第二話前編
ゾンビものは好きじゃないです。
※作者の夢を原案にした連載小説で、ゾンビ物です。スプラッタしていますので、ご注意下さい。
ドシャドシャと、雨が降っていた。
頭が痛い。左腕も痛む。二階の窓といってもアリーナのそれはまあまあの高さがあり、私は地面に激突して、全身の至る所が痛い。脚が折れたかもしれない。雨のおかげで体に付いた火は消えたが、走り回る体力はもうなかった。びっこを引き少し進んだが、限界はあっさりと来た。私はその場に倒れ、頬に地面を感じながら、眠りに落ちた。
目が覚めた時、雨は止み、夜になっていた。しばらく、なぜ自分が屋外で寝ているのか分からず、慌てて起き上がり、周囲を見渡し、焼け落ちたスポーツアリーナを目にした。そして自分が修羅場をくぐり抜けてきたことを思い出した。
自分が寝ていたのは屋外のテニスコートで、辺りには誰もいない。死体すらないのは、今日はここを使う人間がいなかったからなのか、直ぐに逃げ出したからなのか。
脚を折ったような気がしたが、歩けた。体の痛みも感じない。継ぎ足した左腕はいつの間にか抜け落ちていて、足元に転がっていた。奇妙なことに血が止まっており、火傷も見当たらない。
腕を拾い、月明かりにかざして調べてみた。甥の腕かと思っていたが、これは違う。肉付きから考えると女性だ。もう片方は腕毛が濃く、筋肉が厚い。会場にいた選手の一人だろう。
そもそも私はゾンビ化していたはずだが、治ったのだろうか。左手首の傷も、最初の頃の引っ掻き傷に戻っている。まだ安心は出来ないので、生存者を見つけても慎重に関わらないと。
静かだ。ゾンビも夜は眠るのだろうか。
これからどこへ行こうか。
甥の「逃げて」という言葉に従い、今自分はここにいる。これと言った目的はないが、もう少し、生き延びるということを真剣に考えて見るとしよう。
私は歩き出した。
やはりまずは水と食糧だ。雨風や寒さを凌ぐ家屋はその辺の空き家でも使えばいいが、インフラが失われると水の確保は一気に難しくなる。
スポーツアリーナの周りは公園になっていて、ランニング用の歩道に沿って植え込みの木が並んでいる。陰にゾンビがいるかもしれないので、武器が欲しいのだが、カメラの三脚は置いてきてしまった。仕方ない……この二本の左腕を持っていくとするか。
男の左腕をカバンに入れ、女の左腕を手に持った。左手で、握手を作るように持つと、振りやすい。腕は案外重く、硬くなっていた。関節もほとんど動かないので、武器としては「肉感のあるバット」と言ったところか。傍から見ればなかなかに気持ちの悪い光景だが、そもそも傍から見る人間自体がいない。
公園の敷地内をうろつき、小さな噴水を見つけた。ありがたい。直に止まってしまうだろうから今のうちに水を少し貰っておこう。カバンから水筒を取り出し、水盤に浸した所で、気付いた。
チャプチャプという音。ちょうど噴水部に遮られて見えないが、何かがいる。
どうする?逃げるか?だがもし生存者であれば、「情報」が手に入るかもしれない……よし、確認だけはしてみるか。
私は水筒をそのまま水盤に沈め、脇に置いていた「武器」を取り、振りかぶった。そのまま噴水装置をゆっくりと回り込む。
音の正体は……
ゾンビ……ではなかった。
人間ですらない、犬が水を飲んでいた。
大型犬だ。首輪が着いておりリードも垂れている。飼い主に先立たれたか。
こちらの視線に気付き、犬がこちらを向いた。
首が2つあった。片方は人間の首だ。こちらを見てニタリと笑った。
「やった、こんなところに餌が。」
犬が飛びかかってきた。咄嗟に私は腕バットを振り抜く。
「いやっ!」
人間の方に当たったみたいだ。犬は弾き飛ばされはしたが、すぐにこちらに走って来た。速い、腕バットを振りかぶるのが間に合わない。私は押し倒されてしまった。
