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カフェモカココア  作者: 桐葉
10/15

からん

ゴールデンウィークのなか日。

明日が中途半端に一日だけ平日が挟まっているからか、今日は駅前も人通りが少ない様子だった。


「お待たせしました。」

「ん、行こっか。」


前にも来た春日(かすが)駅で待ち合わせをして、映画館に向かった。


端末で席表を見ると、だいぶいっぱいなようで、空席は点々としていた。


「結構満席だな。」

「こんなに人気があるとは思わなかったです。」

「少し端っこ寄りの席だけど大丈夫だった?」

「はい、ありがとうございます。」


開場まで二十分と少し余裕を持って来ていたため、ショップを見て、途中でポップコーンを買った。


「珠綺さんは何飲みますか。」

「んー、オレンジジュースで。」

「……なんか、意外ですね。」


珠綺さんはコーラがあまり好きじゃないらしく、炭酸自体もそんなに飲まないという。

コーヒーもあったけど、ペチカ以外ではそんなにと言っていた。


結構偏食なのかな、なんて思った。


「ポップコーンはキャラメルがいい。」

「分かりました。」


だいぶ偏食なのかもしれない。


ポップコーンとドリンク二つが入ったトレーを受け取り、空いていたソファに座って開場を待つ。


「良かったの。」

「え。」

「最強ガールズのやつ。」


珠綺さんが見ている方にはモニターにでかでかと数量限定と書かれたコラボドリンクカップの広告が映っていた。


「あー、グッズはあんまり。置くとこ無くなっちゃいますし。」

「ちょっと分かる。俺も本とか好きだけど場所取るから無闇には買わない派。」

「紙って嵩張りますよね。」


お互いの本棚の使い方の話になった。

本棚の上にできる半端な隙間に本を入れるか入れないかで少し盛り上がったりした。


ドリンクを一口飲むと、丁度案内アナウンスが流れた。


「行きましょう。」


だいぶウキウキしていたのは珠綺さんには内緒。

もうないと思っていた入場者特典の書き下ろしコミックがもらえたからでもないよ。



「すごい、広い。」

「映画館だもの。」


思っていたより広々とした空間で、空気が心地よく感じた。

高さにこだわっているようで、コンサートホールのような高い位置まで座席になっていた。


「これなら端っこでも見やすくていいですね。」

「気にしてた?」

「褒めたんです。」


揚げ足を取られながら席に座る。

続々と入ってくるお客さんが少しずつ座って行く様子がよく見えて、お殿様みたいな気分だった。


「なんか殿様になった気分。」

「私も思いました。」


あはは、と笑って、しばらくお客さんを眺めていると、少しだけ暗くなって広告が始まった。


もうすぐだ、とワクワクしていると、横から肩をつんつんされた。


「ね、今の面白そうだった。」

「……続編みたいですね。」

「なら1を見ないとな。」


周りに配慮して小声になるから、珠綺さんの顔が近くてドキドキする。

普段は見上げてばかりだから、余計に。

というか、こんなに顔が近づいたこと、無いかもしれない。


「俺にもちょうだい。」

「どうぞ。」


ポップコーンまで伸びて来た手が少しだけ触れて、無駄に意識してしまう。


意識しなくていいのに、普通にすればいいだけなのに、緊張するのはお店じゃないからかな。

珠綺さんが、あまり怖く感じないからかな。


いつもと雰囲気が違って見える珠綺さんに、どうしたらいいのか分からない。


頭から煙が出そうになると、ブザーがなり一気に暗くなった。


「始まるね。」


そういって、珠綺さんは膝掛けを使って頬杖をついた。

髪の毛先が一瞬肩に触れるのがわかった。


きっと、暗くて他の感覚が敏感になっているだけ。




☕️




「すっっごい面白かった……。」

「ふふ、百名さん途中から泣きじゃくってたね。」


映画オリジナルストーリーは一言で言えば神だった。

初めからクライマックスで、怒涛の展開、最後には映画のオリジナルキャラのクマちゃんが消えてしまうんだけど、一言「また会えるからね」と残して光となってしまった。


それだけでも泣くのに、エンドロールでも続きが描かれていて、みんな幸せそうだった。最後真っ暗になってから主人公の名前を呼ぶクマちゃんの声で終わり、これ以上ないほどいい終わり方だった。


