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よくあるパンデミック   作者: いりかわしょう
8/12

第三話後編 3/3

総文量が前編の四倍ってのは盛り過ぎましたね。今回、たくさん人が死にます。もっとたくさん死ぬ予定だったんですが、思ったよりみんな避難が早かったです。

 右腕から発射された筋触手はリーダーの両肩を捕らえ、壁に押し付けた。リーダーはそのまま気を失ったように動かない。だが、私はある可能性に思い至っていた……有りうるのか?そんな事が?


「痛い……」


 少女が目を覚まし、未亡人の女が駆け寄る。


「大丈夫?」


「おばさん?私はいったい……」


 そこへドタドタと男たちが部屋に入ってきた。


「こ、これは、いったい、どういうことだ!」

「リーダーが!」

「やりやがったな!」


 リーダーがピクリと動いた。


「リーダー!」

「まだ生きてる!」


 私は声帯を強化して叫んだ。


「近づくなお前ら!!!」


 声に気圧され、男たちが止まった。


「リーダーは今しがた、その子の手を噛んだ!!!感染している!!!」


 リーダーの体が、痙攣し始めた。


「うそだ、リーダーが!」

「助けられないのか?!」


 痙攣しながら、リーダーの肉体は膨らんでいるように見えた。その場にいる全員が……私や、少女も……リーダーの変異に釘付けになっていた。


「なんなの、これ……」

「おばさん、逃げて、私が仕留めるから。」


「いや、君も逃げろ。こいつは俺が引き受ける。」


 少女はその時初めて、私が朝に戦っていた男だと気づいた。


「あんた、どうしてここに、」


「いいから逃げろ!そこのお巡りさんを連れて!女も男も全員避難しろ!」


 このゾンビ、何かがおかしい。最大限の警戒がいる。


「時間を稼ぐから、早く!」


 私は触手でリーダーを持ち上げると、そのまま表口の方へと向かった。まるで羽化寸前のさなぎのように、リーダーの体は不気味に伸縮していた。私は表口の自動ドアを蹴って割り、外に出た。


「出てきたなゾンビ野郎!」

「何もってるんだこいつ!?」


 入り口にいた男たち!逃げ道をふさいでたのか!


「来るな!リーダーが感染した!離れ、」


 私の警告は激しい破裂音でかき消された。背中や後頭部に、何か、細かくて鋭い無数の破片が刺さったのがわかった。倒れざまに振り返ると、私の筋触手の先が無くなっていた。


「素晴らしいな、体中が思い通りに機能するとは。」


 リーダーが、というより、ゾンビが立っていた。体のいたるところに穴が開いており、血や肉がそこから流れ出していた。先ほどの破片はこいつの肉片なのか?


「すまない諸君、巻き込んでしまった。」


 私の周りは、私と同じく肉片に撃たれて倒れている男たちでいっぱいだった。全身に穴をあけられ呻いている者、死んでいる者、肉片からウイルスに感染し痙攣し始めた者……


「肉を補充するか。」


 リーダーは近くに倒れていた男の死体の足首をつかむと、膝から下を引きちぎった。


「あの娘よりは脂がのっていそうだな。」


 私は傷口の再生が終わり、立ち上がった。右腕もまだ触手が使えるが、少女の筋触手と違い、私のは出血を伴うため消耗が激しい。連発はしたくないのだ。


「最初からゾンビ化するのが目的だったのか?」


「いや、娘をかじったのは思い付きさ、君が老いぼれを助けようとするのを見て閃いたんだ。私の計画は君の推理通り、あの娘を始末するのがゴールだった。」


 リーダーは引きちぎった脚から服や靴を剥いでいる。まだだ、隙ができるのを待て。


「まあ、老いぼれや君に邪魔されてしまったが……無能な男どもめ、足止めもできんとはな……」


 リーダーが肉に食らいついた。今だ。私は彼に襲いかかった。常人であれば反応できないほどの速さで間を詰め、左手の手刀で首を狙う!


