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カフェモカココア  作者: 桐葉
2/15

こちら、おしぼりとメニューになります。

頑張ってるんですけど、華が顔に出ないやつすぎて色々分かりにくくてすみません……。









引っ越しの荷物がようやく片付いてきて、私は今日からペチカでアルバイトを始めることになった。

今まで家事の手伝いくらいでアルバイトなんてやったことなくて不安が大きい。


それでも頑張らなきゃいけない理由がある。

珠綺さんとアルバイトが被っているから。


私は、珠綺さんのことを怖がっている、と思われている。

そんなことはないけども、なんとなく気まずい。

明らかに私から距離を取ってしまった。


というかまず嫌な初対面だった気がする。

正直もう思い出したくない。


「ああぁーー! 私にゆず子の明るさが一ミリでもあれば!!」


そんなことを言っても時間は残酷なもので、いつの間にかバイトの時間は迫っていた。


自分でも分かっている。

珠綺さんは別に変なことはしていないし、こっちが無駄に意識しすぎているだけなんだということ。

きっと珠綺さんにとっては気にすることでもない話で、初対面の人にあんなに挙動不審に接してしまった自分が許せないだけなのもわかっている。


それでも、なんとなく、自分だけが知っている気まずさが口から噴き出しそうだった。


(はぁ…叔父さんに迷惑はかけたくないからなぁ。そろそろお店に行かなきゃ。)


そう思いつつも、あと5分でどれだけ支度ができるのか、考えるだけで嫌になっていた。

あぁ、どうして憂鬱な時は、時間が短くて長いんだ…。







結局、そんなに支度というものはできなくて、お店の制服に着替えて髪を低めに結び直したくらい。

やはり5分というのは、女子には厳しい時間制限だった。


「叔父さん。お待たせ。」


家と店を繋ぐドアを開けて、厨房に入る。

ドアのすぐ横の壁にかけてあるエプロンをとり、リボンを後ろ手で結びながらカウンターへと回った。

叔父さんは厨房でコーヒーを淹れていて、千鶴(ちづる)さんはオーダーを読み上げている最中だった。


「おはよう萌果(もか)ちゃん。初アルバイト頑張ってね。」

「はいっ! 頑張ります!」


奈津希叔父さんの変わらない優しい笑顔にほっとした。

そうだ。

私は叔父さんにも千鶴さんにも負担をかけたくない、少しでも力になりたい。

気合を入れなきゃ。


千鶴さんがコーヒーを受け取り、お客さんの元へ向かう。

奈津希叔父さんはポットを置くと私に向き直った。


「萌果ちゃんは今日が初めてだよね。今までどこかでアルバイトしたことはあるのかな。」

「全くなくて。それで少し心配なんです。」

「そうか、大丈夫。少しずつ慣れていこうね。」


そう言うと、奈津希叔父さんは銀色のトレイを千鶴さんから受け取る。


「まずは運べるようになろうか。はい、これ持ってね。トレンチとかシルバーとかお店によって呼び方は変わるけど、うちではトレイと呼んでるよ。」


叔父さんに渡されたトレイはぴかぴかに磨き上げられていた。

空調のせいかちょっぴり冷えていて、緊張でガチガチの今にはそれが心地よかった。


「これにコーヒーとかを乗せて持っていくんですよね。」

「よく知ってるね。それじゃあ、早速このコーヒーをあのテーブル席に座っている男性へ持っていってくれるかな。」

「早速ですか!?」

「引っ越してから毎日千鶴の仕事見ていたでしょう。大丈夫、大丈夫。頑張ってね。」


ぽん、と肩を叩かれると、カウンターの先にいる千鶴さんに手招きされる。

そして、持っていけと言うように、目の前にコーヒーカップが差し出された。

ソーサーごとカップを持ち上げ、トレイの真ん中に置く。

ふーっと息を吐き、両手でトレイを持つとかちゃんっと音がした。


緊張する。


溢さないようゆっくり持ち上げて、目当ての席へ向かうが、なんだか遠く感じる。

ソーサーなのか、カップなのか、トレイなのか、かちゃかちゃ音が鳴っているのが妙に気になる。

千鶴さんはどうやっていたっけ。


(こう……ゆっくり、丁寧に……)


