表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文化祭紛争録  作者: 田子蛸也
1 妥協の十月体制
1/48

1-1 祭りが終わり、

 皆々様、文化祭は楽しんでいただけているだろうか。


 今年から文化祭は「前坂祭」という名前が正式になるという。なんとも素晴らしいことである――ということにしておこう。


 この名前の由来、それは今から三年ほど前の文化祭改革にある。里原高校の伝説として、聞き覚えのある方も多いだろう。私などはどうも話が大きくなりすぎているようにも感じるが、興味を持ってもらえるというのは実にありがたいことである。


 どのような世界、どのような組織においても、改革の時代と安定の時代は交互に現れる。

 前田健と坂本悠人の二人は、里高文化祭において、改革の時代を担ったリーダーである。――ということになっている。


 だが二人だけで改革を成し遂げられるわけもない。その時代には、"前坂"以外にも功労者がいたことを忘れてはならない。


 別に私の名前を付けろというわけではないが、前坂祭という名前を受容する前に、知っておいていただきたい事実がある。


 さてここから綴るは、里原高校文化祭改革の話。噂でも伝説でもない、歴史の話である――。



――――――――――――――――



 十月十三日、里原(さとはら)高校会議室。この部屋で、一足早い木枯らしが猛威を振るっていた。


「来年の文化祭は君たちに率いてもらう」

「「「えええええええ!?」」」


 言われた三人から悲鳴が上がる。

 無理もない。彼らはつい先日――いや、つい先ほどまで、実行委員会幹部の候補にすら上がっていなかった。しかも彼らは、志願して実行委員になったわけでもなかったのだ。


「こんな人事馬鹿げてますよ!」


 言われたうちの一人がたまらず声を荒げるが、言った側は眉一つ動かさない。


「先輩に馬鹿だと?」

「はい、すみません」


 三人とも押し黙ってしまう。

 三人には、どうしてこうなったのかは分からない。ただ、一つ分かることがある。これを受ければ、生徒の大半を敵に回すということである。




 遡ること五日。第41回里原高校文化祭は、盛大だが心のこもらない喝采を浴びつつ終幕した。対外的には「成功」とされるだろうが、多くの生徒は不満だった。


 実行委員会主体、生徒不在の文化祭。生徒会と実行委員会の対立と非協力……。当時の文化祭には課題が山積していた。


 五年に及んだ文化祭暗黒時代の後、現在の文化祭体制ができて十余年。


「暗黒時代の失敗を繰り返してはいけない」


 というスローガンのもと、最初からマイナス思考で誕生した実行委員会はもはやボロボロで、文化祭はつまらない内輪ノリと化していた。だがそれに異を唱える者はいない。

 泥沼の文化祭が二十年以上も続いている。そんな中入学してきた生徒たちである。


「里高の文化祭はこんなもんだ」


 という諦めの意見が大勢であった。

 完全に生徒からの信頼を失っていた文化祭であったが、一方でこの年、次回に期待する声は大きかった。


「来年は前田と坂本がやってくれる」


 そんな期待が文化祭前後から方々で聞かれた。

 生徒会長の前田(まえだ)(けん)と、次期文化祭実行委員長の坂本(さかもと)悠人(ゆうと)。二人は中学校からの仲である。前田は中学時代、廃部寸前のバスケットボール部を立て直した実績があり、それを傍らで支えたのが坂本であった。

 当時を知る者は「あの時の再来だ」と喧伝して回った。知らない者も「親友の二人がトップに立てば、文化祭の改革は必ず成功する」と言ってはばからなかった。こうしたスポークスマンたちのおかげで、今や前田たちの勢力は高校二年生の中で最大となっていた。

 この二人の強力タッグで、文化祭は内と外から変わる。


 もはや古い文化祭は終わった。老兵は去る!

 いよいよここから、二人の文化祭改革が始まるのだ!