 ……取った!……


 と思いきや、私の左腕が消えた。肘から先が、ない。


「えっ?」


 おそらく蹴りであろう、強烈な衝撃を腹部に受けた。吹き飛ばされた私は、向かいのスーパーのガラスを突き破ってカートの山に突っ込んだ。


「うえっ、」


 血なのか吐しゃ物なのか分からない何かが口から出てきた。どうなってる?速い上に、強い。今まで戦ってきたどのゾンビよりも。


「こうなる予感はあった、もし感染することがあれば私も君のようになるんじゃないかと。君と私は同類だからな。」


 少女から感染したからだろうか、リーダーの左手は既に八本の筋触手に分かれていた。なんとその触手は、先ほど切り落としたであろう私の腕と、リーダーが持っていた足を食べている。肉を細かく引き裂き、腕に同化させたり、体の穴を埋めたりしている。


 周りに女たちが何人か集まってきた。


「ねえ、だいじょうぶ?」


「ばか、来るな!」


 先ほどの破裂音が、もう一度。私は全身に刺すような痛みを感じ、床に倒れた。女たちの悲鳴も聞こえる。


「面白い特技だろう?血液を汗腺から噴き出しているんだ。ショットガンは要らなくなるな。」


 リーダーが楽しそうに話しながら、こちらに近づいてくる。


「同類ってのは……どういう意味だ……?」


 時間が欲しい。稼ぐんだ!人間たちが逃げる時間、傷を治す時間、この男への対処法を考える時間!


「しらばっくれるな。私たちには自らの感情を管理する才能がある。」


「誰だってできるだろそんなの。」


「苦手な人間もいるだろう?感情の抑圧は通常、『身に付ける』技術だ、社会生活の中で獲得していく……対して我々は『最初からできる』。君は身に覚えがあるはずだ、感情的な人間を前に冷めてしまうことや、窮地でも合理的な判断ができてしまうこと。」


 私は返す言葉がなかった。共感できてしまう自分がいた。


「沈黙は雄弁だな……」


 リーダーはにやりと笑い、言葉を続けた。


「初めて会った時に、人間のふりをして襲ってきたゾンビを知っていると、話したのを覚えているか?あの少女のことではない、二か月ほど前に遭遇したゾンビだ。そいつも私と同じだった。当時の仲間は全員殺されたが、辛うじて私が、そいつを殺した。」


 リーダーは自分語りに夢中になっている。私もそうだが、感情がないわけではないのだ。初めてのゾンビ化では、まだ感情の抑圧は難しいはず。


「私が思うに、ゾンビ化の本質とは本能や感情の暴走なのだろう。それを支配できる者だけが適応できるのだ。」


 スーパーの中で大騒ぎしていた女たちは既に逃げた。切断された左腕はまだ治ってないが、とりあえず巻き添えは気にしなくて済む。物が多いスーパーの中なら、不意打ちも狙えるはずだ。


「なあリーダー、俺達が同類なら、殺しあうのをやめないか?正直あんたに勝てそうになくて。」


 さっき奴は私の腕を取り込んだ。以前虫から貰った毒が、じきに効いてくるだろう。そこを狙う。


「殺しあうのをやめる?はははっ、下手な時間稼ぎはよせ。」


 見抜かれた!


「言っておくが、喋っていたのは私も時間が欲しかったからだ、感覚器官や骨の強度などの調整にね。だがそれももう……終わった!」


 今度はリーダーが突進してきた、私は防御態勢を取る間もなく懐に入られた。


「じゃあな。」


 リーダーは突きではなく、右手の手刀で下から切り上げた。私は体を強引に後ろへ反らしかわしたが、内臓が潰れたのがわかった。


「そう避けたか!」


 さらに私はひねった勢いを活かし右足で蹴り上げた。狙いは顎だ。


「がっ!」


 リーダーの体が宙に浮いたのが見えたが、敵へのダメージを確認する間もなく、爆竹のような破裂音がし、私の右足がちぎれた。


「うああっ!」


 痛みに叫んでいる場合じゃない!今度は刃が空を切る音がした。無我夢中で後ろに跳ぶと、私を捕らえ損ねた筋触手が床を削っているのが見えた。リーダーは顎を蹴られたことで脳震盪でも起こしたのか、よろめきながら、筋触手で近くの物を手当たり次第に破壊していた。切断されたカートの破片が飛んでくる。


