第三話後編 3/3
総文量が前編の四倍ってのは盛り過ぎましたね。今回、たくさん人が死にます。もっとたくさん死ぬ予定だったんですが、思ったよりみんな避難が早かったです。
右腕から発射された筋触手はリーダーの両肩を捕らえ、壁に押し付けた。リーダーはそのまま気を失ったように動かない。だが、私はある可能性に思い至っていた……有りうるのか?そんな事が?
「痛い……」
少女が目を覚まし、未亡人の女が駆け寄る。
「大丈夫?」
「おばさん?私はいったい……」
そこへドタドタと男たちが部屋に入ってきた。
「こ、これは、いったい、どういうことだ!」
「リーダーが!」
「やりやがったな!」
リーダーがピクリと動いた。
「リーダー!」
「まだ生きてる!」
私は声帯を強化して叫んだ。
「近づくなお前ら!!!」
声に気圧され、男たちが止まった。
「リーダーは今しがた、その子の手を噛んだ!!!感染している!!!」
リーダーの体が、痙攣し始めた。
「うそだ、リーダーが!」
「助けられないのか?!」
痙攣しながら、リーダーの肉体は膨らんでいるように見えた。その場にいる全員が……私や、少女も……リーダーの変異に釘付けになっていた。
「なんなの、これ……」
「おばさん、逃げて、私が仕留めるから。」
「いや、君も逃げろ。こいつは俺が引き受ける。」
少女はその時初めて、私が朝に戦っていた男だと気づいた。
「あんた、どうしてここに、」
「いいから逃げろ!そこのお巡りさんを連れて!女も男も全員避難しろ!」
このゾンビ、何かがおかしい。最大限の警戒がいる。
「時間を稼ぐから、早く!」
私は触手でリーダーを持ち上げると、そのまま表口の方へと向かった。まるで羽化寸前のさなぎのように、リーダーの体は不気味に伸縮していた。私は表口の自動ドアを蹴って割り、外に出た。
「出てきたなゾンビ野郎!」
「何もってるんだこいつ!?」
入り口にいた男たち!逃げ道をふさいでたのか!
「来るな!リーダーが感染した!離れ、」
私の警告は激しい破裂音でかき消された。背中や後頭部に、何か、細かくて鋭い無数の破片が刺さったのがわかった。倒れざまに振り返ると、私の筋触手の先が無くなっていた。
「素晴らしいな、体中が思い通りに機能するとは。」
リーダーが、というより、ゾンビが立っていた。体のいたるところに穴が開いており、血や肉がそこから流れ出していた。先ほどの破片はこいつの肉片なのか?
「すまない諸君、巻き込んでしまった。」
私の周りは、私と同じく肉片に撃たれて倒れている男たちでいっぱいだった。全身に穴をあけられ呻いている者、死んでいる者、肉片からウイルスに感染し痙攣し始めた者……
「肉を補充するか。」
リーダーは近くに倒れていた男の死体の足首をつかむと、膝から下を引きちぎった。
「あの娘よりは脂がのっていそうだな。」
私は傷口の再生が終わり、立ち上がった。右腕もまだ触手が使えるが、少女の筋触手と違い、私のは出血を伴うため消耗が激しい。連発はしたくないのだ。
「最初からゾンビ化するのが目的だったのか?」
「いや、娘をかじったのは思い付きさ、君が老いぼれを助けようとするのを見て閃いたんだ。私の計画は君の推理通り、あの娘を始末するのがゴールだった。」
リーダーは引きちぎった脚から服や靴を剥いでいる。まだだ、隙ができるのを待て。
「まあ、老いぼれや君に邪魔されてしまったが……無能な男どもめ、足止めもできんとはな……」
リーダーが肉に食らいついた。今だ。私は彼に襲いかかった。常人であれば反応できないほどの速さで間を詰め、左手の手刀で首を狙う!
