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文化祭紛争録  作者: 田子蛸也
1 妥協の十月体制
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1-5 突破口への道

 週が変わって月曜日。秋の清々しい朝、高い空に心も晴れ晴れ……とはいかない三人が顔を突き合わせていた。


「で、部長に詳しい話は聞けたのか?」

「いいや、まだ」


 井上があまりにも即答したので、大畑は危うく卒倒するところだった。


「おいおい。メールで訊くなり、やりようがあっただろう」

「あーそうか」

「なーにが『あーそうか』じゃい。お前には危機感というものがないのか。敵国が国境を踏み越えて攻め入ってきたような状況なんだぞ。状況把握ぐらいするだろ。それともお前は空に向かって滅茶苦茶な念仏を唱えるタイプか?」


 今にも暴れ出しそうな勢いで責め立てる大畑に、井上も言い訳どころではなかった。


「悪かった、悪かった。山本さんには昼に訊きに行くから……で、何を訊けばいいんだっけ」

「あの人事の言い出しっぺが誰かだよ、バカタレ!」

「わかった、わかったからそんな大声出すなよ」


 ただでさえ人事のことで周りから顰蹙を買っている。大畑もさすがにトーンを下げた。


「いいか、必ず昼に聞いて来いよ。それまで一口も飯を食うな。水もだ」

「茶はダメか」

「水だろ」

「でもさ、誰が言い出しっぺかなんて、あんまり関係ないんじゃない?」


 井上が尋ねる。その疑問こそ、井上のやる気がない原因だった。大畑は今更の事にげんなりしつつ、それでも丁寧に説明する方を選んだ。


「そんなことないぞ。世の中の決定には必ずバイアスがかかってる。誰かの願望、欲望、主張が色濃く出るってわけさ。問題は誰の願望かって所でな。それが分かれば、突破口になるかもしれない」

「そんなに突破口少ないのか?」


 今度は田中が根本的な質問。大畑はここでようやく気づいた。詳しい説明をせずに先走りしていたことにである。


「飯田さんの言ってた、坂本を外した理由だけどな。生徒会主導が云々、文化祭改革が云々というのは、まあ言ってみればイデオロギーだ。俺たちが口で言ってどうにかなるもんじゃない。トマト嫌いの奴にトマトの旨さを説得するほどアホらしいことはねえだろう? となると、あと崩せるのは坂本の素行の話と、周りだけだ」

「崩すって、人の素行なんてそうそう変わらないだろ」


 怪訝な表情の井上に対し、大畑は悠々としている。


「まあそこは俺に任してくれ。知り合いを当たって、坂本の美談でもかき集めてくるさ。数打ちゃ当たるだ」

「その言い方は不安になるわ」

「周りを崩すってのは?」


 田中が先を促す。


「それこそ言い出しっぺ以外の人だよ。徳川家康だって堀を埋めてから大阪城に攻め入ったろ」

「外堀を埋めるってわけか」

「そういうこと。今回の人事は天高くぶっ飛んでるからな。周りは空気読んで提案に便乗してるだけだろう。それなら落としようはある。特に言い出しっぺが背信行為をしていると分かればな」

「何か確信があるみたいじゃねえか」

「あるさ」


 大畑は田中にドヤ顔をして見せた。


「今回の人事、誰が得をすると思う」

「誰も得はしないだろう」


 田中の指摘に、大畑は調子を崩される。


「いや、確かにそうなんだけど……そうじゃないんだよなあ」


 大畑は軽く咳払いをしてから続ける。


「じゃあ言い直そう。今回の人事が通ればどうなる」


 またも田中が明快に答える。


「文化祭は終わりだな」

「その通り。そしてそれを望んでいる奴らがいる」

「お前か」

「違う」


 田中の小ボケには乗らず、大畑は声を潜めて切り出した。


「反中央の会、って知ってるか」

「なんだそりゃ」

「根暗、陰湿、逆恨み。そういう奴らの巣窟だよ。略して反央会(はんおうかい)。前田が生徒会長になってから、部活動の綱紀粛正ってことで予算にテコ入れをしてな。その煽りで予算を減らされた部の有志が集まってる。だから簡単に言えば、生徒会クソくらえ、文化祭クソくらえ、っていう集まりでな」

「なんかどっかで見たことがあるな。そういうことを言ってる輩を」


 田中がなおも言い、井上も訝しむような視線を向けてきたので、大畑は慌てた。


「おいおい。俺はそこまで陰気な人間じゃあないぜ」

「この事態に陽気過ぎるぐらいだもんな」

「だろう? まあとにかく、この一件に反央会が関わってるのは間違いない。そこを叩けば片が付く」


 言い切った大畑に


「なんでそんなことわかるんだよ」


 と井上はなおも懐疑的だ。しかし今度は大畑に勢いがあった。


「勘だよ、勘。情報屋の勘ってやつさ」


 その返答は他二人を呆れさせたが、言った本人は満足だった。だがさすがに大畑も補足はする。


「今回の人事を見たが、あそこに前田派連中の名前はなかった。反央会ってのは前田だけじゃなく、前田派を毛嫌いしてるからな。この話は反央会にとってはうますぎるんだよ」

「なるほどね」


 大畑の説明に、井上もようやく納得した。だがそれが分かったからといって、解決するわけでもない。


「で、その反央会ってやつの元締めは誰なんだ?」


 田中が唐突に質問を投げかけた。今度は大畑が首をひねる番だった。


「そんなの聞いてどうすんだい」

「会って話を聞いてみる……とか」

「そんな簡単に口を割る訳はないだろう」

「いいから。情報はあって困らない」


 大畑の抵抗を田中は押し切る。確かに田中の言うことにも一理あるのだが、大畑は難儀した。反央会に関して知っていることはもうあまりない。


「反央会は情報のガードが堅くてな……」


 大畑の言い訳も嘘ではない。事実そうでもなければ、前田たちが圧倒的支持を得ている状況下で反央会が生き残ることはできなかったろう。まともに活動をしていたのかどうかはともかくとして。

 だが大畑も、どこの部が反央会に参加しているのかぐらいは知っている。それ以上を知らないのは、生徒会も文化祭も自身にそこまで関係ないと思っていたからである。もちろんそんなことはおくびにも出さない。


「たしか……谷山ってやつだったかなあ。詳しくは知らん」

「谷山? それって、卓球部の谷山か。部長の」

「たぶんそうだった気がする。ってなんだ、お前の知り合いか」

「いや。でも去年同じクラスで、少しは話したことがあるな」

「それは世間では知り合いって言うぞ」


 大畑は呆れつつも真剣な表情になる。光明が見えてきた。


「田中、その谷山と会って探りを入れてくれるか」

「ああ、いいよ」


 状況を察して、田中も二つ返事で了承する。

 委員会幹部説得のタイムリミットは、人事が生徒会に提出される水曜日。いや厳密に言えば、提出前の火曜放課後だろう。だとすれば今日と明日しかない。この状況では藁にもすがらなければならない。


「この人事の仕掛け人と反央会の間に繋がりがあれば、頭の固い幹部連中もさすがに考え直すだろう」

「繋がりが無かったら?」


 田中が訊いたが、大畑は平然と答えた。


「まあ、そん時はそん時だ」



 この日、大畑は一人充実していた。



次回、「1-6 首謀者陥落」

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