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カフェモカココア  作者: 桐葉
12/15

なんだ、私らしくもない。

ついに転校後初の夏休みに入り、そのほとんどをアルバイトをして過ごすようになった。

課題もほどほどに、たまに七海(ななみ)ちゃんや亜由奈(あゆな)ちゃん達とも遊んで充実した夏休みが始まった。


そうして目まぐるしく過ぎる七月もあと少しになったところで、姫愛(ひめ)さんがペチカにやってきた。


「いらっしゃいませ。」

「ん。」


相変わらず少し派手めな服装を身にまとい、素っ気ない顔で返ってくる。

色々言われたりもしてきたが、これまでもちょこちょことペチカに来ては珠綺(たまき)さんや叔父さんたちと話して、閉店間際に帰る常連さんであることは変わらず、気にならなくなったのか一人の店員としては接してくれるようになった。

それに大学も夏休みのようで、姫愛さんもペチカに来る頻度は上がったようだった。


でも、今日は少し元気がないように見えた。


(はな)は?」

「今日はいないです……。」

「そっか。」


そう言っていつものカウンター端の席ではなく、窓際のソファー席に着く。

珠綺さんがいない時は席にも着かず帰ることが多いくらいなのに、どことなく違和感を覚えた。

私はお水とおしぼりを持って、姫愛さんの席へ向かった。


「姫愛さん、何かありましたか。」

「別に。ていうか仕事しなよ。」

「叔父さんが買い出しから戻るまでは、コーヒー出せませんから。」

「仕事できない子なんだ。」


挑発的な物言いに少しだけむっとしたが前に話した時ほどの勢いがなく、やはり不思議に思う。

座ってからもずっと頬杖をついて窓の外をぼんやり見ているようだった。


「私ってば仕事できないんです。だから少しだけなら、話し相手になりますよ。」


そういって、姫愛さんの向かいに座る。

頬杖をついたまま、目線だけがこちらを向く。


「……なんか、華みたい。」


ぼそりと姫愛さんが呟いたが、あまり聞き取れなかった。

何が珠綺さんみたいなのかと気になったが、話題に出さない方がいいと判断してそっと胸にしまった。

黙って姫愛さんが話し始めるのを待っていると、はあと深いため息をついてから口を開いた。


「ねぇ、明後日の予定空けて。」







私は姫愛さんに言われた通りの時間に駅へ来た。

少ししてから普段より少しだけ露出を抑えた服装の姫愛さんが、ゆっくり歩いてきた。


「行くよ。」

「えっ、どこに……。」


行先を告げずに歩きだしてしまった姫愛さんの後ろを慌てて着いていく。


「あんた、華の女じゃないんでしょ。」

「ぅええっ?! 違いますよ!!!」


怒られるのかと思い、もげそうなほどの全力で首と手を振る。

それを見た姫愛さんは、少し眉間にしわをよせた。


「やっぱ、それはそれで腹立つ。」

(どうすれば……。)