……取った!……
と思いきや、私の左腕が消えた。肘から先が、ない。
「えっ?」
おそらく蹴りであろう、強烈な衝撃を腹部に受けた。吹き飛ばされた私は、向かいのスーパーのガラスを突き破ってカートの山に突っ込んだ。
「うえっ、」
血なのか吐しゃ物なのか分からない何かが口から出てきた。どうなってる?速い上に、強い。今まで戦ってきたどのゾンビよりも。
「こうなる予感はあった、もし感染することがあれば私も君のようになるんじゃないかと。君と私は同類だからな。」
少女から感染したからだろうか、リーダーの左手は既に八本の筋触手に分かれていた。なんとその触手は、先ほど切り落としたであろう私の腕と、リーダーが持っていた足を食べている。肉を細かく引き裂き、腕に同化させたり、体の穴を埋めたりしている。
周りに女たちが何人か集まってきた。
「ねえ、だいじょうぶ?」
「ばか、来るな!」
先ほどの破裂音が、もう一度。私は全身に刺すような痛みを感じ、床に倒れた。女たちの悲鳴も聞こえる。
「面白い特技だろう?血液を汗腺から噴き出しているんだ。ショットガンは要らなくなるな。」
リーダーが楽しそうに話しながら、こちらに近づいてくる。
「同類ってのは……どういう意味だ……?」
時間が欲しい。稼ぐんだ!人間たちが逃げる時間、傷を治す時間、この男への対処法を考える時間!
「しらばっくれるな。私たちには自らの感情を管理する才能がある。」
「誰だってできるだろそんなの。」
「苦手な人間もいるだろう?感情の抑圧は通常、『身に付ける』技術だ、社会生活の中で獲得していく……対して我々は『最初からできる』。君は身に覚えがあるはずだ、感情的な人間を前に冷めてしまうことや、窮地でも合理的な判断ができてしまうこと。」
私は返す言葉がなかった。共感できてしまう自分がいた。
「沈黙は雄弁だな……」
リーダーはにやりと笑い、言葉を続けた。
「初めて会った時に、人間のふりをして襲ってきたゾンビを知っていると、話したのを覚えているか?あの少女のことではない、二か月ほど前に遭遇したゾンビだ。そいつも私と同じだった。当時の仲間は全員殺されたが、辛うじて私が、そいつを殺した。」
リーダーは自分語りに夢中になっている。私もそうだが、感情がないわけではないのだ。初めてのゾンビ化では、まだ感情の抑圧は難しいはず。
「私が思うに、ゾンビ化の本質とは本能や感情の暴走なのだろう。それを支配できる者だけが適応できるのだ。」
スーパーの中で大騒ぎしていた女たちは既に逃げた。切断された左腕はまだ治ってないが、とりあえず巻き添えは気にしなくて済む。物が多いスーパーの中なら、不意打ちも狙えるはずだ。
「なあリーダー、俺達が同類なら、殺しあうのをやめないか?正直あんたに勝てそうになくて。」
さっき奴は私の腕を取り込んだ。以前虫から貰った毒が、じきに効いてくるだろう。そこを狙う。
「殺しあうのをやめる?はははっ、下手な時間稼ぎはよせ。」
見抜かれた!
「言っておくが、喋っていたのは私も時間が欲しかったからだ、感覚器官や骨の強度などの調整にね。だがそれももう……終わった!」
今度はリーダーが突進してきた、私は防御態勢を取る間もなく懐に入られた。
「じゃあな。」
リーダーは突きではなく、右手の手刀で下から切り上げた。私は体を強引に後ろへ反らしかわしたが、内臓が潰れたのがわかった。
「そう避けたか!」
さらに私はひねった勢いを活かし右足で蹴り上げた。狙いは顎だ。
「がっ!」
リーダーの体が宙に浮いたのが見えたが、敵へのダメージを確認する間もなく、爆竹のような破裂音がし、私の右足がちぎれた。
「うああっ!」
痛みに叫んでいる場合じゃない!今度は刃が空を切る音がした。無我夢中で後ろに跳ぶと、私を捕らえ損ねた筋触手が床を削っているのが見えた。リーダーは顎を蹴られたことで脳震盪でも起こしたのか、よろめきながら、筋触手で近くの物を手当たり次第に破壊していた。切断されたカートの破片が飛んでくる。
一方こちらは、左腕ばかりか、右足まで失った。血の弾丸は至近距離で食らうと此処まで威力があるとは……内臓の損傷は治ってきたが、骨ごと再生するのは時間がかかる。
「カウンター、とは、やるじゃないか!」
リーダーが叫びながら歩いてくる。私は片足で踏み切り、商品棚の列へと跳んだ。
「無駄だぞ、隠れても音でわかる!」
私の接近をけん制したいのか、射程外にも関わらず筋触手を振り回している。まだ脳が回復仕切っていないのだろう。毒はまだ効かないのか?私は近くに倒れている女の死体に這いよった。
「君も食事か?させん!」
リーダーが触手を引っ込めた。来る!
