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文化祭紛争録  作者: 田子蛸也
1 妥協の十月体制
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1-7 行動力の化け物

 ――もともと卓球部や新聞部などは、少々過剰に予算配分がされていた。しかし配分段階で不正があったわけではない。このような状況は、他の部も同様だった。

 その理由は、他校に比べて少ない文化祭予算にある。本来文化祭に回される分の予算が、部活動に充てられる。それは文化祭が自ら招いた不遇であった。


 五年に及ぶ文化祭暗黒時代によって、里原高校の生徒は文化祭への熱を失った。結果としてその精神は先輩から後輩へと引き継がれ、文化祭実行委員と一般生徒の間に大きな溝ができてしまったのだった。しかし両者は今までその状況を受け入れてきた。


 文化祭実行委員は少ない予算で文化祭を回す。もちろん生徒会の予算だけでは足りないので、自腹を切ることもある。しかしそれは、彼らにとって当然の選択で、不遇だという声は出てこなかった。


 一方の部活動は、潤沢な予算を元手に活動ができた。そのため、適切とは言い難い支出があったのも事実だった。だがそれは、里原高校の慣習であり、誰も不平を鳴らすことは無かった。



 ところがその時代は突然終わった。前田健が生徒会長になると、綱紀粛正と称してこれらの部費の大幅減額がなされたのである。それはとても部の活動が立ち行かなくなるほどのものだった。


 これによって、先代までのツケを谷山たちは背負うことになった。自分たちが余剰予算による恩恵を享受してこなかったと言えば嘘になる。だがここまで貶められなければならないものだろうか。それに問題は他にもあった。


 前田に近しい人間のいる部は、この部費減額をほとんど被らなかったのである。もちろんこれは、谷山たちの目にそう映っただけであり、事実はわずかばかり違う。

 前田たち生徒会は減額対象の部として、"実績のない部"を選んだ。ここで問題だったのは、"彼らにとって"という接頭語がつく点だった。

 減額対象となった中には、谷山たちですら減らされて当然だと思う部もあった。だが、"実績が見えにくい部"があったのも事実だった。向田寛人の所属する新聞部などはまさにその一例だった。


 これでは部が持たなくなってしまう。

 失った予算を取り戻すために、反央会を立ち上げた。谷山たちに「元の額に戻せ」というつもりはない。ただ、安定して活動できる額にはしてほしいというだけだった。


 向田が目を付けたのは、文化祭予算だった。部費が減額された分、こちらは増額。しかし、今年それが生かされたとは思えない。例年と代わり映えがしなかった。


 そこで向田が策を弄した。来年の実行委員会内で前田の影響力を弱められれば、増額予算を通す大義はなくなる。


 今年の役員たちは、前田たち生徒会の干渉を嫌っている。ならば!


 ならば利害が一致するではないか。実行委員会は今まで通り生徒会と距離を置き、反央会は予算復活のチャンスを得られる。



 ――はずであった。




 ところが何を血迷ったか、実行委員会は自爆への道を進んでしまった。


 このままでは早々に次期委員会は破綻し、前田健たち生徒会が介入する絶好の口実となるのは、火を見るよりも明らかである。そうなれば前田の掲げる“文化祭改革“は、より完全な形で達成されてしまうだろう。それでは部費の復活など望めない。




「そこまで言うなら、もう一度鈴木さんに会って説得すりゃいいのに」


 呆れ声で田中は言ったが、谷山にその気はない。谷山の方も容易ならざる状況であった。


「今更俺たちから全部間違いでしたとは言えないよ。ここで人事案が振り出しに戻れば、それはそれで生徒会に介入の機会を与える。それにこの事はもう前田も知ってる。ここで下手に目立てば、他の連中にも知れるかもしれない。それはまずい」

「そういうもんかね」


 田中はその論理に納得はしなかったが、否定もしなかった。谷山は肩をすくめる。


「そういうもんだ。ヒエラルキー上位の奴らに目をつけられたら、学校じゃ生きていけない」


 それからバツの悪そうな顔で続ける。


「というわけでさ、役員の人たちの説得は……お前らからやってくれないか」


 あからさまな責任放棄宣言に、田中は慌てた。


「待ってくれよ。これはお前らの持ってきた厄災だぞ」


 ここで谷山を落とし、副実行委員長の鈴木綾乃を説得させる。それが田中たちの狙いだった。谷山の協力が得られなければ、明日までに別で鈴木副実行委員長を説得する必要が出てくる。それも後輩との密約を破棄するように迫る形だ。それは容易なことではない。


 しばらく押し問答が続いたが、谷山も引こうとはしなかった。反央会をまとめる身である。谷山の一存で他のメンバーに迷惑はかけられない、ということだろうか。


「頼むよ、最大限アドバイスはするからさ」


 大畑と田中は困り果てた。速攻で落とすつもりだったため、もう手は全て打ち切ってしまった。押し切ろうとする谷山をかわすにはどうすれば良いか。二人が思案していると、ついに別の場所から声が上がった。


