1-1 祭りが終わり、
皆々様、文化祭は楽しんでいただけているだろうか。
今年から文化祭は「前坂祭」という名前が正式になるという。なんとも素晴らしいことである――ということにしておこう。
この名前の由来、それは今から三年ほど前の文化祭改革にある。里原高校の伝説として、聞き覚えのある方も多いだろう。私などはどうも話が大きくなりすぎているようにも感じるが、興味を持ってもらえるというのは実にありがたいことである。
どのような世界、どのような組織においても、改革の時代と安定の時代は交互に現れる。
前田健と坂本悠人の二人は、里高文化祭において、改革の時代を担ったリーダーである。――ということになっている。
だが二人だけで改革を成し遂げられるわけもない。その時代には、"前坂"以外にも功労者がいたことを忘れてはならない。
別に私の名前を付けろというわけではないが、前坂祭という名前を受容する前に、知っておいていただきたい事実がある。
さてここから綴るは、里原高校文化祭改革の話。噂でも伝説でもない、歴史の話である――。
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十月十三日、里原高校会議室。この部屋で、一足早い木枯らしが猛威を振るっていた。
「来年の文化祭は君たちに率いてもらう」
「「「えええええええ!?」」」
言われた三人から悲鳴が上がる。
無理もない。彼らはつい先日――いや、つい先ほどまで、実行委員会幹部の候補にすら上がっていなかった。しかも彼らは、志願して実行委員になったわけでもなかったのだ。
「こんな人事馬鹿げてますよ!」
言われたうちの一人がたまらず声を荒げるが、言った側は眉一つ動かさない。
「先輩に馬鹿だと?」
「はい、すみません」
三人とも押し黙ってしまう。
三人には、どうしてこうなったのかは分からない。ただ、一つ分かることがある。これを受ければ、生徒の大半を敵に回すということである。
遡ること五日。第41回里原高校文化祭は、盛大だが心のこもらない喝采を浴びつつ終幕した。対外的には「成功」とされるだろうが、多くの生徒は不満だった。
実行委員会主体、生徒不在の文化祭。生徒会と実行委員会の対立と非協力……。当時の文化祭には課題が山積していた。
五年に及んだ文化祭暗黒時代の後、現在の文化祭体制ができて十余年。
「暗黒時代の失敗を繰り返してはいけない」
というスローガンのもと、最初からマイナス思考で誕生した実行委員会はもはやボロボロで、文化祭はつまらない内輪ノリと化していた。だがそれに異を唱える者はいない。
泥沼の文化祭が二十年以上も続いている。そんな中入学してきた生徒たちである。
「里高の文化祭はこんなもんだ」
という諦めの意見が大勢であった。
完全に生徒からの信頼を失っていた文化祭であったが、一方でこの年、次回に期待する声は大きかった。
「来年は前田と坂本がやってくれる」
そんな期待が文化祭前後から方々で聞かれた。
生徒会長の前田健と、次期文化祭実行委員長の坂本悠人。二人は中学校からの仲である。前田は中学時代、廃部寸前のバスケットボール部を立て直した実績があり、それを傍らで支えたのが坂本であった。
当時を知る者は「あの時の再来だ」と喧伝して回った。知らない者も「親友の二人がトップに立てば、文化祭の改革は必ず成功する」と言ってはばからなかった。こうしたスポークスマンたちのおかげで、今や前田たちの勢力は高校二年生の中で最大となっていた。
この二人の強力タッグで、文化祭は内と外から変わる。
もはや古い文化祭は終わった。老兵は去る!
いよいよここから、二人の文化祭改革が始まるのだ!