 一方こちらは、左腕ばかりか、右足まで失った。血の弾丸は至近距離で食らうと此処まで威力があるとは……内臓の損傷は治ってきたが、骨ごと再生するのは時間がかかる。


「カウンター、とは、やるじゃないか!」


 リーダーが叫びながら歩いてくる。私は片足で踏み切り、商品棚の列へと跳んだ。


「無駄だぞ、隠れても音でわかる!」


 私の接近をけん制したいのか、射程外にも関わらず筋触手を振り回している。まだ脳が回復仕切っていないのだろう。毒はまだ効かないのか?私は近くに倒れている女の死体に這いよった。


「君も食事か?させん!」


 リーダーが触手を引っ込めた。来る!


 爆竹のような破裂音、私は死体を盾にし、血の弾丸を四度目にして防いだ。


 さらに死体の右腕を肘あたりから引きちぎり、先のない右ひざにつないだ。リーダーが叫ぶ、


「そんなこともできるのか!」


 ……すまない、腕を使わせてくれ!……


 女の右腕が動いた瞬間、私の左耳が切り落とされた。触手の射程に入ってる!


 私は女の体をリーダーに向かって投げ、走り出した。商品棚の間を縫って逃げ、距離を取る。私を追いかけ、棚を越えて触手が上から襲ってくる。そうだ、追って来い、障害物が多いこの場所でなら、触手攻撃は手探りで不正確になる、そこを返り討ちにする!


 私は再生中の左肘を振った。あえて骨を優先的に、かつ先端を鋭利な形で再生してある。


「はっ!」


 触手を二本切り落とした。


「馬鹿め!」


 リーダーの罵声が聞こえ、先端を失った触手が爆発した。


「何っ、」


 私は吹き飛ばされ、店の壁に設置してある野菜コーナーに衝突した。体中に細かい穴がたくさん開いていた、動けない。触手は餌だったようだ。


 顔を上げると、目の前の商品棚の上にリーダーが飛び乗ってくるのが見えた。


「私の方がゾンビとしては優秀だったようだな。」


 くそ、ここまでか?


「失った触手は、君の肉体から調達するとしよう。勝利の記念にもなる。」


「お前、は……勝って、ない……」


「ほほう、強がりか?」


 会話で時間を稼ぐ。右腕だけ再生させる。本当にもうこれしかない。


「お前はもう、レイプ犯で、人殺し……社会には戻れない……俺を殺しても、お前が手に入れられるものなんて、ない……」


「ははは、何を言うかと思えばそんなことか!私は倫理などとうの昔に捨てているんだが?女を犯すのもあれが初めてではないしな!」


 何だと?


「十八の時からずっと繰り返している!必死で抵抗する相手を力でねじ伏せるのが楽しくてね。リーダーをやっているとその余裕がなくなるのが悩みの種だった。」


 ……こいつは、とんでもない……


「バカな男どもが女を狙っていると知ったとき、チャンスだと思った!そろそろゾンビじゃなくて生きた人間を殺したかったからだ!私は二人をそそのかした。女には、事情を聞くから人目につかない場所で話そうと言い、二人を待ち伏せさせた……」


 リーダーの顔はウイルスではなく、下品な悦びに歪んでいた。


「女を殺したのは私だ……犯した後は口封じする主義でね……ああ、男たちが泣きついてきたというのは本当だぞ。殺すなんて聞いてないと大慌てでね。まあすぐにその二人も私が殺す予定だったんだが、凶暴な目撃者に獲物を取られてしまった……まあ、その娘が次の獲物になったわけだが……ああいう健気な女はそそる……」


 ……とんでもないクズだ……


「でもお前は逃げた、お楽しみより保身を優先して!」


 話を伸ばさなくては。今のリーダーは完全に嗜虐心に飲まれている。


「撤退は立派な戦術だ。おかげで私は部隊を鍛え直すことができた。生存者と武器を集め、道中で何度もゾンビと戦わせ、準備させた。君と出会った日に遭遇したゾンビも、実は訓練の一環で、私が予め刺激しておいた奴なんだよ。」