爆竹のような破裂音、私は死体を盾にし、血の弾丸を四度目にして防いだ。
さらに死体の右腕を肘あたりから引きちぎり、先のない右ひざにつないだ。リーダーが叫ぶ、
「そんなこともできるのか!」
……すまない、腕を使わせてくれ!……
女の右腕が動いた瞬間、私の左耳が切り落とされた。触手の射程に入ってる!
私は女の体をリーダーに向かって投げ、走り出した。商品棚の間を縫って逃げ、距離を取る。私を追いかけ、棚を越えて触手が上から襲ってくる。そうだ、追って来い、障害物が多いこの場所でなら、触手攻撃は手探りで不正確になる、そこを返り討ちにする!
私は再生中の左肘を振った。あえて骨を優先的に、かつ先端を鋭利な形で再生してある。
「はっ!」
触手を二本切り落とした。
「馬鹿め!」
リーダーの罵声が聞こえ、先端を失った触手が爆発した。
「何っ、」
私は吹き飛ばされ、店の壁に設置してある野菜コーナーに衝突した。体中に細かい穴がたくさん開いていた、動けない。触手は餌だったようだ。
顔を上げると、目の前の商品棚の上にリーダーが飛び乗ってくるのが見えた。
「私の方がゾンビとしては優秀だったようだな。」
くそ、ここまでか?
「失った触手は、君の肉体から調達するとしよう。勝利の記念にもなる。」
「お前、は……勝って、ない……」
「ほほう、強がりか?」
会話で時間を稼ぐ。右腕だけ再生させる。本当にもうこれしかない。
「お前はもう、レイプ犯で、人殺し……社会には戻れない……俺を殺しても、お前が手に入れられるものなんて、ない……」
「ははは、何を言うかと思えばそんなことか!私は倫理などとうの昔に捨てているんだが?女を犯すのもあれが初めてではないしな!」
何だと?
「十八の時からずっと繰り返している!必死で抵抗する相手を力でねじ伏せるのが楽しくてね。リーダーをやっているとその余裕がなくなるのが悩みの種だった。」
……こいつは、とんでもない……
「バカな男どもが女を狙っていると知ったとき、チャンスだと思った!そろそろゾンビじゃなくて生きた人間を殺したかったからだ!私は二人をそそのかした。女には、事情を聞くから人目につかない場所で話そうと言い、二人を待ち伏せさせた……」
リーダーの顔はウイルスではなく、下品な悦びに歪んでいた。
「女を殺したのは私だ……犯した後は口封じする主義でね……ああ、男たちが泣きついてきたというのは本当だぞ。殺すなんて聞いてないと大慌てでね。まあすぐにその二人も私が殺す予定だったんだが、凶暴な目撃者に獲物を取られてしまった……まあ、その娘が次の獲物になったわけだが……ああいう健気な女はそそる……」
……とんでもないクズだ……
「でもお前は逃げた、お楽しみより保身を優先して!」
話を伸ばさなくては。今のリーダーは完全に嗜虐心に飲まれている。
「撤退は立派な戦術だ。おかげで私は部隊を鍛え直すことができた。生存者と武器を集め、道中で何度もゾンビと戦わせ、準備させた。君と出会った日に遭遇したゾンビも、実は訓練の一環で、私が予め刺激しておいた奴なんだよ。」
あの水死体ゾンビのことか!妙に到着が早かったのは、人間がいると知っていたからだったのか。
「黒幕はどうするつもりだった?人類のため戦う気なんかなかったんだろ?」
「もちろんない。ただ個人的な興味はあった。黒幕は最高の獲物となりうる、討ち倒せば私が人類の支配者だからな。この状況ではあの娘から情報を引き出せるか怪しいが、その代わり超人ゾンビの力が手に入ったのだ、悪くない。」
右腕は治った。いつでも触手で奇襲をかけられるが、問題はいつ仕掛けるかだ。
「さて、もう話すこともなくなってきたな。君とはそろそろお別れだ。私の隙を突こうと考えているのだろうが、先ほどそれに失敗して……」