……とまあ、万事そううまくは行かないものである。
文化祭の行く末を占う”次期人事”が各階掲示板で発表された頃、誰の口にも上らない三人の男子生徒が、会議室の前で青くなっていた。
「なんの話だろうな」
一人の名を、井上幸樹という。見た目はひょろっとしているが、背が高いわけではない。取り立てて美男子でもないが、醜くもない。捉えどころのない顔をしている。
「さあ知らん。内容は言われてないからな」
今一人の名を、田中真という。こちらはそこそこの色男で、三人の中ではモテる方である。
「昼休みに呼び出しなんてよ、どうせロクなもんじゃないぜ」
そして、大畑松雄。井上と同じく冴えない顔をしているが、背は一般的な男子生徒よりも低い。
この三人――いわゆる工作部三人衆である。間違っても"田中真と引き立て役の男たち"ではない。
そんな彼らだが、好き好んで会議室にやってきたわけではない。彼らの所属する工作部の部長に呼び出され、渋々教室から出てきたのである。
文化祭も終わって代替わりの季節。工作部の高校二年生は三人だけであるから、この中から部長が出る。しかし今回、そういった引継の話ではないと井上は予想していた。引継なら、なにも会議室などで大仰にやる必要もない。
「寸法を測って、棚でも作れって言われるかな?」
大畑の意見も井上とほぼ一致していた。そういった工作部への製作依頼は、往々にしてあることなのである。
井上は扉の前でため息をつく。
「まあいつもの厄介ごとだろ。誰が行く?」
「俺が行こう」
「いや俺が行こう」
田中と大畑は言ったものの、足が動かない。こういった場合、先に入った者が貧乏くじを引くことを三人とも知っている。見かねた井上が「いや入れよ」とツッコむが、
「「どうぞどうぞ」」
「しょうがねえな」
伝統的な手続きで先頭を井上にすると、三人は満を持して中に入るのだった。
建付けの良い扉を大げさに重々しく開けると――
「げっ……」
先に大畑から声が漏れた。そこに居たのはまず三人を呼んだ工作部長の山本。それはいい。だがそれだけではなかった。その他に二人。鋼の王こと文化祭実行委員長、同じく氷の女王こと副実行委員長……。後の二人が来るとは誰も聞かされていなかった。この並びだと、山本は実行委員会製作係長としての立場でここにいるのだろう。
「――集まってくれてありがとう。君たちを呼んだのは他でもない」
困惑で苦い顔の三人をよそに、氷の女王は切り出す。
「来年の人事の話だ」
それはもう座っているメンバーを見れば三人衆でも分かる。文化祭役員が三人も一堂に会しているのだ。文化祭に関わる話である。そしてこの時期の話と言えば、他にはない。
驚くとすれば、厄介事をやんわり断ろうとしていたのが、命懸けで断るハメになったということだけだ。
「それで、俺たちに何をしろと?」
田中が素っ気なく聞くと、山本が渋い顔で大畑にA4版のプリントを手渡した。
大畑はそれを一読したが、最初に眉を動かしたきり何も言わない。だが深く読み進めているあたり、多分に大畑の興味を引く内容であったのだろう。しばらくして、ようやく大畑は口を開いた。
「すまん、俺は急に眼が悪くなったらしい」
そう言うと、紙を隣に回した。受け取った田中も驚くでもなく、
「あちゃーこれは誤字が多いですね」
そう言って井上に回した。そう、その内容は驚くべきものだった。
“第42回文化祭実行委員会”と題されたその紙には、こう記されていた。
実行委員長――田中真
副実行委員長――井上幸樹
企画係長――大畑松雄
広報係長――佐藤宏
会計係長――富田紗代
渉外係長――望月里奈
いくら読み返しても、次期実行委員長候補と目された“坂本悠人”の字は無く、他の係長候補の名前もない。その代わり、役員候補ですらなかった井上たち三人が据えられている。
「……あのこれ……渡すの間違えてません?」
井上もそう言うほかなかった。驚くというより困惑。間違いであってくれという期待。
しかし鋼の王は応えず、一方的にこう宣言するのだった。
「来年の文化祭は君たちに率いてもらう」
十月十三日金曜日、その日は珍しく青天であったという。
次回、「1-2 的外れな人事案」