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文化祭紛争録  作者: 田子蛸也
1 妥協の十月体制
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1-10 責任を取ること

「何言ってるんだお前」


 威圧的な富岡の言に、大畑は悪びれずに応えた。


「本当に忙しかったか、お聞きしてるんですよ」

「ふざけるな!」


 富岡はついに感情を爆発させる。だがそれは慌てたようでもあった。


「何度も言ってるだろ、実行委員会は暇じゃないんだ」


 しかし大畑は一瞬身震いしただけで、落ち着いていた。


「いや、それは失礼しました。じゃあ言い直しましょうか」


 一拍置いて、言葉は続けられた。


「企画係長が定例会議をすっぽかしたというのに、下っ端が忙しいことがあるのかと、疑問に思いまして」


 部屋の空気が押し黙る。大畑の指摘は突拍子もなかったが、役員全員にとって心当たりはあるものだったらしい。

 一人涼しい顔をしている大畑に、井上は声をひそめて訊いた。


「なんのことだよ」

「あとで」

「えぇ……」


 当然の反応である。

 このようなスキャンダルは委員会の士気に関わる。それゆえ、井上たち一般の委員には伏せられていた。だがそういう情報ほど、大畑の耳には入りやすい。


「しかも欠席理由がデートだとか。まあお相手の女性には賢明なご判断をいただいたようで何よりですが……」


 大畑の発言は私怨にまみれていたが、確実に富岡の古傷をえぐっていた。


「それに花の本部企画班の本領は、文化祭直前の練習でしょう。夏休み期間中、小道具づくりや調整はあっても、目まぐるしいほどではない。と、友人も申しておりました」


 ……異論はないようだった。苦虫を嚙み潰したような顔の富岡も、もはや反論するだけの気力は残っていなかった。


「結局のところ、坂本が持ち場を離れたのは暇だったからですよ。もしそれが咎められるというなら、その状況に置いた役員の方々も同じでしょう」

「その言い方はちょっと失礼じゃないか」

「ではついでですから、もう一つ失礼させていただきます」


 役員の一人が本能的に放ったささやかな反撃も、大畑の猛進を止めるには至らない。


「坂本が仕事場を抜け出した先で何をしていたか、ご存知ですか。まあご存じないでしょう」


 乗りに乗ったまま、美談の部分へと入る。


「坂本は暇な時間に各部署を回って、仕事の手伝いをしながら、来年の参考に仲間の愚痴話を聞いていたそうですよ。これには何人も証言してくれましたね」

「そうだったのか……」


 役員の一人から声があがる。彼らはようやく重大な見落としに気づき始めたようだった。


「お分かりいただけましたか。坂本にとっての不幸は、富岡係長の下にいたことでしょう。これでは正当な評価を受けられません。しかし実際には、彼ほど実行委員長に足る人物はいなかったんです。坂本の人間性については、以上です」


 発言の終わった大畑が下がり、代わって田中が前に出た。


「俺からも一つ報告があります」


 そう言って田中は切り出した。


「実はこの人事には悪意も込められていたんです」

「悪意?」


 工作部部長の山本が食いつく。


「はい。皆さんは前田に近い人間を人事から排除しました。これは文化祭を守るためですよね」

「まあそのつもりだろうな」


 山本が他人事のように答えた。普段委員会で発言権が弱かったことへの意趣返しといったところか。


「少なくとも、今の文化祭を維持するためという話だったね」

「でも本当は、文化祭の力を弱めるために考えられたことだったんです」


 会議室がにわかにどよめく。


「どういうことだい、それは」

「ここから先は、鈴木さんに言ってもらった方が早いと思います。お願いできますか」


 話を振られた副実行委員長――鈴木綾乃は役員たちの前に出て、深々と頭を下げて謝罪した。


「最初に、私の不注意でみんなを巻き込んでしまって、ごめんなさい」


 役員たちが当惑する中、顔を上げた鈴木はそのまま経緯を語った。

 近しい人物から「文化祭のためになる」と助言されたこと。それに従って人事の取りまとめを進めたこと。

 しかし最近になって同じ人物から「文化祭のためにはならない」と訂正されたこと。実は助言が、最終的に文化祭を潰す目的であったこと――。


 谷山の存在を伏せたために鈴木の言には不自然さがあったが、それは日ごろ積み重ねられてきた彼女への信頼がカバーしたものと見える。役員たちは語られた事実に、呆気に取られていた。


「つまり、罠だったってわけか」

「そういうことです」


 山本は後輩たちを労うように見回した。


「よく調べたな」

「いえいえ」

「高くつきますよ、これは」


 後ろから大畑が割り込む。

 副実行委員長が暴露したことで、会議室の大勢は四人に傾いた。態度に問題があるにしても、発言は正しかろう。それは役員たちの共通認識となった。

 しかしその時、眠れる獅子がついに目を覚ましたのだった。


「俺たちは、未来にも責任がある」


 第四十一回文化祭実行委員長――飯田友則である。


「導き方に間違いがあったにしても、答えをあっさり捨てるというのは違うだろう」


 にわかに役員たちは押し黙る。大畑や田中が恐れていた事態の到来。

 形勢逆転の瞬間であった。

次回、「1-11 文化祭人事定まる」

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