毎日見ていた千鶴さんの姿を思い出し、見様見真似でなんとか運ぶ。


「おっ、お待たせしました。コーヒーですゅっ。」


噛んだ。しっかり噛んだ。

恥ずかしさでいっぱいになりながら、トレイを片手で支えたままもう片方の手でコーヒーを持ち上げる。


かちゃり、かちゃりと音を立てながらテーブルに置く。


「ごっ、ゆっくりどうぞ。」


そう言って、奈津希叔父さんの元へ足早に戻った。


「……全然……もう、だめです。」

「最初はそんなもんだよ。堂々とできてたから大丈夫。」


フォローされていることが、今は心苦しくもある。

たくさん頑張らなきゃ、と持ち直して次の注文を待つ。


「私、こっちの紅茶を持って行くから、サンドイッチをお願いしてもいいかしら。」

「もちろんですっ。」


 カウンターに置かれたサンドイッチを運ぶ。

トレイの上は滑りやすくてちょっと崩れてしまった気がしたが、お客さんは笑顔で出迎えてくれた。


(やばい、思ってたよりめちゃくちゃ難しいかもしれない…!)




 ☕




そうこうして、1時間ほど経ったのだろうか。

テーブルを拭いていた私は、千鶴さんに呼ばれてカウンターに戻る。


「そろそろ疲れたでしょう。一度休憩した方がいいわよ。」


カウンターの中に折り畳み式の椅子を広げてくれた。


「ありがとうございます……」


座った瞬間、自分が思っているよりも疲れていたことに驚いた。

足が重い。

ずっと緊張しっぱなしだったからか、千鶴さんと奈津希叔父さんの優しさがうんと身に沁みる。


つい、気が抜けて。


「ふああぁぁ~」


特大の溜息をつくと、奈津希叔父さんがくすくすと笑った。


「お疲れ様。カフェオレでも飲む? 紅茶もできるよ。」

「えっと、じゃあカフェオレもらっていいですか。できれば、冷たいので。」

「よし、ちょっと待っててね。」


奈津希叔父さんは、カウンター下の冷蔵庫からアイスコーヒーのボトルと牛乳パックを取り出す。

製氷機を開けると、冷気が隣の私のとこまでやってきて、涼しくなる。

氷のカラカラした音が心地よくて、ついまじまじと見つめた。


「はい、お待たせ。」


綺麗なクリーム色のカフェオレを差し出されて、生唾を飲む。


「ありがとうございます。」


ごくごくとストローで飲む。

美味しい。

喉にくる冷たさがより一層、美味しく感じる。

それとも、頑張った労働の味なのかもしれない。


「美味しい、美味しいです。」

「そんなに喜んでくれるなら嬉しいな。」


奈津希叔父さんがニコニコと笑顔を返してくれた。

丁度その瞬間。



「奈津希さんのコーヒーだから。美味しいに決まってるだろ。」


珠綺(たまき)さんの声だ。

そう分かった瞬間――



――心臓がはねた。




来ると聞いていた時間より十五分は早い。

気が抜けていたからか、なんでいるんだとさえ思ってしまっている。

トレイに神経を使いすぎて、他に気を回さなかっただけかもしれないが。


「おはよう。萌果ちゃんだっけ?」

「も、もも、百名でっ、大丈夫ですっ。」

「じゃあ、百名さん。」


明るい栗色の髪が少し透けてきらきらとしている。

初めて会った時には下ろしていた前髪を少し横に流しているので、雰囲気が変わり余計顔立ちが目立っていた。


「今日からバイトしてんの。」

「そうです。まだ、ダメダメなんですけど……。」

「ダメダメなんだ。」


ふ、と鼻で笑われた。

その笑顔が綺麗で一瞬目を奪われた。


でも今鼻で笑われた。

それにショックは大きかった。

自分で言ったけどもいざ肯定されるとこうもクるのか……!!


一人で凹んでいると、珠綺さんが何か言いかけた。


「あのさ……。」


怒られるんじゃないかと思ってしまい、一瞬固まる。

そこに、千鶴さんが割って入ってくれた。


(はな)くーん。ちょっといいかしらあ。」

「……はい。」


千鶴さんに呼ばれて珠綺さんはカウンターの向こうに消えていってしまった。

去っていったとわかっていても、気が緩むことはなく、まだ緊張が残っていた。


「仲良くなれるといいね。」


隣で聞いていた奈津希叔父さんはそう笑っていたが、なんとなく、仲良くなれる気はしなかった。

きっと、私は珠綺さんに馬鹿にされている。


「……もうどうしたらいいんだろう。」


ぼそっと呟いたつもりだったが、叔父さんは聞いていたようだった。

つんつんと肩を叩かれ、そう思うならと提案を持ち出す。


「萌果ちゃん。明日、華君と二人でデートでもしておいで。」

「…………なぜ……?」


デート? デートって…何を?