会話の距離感が一切分からないまま、しばらく歩いた。


駅から十分か十五分程歩いて、ようやく行先に気づいた。

ここは――


「大学……ですか。私入ってもいいんですか。」

「バレなきゃね。」


明らかに歳が違うからバレるだろうと思った。

でも門を入ってすぐの広場を見わたすと年齢のよくわからない人も多く、堂々としていようと思った。

姫愛さんは変わらず進んで歩いていく。

何も話さないまま、学校の奥側の教室の前まで来た。


「入って。」


教室を開けると、教室の至る所にベニヤ板やペンキが広がっていた。

他に人もいない様子だったので、促されるまま近くの椅子に腰かけた。


「これ……何かの準備してるんですか。」

「そ、学祭の準備中。まあ姫愛はあんまやることないけど。」


それならなぜ、と聞きかけた所で姫愛さんは後ろを向いた。

少しごそごそとしてから、一枚の紙を取り出した。

読んでとばかりに差し出されたそれを受け取り、目を通す。


――学祭イベント情報

ミスコン&ミスターコン出演者募集中!!――


すごく大学っぽいなと思っていると、姫愛さんにとんとんと指をさされる。


――学祭特別ライブ開催予定

17:00より 講堂前特設ステージにて――


「これ、姫愛が出るの。」

「本当ですか?! すごいですね!」


苦笑いのようななんとも言えない表情をする様子の姫愛さん。

いつもならすごいでしょって返してきそうなのに、どうにも会話がしにくく感じる。

目を逸らしながら少しだけ唇を震わせている姫愛さんを見ては、どうにも放っておくことはできなかった。


「あの……ライブで、何かあったんですか。」

「うん。ここにあるやつ、本当はステージで使うはずだったの。でもこんなになっちゃったから、直すの手伝ってよ。」


はっとして、部屋を見渡す。

部屋いっぱいのベニヤ板はほとんど折られていて、作業中かと思ったペンキもまるでぶちまけたかのような塗られ方をしていることに気がついた。

きっと、誰かに意地悪でされたことに違いない。

私のことは未だに苦手だろうに、それでも私に相談をしてきた姫愛さんは……たぶん……。


「もちろん手伝います!」

「やっぱり、バカな女。」


ふふん、と鼻を鳴らす姫愛さんに、いつもの調子が戻ってきた様子を感じた。

耳は赤くて、半分涙目で、頼るのもきっと本当は申し訳なく思っているのかもしれない。

自分のプライドに反するだろうから、勇気が必要だっただろうにこうして頼ってくれた。


とても不器用で、真っ直ぐで、でも素直になれなくて、周りの人に誤解されながらも信念は曲げない人。

姫愛さんはすごくすごく強い女性だと思う。







「姫愛さん、このベニヤ板ってまだ使えると思いますか?」

「んー、ギリかな。見えないとこに使うから置いといて。」


あれから二人で黙々と直す作業をした。

姫愛さんはどこか気を遣ってくれているのか、ペンキを塗る作業や小さな作業ばかりを頼んでくれる。

見落としそうになるけれど、分かりにくい気遣いがある人だ。


「それ塗り終わりそう?」

「はいっ、あと半分くらいです。」

「そういうのはまだ塗り終わらないって言うの。」


あはは、と笑って誤魔化してとにかく手を動かした。

姫愛さんもふっ、と笑ってベニヤ板を切り出し始める。

気づけばまあまあ時間が経っていた。


「休憩しよう、手洗ってきて。」

「あ、分かりました。」


言われた通りに手を洗い、急いで戻る。

姫愛さんは部屋の中をある程度片付けてしまっていた。


「じゃあご飯行こっか。」




☕️




姫愛さんに連れられて、近くのファミレスまで来た。

テーブルに着くと、メニューをこちらに渡してくれた。


「好きなのどうぞ。ファミレスだけど。」

「え、あ、ありがとうございます。」

「急に誘ってごめん。お詫びと思って。」


すごく困ったような顔をする姫愛さんに、私は精一杯の笑顔で返した。

メニューを見て、ぽちぽちとタッチパネルから注文をする。

ドリンクバーから飲み物を取って戻ってくると、もう料理が届くところだった。


「姫愛いっぱい食べるから、食べたかったら好きにつまんでいいよ。」


そう差し出されたポテトに、お礼を言って一本もらう。

何本かもらうと、他の料理も続々と届いた。


注文したミートソースパスタを受け取り、ちゃんと手を合わせてからいただく。

数口運んだところで、姫愛さんがぽつりと謝った。


「ごめん、ね。」

「え?! いえ、良いんですよ。」

「ううん。」


それから、姫愛さんは変わらず話しにくそうにしながらも学祭までの経緯を話してくれた。


「あんたも気づいたと思うけど、あれって意地悪でやられたんだよね。なんて言うの、妬み? 的な感じで。」


姫愛さんは確かに物言いがキツいが、誰かにあんなに強く妬まれるほど他人に関わらない人だ。

だから多分、珠綺さんに関係する何かなんだろう。


「姫愛自身になんか非があるわけないよ。華と一緒にいるのがムカつくらしいんだよね。

 これまでもちょこまかと小さいのは日常茶飯事で、こんな分かりやすいのは今回が初。」


そうして、ああいうことするから華に嫌われるんだ、と言う姿はいかにも姫愛さんらしくてなんだか安心した。

今までもあったこと、姫愛さんから言わない限りは聞かないけれど何かが限界だったんだろうな。


「姫愛さんと珠綺さんって大学でも良く一緒にいるんですか。」