「すごい、あの、良かったです……。」

「面白かったねえ。」

「はい。」


想像以上に泣いてしまい、おそらく目は腫れていると思う。

周りからもぐすぐすと聞こえて、泣いたのが私一人じゃないのが救いに思う。


「よしよし。」

「ぐすっ……パンフ買います。」

「はは、買っておいで。」


珠綺さんに頭をぽんぽんされて、何故か安心してしまい涙腺が決壊しそうだった。

私は泣いてる人達が並ぶ列に付き、パンフを二冊買った。


これは帰って書き下ろしコミックを読んだらもう一回泣く自信がある。


「買えましたー……ぐすっ。」

「とりあえず涙を拭いて。」

「はい……。」


涙を拭いて、腫れてる目に目薬をさした。

しばらくすると落ち着いてきて、ぐうぅ、と私の代わりに腹の虫がないた。


「泣いたらお腹空きました。」

「あははっ、そうだね。ご飯行くか。」


悔しいやら恥ずかしいやらで涙はすんと引っ込んだ。


それから、近くのロスバーガーで遅めのお昼ご飯を取ることに。

珠綺さんはダブルチーズバーガー、私はてりやきバーガーをそれぞれ頼んだ。


「少女漫画とは思えないほど面白かったな。」

「それは良かったです。」


周りはさっきの映画を一緒に見たらしい人ばかりだったので、私達も映画の感想を話し始めた。


「正直百名さんから聞くまで、この作品のこと全然知らなかったんだよね。映画見る前に漫画読んでおいて正解。」

「えっ、何巻くらいまで……。」

「んーと、確か最強マゼンタが初めて出る所。」

「12巻じゃないですか?! 二日でそんなに……。」

「サクサク読めたから。」


ファンからしたら嬉しい言葉だけど、今日までずっとアルバイトしていたはずなのにどこに時間があったのか不思議だった。


「そんなに心配しないでも。」

「だって珠綺さん、忙しそうだから不思議で。」

「そっか、俺魔法使いだからな。」


初めて見た、くしゃっと笑う珠綺さんはどこか年下の少年のように見えた。


「ドヤらないでください。」

「ドヤってないよ。」


嘘つき、と私と珠綺さんは同時に最後の一口を食べる。

それがなんかおかしくて、つい笑いが込み上げてきてしまう。


「ふ、ふふっ。あーお腹いっぱい。」

「そうですね、ポップコーンにジュースに、ハンバーガーも食べて、なんだかんだでいっぱい食べました。」

「じゃあお腹いっぱいついでに散歩しよ。」




☕️




「ここ、前に来たとこですか。」

「そう。」


来たばかりの時。

奈津希叔父さんと千鶴さんに頼まれて、新メニュー開発をした時以来。


あの時の桜はもう葉桜になって、青々とした並木道ができていた。


「また新メニュー考えないとね。」

「そうですね。」


どちらから言い出すでもなく、私達はベンチに座る。

爽やかな風と揺れる木の葉が、眩しい日差しを幾分か和らげてくれている。



「でも、新メニューみんなに喜んでもらえて嬉しかったです。」

「そうだな。」

「もし珠綺さんが次のメニュー作るならどんなのがいいですか。」


うーん、と顎に手を当てる。

真剣なのか冗談なのかいまいち判断できない顔でしばらく悩んだ後。


「夏になるから、かき氷がいいかな。」

「最近はすごいオシャレなかき氷も増えてますよね。」


SNSで見ただけの味の想像もつかないかき氷を思い浮かべる。

ただ、珠綺さんが考えていたのは違ったようで、ゆっくり首を振る。


「お祭りで食べるようなのが俺は好き。」


なんだか子どもみたい。

珠綺さんがお祭りのかき氷食べてるのは似合わないなぁなんて勝手に失礼な事を考える。


「バカにするなよ。自分で好きなだけシロップかけれるのは最強だろ。」

「いやいや、それは最強ですよっ!」

「百名さんはあれでしょ、レインボーにしてあんま美味しくなくて残したことあるタイプだ。」

「……っ!」


図星をつかれて何もいえなくなってしまった。

確かに、初めて行ったお祭りでそんなことをした記憶がある。


「いっ、いっぱいかけると美味しくなくなるものがあるって知らなかっただけですよ。」

「はいはい。」


くくっと声を殺して笑われる。

絶対珠綺さんも経験あるだろうに下手に言い返すと余計言いくるめられてしまいそうで、黙ることしかできなかった。


「まあかき氷じゃなくても、何かアイスとか冷たいものが出せたらいいな。」

「いいですね。特に千鶴さんのシャーベットは絶品でした。」

「あれは食べたことある? さくらんぼのシャーベット。」


千鶴さんのかどうかというよりも、そもそもあまり聞いたことがない気がする。

甘酸っぱくて美味しそうだ。


「ふふ、これからさくらんぼの時期だし、作ってもらえるといいね。」

「……はいっ!」


そして珠綺さんは何かを思い出したように腰を上げた。


「少しだけ歩ける?」







それから、珠綺さんに手招きされるまま後ろを付いて歩いた。

もう駅前まで戻ってきていて、ふと振り返った珠綺さんと目が合う。

にこりと笑いかけられるだけでもう少しと言ってまた歩き始めてしまった。


そしてしばらくすると突然くすくすと笑い始める。