「ちょっと待てよ。自分で何言ってるのかわかってんのか」


 井上だった。その途端に大畑の危険感知システムが作動する。このパターンは暴走の兆しである。放っておけばアクセル全開、キックダウンの上全開走行に突入するだろう。


「おい待て、まだ赤信号だぞ。ブレーキを踏んでおけ?」

「なんでこっちがそっちの尻拭いしなきゃならないんだよ。暴れるだけ暴れて、片付けはお願いしますってか。冗談じゃない」


 大畑の制止もむなしく、井上はまくし立てた。大畑は諦め、田中に目配せする。……このままやらせておこう。


「目立つとまずい? 目立ちたくないだけだろ。それとも何か? コソコソ陰で暗躍する自分に惚れ込んでるのか。そういう遊びは迷惑にならない所でやってくれ」


 いままで静かだった井上が、断崖を下る滝のように喋っている。これには谷山も面食らい、反論する隙をつかめなかった。


「もしこっちで鈴木さんを説得したとして、お前はそれでいいのか。先輩に本当のことを隠したままで、詫びの一つも入れないのか」


 これは谷山に強く響いた。急速に思いつめた顔に変化する。


「それからな、本気で部費を取り戻したいなら、表で堂々とやれよ。そうでなきゃ、他の人間はどうやって応援すりゃいいんだ」

「応援……してくれるのか?」


 少々驚いた谷山に、井上は大きく頷いた。


「ああ。前田には反対じゃないけど、あいつらに一泡吹かせようってのは嫌いじゃない。本気でこの学校を良くしようって言うなら僕だって応援する。だけどそれも表で正々堂々と闘うならの話だ。裏で策を巡らし、政治ごっこに現を抜かす連中に何ができるって言うんだ」


 言い終えた井上は我に返ったように、慌てて座りなおした。興奮のあまり、いつの間にか立ち上がっていたのだ。

 部屋は静寂に包まれたが一人、大畑は控えめに苦笑しつつ、井上を労った。


「おつかれさん」


 相手が間違っていると考え、我慢の限界を超えた時、井上は遠慮がなくなる。それを大畑は知っていた。そして今回はそれが功を奏しそうであった。

 一方の谷山は俯いたまま喋らない。やがてその肩は微かに揺れた。泣かせてしまったか、怒らせてしまったか、どちらかであろうと感じた井上は、自分の発言を反省した。


「ごめん、言い過ぎた……」

「……決めた」


 谷山は小さく呟く。思ってもみない単語が飛び出た。


「へ?」

「俺は決めた!」


 今度はハッキリと言い放った。

 谷山は立ち上がると三人をキッと見渡し、こう宣言したのだった。


「俺は生徒会長選挙に立候補する!」

「おい、今なんて言った?」


 思いがけない一言に、田中は慌てて訊きなおす。


「だから、俺は、生徒会長になる」


 ずいぶんと突拍子もないことを言い出すものである。

 確かに井上が「表で堂々とやれ」とは言ったが、こういう形で受け取るとは……。井上と田中の顔に困惑が張り付く。しかし残る大畑は腹を抱えて笑い出した。


「こいつは面白い。まさかそう考えるとはな」

「生徒会長選挙に出るっていうのは、前から少し考えてたんだ。でも自信なくてさ。強烈なパンチを食らったおかげで勇気が出たよ、ありがとう」


 突然握手を求められて、井上は混乱したまま応じた。おかげで半ば谷山に腕を振られる形になってしまった。しかも一向に終わらない。


「笑ってないで何とか言ってくれよ」


 井上は助けを求めるが、大畑は茶化した。


「良かったじゃないか。後の生徒会長かもしれねえんだぜ」


 キャンプファイヤーにタンクローリーで乗りつけるが如き蛮行。当然火柱はより強く燃え盛る。井上の手は開放されたが、谷山の勢いは止まらなかった。


「よーし、やったるやってやるぞ」


 それは自分に言い聞かせるようであった。今、谷山は過去の自分との決別を果たそうとしている。大畑はその背中を押す。


「大丈夫さ。真面目な公約なら、俺は一票でも二票でも入れてやるぜ」

「二票は不正だな」


 大畑と谷山は初対面にも関わらず、波長が合ってしまったらしい。完全に二人の世界に入っている。田中と井上の方はというと、遠い目でそれを眺めるしかない。

 しばらくして落ち着いてきたのを見計らい、田中はようやく本題に戻した。


「それで、鈴木さんに話はつけてくれるか」


 谷山の顔には一瞬迷いが浮かんだが、それもすぐに消えた。


「やるだけやってみるよ。今更無理かもしれないけど、本音をぶつけてみる」

「よろしく頼む」

「じゃあ三人とも頑張って」

「じゃあ、って……どこ行くんだよ」


 田中は慌てるが、谷山はすでに立ち上がっている。


「そうと決めたら忙しいんだ」


 言い切ると、谷山は風のように部屋を出て行ってしまった。

 呆然と見送った三人だが、しばらくして井上は呟く。


「あれは行動力の化け物だな……」

「ま、そうでなきゃ反央会は作ってないさ」


 大畑はニヤニヤしながら返した。


「ともかく、これで突破口は開けたな」


 十月十六日月曜日放課後、役員説得のための切り札は出揃ったかに見える。しかし彼らは知ることになる。実行委員長が「鋼の王」と呼ばれる所以を……。


「ところでアイツは出て行ったが、この部屋の鍵どうするんだ」


 大畑が気づき、三人は頭を抱えた。


次回、「1-8 生徒会長の依頼」

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