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カフェモカココア  作者: 桐葉
4/15

いい豆には、いい音楽を。

姫愛に怒鳴られた翌日。

萌果の気分は、それはそれはブルーなものでした。

日をまたいでも、カフェの帰りの出来事はいやに張り付いていた。


身に覚えのない因縁をつけられたと、思う。

私は、綺麗な人に睨まれた瞳が忘れられないでいる。


はあ、と大きなため息をつくが、なんの不安も出て行かない。

私はますます悩むところだった。


「もしもし、萌果(もか)ちゃん? 一緒におやつ食べない?」


優しいノックと千鶴(ちづる)さんの声だった。

おやつ……。きっと千鶴さんの手作りなんだろう。

少しでも気が晴れればいいなと、千鶴さんと一階に降りて行った。




☕️




「萌果ちゃんは飲みもの何にする? 紅茶かコーヒーなら入れられるわよ。」

「えっと……紅茶で。ミルクとお砂糖たっぷりで飲みたいです。」

「いいわね、ポットに作って私も一緒にしようかしら。」


そう言って、千鶴さんは茶器を温めてはじめた。


テーブルには、大きく切られたチョコレートのブラウニーと、カラフルでクリームたっぷりのマカロンが盛られている。

まるでパフェじゃないかというほどに。


「甘いもの食べたいなって考えてたんです。」


千鶴さんは振り向くと、にこりと笑いかける。

ポットとティーカップを持って席に着くと、ゆっくり紅茶を注いでくれた。


「私、こう見えて魔法使いなの。」

「……えっ。」

「ふふふ、萌果ちゃんがね。なんだか元気がないなあ、きっと(はな)くんと何かあったんだろうなあって思って、ブラウニーを焼いたのよ。お話聞きたいな。」


カチャリと鳴るソーサーを、じっと見つめながら呟く千鶴さん。

つい、私も揺れる水色に目を落とす。


「千鶴さんにはかなわないですね。」

「ふふふ、そうでしょう。ほら、なんでも聞きはするわよ。」

「なんて、言うんでしょうか。

 ……珠綺(たまき)さんとわかれた後、女の人に声を掛けられて。それで、その人に怒られてしまいました。」

「…………。」

「近づくなーって。たぶん、珠綺さんの彼女なんですけど、ちょっと怖かったというか。」



反応は意外なものだった。



「えぇ…っ、本当?」


千鶴さんが心底驚いているようだった。


「ほんと、です……。」

「え、華くんが冷たかったとかじゃなくて? 華くんが怒ったんじゃなくて?」

「ええぇっ! 珠綺さんはすごく優しかったですよ!」


なんで珠綺さんの名前が出るのかよくわからないけれど。

普段の様子からも優しい人なのはわかっている。

まだ、ちょびっとは、大きいし、怖いけど。


「えーっと……確か……ひめ?って言っていた気がします。」

「あぁ……。」


千鶴さんは深く頷きながら、ぽん、と手を叩いている。


「知っているんですか。」

「常連さんね。」

「常連さんって、ペチカの常連なんですか。」

「えぇ。でも、ペチカじゃなくて華くんの常連さん。」



☕️



「居たーーっ。華ぁっ。」

「痛っ。」


どんっ、と後ろから突撃される。

他人に抱きつくような、こんなことをするのは一人だけだ。


廣瀬(ひろせ)か。危ないな、急になんだよ。」

「えへへーっ。華を見かけて嬉しくなっちゃって。」

「で、用事は。」

「んー、じゃあ飲みに行こっ!」


毎度毎度、廣瀬はこんな風に無茶ばかりを言う。

でも、俺には嫌でも断れない理由があった。


「はぁ。今日中には帰れよ。」

「やりぃ! 代わりに奢ってあげるから。」

「じゃなきゃ行かないよ。」

姫愛(ひめ)に向かってそんなこと言うの、華だけだからね?」


今日もまた、この腕を、振り解けない。




☕️




お風呂を済ませて、ベッドに潜りながら携帯を触る。


「んー……悩むなぁ。なんか、面倒なことには巻き込まれたくないんだよなあ。」


千鶴さんは、ただの常連だよの一点張りでそれ以上なにかを聞き出せそうになかった。

でもきっと、なにかあるんだろう。

彼女なら彼女って言えばいいだけな気もするだけどな。

近づくなって、どうすればいいと言うのだろうか。


(あー、一人だとおかしくなりそう。)


COCOA TALKを開き、前の学校の友達にメッセージを送る。

ゆず()。中学校で仲良くなった親友で、部活も同じテニス部だった。

ここからも少し距離があるせいで、きっとゆず子と会うことは減っていってしまうが、たまにはこうして時々話していたい。


『やっほー、ゆず子!