リーダーは急に口をつぐんだ。自分の右手を見つめ、驚いたような表情をしている。半ばあきらめかけていたが、ようやく毒が効いてきたようだ。
「君は、何を、した……」
リーダーは毒の麻痺が全身に回らないうちに私を殺そうと考えたようで、筋触手を六本展開した。いちかばちか、差し違えくらいは狙えるかもしれない。
私が右手の触手に命令を出そうとしたその時、凄まじい轟音とともに、スーパーの窓が吹き飛んだ。
「なんだこれはっ!」
リーダーと私が二人して視線を奪われたその先には、巨大な肉の塊があった。そして血をたぎらせたそれは、こちらに突進してきた。
私は右腕で床を殴り反動で空中へ避難したが、リーダーは麻痺により動けず、そのまま肉塊に押し流され見えなくなった。壁に突っ込み動きを止めた肉塊の上に、私は着地した。
「大丈夫ー?!おじさーん?!」
あの少女の声がした。スーパーの外から聞こえてくる。
「無事だ!君なのか?!」
「うん!あいつ死んだ?」
なるほど。この肉塊は彼女の右腕か。こんなに筋肉を膨張させられるとは。
「わからない!今感覚も弱っていて、リーダーの心音が聞き取れない!」
なんとか体が動くようになってきたので、私は肉塊から降りた。ちょうど彼女も、割れた窓から店内に入ってきたところだった。右腕を肉塊から引き抜いたのだろう、血まみれだ。
「私も、いまので疲れちゃった。他の人たちは、近くの家の屋上に避難させた。」
「どうして屋上に?」
「銃声やら叫び声やらで、町中のゾンビが集まってきてるの。建物の屋上を伝って逃げるから、おじさんも手貸してくれない?」
「それは別にいいけど……男たちも一緒でいいのか?」
少女は少し顔を曇らせた。
「平気、って言ったら嘘になるけど、事情はおばさんから聞いてる。悪いのは全部あいつなんでしょ?」
彼女は肉塊の先を顎で指しながら言った。
「ああ。他のみんなは利用されてただけだ。」
「じゃあ、平気。」
私は少し微笑んだ。自分でもびっくりするほど、自然に表情がほころんだ。
「え、何で笑うの?」
……彼女に肩入れしているからだ……
……確かにな……
「いやなに、君は、」
健気、という言葉が出かかったが、今だけは、リーダーと同じ表現を使いたくなかった。
「本当に、頑張り屋さんだな、と思って。」
思わず少女の頭を撫でていた。彼女がきょとんとしている。
「先に行っててくれ。私はリーダーと決着をつける。」
「え?うそ、だってゾンビが、来てるんだよ?!」
「ゾンビも全員俺が引き付ける。君たちは屋根の上で静かにしてるんだ。」
「ひきつけるって、どうやって?」
「考えがある。さあ、早く。後で追いつくから。」
彼女は納得しかねる様子だったが、小さくうなずくと、ジャンプして薬局の屋根に飛び乗った。建物から建物へと飛び移っていく彼女を見送り、私は大きく息を吸った。
「さて、やるか。」
体はボロボロだが、気分はいい。私は少女が残した肉塊に左腕を突っ込んだ。例によって、私の肉体と巨大な右腕は同期を始めたが、腕が大きすぎるせいか、すぐに掌握できない。
「リーダー、お前もそこにいるんだな。」
肉塊の中に異物感があり気づいた、私と同じことをリーダーもしている。
「……我々はつくづく同類のようだな……」
リーダーが向こうでつぶやいたのが聞こえた。聴覚がさえている。巨大な筋肉と融合し始めたことで感覚が回復したのだ。
「俺もさっきまではそう思ってたよ。」
「……さっき、だと……」
「ああ、俺はどうやら思っていたより、あんたとは似てないんだ。」
「……社会性のことを言っているなら、それは表面上の相違に過ぎないぞ……」
「その表面上の相違が、決定的な相違なんだよ。」
私は左腕に力を入れた。よし、徐々にこの肉塊のコントロールができるようになっている!