 あの水死体ゾンビのことか!妙に到着が早かったのは、人間がいると知っていたからだったのか。


「黒幕はどうするつもりだった?人類のため戦う気なんかなかったんだろ?」


「もちろんない。ただ個人的な興味はあった。黒幕は最高の獲物となりうる、討ち倒せば私が人類の支配者だからな。この状況ではあの娘から情報を引き出せるか怪しいが、その代わり超人ゾンビの力が手に入ったのだ、悪くない。」


 右腕は治った。いつでも触手で奇襲をかけられるが、問題はいつ仕掛けるかだ。


「さて、もう話すこともなくなってきたな。君とはそろそろお別れだ。私の隙を突こうと考えているのだろうが、先ほどそれに失敗して……」


 リーダーは急に口をつぐんだ。自分の右手を見つめ、驚いたような表情をしている。半ばあきらめかけていたが、ようやく毒が効いてきたようだ。


「君は、何を、した……」


 リーダーは毒の麻痺が全身に回らないうちに私を殺そうと考えたようで、筋触手を六本展開した。いちかばちか、差し違えくらいは狙えるかもしれない。


 私が右手の触手に命令を出そうとしたその時、凄まじい轟音とともに、スーパーの窓が吹き飛んだ。


「なんだこれはっ!」


 リーダーと私が二人して視線を奪われたその先には、巨大な肉の塊があった。そして血をたぎらせたそれは、こちらに突進してきた。


 私は右腕で床を殴り反動で空中へ避難したが、リーダーは麻痺により動けず、そのまま肉塊に押し流され見えなくなった。壁に突っ込み動きを止めた肉塊の上に、私は着地した。


「大丈夫ー?!おじさーん?!」


 あの少女の声がした。スーパーの外から聞こえてくる。


「無事だ!君なのか?!」


「うん!あいつ死んだ?」


 なるほど。この肉塊は彼女の右腕か。こんなに筋肉を膨張させられるとは。


「わからない!今感覚も弱っていて、リーダーの心音が聞き取れない!」


 なんとか体が動くようになってきたので、私は肉塊から降りた。ちょうど彼女も、割れた窓から店内に入ってきたところだった。右腕を肉塊から引き抜いたのだろう、血まみれだ。


「私も、いまので疲れちゃった。他の人たちは、近くの家の屋上に避難させた。」


「どうして屋上に?」


「銃声やら叫び声やらで、町中のゾンビが集まってきてるの。建物の屋上を伝って逃げるから、おじさんも手貸してくれない?」


「それは別にいいけど……男たちも一緒でいいのか?」


 少女は少し顔を曇らせた。


「平気、って言ったら嘘になるけど、事情はおばさんから聞いてる。悪いのは全部あいつなんでしょ?」


 彼女は肉塊の先を顎で指しながら言った。


「ああ。他のみんなは利用されてただけだ。」


「じゃあ、平気。」


 私は少し微笑んだ。自分でもびっくりするほど、自然に表情がほころんだ。


「え、何で笑うの?」


 ……彼女に肩入れしているからだ……


 ……確かにな……


「いやなに、君は、」


 健気、という言葉が出かかったが、今だけは、リーダーと同じ表現を使いたくなかった。


「本当に、頑張り屋さんだな、と思って。」


 思わず少女の頭を撫でていた。彼女がきょとんとしている。


「先に行っててくれ。私はリーダーと決着をつける。」


「え?うそ、だってゾンビが、来てるんだよ?!」


「ゾンビも全員俺が引き付ける。君たちは屋根の上で静かにしてるんだ。」


「ひきつけるって、どうやって?」


「考えがある。さあ、早く。後で追いつくから。」


 彼女は納得しかねる様子だったが、小さくうなずくと、ジャンプして薬局の屋根に飛び乗った。建物から建物へと飛び移っていく彼女を見送り、私は大きく息を吸った。


「さて、やるか。」


 体はボロボロだが、気分はいい。私は少女が残した肉塊に左腕を突っ込んだ。例によって、私の肉体と巨大な右腕は同期を始めたが、腕が大きすぎるせいか、すぐに掌握できない。