「あはは!私と一緒に食べようね〜!」
犬が首筋に噛み付こうとしてくるのが見えた。無我夢中で脚を動かすと、自分でも驚くほど器用に、覆い被さっていた犬の腹を蹴り上げた。今度は犬の悲鳴も聞こえた。
急いで立ち上がると、数メートル先で犬もちょうど立ち上がるところだった。飼い主らしき女を叩いた時より効いている。
「いい子いい子!大丈夫?まだ動ける?」
殺るしかない。そう決意した途端、不思議なことに、殺せる気がしてきた。私は腕バットを、バントをする時のように構え、腰を落とした。
犬が再び走ってきた。速い、しかし今度は目で追える。私は腕バットを肘の所でへし折り、剥き出しになった骨を、犬の方の頭に向けた。飼い主が叫ぶ。
「待っ、」
だがもう止まれなかった。骨は犬の口蓋から脳天へと突き抜けた。突進の衝撃には耐えきれず、私は再び吹き飛ばされて犬の体の下敷きになった。
「ひどい!よくも!お前!なんて事を!殺してやる!」
飼い主の女は大声で罵り続けている。犬の方は死んだようで、体は動かない。私は犬を退かし立ち上がった。ひとまず目の前の危機は乗り越えたが……右腕に犬の牙でかすったような傷が出来ている。一気に頭が痺れてきた。
また感染してしまった。今度こそゾンビになるのか?
そう思った途端、急に頭がスッキリした。周囲の環境音がよく聞こえる……遠くから足音がする……それも1人じゃない、今度こそヒト型のゾンビだ、こちらへ走ってきている。犬の飼い主の叫び声に寄ってきたか。
まだ間に合うはずだ……飼い主にトドメを刺すか?
いや、逃げよう。飼い主だけでは動けない。ここで叫ばせて囮にする。
水盤に沈んだ水筒を見る。さっき犬が口をつけていた噴水だ。汚染された水筒はもう拾えない。
私は折れた腕バットを捨て、リュックを背負い、逃げ出した。
走っているとまた頭が痺れてきた、しかしすぐに意識はハッキリしてきた。今自分の体がどうなっているのか確認したいが、木立の中に逃げ込んだため、暗くてよく分からない。
十分距離を取った。ゾンビは追ってこない。一旦、今自分がどこにいるのかを把握したい。辺りを見回すと、遠くに光が見えた。建物があるらしい。ゾンビはともかく、物資はあるはずだ。
建物はコンビニだった。よく見ると車道や住宅街も見える。いつのまにか公園の敷地の端まで来ていたらしい。私は、通りに面した並木の一本に隠れて、目を凝らした。食料や水は期待できるが……だめだ、やはり誰か中にいる。いやしかし、見える限りは、一人しか居ないみたいだ。ゾンビか、生存者か、ここからだとよく見えないな……
視界がボヤけた。おや?と思った次の瞬間には視界はクリアになり、店内が「拡大」されて映っていた。
何が起こったのか自分でも分からない。カメラのズーム機能を使ったかのように、物が大きく映っている。店内に居るのはゾンビ化した店員で、隅の棚に動いてないだけでゾンビがもう一人うずくまっている。こちらは客、老婆のようだ。
この現象は、やはり先ほどゾンビと接触したのが原因か?自分を含めて、一部のゾンビは人間離れした変化が体に起こる。さっきの犬と戦った時は間違いなくそうだ。やはり生存者がいても関わらずに、一人で生き抜くしかあるまい。あのコンビニを制圧して、物資を確保するとしよう。
老婆のゾンビは動かないので、まずは店員のゾンビを無力化する。元は金髪染めの若い男性、といったところか。彼は同じ棚の周りをぐるぐる回っているだけのようで、不意打ちをかけるのはそう難しくはないとみた。
私はもう一本の腕バットをリュックから取り出し、コンビニに近づくため一歩木から踏み出した。土を踏み締める僅かな足音が、まるでヘッドホンで聞くかのように大きくはっきりと聞こえた。また、聴力が上がっている。
急に、店員ゾンビがこちらを向いた。
どういう事だ?
まさか、彼の耳にも今の音が届いたのか?