「……随分楽観的だな。あの娘との会話が君を変えたとでも?……」
「違いに気づいた、ってところだな。」
「……なら君が今やろうとしていることを当ててやろうか?この肉塊を爆破するつもりだろう?……」
やはりわかるか。
「……君の考えることは私も考える!これが本質的な類似でなくてなんなのだ?……」
左腕に力を込め、肉塊の一部を爆裂させた。大砲のような音がして、スーパーの天井に穴が開いた。
「……その音でゾンビを引き寄せるつもりだろう?人間たちを守るならそれが合理的判断だ。だが……」
また肉塊の表面が、今度は私の近くが爆破され、背後の花屋のシャッターに穴をあけた。こちらは私の意思ではない。
「……自分を守るという意味では合理的ではないな……」
私の付近の肉や血が蠢いている。私とリーダーは同じことができる。血の弾丸が至近距離で当たれば私の命はないだろう。
「……すぐにこの肉塊全体の制御が出来るようになる。それは君も同じだろうが、私と君とでは、肉体への支配力に差がないと言い切れるかな……」
「あんたの方が強いとも限らないぞ。」
「……ほう?……」
急激に私の左腕の周りが熱くなってきた。血流や筋肉の痙攣も激しい。
「……なら抑えてみろ!出来なければお前も吹き飛ぶぞ……」
……リーダーの命令を逸らせ……
玉のような汗を額に浮かべ、私は左腕に意識を集中させた。私に当たらない位置で、肉塊の表面から血の弾丸が何発か飛び出した。
「……同じ肉体を共有しても私の優勢に変わりはないようだな!……」
確かに私は、防戦一方だった。リーダーは勝ち誇っている。
「……なぜ私の方が強いか分かるか?それは私が君と違い、自分の願望に忠実だからだ!殺したい、犯したい、支配したい……そういう自分の欲を受け入れ、共存し、解放してきたからだ!……」
リーダーの言葉に熱がこもり、比例するように、肉塊の脈動が大きくなっていく。表面の破裂も、徐々に頻度を上げていく。
「……君やあの娘は中途半端なんだよ!感染を恐れて他人と関わらないようにしている?笑わせてくれるな!ゾンビ化の本質は本能と感情の暴走!いや、覚醒だ!人間であろうとする限り、君は私には敵わないのだ!!!……」
耳が痛い。実際私の三ヶ月間は、現実逃避の側面があった。だが、
「それも、さっきまでの話だ。」
「……何?……」
肉塊が膨張しだした。左腕が燃えているようだ。
「俺は自覚した!俺は兄とも、甥とも、あの兄弟達とも、死に別れて傷ついた!孤独だったよ!あの子もきっと同じだ、だから放っておけない、誰かと繋がらせてあげたいし、俺も繋がっていたい……」
私は今、はっきりと、自分の願望を自覚していた。左腕の熱さが、心地よくすら思える。
「リーダー、俺も今はあんたと同じように欲しいもののために戦ってる!だが目指すものはあんたとは真逆だ!これが俺たちの決定的な差だ!」
「……今更違いに気付いたところでもう遅い!この肉体はすでに!私の物だ!……」
もう言葉は必要なかった。私も彼も雄叫びを上げ、肉塊の支配権を奪い合った。片方が爆発させようとすれば片方がそれを阻止する。互いの筋肉への命令が反発し、その度に肉片が弾け飛んだ。噴き出す大量の血で、天井も壁も床も、真っ赤に染まっていた。
ついに、肉塊の隅々、その向こうのリーダーの肉体まで感覚が広がったのがわかった。リーダーは、私のように左腕だけでなく、全身を肉塊と一体化させていた。おそらくは、少女の奇襲が直撃していたせいで、そうでもしないと身体機能を維持できなかったのだ。