「うん。ゼミも授業も違うけどお昼休みは一緒。……姫愛でも流石にべったりじゃない。」


ちょっと寂しそうに話す姫愛さんはどこか可愛らしい少女のようだった。

でも確かに、姫愛さんと珠綺さんはペチカでも仲が良く見える。

きっと大学でも同じように仲良く話しているのだろう。


「……実際に見てないから、こう、何ですが。私は珠綺さんに頼っていい気もしますけど。」

「バカな子。頼ったら珠綺に迷惑かけるじゃん。」


私は迷惑かけていいのかと言いかけて、いや、迷惑かけていいって考えたんだろうと思い直す。

すると頭の中を透かすように言い返された。


「あんたは別にいいでしょ。」

「まぁ、そうですね……。」


なんだか気まずくて、ミートソースには合わないコーラを一気に飲む。

気付けば徐々に姫愛さんの表情は和らいでいるようだった。

それから、姫愛さんはどうして一人で作業していたのかを話してくれた。


「バンドメンバーにはね、私がコケて割ってこぼしたって言ってあるの。

 私のせいだと思ってほしくないのももちろんだけど、何よりみんなで頑張ってたのに可哀想じゃん。」

「それじゃあ完成間近だったんですか。」

「間近も間近、あとは組み立てるだけって時に。本当に陰湿で嫌になる。」

「ふふっ。姫愛さんなら絶対堂々と話しますもんね。」

「当たり前じゃん。」


心から真っすぐで、誰よりも不器用で、それはきっと珠綺さんも同じだから二人は仲が良いのだろうなと思ってしまう。

自己が強いから誰にも頼らないんじゃなくて、他人を大事にするから誰にも頼れない人なんだろう。


「姫愛さんっ、安心してくださいっ! もう私がいますから!」

「……なに急に。」

「ふふ、あははっ。私、姫愛さんに頼ってもらえて本当に嬉しいです。」

「姫愛困ってんだけど。」

「はいっ、どういたしまして!」

「はあ?」


姫愛さんは訝しげに睨んでくるが、今はもうその裏が見えるようだった。

私にできることで、姫愛さんを助けてあげたい。


「あっ、もちろん珠綺さんには内緒ですよね。」

「うん。」

「珠綺さんに言わないようにするので、奈津希叔父さんと千鶴さんには姫愛さんのお手伝いしているって言っていいですか?」

「あー、なっちゃんたちと住んでるのか。いいよ。華にバレんなよ。」

「もちろんです。」


こうして、二人だけの期間限定の秘密ができたのだった。







あれから4日。

今日から八月が始まり、暑さも本格的になってきた。

私は今日も姫愛さんの手伝いに来ている。


「ふぅ……窓開けてても蒸し暑いですね。」

「この部屋ただの空き教室だから、冷暖房ないし我慢して。」


教室の蒸し暑さと、乾きにくくなってきたペンキと格闘する。

学祭は再来週の頭から三日間開催されるので、作業できるのは今週いっぱいがギリギリだった。

でも壊したのが女の子だったからか、ペンキの塗り直しが面倒なだけで割られているベニヤが少ないことが幸いだった。


「姫愛さん、これ終わりました。」

「ん。ならこっち手伝って。」


二人で黙々とペンキを塗る。

途中で足りなくなったら休憩と称してご飯ついでに買い出しに行く。

そしてまた黙々とペンキを塗る。

ひたすらその作業を繰り返していた。


次の週末にはもうほとんど修復が終わり、組み立てるだけとなった。


「もうほとんどできましたね!」

「だね。」


最後の一枚になったベニヤの剥がれたペンキを直して、部屋を見渡す。

最初に来た時とは見違えるほど鮮やかで、綺麗になっていた。


「頑張って良かったです。」

「うん、ありがとう。」

「はいっ。どういたしましてです。」


姫愛さんがふわっと笑うから、釣られて私も笑う。

何とかなって良かったという気持ちも、ちゃんと戻って良かったとも思う。


「ねえ、もかりん。学祭当日おいでよ。」

「……私ですか?!」

「あんたしかいないじゃん。今からあんたはもかりんね。」


名前を呼ばれるだけじゃなく、既にあだ名がついていて、一気に色んな感情が湧いてきてしばらくぱちくりとするばかりだった。


「ぷっ……あははっ、変な顔。」

「あっ、わっ……。」

「あはは、どうすんの。学祭来んの。」

「行きます。絶対行きます。」


姫愛さんのツボにハマったらしく、しばらく笑いっぱなしだった。

しばらくして、涙を拭いてようやく収まったようだった。


「姫愛に誘われてんだからステージ来いよ。」

「楽しみにしています。」


はあーと深く長い溜息をついて、姫愛さんはぐっと伸びをした。


「あんたなんか誘いたくないんだけどなあ。」

「ありがとうございます。お友達も呼んで見に行きますね。」

「……ふふっ、もかりんはバカだね。」


まだ、ステージは素材が揃ったばかり。

明日明後日と、姫愛さんのバンドメンバーと運営委員の人たちとで組み立てるらしい。

きっと最高にかっこいいステージになるんだろうな。


学祭当日が今から楽しみで仕方なかった。

まだあの子よりは小さいけど、いつかは彼女のように明るく元気に育ってくれるだろうか。

まもなく息子も産まれる予定で、来月にはやっと家族の元へ帰れる。

早く愛する妻と子らに会いたくなった。

「なんだ、私らしくもない。」

心の中で呟いてみた。

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