 明後日から新しい学校だよー>< めっちゃワクワクする!』


さすがは親友。送ってすぐにスタンプが送られてきた。

誰が使うの? という意味のわからないスタンプが毎度違って送られてくるのに、いつも新鮮な気持ちになれるのはありがたい。


『もかー!

 私のとこも明後日から始業式!!やばいよね!』

『うん、やばい!めっちゃドキドキなんだけど!』

『ねね、後輩も入ってくるし、先輩になっちゃうんだけど!』

『ゆず子楽しみ多すぎじゃん笑』

『だって新入生だよ新入生』

『その前に新学期ね笑

 まあ私も新しい学校に自販機あるらしくて楽しみにしてる笑』

『でしょー!!

 もかもいっしょじゃん!!れ』


ふふっ、と思わず笑ってしまう。

楽しみすぎて"れ"が出る気持ち、すごく分かるな。


「また、暇な時には、電話、しよう……ね、っと。

 ふふ…っ、楽しみだなあ。」


親友と喋って、ひとりごと喋って。

そうして過ごしていたら、もやもやなんていつの間にか気にならなくなっていた。

今日は、いい夢が見られそうだ。




☕️




転入前日。

ペチカは朝から忙しく、今日も変わらない一日になりそうだ。


「おはよう、萌果ちゃん。」

「おはようございます、叔父さん。」


まだまだ覚えることは残っている。

数日経っているが未だてんやわんやに焦ってしまうけれど、それでも頑張らなくては。


「あら、おはよう。早速で悪いんだけど、運ぶの手伝ってくれる?」

「はいっ!」

「ありがとう。それじゃあこのカフェオレを、手前のテーブルのお客さままでよろしくね。」

「カウンターですね。」


私はシルバートレイにコーヒーカップを乗せて、テーブルへと向かう。

あまりかちゃかちゃと音を立てずに運べるようになった気がする。気だけ、かもしれないけれども。


「萌果ちゃんが来てからまだそんなに経っていないけど、見ているだけでも朝から元気がでるね。」

「えぇ、なんだか頑張らなきゃってなるわ。若さはいいわね。」


遠くで千鶴さんと奈津希(なつき)叔父さんが微笑んでいた。

二人の助けになれるよう、もっと沢山できるようになりたいな。

二人が微笑ましいと、そんなことを考えてしまう。


「お待たせしました。カフェオレです。

 ごゆっくりどうぞ。」


そーっとテーブルに置き、ぺこりと頭を下げて叔父さんの元へ戻る。

初日よりも慣れてきている自分えらい! と自分を褒める。

私は褒められて伸びるタイプだ。


「次はどれですか?」

「ならこのトーストをお願いできるかな。」

「はいっ!」


朝だけで何往復したかわからないほど運んだ。

コーヒーもあればサンドイッチも運んだ。

今日は今までよりも単品メニューや追加があって特に疲れた。


もう、足がぷるぷると震え出す寸前。


それからほんのしばらくして、ピークが過ぎたらしく、とんと客足が減る。

昨日も見た人やゆっくり過ごすおひとり様がほとんどで、思わずふう、と力が抜ける。


「今日は若いお客さんが多かったわね。みんな春休み最後を遊んでるのかしら。」


千鶴さんが、朝ごはん代わりのスコーンを用意しながら言う。


「そうですね、春休みって宿題なくて最高ですし。最終日ギリギリまで遊んじゃいますよ。」

「あははは、いいねえ。大人になると〇〇(なんとか)休みが羨ましくなるなあ。」

「奈津希叔父さんも春休みが羨ましいの?」

「まぁね。」


奈津希叔父さんはふふふと笑い、ゆっくり目を伏せた。