そして、肉塊は物理的な限界を迎えた。
爆発の直前、私は右手の触手で左腕を切断し、後ろに跳んだ。続く爆音。鼓膜が破れ何も聞こえなくなった。私は木の葉のように宙を舞い、何かやわらかいものに衝突して、意識が薄れていった。
「おじさん!起きて!」
鼓膜が治っていた。目を開けると、私を覗き込む少女、未亡人の女、それに男達も女達もいる。
「あ!!!おじさん!!!」
「おお生き返った!」
「すげえ。さすがゾンビだ!」
「どこだここは?」
「屋根の上。ショッピングセンターから少し離れた、公営住宅の。」
未亡人の女が教えてくれた。
「あなたが空から降ってきたから、この子が捕まえてくれたのよ。」
私は体を起こした。左腕ばかりか、脚に取り付けた女の腕もなくなっている。少女が半泣きの顔で見ている。
「ありがとう、助けてくれて。」
私が礼を言うと、少女が泣きそうになり、未亡人の女が優しく頭を撫でた。
「そうだ、リーダーは?」
近くにいた男が答えた。
「いや、俺たちは見てねえけど……見失ったのか?」
崩れ果てた建物が視界に移った。聴力を上げる。彼も生きているとしたら、この集団はまだ安全とは言えない。
「……近寄るなこのゴミども……」
リーダーの声がした。急いで視力も上げてスーパーの跡地をみると、ゾンビの群れが見えた。
「……やめろ来るな、やめろ、やめろぉぉぉ……」
ゾンビの群れが、リーダーにたかっていた。
「リーダーを見つけた。」
「まじかよ、どこだ?」
私がスーパー跡地を指さし、周りにいた人間たちが一斉にそちらを向いた。
「でも、もう死ぬ。今ゾンビに食われてる。」
その場の空気が凍り付いた。
リーダーの様子はゾンビに隠れて見えなかったが、ほとんど抵抗は見られない。全身を肉塊に融合していたリーダーは、爆発で動けないほどの損傷を体に負っていたのだろう、そこに、私がおびき寄せたゾンビたちが集まってきた。
リーダーの叫び声が、次第に途切れ途切れになっていった。聞こえているのが私だけでよかったと思う。
「死んだ。断末魔もしっかり私が聞いた。」
男の一人がつぶやいた。
「そうか……終わったんだな。」
「リーダーだけは、ね。」
少女が言葉を続けた。彼女は既に泣き止んでいた。
「他のことは何にも終わってない。住むところはないし、お巡りさんもまだ目を覚ましてない。何より、私のパパを何とかしなきゃ。お願い、私なんかがが言えたことじゃないかもしれないけど、みんな力を貸して。」
さっきまで泣いていたとは思えない、力強い声だった。
「当り前じゃない。」
未亡人の女が優しく言った。
「あなたはもう私たちの仲間よ。こっちこそ、力を貸してほしいわ。」
他の人間たちも続いた。
「俺も貸すよ!」
「私も!よろしくね!」
「今までありがとう!」
少女は涙ぐみながら、今度は私を見た。
「ねえ、おじさんも、来てくれるよね。」
急に話を振られて、私は少し面食らった。
「えっと、俺は……」
ここに来た本来の目的は自分と同じ境遇の彼女と話すことだった。
……目的なんかいい、お前の本心はどうなんだ……
本心……そうか、そうだな。分かり切ったことだった。
「ああ、一緒に行くよ。」
答えた瞬間、少しくすぐったいような気分がした。
最終話へ続く。
ここでは、少女はちゃんと服着てます。「私」が気絶してたのは五分から十分ほどですね。次回、最終話突入です。第三話より長くなるんだろうな……