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文化祭紛争録  作者: 田子蛸也
2 変わる潮流
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2-7 烏合の勘ぐり

 放課後、人の捌けた井上の教室。その一角で、怪しげな寄合が行われていた。参加者は工作部三人衆に佐藤を加えた四人。中でも佐藤が一番に興奮していた。


「こんな公約をドヤ顔で出すなんて、前田は馬鹿じゃないのか」

「バカはお前だ、声が大きい」


 大畑は忌々し気に注意する。佐藤は少しトーンを下げると、


「すまん、騒ぎすぎた」


 と自らの罪を謝した。

 他の三人も気が気ではないが、ともかくも冷静に状況を見極めようとしていた。それに今は人の目もある。ただでさえ、井上たちは工作部政権などと揶揄されているのだ。そんな中で一人騒ぎ立てるのは無節操というものであった。


「しかし、前田はいったいどういうつもりなんだろうな」


 田中は疑問を口にした。

 今年の前田の公約は“文化祭を大きく”である。つまり生徒会長選挙の結果によっては、文化祭運営に大きく影響することになる。いや、この場合は十中八九と言った方がいいかもしれない。今のところ前田が敗れるという結果は想像しにくい。


「耄碌しちまったんだろ」


 というのは佐藤の言であるが、井上は取り合わず話を進めた。


「大畑の読みは、前田の公約と坂本たちの提案が一致してるって話だったよな」

「ああ。そうすりゃ辻褄はあう」

「そうすると、前田の言ってた改革はただの付け足しだったってことにならないか」


 他三人の表情に疑問符が浮かぶ。


「どういうことだそりゃ」

「前回の会議で木下は、『本部企画を維持して有志団体を増やす』って言ってた。つまり木下は、本部企画はそのままに有志企画を足そうとしてる」

「まあそうなるな」

「大畑の仮説が合っていれば、これは前田も同じ考えってことになるだろう」

「んー、とてもそうは思えないぞ」


 田中は懐疑的に反応する。


「有志を増やすだけなら、最初から『有志団体枠を増やします』だけで良かったはずだ。でも去年前田は『改革する』と豪語してたんだ。それでこれじゃ、拍子抜けじゃないか?」