「……どうしたんですか。」

「いいや、なんでもねえよ。」


それでもくすくすと笑う珠綺さんに、私は何か小馬鹿にされたような気分になった。


「人の顔見て笑うのはひどいですよ。」

「それは……ごめん。」


はあ、とため息をつかれてしまった。

つまらない奴と思われても仕方ない。

別にいいけどね。


「ごめんって。」

「嫌です。」


急に慌て始めた珠綺さんが珍しく思えて、少しだけ拗ねることにした。

私もまだまだ子どもなんだと思う。


「意地悪したのは謝るよ。後ろからついてくる姿がひよこみたいで……。」

「だから笑ったんですか?」

「でも悪気があったわけじゃない、本当。」


ばつが悪そうにする珠綺さんが可哀想になってきてしまった。

お人好しなのかな。


「本当ですか?」

「本当。ごめんね。」


真正面から向き合って、まるで子犬のような声になる珠綺さんに、私の方が笑ってしまいそうになる。


「いいですよ。別に怒ってもないですし。」

「許してくれるの。」

「そう言ってるんですよ。」







「いらっしゃいませ。常連さんが二人ね。」


あれから珠綺さんに、お詫びになんでも言ってというので、ペチカでお茶をしようということになった。

お店は奈津希叔父さんと千鶴さんの二人が立っていた。


「空いてるから好きな席に座っていいわよ。お水持ってくわ。」

「ありがとうございます、千鶴さん。」


少しだけ悩んだけど、カウンターに座ることにした。

テーブルでもいいのにと奈津希叔父さんには言われたが、二人にも話したくなった。


「ねえさん、これ俺が払うから。」

「そりゃあそうよ。」


お水を持ってきた千鶴さんに話す珠綺さん。

はっきり言われるとなんだか照れ臭くもなるが、千鶴さんに甘えておきなさいとたしなめられて、堂々としようと思う。


いざ好きに頼んでいいと言われると、普段から食べているものも食べたいし、食べたことないのも気になるしでものすごく迷ってしまう。


「俺もメニュー見る。」

「全部知ってるじゃないですか。」

「お互い様だろ。」


確かに、と笑い、少しだけ珠綺さんの方にメニューブックを差し出した。

これは食べた、これは食べてないと言いながら、各々の注文を選ぶ。


結果。


「私はカフェオレと……フルーツのショートケーキをください。」

「俺はコーヒーとチーズケーキで。」

「二人ともいつものね。すぐ持ってくるわ。」


うふふと華憐に笑って叔父さんの元へ戻っていった。

だって美味しいから仕方ないじゃない。


店内を軽く見やると、夕方だからかお客さんはちらほらとだけでみんなゆったりとしていた。


「良かったの? ペチカで。」

「ペチカがいいんです。安心する。」


ふーんとお水に戻る珠綺さん。

確かに、せっかくの休みに遊びへ行って、夕方にはバイト先に来るなんて、嫌じゃなかったかな。

まあそれくらいの嫌がらせは許してくれるだろうか。


少し経って、コーヒーとカフェオレが届く。

私はお砂糖をひと匙入れてかき混ぜる。


「コーヒー飲めないんだ。」

「カフェオレの方が好きなだけです。ほんの少しだけ甘い方が飲みやすいですし。」


珠綺さんはそのままブラックコーヒーを飲んだ。

苦いのが美味しく飲めたら大人になれるだろうか。

まろやかで優しいミルクの味を感じながら、ぱくぱくとケーキを食べ進めた。


「んー……。」


ケーキを食べる横から、ぼそぼそっと何かが聞こえた気がした。

すごく小さな声で、もしかしたら幻聴かもしれないな、なんて考えながら。


「あ、わ、何でしたか。」

「なんでもないよ。」


目を伏せてにこりと笑う姿に、はぐらかされたのが良く分かった。

少し近づいて、遠のいたような感覚だった。







ペチカを出て、珠綺さんを駅まで見送ることにした。

さっきよりも少しだけ口数が減って、どことなく気まずいような空気を感じる。

でも、今日のどの時よりも、歩幅は小さかった。


「今日、楽しかった?」

「楽しかったですよ。珠綺さんは楽しかったですか。」

「とても。」


それからまた静かに歩いて、珠綺さんはふと立ち止まった。

振り向いて、夕日できらきらと輝く髪がまぶしく見えた。


「また一緒に遊んでくれる。」


なんでそんなことを、こんなに言いにくそうにしているのかは分からなかった。

きっと、年下を誘うのが気が引けたのだろうと思って。


「一緒に遊びますっ。」


精一杯笑顔で答えてやった。

誰にも分からないであろう対抗心をめいっぱい燃やして。

すると、珠綺さんは満足そうに鼻を鳴らして、また歩きだしてしまった。

本当に良くわからない人。


それでも、どことなく居心地が良くなってきていることには、目を瞑ることにした。

からん、と低く優しい鐘の音が鳴る。

待っていた人かと思い玄関を見やるが、明らかに体躯の異なる小さなシルエットがそこにあった。

小柄な少女はとてとて、と真っすぐカウンターへ向かってくる。

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