「リーダー、お前もそこにいるんだな。」


 肉塊の中に異物感があり気づいた、私と同じことをリーダーもしている。


「……我々はつくづく同類のようだな……」


 リーダーが向こうでつぶやいたのが聞こえた。聴覚がさえている。巨大な筋肉と融合し始めたことで感覚が回復したのだ。


「俺もさっきまではそう思ってたよ。」


「……さっき、だと……」


「ああ、俺はどうやら思っていたより、あんたとは似てないんだ。」


「……社会性のことを言っているなら、それは表面上の相違に過ぎないぞ……」


「その表面上の相違が、決定的な相違なんだよ。」


 私は左腕に力を入れた。よし、徐々にこの肉塊のコントロールができるようになっている!


「……随分楽観的だな。あの娘との会話が君を変えたとでも?……」


「違いに気づいた、ってところだな。」


「……なら君が今やろうとしていることを当ててやろうか?この肉塊を爆破するつもりだろう?……」


 やはりわかるか。


「……君の考えることは私も考える!これが本質的な類似でなくてなんなのだ?……」


 左腕に力を込め、肉塊の一部を爆裂させた。大砲のような音がして、スーパーの天井に穴が開いた。


「……その音でゾンビを引き寄せるつもりだろう?人間たちを守るならそれが合理的判断だ。だが……」


 また肉塊の表面が、今度は私の近くが爆破され、背後の花屋のシャッターに穴をあけた。こちらは私の意思ではない。


「……自分を守るという意味では合理的ではないな……」


 私の付近の肉や血が蠢いている。私とリーダーは同じことができる。血の弾丸が至近距離で当たれば私の命はないだろう。


「……すぐにこの肉塊全体の制御が出来るようになる。それは君も同じだろうが、私と君とでは、肉体への支配力に差がないと言い切れるかな……」


「あんたの方が強いとも限らないぞ。」


「……ほう?……」


 急激に私の左腕の周りが熱くなってきた。血流や筋肉の痙攣も激しい。


「……なら抑えてみろ!出来なければお前も吹き飛ぶぞ……」


……リーダーの命令を逸らせ……


 玉のような汗を額に浮かべ、私は左腕に意識を集中させた。私に当たらない位置で、肉塊の表面から血の弾丸が何発か飛び出した。


「……同じ肉体を共有しても私の優勢に変わりはないようだな!……」


 確かに私は、防戦一方だった。リーダーは勝ち誇っている。


「……なぜ私の方が強いか分かるか?それは私が君と違い、自分の願望に忠実だからだ!殺したい、犯したい、支配したい……そういう自分の欲を受け入れ、共存し、解放してきたからだ!……」


 リーダーの言葉に熱がこもり、比例するように、肉塊の脈動が大きくなっていく。表面の破裂も、徐々に頻度を上げていく。


「……君やあの娘は中途半端なんだよ!感染を恐れて他人と関わらないようにしている?笑わせてくれるな!ゾンビ化の本質は本能と感情の暴走!いや、覚醒だ!人間であろうとする限り、君は私には敵わないのだ!!!……」


 耳が痛い。実際私の三ヶ月間は、現実逃避の側面があった。だが、


「それも、さっきまでの話だ。」


「……何?……」


 肉塊が膨張しだした。左腕が燃えているようだ。


「俺は自覚した!俺は兄とも、甥とも、あの兄弟達とも、死に別れて傷ついた!孤独だったよ!あの子もきっと同じだ、だから放っておけない、誰かと繋がらせてあげたいし、俺も繋がっていたい……」


 私は今、はっきりと、自分の願望を自覚していた。左腕の熱さが、心地よくすら思える。


「リーダー、俺も今はあんたと同じように欲しいもののために戦ってる!だが目指すものはあんたとは真逆だ!これが俺たちの決定的な差だ!」


「……今更違いに気付いたところでもう遅い!この肉体はすでに!私の物だ!……」


 もう言葉は必要なかった。私も彼も雄叫びを上げ、肉塊の支配権を奪い合った。片方が爆発させようとすれば片方がそれを阻止する。互いの筋肉への命令が反発し、その度に肉片が弾け飛んだ。噴き出す大量の血で、天井も壁も床も、真っ赤に染まっていた。


