っておいで。遅くならないようにね。』
なんだか、本当の親のようで懐かしい気持ちになった。
帰ったら荷物を置いて、着替えていこう。
どうしよう、何を着ようかな。
と、やはり考えごとをしていると時間は一瞬で過ぎる。
すぐに駅に着いた。
(なんだか久しぶりな気がしちゃう。)
数時間しか経っていないはずなのに、駅も、お家も、どことなく懐かしいような気がしてくる。
つい、帰り道が足早になっていた。
「ただいま、奈津希叔父さん。」
家に帰ると、ちょうどエプロンをつけた奈津希叔父さんと居合わせた。
「おかえり。もうお友達ができたんだね。」
「うんっ、千賀君と七海ちゃんっていうの。二人ともすごく優しくて、せっかく早く終わるし遊ぼうって言ってくれたの。」
「そうか、よかったね。でも、気をつけて遊びに行くんだよ。ハメを外しすぎないように。」
そうは言ってはいるが、奈津希叔父さんはにこにこと嬉しそうだった。
私が学校に馴染めるか、心配してくれていたのかもしれない。
「うん、ありがとう。気をつけて行ってきます。」
「あとで千鶴のところにも行っておいで。」
「わかった。」
そして、とにかく重い教科書から少しでも早く解放されたかった私は急いで自室に戻っていった。
「ふうう〜〜〜っ。紙ってこんなに重たかったっけ。」
どさどさっとリュックを下ろすと、急に軽くなった肩が戻ってくる。
凝りもしていないが、気持ちとして肩をトントン叩いてみる。
「んー、荷解きは帰ってからしよう。先に着替えて、千鶴さんに会いに行っちゃおうかな。」
私は制服からお気に入りの服に着替える。
薄かったメイクも、アイメイクとリップを変えてショルダーバッグに財布と携帯を入れる。
それから、学校に持っていったリュックからハンカチとティッシュを取り出して、スカートのポケットへ。
「よしっ。」
こうして最低限の準備だけを済ませて、一階へ降りていった。
キッチンに千鶴さんがいなかったので、お店との通用口をそーっと開ける。
「た、ただいまです……。」
ちょうど千鶴さんがいて、気づいてくれた。
「萌果ちゃん! おかえりなさい、待ってたわよ。」
そういうと、千鶴さんは吊り戸棚から封筒を取り出して、目の前に差し出した。
「ふふ、受け取ってちょうだい。今日までのお給料よ。頑張ったわね。」
「お給料……。」
「ええ。萌果ちゃんは頑張って働いたんだから、お給料をもらわないと。でも、学校はアルバイト禁止みたいだから、内緒にね。」
そういうと、千鶴さんはイタズラっぽくウインクをした。
千鶴さんのこういうところは本当に可愛らしい。
「ありがとうございますっ。大事に使いますっ。」
「うん、大事に使ってね。」
そういって千鶴さんから封筒を受け取る。
思っていたより厚みがある気がした。
まだ、お給料をもらえるような働きはできていないかもしれないけれど、それでも、もらえて嬉しい。
色々頑張って、素敵な高校生を目指そう。
「はい、アルバイトももっと頑張ります。」
千鶴さんと奈津希叔父さんはにこにこしていた。
そして、二人越しに、珠綺さんがいた。
また、心臓が跳ねる。
平常心、平常心。
でも、珠綺さんはゆっくりを口を開いた。
「あれ、制服は?」
「着替えちゃいました。これから、友達と遊ぶんです。」
「もう友達ができたんだ。よかったね。」
「はい。」
奈津希叔父さんも千鶴さんも、それぞれの仕事に戻っているみたいだった。
私は全然まっすぐ目を見れていないが、それでも珠綺さんは続ける。
「どんな子?」
「えっと、七海ちゃんっていう優しくて面白い女の子と、千賀君っていう助けてくれた男の子です。」
「そっか。仲良くなれるといいね。」
「はい。」
私はだんだん、最初からこんな感じで喋っていたのかもと思い始めていた。
相手の顔の右斜め下を見ていれば、相手の顔を見ていることになるのかもしれない。
「気をつけて、遊びに行っておいで。」
「はい、ありがとうございます。」
そういうと、珠綺さんはお客さんの元へ行ってしまった。
隣で見ていた奈津希叔父さんは少し心配そうだった。
「華君のこと、ちょっと怖い?」
「あ、いえ、そんなことはないです。ちょっと、どう話していいのか分かんなくて。」
「姫愛ちゃんのことは、気にしなくて大丈夫だからね。」
すると奈津希叔父さんは手をひらひらと振ってくれた。
「ちなみに、もう電車の時間やばいんじゃないかな。」
「えっ……。」
私はその後全力疾走した。
「いい音楽にはいい店も必要ですよ。」
「おや、これは一本とられましたな。」
店主はコーヒーをドリップしながら、クスクスと楽しそうに笑っている。
「なんだかここでは時間がゆっくり流れている気がして、つい自分らしくないことをしてしまいますね。」
苦笑いしながら言うと、店主はすっと目を細めた。