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文化祭紛争録  作者: 田子蛸也
2 変わる潮流
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2-5 女子二人について

 放課後、会議に向かう井上の足は重い。

 未だ坂本たちとの落とし所を見つけられずにいたのである。

 こうなると文化祭準備室に入る一動作すら、勇気が必要であった。

 意を決して扉を開ける。

 だが幸い、まだ田中しかいないようだった。



「大畑はどうした」

「壁になってる」


 井上は壁をチラリと確認して呟く。


「そうか」

「いやなんか驚けよ」


 壁際から這い出してきた大畑が、不満を口にする。


「いちいちお前に驚いてたら、心拍数を無駄に消費することになる」

「ああそうかい」

「しかしなんで壁に?」

「あーっと……そいつはその……」


 口ごもる大畑の代わりに田中が答える。


「出たゴキブリを退治したら、女子二人に引かれたのさ」

「なるほど、それでまだ……」

「ひどくないか? 俺はこの部屋の平和を守ったんだぞ」


 部屋の端で動かない遺体が、一応事実であることを物語っている。


「そいつは……災難だったな」

「苦笑いしながら言うな……」


 大畑はぼやきつつロッカーを開け、掃除用具を取り出す。そこへ田中が話を振った。


「そういや女子二人と言えば、大畑、あの二人どう思う」

「望月さんと富田さんか……」


 黒い遺体を片づけながら大畑は返す。


「一次審査ならできるが」

「またお前らは……」


 井上はしかめっ面で戒めた。

 女子と関わると途端に下馬評をするのが、二人の悪い癖である。しかしそんなことは微塵も気にせず大畑は続ける。


「望月さんはザ・運動部女子って感じだよな。いつも髪をポニーテールでまとめてるし、なにより目鼻立ちが整ってる。明るい感じもポイント高いな。やっぱりよくモテているらしい。ちょっと気が強そうではあるが、そこもいい。それに――」

「オーケー、わかった」


 田中は大畑を遮った。どうも大畑のタイプにド直球だったらしく、話が長くなりそうだったのだ。


「それで富田は」

「富田さんか……ショートヘアだし、全体的に幼さが残って美少女って感じだ。物静かな感じで望月さんとは真逆の良さがある、そこまではいい。だがあの鋭い目線は厳しいな。あんな噂が飛び出すのも無理はない」

「噂?」


 井上の疑問には田中が答えた。


「富田が前会計係長を解任に追い込んだってやつだ。聞いたことないか」

「ないな。しかしそれ、本当なのか」

「当たらずとも遠からずってところだ」


 田中は前回の文化祭も工作部副部長――つまり製作係副係長として会議に出ていたので、そのあたりの事情に詳しかった。


「実は去年会計係で不正があってな、係長が予算の又貸しをやらかしてたらしいんだ」

「うわ……」


 井上から声が漏れる。もはや誰にでも分かる不正。ザ・不正である。


「富田がそれに気づいて直すように言ったんだが、係長は聞き入れなかった。それどころか、富田を委員会から排除しようと動いたんだ」

「邪魔者を始末しようとしたわけか……」

「それで進退窮まった富田は役員会に告発した。その報告を受けて、会計係長は解任されたんだ。早々に決着がついたからあまり大事にはならなかったが……」

「まあ、あの飯田さんの決定があったってのがデカいな。困るほど掟破りに厳しい人だったし」


 大畑はそう補足した。

 前実行委員長の飯田には、三人とも苦労させられたものである。だが今俯瞰してみると、飯田は第三十回以降の理想とされる実行委員長だったのかもしれない。良くも悪くも、であるが。


「そんな飯田さんとそりが合うんだから、富田さんも気が強いんだろうなあ……」

「でも気が強いのはタイプなんだろ?」


 ツッコんだ井上だったが、大畑は断固として反論した。


「望月さんはむしろ睨まれたい顔だが、富田さんに睨まれたら確実に死ぬ。その後三日は立ち直れない自信があるぞ」

「自信満々に言うな……」

「というわけで、俺は望月推しだ」


 大畑はそう結論づけた。


「へいへい」


 井上は軽く流すと、会議の準備に入った。一通り作ってきたメモと、歴代の議事録を机に出す。これが今回の装備である。

 時計はまもなく十五時を指す。今日の集合時間である。




 まず女子二人――渉外係長の望月と会計係長の富田が入室。彼女らは工作部組に与しているわけではないが、同時に前田派でもない。第二回会議では中立的な立場であった。


 そのすぐ後で広報係長佐藤が入ってきた。彼は工作部組の考えを支持している。ヘラヘラしつつ大畑の近くに座った。


 そしていよいよ実行委員長の坂本が姿を現した。後に木下もついている。彼らは役員会での肩身は狭いものの、後背には生徒会長前田がついており、錦の御旗を掲げているようなものだ。

 坂本は独特の緊張感を放ちつつ、席に座った。


 こうして、第四十二回文化祭役員は三度ここに集った。

 第二回で平行線を辿った会議。それをどこで落とし所とできるか。それが課題である。


「それでは、会議を始めます」


 坂本の厳かな宣言で、第三回会議の火蓋は切って落とされた。




 後の生徒から“前田派が牙を抜かれた日”とも評される、十一月十日のことである。


次回、「2-6 そして会議は混迷へ」

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