 ついに、肉塊の隅々、その向こうのリーダーの肉体まで感覚が広がったのがわかった。リーダーは、私のように左腕だけでなく、全身を肉塊と一体化させていた。おそらくは、少女の奇襲が直撃していたせいで、そうでもしないと身体機能を維持できなかったのだ。


 そして、肉塊は物理的な限界を迎えた。


 爆発の直前、私は右手の触手で左腕を切断し、後ろに跳んだ。続く爆音。鼓膜が破れ何も聞こえなくなった。私は木の葉のように宙を舞い、何かやわらかいものに衝突して、意識が薄れていった。




「おじさん!起きて!」


 鼓膜が治っていた。目を開けると、私を覗き込む少女、未亡人の女、それに男達も女達もいる。


「あ!!!おじさん!!!」

「おお生き返った!」

「すげえ。さすがゾンビだ!」


「どこだここは?」


「屋根の上。ショッピングセンターから少し離れた、公営住宅の。」


 未亡人の女が教えてくれた。


「あなたが空から降ってきたから、この子が捕まえてくれたのよ。」


 私は体を起こした。左腕ばかりか、脚に取り付けた女の腕もなくなっている。少女が半泣きの顔で見ている。


「ありがとう、助けてくれて。」


 私が礼を言うと、少女が泣きそうになり、未亡人の女が優しく頭を撫でた。


「そうだ、リーダーは?」


 近くにいた男が答えた。


「いや、俺たちは見てねえけど……見失ったのか?」


 崩れ果てた建物が視界に移った。聴力を上げる。彼も生きているとしたら、この集団はまだ安全とは言えない。


「……近寄るなこのゴミども……」


 リーダーの声がした。急いで視力も上げてスーパーの跡地をみると、ゾンビの群れが見えた。


「……やめろ来るな、やめろ、やめろぉぉぉ……」


 ゾンビの群れが、リーダーにたかっていた。


「リーダーを見つけた。」


「まじかよ、どこだ?」


 私がスーパー跡地を指さし、周りにいた人間たちが一斉にそちらを向いた。


「でも、もう死ぬ。今ゾンビに食われてる。」


 その場の空気が凍り付いた。


 リーダーの様子はゾンビに隠れて見えなかったが、ほとんど抵抗は見られない。全身を肉塊に融合していたリーダーは、爆発で動けないほどの損傷を体に負っていたのだろう、そこに、私がおびき寄せたゾンビたちが集まってきた。


 リーダーの叫び声が、次第に途切れ途切れになっていった。聞こえているのが私だけでよかったと思う。


「死んだ。断末魔もしっかり私が聞いた。」


 男の一人がつぶやいた。


「そうか……終わったんだな。」


「リーダーだけは、ね。」


 少女が言葉を続けた。彼女は既に泣き止んでいた。


「他のことは何にも終わってない。住むところはないし、お巡りさんもまだ目を覚ましてない。何より、私のパパを何とかしなきゃ。お願い、私なんかがが言えたことじゃないかもしれないけど、みんな力を貸して。」


さっきまで泣いていたとは思えない、力強い声だった。


「当り前じゃない。」


 未亡人の女が優しく言った。


「あなたはもう私たちの仲間よ。こっちこそ、力を貸してほしいわ。」


 他の人間たちも続いた。


「俺も貸すよ!」

「私も!よろしくね!」

「今までありがとう!」


 少女は涙ぐみながら、今度は私を見た。


「ねえ、おじさんも、来てくれるよね。」


 急に話を振られて、私は少し面食らった。


「えっと、俺は……」


 ここに来た本来の目的は自分と同じ境遇の彼女と話すことだった。


 ……目的なんかいい、お前の本心はどうなんだ……


 本心……そうか、そうだな。分かり切ったことだった。


「ああ、一緒に行くよ。」


 答えた瞬間、少しくすぐったいような気分がした。




最終話へ続く。



ここでは、少女はちゃんと服着てます。「私」が気絶してたのは五分から十分ほどですね。次回、最終話突入です。第三話より長くなるんだろうな……

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