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文化祭紛争録  作者: 田子蛸也
2 変わる潮流
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2-3 第42回文化祭実行委員会、始動

「では、第42回文化祭実行委員会の会議を始めます」


 大畑のおかげで遅くなった会議も、坂本の号令でようやく開始を見た。とはいっても今回は初回。顔合わせが主目的である。軽い自己紹介に始まり、会議の役割分担に日程の確認と、それらは終始ぎこちなく進んだ。


 さもありなん。校内主流派が二人に、反主流派が二人と四人。まさに宙吊り議会のような状況であるから、どうしても雰囲気が剣呑になってしまう。

 それを意識してか、坂本は張りつめた声でこう宣誓した。


「今度の文化祭は、たぶん過去一大変になると思います。でもだからこそ、心を一つにして、お互いに分かり合って、必ず成功させましょう」


 それには皆が賛同であった。当然のことだが、誰も失敗させようとする者はいない。一瞬の団結を見た坂本は安堵の表情を浮かべ、議題はいよいよ来年の方針へとなだれ込んでいった……。




「ダメだー。あいつらとは分かり合えない」


 第一回会議の終了後、大畑は愚痴をこぼした。文化祭準備室には、工作部出身者三人に広報係長の佐藤を加えた、いつもの四人が残っている。大畑の言うあいつらとは、実行委員長の坂本と、企画係長の木下のことである。いわゆる前田派、校内主流派の二人である。


「まさか文化祭拡大を打ってくるとはな……」

「さっきも俺言ったけどさ、やめた方がいいんじゃないの。どうせ今年の文化祭だってうまくいってないんだしさ」


 頭を抱える大畑の横で、佐藤はどこか他人事な口調である。佐藤は広報係という立場上、どんな事態になっても大して仕事に変わりはない。だが出展管理の大畑はそうではない。文化祭拡大とくれば、企画が増える。企画が増えれば仕事も増える。


 坂本が打ち出した「文化祭の改革」というのは、現状を維持したままに有志団体の企画数を増やすというモノだった。それには当然、前田派の木下も同調している。


「とは言っても、俺たちの手元はからきしで、対案なんてないしな」

「僕は、なんとなくあるけど……」


 おもむろに言う井上に、大畑はにやりと笑みを向ける。


「何だよ、聞かせてみろよ」

「うん、ちょっとね」


 井上は至って真顔で、しかし明言は避けた。


「まだ案と呼べるものでもないし、文化祭のことももっと知らなきゃいけない」

「もったいぶりやがって……」

「しかしあの感じだと、富田と望月も好感触っぽいよな」


 田中が振り返るが、大畑はそれに懐疑的である。


「『いいんじゃない』とは言ってたけど、心の内はどうだか」

「そこ疑う所か?」

「だってよ、女性の言う『いい人』ってのは『どうでもいい人』って言い伝えがあるだろ。あれと一緒だよ」

「どうでもいい、ってことはないだろうよ」

「でもあの二人が賛成したら、賛否が拮抗することになるよな」


 井上は深刻な表情で口を挟む。

 坂本案に対して、明確に反対の意思を示したのは、今部屋にいる四人。賛成は坂本ら二人。残る女子二人が首を縦に振れば、情勢は四対四となる。しかし。


「あのな幸樹、そういう派閥意識は燃えるゴミに捨てちまえ」


 大畑は真剣な表情を作って釘を刺した。すると井上はふてくされた表情で口を尖らせる。


「別に派閥意識なんて持ってないもん」

「お前が融和的なのは知ってる。でも今はたとえ議論でも、勝ちだ負けだ言ってる場合じゃない。坂本の言葉を借りれば、俺たちは最終的に心を一つにしなきゃならねえんだ」

「よく言うよ。最初に遅れて来て輪を乱したくせに」


 佐藤が憎まれ口を叩くと、大畑は逆に胸を張った。


「あれも俺なりの戦略さ。外野の連中は、俺たちを工作部政権だなんだ言ってるだろ。坂本もたぶん意識してる。でもここで俺たちが弱みを見せれば、多少バランスが取れるってわけよ」

「ただの遅刻に、よくもそんな理由が思いつくもんだ」

「ありがとう。いや、ありがとうじゃない。ただの遅刻でもないぞ」


 その口ぶりを見て、他の三人はやはりただの遅刻であると確信する。

 そこへ、ノックと共に席を外していた二人が帰ってきた。坂本と木下である。

 折り畳み机を囲んで話し込んでいた四人と、扉の横に立つ二人。にわかに部屋の空気が緊張し、気まずい沈黙が訪れる。

 だが破られない沈黙はない。


「じゃ、俺はお先に」


 井上に対して告げると、大畑はそそくさと部屋を出ていく。


「俺もお先」「じゃあ俺も」


 田中と佐藤が数秒遅れてそれに続き、残った井上もそわそわしつつ、


「……じゃあ、後はどうぞ」


 坂本に告げて部屋を明け渡す。

 井上が扉を閉めて出ていくと、二人はようやく落ち着いてパイプ椅子に腰かけた。先に切り出したのは木下の方である。


「健は相当難しい顔してたな」

「ああ……」


 二人は会議の後、生徒会長の前田健に子細を報告しに行っていた。反対多数の情勢に前田が驚くことはなかったが、嫌悪感は二人にも汲み取れた。


「だいたいあいつら、実行委員長の意向にケチだけつけようって魂胆が気に入らない」

「ああ……」

「文句があるなら、対案を出してみろってんだ」

「ああ……」


 そこで木下はちょっとした違和感に気づく。


「ドイツ語でAは」

「ああ……」

「だめだこりゃ」


 木下が肩をすくめる横で、坂本は机を見つめて思案していた。


 盛り上がりに欠ける文化祭を活気づかせるためには、文化祭を一般生徒のものにする必要があり、そのためには有志団体の喚起は避けて通れない。


 だが坂本には、井上たちの主張も分からないではない。風呂敷を広げるよりも質の向上。一般生徒にはわかりにくいが、それも立派な文化祭改革になりうる。だが一般生徒は確かな実績よりも見た目を求める。もっとわかりやすい、メッセージとしての「改革」が必要なのであった。