「じゃあ俺の仮説はダメか」


 大畑は取り下げようとしたが、井上は待ったをかける。


「いや、前田と坂本が同じ考えってのは間違ってないと思う。そうじゃなきゃ、坂本があれだけ意固地になることもなかったと思う」

「まあ確かに」

「さて、そこでだ」


 井上は言葉を区切り、三人を見回した。


「この公約、なにか裏があるんじゃないのか」


 その言葉に大畑の目は輝く。


「おっ、一体どんな陰謀が渦巻いてるっていうんだ?」

「それは……」

「それは?」

「全くわからん!」

「うーん……」


 大畑の表情は急降下し、右手で握りこぶしを示した。それを見た井上は慌てて取り繕う。


「あ、いやほら、どんな裏があるのか考えてみようって話でさ……」

「まあいいけどさ」


 ぶっきらぼうに言った大畑だが、ため息を一つつくと話をまとめ始めた。


「まず最初から考え直すと、公約がそのままの意味の場合と、別の意図がある場合の二つが考えられる」

「それと改革を諦めたって可能性もあるよな」


 佐藤が発言すると、瞬時場が固まった。


「お前今、話聞いてたか?」

「いやそうじゃなくて、諦めたのを悟られないために、みたいな」

「ああ、それはあるかもしれんが……」

「可能性は少ないな」


 田中はあっさりと否定した。


「あの前田がそうそう折れるとは思えん」

「それもそうか」


 今まで声高に文化祭改革を訴え、財源として部費の削減までした男がそうそう諦めるとは考えにくい。

 佐藤を納得させたところで、話題は次へと進む。大畑は大げさに問う。


「さてここで幸樹の言うように別の意図があると考えると、それを隠す理由は何でしょうかっ」


 まずは田中が答えた。


「サプライズみたいなもんだから」

「違う」


 次に井上が答える。


「んー、別の意図の方は公約の目玉として微妙だから、とか」

「惜しい」


 最後に佐藤。


「そろそろ腹が減ったんだが」

「お前はもう黙ってろ」


 残念ながら大畑を満足させる回答は出なかった。わざとらしく咳払いした後、満を持して模範解答は明かされる。


「正解は、多数派に知られると不都合なことだから、だ。もっと言えば、自分の取り巻きに知られると不都合なことが前田にはあるんだよ」

「なんだ、情報掴んでたのかよ」


 不平を鳴らす田中に、大畑は首を振った。


「違う、これはあくまで推測だ。でもこういう場合の定石なんだよ」


 大畑の読みはこうである。

 “文化祭を大きくする”という公約は、前田支持者へのリップサービスに過ぎない。本当の計画は前田支持者に不利益をもたらすもので、トップシークレットとして関係者だけで共有されている。

 陰謀好きの大畑らしい視点である。


「となると、問題はその不都合なことか」


 田中は腕組みをして考え始める。


「みんなの不利益になるような改革ってなんだ?」


 しばらく唸るが、答えは出ない。そもそも改革は物事をより良くしようとするものだ。不利益をもたらす改革を考える、という命題自体が矛盾の塊なのである。

 そこで大畑は提案した。


「じゃあ逆に考えてみよう」


 そこに井上は指摘する。


「お前はそれが言いたいだけだろ」

「違う」


 図星である。しかし大畑に考えがないわけでもなかった。


「一番前田派を失望させられる文化祭改革とは何か、考えてみようや」


 最初に手を挙げたのは佐藤であった。大畑は怪訝な顔で発言を許す。


「やっぱ本部企画を減らすことだろ」


 得意げに佐藤は言う。確かに坂本や木下は反対していたが……。


「その通りなら喧嘩別れなんてしてねえよ」


 大畑は一蹴した。

 坂本たちが多少なりともその方向性を持っているなら、前回の会議でもう少し歩み寄れたはずである。しかし実際には猛反対を受けた形だ。前田の意図が坂本に伝わっていないという可能性もあるが、それでは前提が崩壊してしまう。


「文化祭予算を減らして部費を復活させるとか」


 というのは井上の意見である。だが大畑はこれも否定する。


「公約で謳っている以上、一応文化祭を大きくする必要はあるだろう。そうでないと公約違反になるし」


 それに自分の政権になってから増やした予算を減らせば、前年度の実績を否定することにもなる。前田派は確かに嫌がるだろうが、それ以前に前田自身が嫌がるはずである。

 そして最後の提案は田中からだった。


「文化祭実行委員会をなくして、生徒会主導に切り替えるってのは」

「それはあるかもしれん」


 里原高校の文化祭は実行委員会に一任されており、生徒会は介入しないのが慣例である。

「文化祭改革を訴える前田のことだ。この縦割りには悩まされてたはずだぜ」


 しかし今年の実行委員長は坂本である。傀儡政権とも言えるこの状況下で、生徒会に併合してしまうという展開は十分にあり得る。


「でもイマイチ微妙だ。そんなに前田派に不利益はないし、公約としても目玉にできる」


 結局それらしい結論を得るには至らなかった。


「やっぱり何考えてるかわからん」

「これだけ話して結論がそれか」


 井上は呆れたが、妙案があるわけでもない。

 日は既に大きく傾いている。


「じゃあそろそろ僕は行くわ」

「どこに?」


 大畑に問われ、井上は頭を掻きつつ答える。


「ナベさんのところにちょっとな」


 顔を合わせてから三週間ほどで、井上は渡辺のことをナベさんと呼ぶようになった。


「お前もずいぶん仲良くなったもんだよな」

「業務連絡だ」


 席を立ちつつ井上は表明する。


「まあとにかく、一度坂本とは話してみようと思う」

「お前……人と話せたのか」

「今こうやって話してるだろうが」


 大畑を一発ぽかっと殴ると、井上はそのまま教室を出て行った。




 ――十一月十三日、文化祭の行く末は濃霧の中にあった。

次回、「2―8 生徒会長のシナリオ」

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