店員ゾンビがこちらへ向かって動き出した。ピントがぼやける。
視界が「拡大前」に戻った。そして自分の誤解に気付いた。店員ゾンビが反応したのは自分ではなかった。店の窓の外、雑誌コーナーの影に隠れている者が三人。人間か?ゾンビか?店員ゾンビが窓をにダッシュしてくる。三人を襲う気だ。
「窓から離れろ!」
とっさに落ちていた小石を広い、コンビニの窓ガラスに、より正確には、その向こうの店員ゾンビに向かって投げた。
「当たれっ!」
再び視野が拡大された。
小石は弾丸のように窓ガラスを砕き、突き抜けてそのまま店員ゾンビの首の付け根あたりを撃ち抜いた。バランスを崩し、そのまま雑誌コーナーへ倒れ込む。
視野を戻しつつ、コンビニに向かって走り出す。
三人は人間だった。何が起きたのかまだ分かっていない様子だが、走ってきた私を見て各々が武器を構えた。
「ばか!どいて!」
店員ゾンビが雑誌コーナーを越えてきた。私はカバンを投げ捨て、腕バットを振りかぶり跳躍した。窓まで五メートルはあったが、届くはず。三人が驚き飛び退いた、よし、それでいい!
バットをスイングし、ゾンビの金髪頭を撥ねた。血しぶきが天井にかかる。私は店員の体をクッションにして着地した。
体の血が沸き立っているのを感じる。店の光でやっと確認できた。左手首の傷に変化はないが、左腕の筋肉が大きくなっている。現役のスポーツ選手のようだ。しかし、痺れは感じない。頭は妙に冴えており、不思議と高揚感がある。
振り返ると、先程の3人がこちらを見ていた。まだ子供だ。兄弟だろう、顔立ちが似ている男の子三人だ。歳の小さい方からざっくりと、10歳、15歳、18歳、と言ったところか。
昼間の自分と同じ様に、パイプ椅子を構えながら、長男が声をかけてきた。
「人間……ですか?」
「今のところは。でも感染はした、逃げなさい。」
三男が思わず口を開いた。彼の武器は木製のバットだ。
「けど、食べ物が……」
「ダメだ、今の見ただろ?この人はヤバい、」
「じゃあ俺が食いもん取ってくるよ、兄貴はこいつを見張ってて。」
シャベルを持った次男が割れた窓を跨いできた。長男が制する。
「勝手に動くなよ!」
せっかく見つけたコンビニから追い出すのは残酷というものか。それに、つい「逃げなさい」と言ってしまったが、ここは化け物の私が去るべきだ。
「分かったよ、お前ら、食料と水を持っていけ、俺も直ぐには発症しないと思うし……おいまだ動くな……ドリンクの棚の方に、動かないゾンビがいる、今そいつを殺すから、血がかからない距離まで離れてなさい。」
あの老婆ゾンビが、いつ目覚めるか分からない。
次男が変な顔をした。
「ゾンビなんていないけど?」
何?
慌てて棚を回り込む。老婆のゾンビが消えている……まさか!
「お前ら今すぐ、店の外に、」
老婆のゾンビを見つけた。ちょうど、トカゲのように天井を這い伝って、次男に向かっていた。
「逃げろ!!!!」
私は腕バットを投げたが、老婆ゾンビは一瞬早く天井から飛び下り直撃を避けた。脚に当たり体勢が崩れながらも、老婆ゾンビは下にいた次男の首に手をかけた。
「離れろ!!」
長男がパイプ椅子を振り回し、老婆ゾンビの頭にヒットさせた。
「アアア……」
老婆の体がこちらに飛ばされてきた。私は急いでそこにのしかかり、まだ筋肉の膨れ上がっている左手で、老婆の首をへし折った。
「兄ちゃん!」
「おい!大丈夫か!おい!なんか言えよ!!」
老婆が動かなくなったのを確認し、私は兄弟達の方へ近づいた。
次男は、兄弟たちの呼び声に一切反応していない。目は見開かれ、虚空を見つめている。首元がぱっくりと切り裂かれ、コンビニの床に血が広がっていた。
後編へ続く。
※「よくあるパンデミック」は作者の悪夢を原案とした作品です。
全国の次男の方々、そう気を落とさないで。残り二人も死ぬ予定です。