突然言われて固まっていた私に、奈津希叔父さんが手を振ってくる。


「ごめん、少しイタズラが過ぎたかな。」


手で小さく謝っている奈津希叔父さん。


「あ、いえ。突然で、びっくりして。」

「ああいや、僕もごめんね。デートっていうのはちょっと語弊があるんだけど。」


そういうと奈津希叔父さんは一枚のチラシを見せてくれた。


「駅前に新しいカフェができるみたいなんだ。それで二人に視察してきて欲しいんだよ。」

「あ、デートってそういう…」

「そう。ちょっとメルヘンな雰囲気だから、僕は入りにくくてね。」


叔父さんは少し眉尻を下げていた。

なーんだ、と安堵が半分。

本音は残念がもう半分だった。


「そういうことであればぜひ。」


チラシを受け取り、エプロンのポケットに入れた。

残ったカフェオレを飲み切って、グラスを洗う。


(デートもだけど、まずはバイト頑張らなきゃねっ。)







「あああ~~。終わったああ~。」


平日だからお客さんが少ないとはいえ、ペチカにはたくさんのお客さんが来ていた。

もう一歩も歩けない。


「お疲れ様。萌果ちゃんすっごく頑張ってたわね。」

「千鶴さん……ありがとうございます。」


いっぱい迷惑をかけて申し訳ない気持ちもあるが、今は褒めてくれた嬉しさの方が強かった。


「おつかれ。」

「お疲れ様です。」


珠綺さんは看板を下げに行っていたようだった。

明日のランチのメニューに描きかえるらしい。


色々仕事があるなあ、などとのんびり見ていたところに奈津希叔父さんがやって来た。


「みんなお疲れ様。忙しかったね。」


そういうと、キラキラ輝くクリームソーダを持ってきてくれた。

青や緑のシロップと、真っ白なバニラアイスのコラボレーションは息を吞むほど美しい。


「わあ、クリームソーダ。久しぶりに飲むわあ。」

「みんなで飲もうか。萌果ちゃんお疲れ様会だ。」


叔父さんはみんなにグラスを配る。


「ほら、華君も。仕事は明日でいいから。」

「…すいません。」


いつの間にか珠綺さんも戻ってきていて、グラスを受け取った。


「それじゃあ、みんな、お疲れ様。」


グラスを掲げて乾杯のフリをする。

氷が溶けてカランと涼しい音が響く。


アイスとソーダの境界線には、薄氷のようにシャーベットができていた。

スプーンで一口すくう。

シャーベットの横からバニラアイスも溶けてきて、滑らかさが伝わってくる。

口に運ぶとすーっと消えて、かと思えばバニラの甘くてどこか香ばしい香りがふわあっと立ち込める。


「奈津希叔父さんっ。バニラアイスがすごくおいしいです。」

「だろう。それは千鶴の手作りアイスなんだ。」


千鶴さんを見ると、どこか得意げな様子だった。


「アイスって、作れるんですね…」

「そうよ。でもこんなに滑らかなアイスクリームを作るのはとっても大変なの。」

「そうなんだ…知らなかったです。」


千鶴さんへの感謝を込めた二口目。

シャーベットも多くて、シャリシャリでなめらか。これ以上ないくらい美味しい。


「ソーダのシロップも千鶴ねえさんのお手製だから、飲んでみ。」


珠綺さんも得意げだった。

かるくストローで混ぜてから、一気に飲む。


しゅわしゅわと口の中で炭酸がはじける。強炭酸とまではいかない、どこかのどに優しい炭酸。

ぱちぱちの泡がシロップを運び、甘くて爽やかな後味が残る。

驚いた。

ソーダってこんなに爽やかで甘いのに、クリーミーになるんだ。


「美味しいだろ?」


口角を上げた珠綺さんは満足そうだった。


「はいっ。すっごく、おいしいです!」

「萌果ちゃんってとても喜んでくれるから、私たちも作り甲斐があるわねぇ。」

「そうなんだよね。美味しそうにしてくれて嬉しいよ。」

「え、えへへ。」


奈津希叔父さんと千鶴さんが深く頷き合っていた。

喜んでくれているのなら、良かった……!