ドリップポットを片手にゆっくりとコーヒーを淹れ始める。

確かに、大人になると長いお休みがなくなるのは嫌だなぁ。

夏休みとか冬休みとか、大人はどんな風に過ごすのかな。


なんて考えているとスコーンと紅茶が出てきた。


「わぁっ、美味しそうっ!」

「休憩代わりと言っちゃなんだけど、朝ごはんです。どうぞ。」

「わーい! いただきますっ!」


チョコレートとクランベリーがぎっしりと入ったスコーンは、とろけるような甘酸っぱい香りがする。

少し割って、クロテッドクリームを塗って一気に頬張る。


「おいし〜っ! 幸せ!」

「そう言ってもらえて嬉しいわ。さ、今のうちに食べて。」

「はーいっ。」


クロテッドクリームの次はいちごジャム。その後はクロテッドクリーム。その後はいちごジャム。

こうして、みるみるうちにスコーンは減っていってしまう。

幸せを噛み締めていると、裏のドアが開く。


「おはようございます。」


どきん、と心臓が跳ねる。

珠綺さんだ。


私は、一気に昨日の出来事がフラッシュバックする。

近づかないでって、無視しちゃっていいのだろうか

お願い神様、どうか、私に話しかけないで。


「おはよう、華くん。」

「おはよう、ございます…。」


食べてるから喋れませんアピールに必死だった。

珠綺さんが珍しく、ほんの少しだけ口角をあげたことは見逃してしまえばよかった。

ああ、これでまた、この日のことが脳裏に焼き付いてしまう。


「おはよう。」


軽く会釈した珠綺さんはそのままエプロンを取ってホールに出る。

なんでもない、なんでもないはずなのに。

本当になんでもない、なんてことない先輩アルバイトなのに。


(気まずいなぁ……。)


もぐもぐとスコーンを食べ進めるうちに、気づけばなくなっていた。

なんだか、もう少し食べていたかった気分だ。

仕方ないので紅茶を飲み干し、手を合わせる。


「ごちそうさまでした、美味しかったです。」

「お粗末さまでした。」


自分の食器を洗って、干したところで珠綺さんが戻ってくる。

ふと目が合ってしまい、ほんの少しだけ固まってしまう。


「美味しそうなの食べてたね。」

「ち、千鶴さんに、用意してもらったんです。」

「そっか、いいね。」

「はい……。」


自分でも驚くほどおかしな返答しか浮かばない。目が泳いでいる自覚もある。

珠綺さん、気を悪くしていないといいな。


ああもう、私、珠綺さんとどんな風に喋っていたんだっけ。


意識し過ぎたということもわかっている。

でも、どうにもこうにもうまくできない。

せっかく、仲良くなれたと思ったのに。


普段通りな珠綺さんの様子が、逆に焦りを感じてしまう。

そんなんだから、つい、昨日の言葉を思い出したりして。



《あんた、二度と華に話しかけないで》



かき消すように頭を振った。

私に関係ない一言にいつまでも振り回されるわけには行かない。私には、関係ないし。

今は、アルバイトに集中する時間だ。


でも、今日の私は運が良くない。


片付けて、ホールに戻ってすぐ。

コーヒーを運んだ先には、なんと彼女がいた。


「え、なんであんたがいるの?」

「あ、いや、ここのお店の……あっ、えっと……すみません。」


また、怒られるかもと思った瞬間、私は逃げ出すように千鶴さんの元へ走り帰る。


(どうしよう、また、怒鳴られたりしたら……。

 それよりも変な誤解をして欲しくないし、面倒なことに巻き込まれたくない。)