 ……とまあ、万事そううまくは行かないものである。


 文化祭の行く末を占う”次期人事”が各階掲示板で発表された頃、誰の口にも上らない三人の男子生徒が、会議室の前で青くなっていた。


「なんの話だろうな」


 一人の名を、井上(いのうえ)幸樹(こうき)という。見た目はひょろっとしているが、背が高いわけではない。取り立てて美男子でもないが、醜くもない。捉えどころのない顔をしている。


「さあ知らん。内容は言われてないからな」


 今一人の名を、田中(たなか)(まこと)という。こちらはそこそこの色男で、三人の中ではモテる方である。


「昼休みに呼び出しなんてよ、どうせロクなもんじゃないぜ」


 そして、大畑(おおはた)松雄(まつお)。井上と同じく冴えない顔をしているが、背は一般的な男子生徒よりも低い。


 この三人――いわゆる工作部三人衆である。間違っても"田中真と引き立て役の男たち"ではない。

 そんな彼らだが、好き好んで会議室にやってきたわけではない。彼らの所属する工作部の部長に呼び出され、渋々教室から出てきたのである。

 文化祭も終わって代替わりの季節。工作部の高校二年生は三人だけであるから、この中から部長が出る。しかし今回、そういった引継の話ではないと井上は予想していた。引継なら、なにも会議室などで大仰にやる必要もない。


「寸法を測って、棚でも作れって言われるかな?」


 大畑の意見も井上とほぼ一致していた。そういった工作部への製作依頼は、往々にしてあることなのである。

 井上は扉の前でため息をつく。


「まあいつもの厄介ごとだろ。誰が行く?」

「俺が行こう」

「いや俺が行こう」


 田中と大畑は言ったものの、足が動かない。こういった場合、先に入った者が貧乏くじを引くことを三人とも知っている。見かねた井上が「いや入れよ」とツッコむが、


「「どうぞどうぞ」」

「しょうがねえな」


 伝統的な手続きで先頭を井上にすると、三人は満を持して中に入るのだった。

 建付けの良い扉を大げさに重々しく開けると――


「げっ……」


 先に大畑から声が漏れた。そこに居たのはまず三人を呼んだ工作部長の山本(やまもと)。それはいい。だがそれだけではなかった。その他に二人。鋼の王こと文化祭実行委員長、同じく氷の女王こと副実行委員長……。後の二人が来るとは誰も聞かされていなかった。この並びだと、山本は実行委員会製作係長としての立場でここにいるのだろう。


「――集まってくれてありがとう。君たちを呼んだのは他でもない」


 困惑で苦い顔の三人をよそに、氷の女王は切り出す。


「来年の人事の話だ」


 それはもう座っているメンバーを見れば三人衆でも分かる。文化祭役員が三人も一堂に会しているのだ。文化祭に関わる話である。そしてこの時期の話と言えば、他にはない。

 驚くとすれば、厄介事をやんわり断ろうとしていたのが、命懸けで断るハメになったということだけだ。


「それで、俺たちに何をしろと?」


 田中が素っ気なく聞くと、山本が渋い顔で大畑にA4版のプリントを手渡した。

 大畑はそれを一読したが、最初に眉を動かしたきり何も言わない。だが深く読み進めているあたり、多分に大畑の興味を引く内容であったのだろう。しばらくして、ようやく大畑は口を開いた。


「すまん、俺は急に眼が悪くなったらしい」


 そう言うと、紙を隣に回した。受け取った田中も驚くでもなく、


「あちゃーこれは誤字が多いですね」


 そう言って井上に回した。そう、その内容は驚くべきものだった。



“第42回文化祭実行委員会”と題されたその紙には、こう記されていた。

 実行委員長――田中真

 副実行委員長――井上幸樹

 企画係長――大畑松雄

 広報係長――佐藤宏

 会計係長――富田紗代

 渉外係長――望月里奈



 いくら読み返しても、次期実行委員長候補と目された“坂本悠人”の字は無く、他の係長候補の名前もない。その代わり、役員候補ですらなかった井上たち三人が据えられている。


「……あのこれ……渡すの間違えてません?」


 井上もそう言うほかなかった。驚くというより困惑。間違いであってくれという期待。

 しかし鋼の王は応えず、一方的にこう宣言するのだった。


「来年の文化祭は君たちに率いてもらう」




 十月十三日金曜日、その日は珍しく青天であったという。

次回、「1-2 的外れな人事案」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