感想を言っただけだけど。







お疲れ様会の後、私と珠綺さんはグラスを洗っていた。

春先ではあるけど、いまだに水は冷たくてちょっと堪える。


「ひゃっ。」


水が顔に飛んできて、思わず声が出た。

めちゃくちゃに冷たい。


「どうした?」

「あ、すみません。水が飛んできてびっくりしてしまって。」

「ああ。冷たいよな。」


珠綺さんはくすくす笑っていた。

今日一日で気づいたけれど、珠綺さんは意外と笑う人なのかもしれない。


「そういえば、珠綺さんって、千鶴さんのことを『千鶴ねえさん』って呼んでいますよね。理由とかあるんですか?」

「ん? 理由?」

「はい。小さい頃から知ってるって叔父さん達が言っていたので。」


ああ、と呟いた珠綺さんは目を見開いていた。


「それは別に深い理由ないよ。若い人の呼び方がいいんだって。」

「……それで、ねえさん。」

「それで、ねえさん。」


ねえさんって若いのだろうか。

むしろ、いかついイメージがあるのは私だけなんだろうか。


「むしろ、百名さんはどうして奈津希さんを『おじさん』って呼んでいるの。」

「えっ。聞いてなかったんですか…」

「なにが?」


グラスを拭きつつ、意外そうな顔をしていた。


「えっと。私、奈津希叔父さんの姪なんです。」


てん・てん・てん。

という効果音が聞こえてきそうなほどに固まっている。

叔父さん、珠綺さんに言っていなかったのかな。


「姪なの。」

「姪です。」


ふはっ、と珠綺さんが噴き出す。


「な、何か変でしたか。」

「いや。ふ…っ。ふふふっ。」

「珠綺さん!」

「なんでもないよ。ふふふふっ。」


堪えれば堪えるほど湧き上がってきているようす。


(私、そんなに変なこと言ったかなあ。)


「はぁ…。ごめん。馬鹿にしたとかじゃないから、怒んないでよ。」

「別に怒ってませんし。」

「ほっぺが膨らんでるように見えるなあ。」


つん、と珠綺さんに頬をつつかれる。

急に触れられるものだから、その顔が柔らかく笑っていたから、優しい指だったから。

不覚にもそんな珠綺さんに、どきんとした。


「ほ、本当に怒ってないですよっ?! 何するんですか。」

「真っ赤になってるし。」

「違いますから。」


もう、何を言ってもダメだった。

完全に珠綺さんのペースにのせられているのが気に入らない。

不服。

不服だ。

ため息をつきながら仕方なく拭き終わっているグラスを棚に戻しにいく。


「苗字。」

「え。」


「さっきの。乾じゃなくて百名だったから、親戚だって思わなかったんだよ。奈津希さんは新しいバイトが入るよとしか言わなかったから。」

「あ、ああ……確かに違いますね。私のお父さんはお婿さんだったらしいので。」

「ふうん、そっか。それなら納得。」


珠綺さんに納得されても、と言葉に出そうになるのを飲み込む。

私が返せばまた手のひらで転がされるような気がした。

いまいち掴めない人だな。


「苗字。」

「え。」


「さっきの。乾じゃなくて百名だったから、親戚だって思わなかったんだよ。」

「あ、ああ……確かに違いますね。私のお父さんはお婿さんだったらしいので。」

「ふうん、そっか。それなら納得。」


珠綺さんに納得されても、と言葉に出そうになるのを飲み込む。

いまいち掴めない人だな。


だらだらと話しているうちに、全てのグラスは洗い終えて棚に戻すとこまでできた。

他に忘れたことがないか確認したら、エプロンを脱いで壁にかけた。


そして帰ろうとドアに手をかけたところで、珠綺さんに呼び止められた。


「まって。」

「なんでしょうか。」


珠綺さんはカバンを取りながら、フラっと言う。


「明日、駅でいいか。」

「駅って近くの春日(かすが)駅ですか。」

「うん。15時に西口で。」


返事をする間もなく珠綺さんは出ていった。

私の方が先に準備をしていたはずなのに、いつの間にか最後になってしまった。

はあ、とため息と共に、カギを締めた。




待って。

なんで珠綺さんが明日のこと知ってるんだ。


奈津希叔父さんから珠綺さんに話したのかな。

「こちら、おしぼりとメニューになります。」

 そういうと、店主は別の客の元へ向かったようだ。どれどれ、とメニューを広げる。

 時間は昼過ぎ、丁度小腹が空いてきそうな時間だった。

(コーヒーだけで、こんなにあるのか。)

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