「実はさ、あいつらの言うことも間違ってない」

「それは俺も思うけどさ……。今の案がベストなんだろ。なら迷うことはないだろ」


 坂本の思いつめた様子に戸惑いつつも、木下は背中を押す。


 当の木下も風呂敷が広がり過ぎることに危惧を覚えてはいる。しかしそれを乗り越えてこそ、より良い文化祭が実現できるのではないか。その手腕こそ、今自分たちに求められているのではないか。そう考えて、木下は坂本案を支持してきた。


 ところが坂本の反応は、木下の期待を裏切る。


「本当はあいつらの言う通り、企画数を増やさない方がいいとは思うんだけどね」


 それは木下が初めて聞かされる、坂本の胸の内であった。先ほどの前田への報告でも話題に上がってはいない。坂本の独断か、はたまた前田も承知の事なのか。


 坂本にかけるべき言葉を探して木下が迷っていると、部屋の扉が打音を奏で、唐突に思考を中断させられる。


「入るよー」


 そう外から告げて入ってきたのは、渉外係長の望月と、それから会計係長の富田であった。二人は部屋の中を見て坂本たちを認めると、ほんの一瞬顔をしかめた。


 一方の坂本たちも顔をしかめ返す。無論だが、睨めっこ大会ではない。今までの話は望月たちに聞かせられる話題ではないと、直感的に判断したのである。


 そんな坂本たちを見て、若干困った顔で望月は訊く。


「ここ、使っていい?」

「いいけど、何するんだ」


 表情を戻していた坂本であるが、再び怪訝な顔になる。実行委員会はまだ始まったばかりで、会議以外は仕事がない。まして残務など起こりようもない。

 だが望月はあくまで素っ気ない。


「少し調べもの。ダメ?」

「いや、俺たちはそろそろ帰るから、いいよ」


 断る理由を持ち合わせていなかった坂本は、大人しく退散する道を選んだ。


「鍵置いておくから、終わったら渡辺先生に返しておいて」

「オッケー」


 事務的な連絡を終え、坂本たちが出ていくのを見届けると、二人は早速行動を開始した。

 文化祭準備室に入って右側。壁に並ぶスチール製の書庫と、その隣で本棚になっているラック。二人の目当てはラックの一番下、黒い金庫の中にある。望月が見守る横で、富田がそつなく解錠していく。金庫の扉を開け、いよいよ何某(なにがし)かを取り出そうとした、まさにその時、何の前触れもなく部屋の扉が開けられた。


「忘れ物、忘れ物」


 呟きながら入ってきた井上と、その眼前の富田たちとで目が合う。金庫にたかる二人を見て、井上はおそるおそるといった口調で問いかける。


「えーっと……泥棒?」

「んなわけあるかっ」


 望月は思わず声を荒げる。だがそれを疑われてもおかしくはない状況ではあった。望月はため息を一つつき、ぞんざいながら弁明する。


「紗代が会計のことで調べものあるんだって。私は付き合ってるだけ。それでそっちは」

「あー、ごめん。ちょっと持ち帰るもの思い出して」

「持って帰るって、何を」

「今までの議事録というか、そういうものなんだけど」


 言いつつ井上は、棚の書類に手を付け始める。ファイルを取り出しては中を確認し、また戻す繰り返し。二人から離れた、扉に近い棚から探していく。

 その様子を見ていた富田が、見かねて口を開く。


「議事録なら、あっちの戸棚にあるよ」


 そう言って指差したのは、窓に近い書庫であった。


「ありがとう」

「でもそんなもん、何に使うの」


 不思議がる望月に、井上は気恥ずかしげに答える。


「ちょっとね。僕は文化祭のこと全然分からないから、少しでも知識を入れようと思って」

「へぇ」


 望月が奇異の目で眺める間、井上は次々とファイルを取り出していった。一、二年分どころではなく根こそぎといった具合。机の上に山と積まれたファイルが、今にも崩れそうである。


「それ、全部持って帰るの」


 黙っていた富田もさすがに呆れ声であった。


「確かに、ちょっと多すぎるか」


 ちょっとどころではない。なにせ、全部出せば四十年分にもなる。


「あのさ……持って帰るなら古いのからにしてくれない? 今年のは私たちもこれから見ようとしてたし」


 結局望月の提案に従い、井上は十年分ほどのファイルを見繕って鞄に詰めた。それでも二人から見れば多い量であった。

 帰り際、望月は井上に質問を投げかける。


「井上は、坂本の案には反対なの?」

「少なくとも賛成じゃないかな。二人は?」

「まあ今のままよりはいいかなって」


 望月がサラッと答え、


「私もそんな感じかな」


 富田も続いた。


「そっか」

「井上は何か対案はあるの」

「今はまだないかな。それをこれから考える」

「へえ、楽しみにしてる」


 望月は軽い口調で言った。別にお手並み拝見という意味で言ったわけではなかったが、井上の方はそう解釈し、勝手に身を引き締めるのであった。


「あっ、引き留めてごめんね」


 井上が帰った後、二人は本来の作業に戻った。出納簿や通帳を突き合わせ、議事録にも目を通していく。それは二人にとって、早く片を付けなければならない事であった。


 結局二人が部屋を後にしたのは、最終下校時刻間近のことである。


次回、「2-4 里原高校文化祭略史」

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