おろおろしていると、珠綺さんが彼女の元へ歩いて行った。


「ねえ廣瀬。もしかして百名(ももな)さんに何かした?」

「何も。華に近づくなって言っただけ。」

「俺、前にも言ったよね。新しいアルバイトで奈津希さんの姪だって。」

「関係ないし、そんなの誰にもわかんないじゃん。あいつ、絶対華のこと狙うよ。許せないし、今からでも悪い虫は潰さなきゃ。」

「廣瀬。」

「そうやってあのちんちくりんを擁護したりするの意味がわかんない。いつもだったら無視するじゃんか。」


また、睨まれたような気がした。


「それは、アルバイトの後輩だし、お世話になっている人の親戚なら尚更波を立てたくないよ。」

「なんで……っ。」


二人を見ていたところで、ぽんぽんと奈津希叔父さんに頭を撫でられて、はっとする。


「ご、ごめんなさい。お仕事中なのに。」

「いや、いいんだ。彼女……姫愛ちゃんはいつもこうなんだよね。愛想良ければもうちょっと印象いいだろうに。お節介かな。」


奈津希叔父さんは苦笑いだったけれど、どこか優しい顔をしていた。

あれ……もしかして…………珠綺さんの常連って……。


「ふふ、心配しなくて大丈夫よ。姫愛ちゃんはちょっと言葉が強かったり、睨み方が怖いかもしれないけれど、ただの常連さん。」

「そう、なんですね……。」

「華くんのことが好きでここに通ってくれているんだよ。」

「へえ……。」


千鶴さんと奈津希叔父さんにそう言われると、遠くで彼女が言ってくる。


「あのね! 姫愛は華に近寄る女を信用していないだけ! 変なこと言わないで!」

「落ち着いて、廣瀬。」


なんだか、私には悪い人には見えなかった。

きっと、彼女は珠綺さんのことが本当に好きなんだろう。

でもどこか寂しそうにも、辛そうにも見える。

前にも苦しそうな顔をしているなと思ってしまって、私も誤解をしていたんじゃないかと思えてきた。


私は、迷わず姫愛さんの前に向かう。

疲れと少し怖くて、足も手も震えている。それでも、言わなきゃって覚悟が、背中を押す。


「あ、あの。私、萌果って言います。ここの、なっ、奈津希叔父さんの姪で、居候です。それで、カフェで働いてるんです。」

「……今更なんの用?」

「自己紹介です。あ、明日の、練習です。」

「はあ?」

「私、姫愛さんが心配してるような子じゃないと、思います。自分のことで精一杯だし、必死だし……。

 だ、だからっ! 珠綺さんを、ね、狙うだとか、姫愛さんのものに手を出したりしないので…っ。だから、そのっ……。」


姫愛さんは、じっと、私の目を見ていた。

私は、怖かったけど、そらせなかった。


「あ、安心してくださいっ! 私、珠綺さんのことっ、なんとも思わないのでっ!」




――静寂。


完全にやらかしたと思う。

信じられないほど、失礼な言い分だ。


急に、なにか犯罪でもしでかしたような恥ずかしさが喉元を駆け上がってきて、どうしたらいいかわからなくなった。

どうしよう、珠綺さんにも叔父さんにも迷惑だったかもしれない。


「ねぇ、あんた。」

「は、はい。」

「名前なんていうの。」

「もっもも、百名萌果……です。」

「ももも?」

「百名 萌果です。」

「ふーん。」


少し目を伏せたかと思うと、突然立ち上がった。

なにか、気に触るようなことしたかな。

いや数え切れないほど、気に触っていたはず。


「なっちゃん、ちーちゃん、大声出してごめん。また来るわ。」


そう言って、お店を出て行ってしまった。


「ふ……っ。ふふっ。百名さん、大丈夫?」


珠綺さんがクスクス笑っている。

やっぱり、私はおかしなことをしたんだろうな。


「ごめんなさい、お仕事に戻ります。」

「あ、いや。おかしくて笑ったんじゃなくて。震えながら言うもんだから……。」

「いやいや、すみません大丈夫です。あああ、お仕事戻ります…っ!」



穴があったら入りたいとはこのことだ。

もう、しばらく、珠綺さんの顔は見れないな……。




☕️




「今のは、華くんが悪いよ。」

「えっ……。」


確かに笑いはしたけど、馬鹿にしたんじゃなくて褒めたつもりだけど、伝わらなかったかな。

でも、俺は聞き逃さなかった。すれ違い様に見た廣瀬の横顔は、よく見えなかったけど。


はっきりと、確かに言っていた。

あんなやつ大嫌い。


一体なぜ廣瀬は、そんなに百名さんを毛嫌いするんだろうか。

それに、なんで、百名さんは廣瀬のことを知っていたんだろうか。

廣瀬は基本、俺がいる日じゃなきゃ店に来ないはずだから、百名さんが会うならむしろ今日が初対面なのに。




多分、俺の知らないなにかが起きているかもしれない。

「ここは、素敵なジャズがかかっているんですね。」

「おや、お気づき頂けて嬉しいです。」

店主はニコニコしている。

「いい豆にはいい音楽が、必要ですよね。」

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