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死装束の伊達男

作者: 瀬川翔乃介

蒸し暑い風が外から弱々しく吹いた。季節はもう夏である。

朝から開かれている評定はなかなか決まらず、政宗は苛立ちを募らせていた。

「急ぎ小田原へ出陣し、太閤殿下にお味方するべきです。」

小十郎は秀吉に従い、小田原の北条氏と戦うことを主張した。

「殿自ら行けば、秀吉に切られるやもしれませぬ。ここは戦が終わるまで様子を見ましょう。」

成実は出陣せず、様子を見ることを主張したのであった。

政宗は簡単に決断を下すことができなかった。なぜなら、この決断が伊達家の存続に関わる重大なものであったからだ。しかし、このまま評定を続けていても秀吉から催促の手紙が届くばかりだ。秀吉は政宗に対して怒っているようだった。政宗は評定を終わりにして早めに自分の床に就いた。蒸し暑い夜の中、小田原のことで頭がいっぱいであったので、なかなか眠れずにいた。

額からは汗が噴き出し、心が落ち着かなかった。しかし政宗の思いは固まった。

「賭けに出てみよう。天下人相手に臆することなく、整然とした態度を見せれば、さすがに殺されることはなかろう。」

翌朝、政宗は目を覚まし、重たく感じる体を起こして身支度を整えた。数時間後、家臣団を大広間に集め、当主としての命令を伝えた。

「伊達家はこれより太閤殿下にお味方いたす。異論のあるものは申し出よ。」

成実は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに政宗の決意を察し、異論を唱えなかった。

小十郎はじっと政宗を見つめて、大きく頷いた。

もはや反対する者はおらず、すぐに皆が出陣の用意に取り掛かった。

夏の山道は青々としており、蝉の声がどこからか聞こえてきた。政宗一行は不安を感じながら急な坂道を下っていく。

「もしものことがあれば、拙者が秀吉の首を取って参りましょうぞ。」

成実は拳を上げながら冗談めかして言った。

「そのようなことが起こらぬよう、祈るばかりですな」

小十郎は静かに呟いた。

政宗は馬上で家臣たちの言葉を耳にしながら、何も言わずに道を進んでいった。

小田原に到着した一行は豊臣軍のあまりにも多い軍勢を前に思わず息を飲んだ。

「これほどの軍勢がおるとは……」

伊達家の誰もがそう思った。

様々な旗が陣営を彩っており、まるで紅葉した山のようであった。

まず、交渉役である豊臣家の浅野長政が挨拶に来た。

「よくぞおいでにくださりました。しかしながら、太閤殿下はお怒りですぞ。お気をつけくだされ。」

どうやら秀吉は歓迎してくれないようだ。

政宗は一刻も早く秀吉に会おうとしたが、秀吉は面会するどころか政宗に蟄居を命じた。

政宗と家臣たちは閉じ込められた部屋の中で秀吉の怒りが鎮まるのをひたすら待った。

政宗は不安に押しつぶされそうになった。

そんな中、徳川家康が政宗に面会を求めてきた。

政宗は承諾し、夜に会うこととなった。

家康はわずかな供を連れてやってきた。

奥の部屋に通すと家康は

「遠路はるばる大儀であったな。」と政宗に優しく語りかけた。

最初にお互いに簡単な挨拶を交わすと、家康と政宗は友人ように話した。どうやら家康は政宗のことが気に入ったようであった。

「拙者はお主を助けたいのだ。太閤殿下は茶の湯が非常にお好きだ。そこでお主が千利休殿に茶の湯を学びたいと申せば、太閤殿下も感心なさりお許しくださるやもしれぬ。」

と家康が助言をした。

「わかりました。やってみましょう。」

政宗は承諾した。

その後、家康は満足そうな顔をして部屋を後にした。

政宗はこの男の言うとおりにしてみようと思った。

数日後、豊臣家の使者がやってくると

「千利休殿の茶を習いたい。」と伝えた。

そのことを知った秀吉は

「あのような田舎大名にも風流の心があるとは…」

秀吉は心を動かされ、政宗に面会を許した。

「してやったり。」

政宗はほくそ笑んだ。

そして当日、空は晴れ渡り雲ひとつない青空だった。面会は秀吉の陣で行われた。そこには名だたる大名達がおり、政宗の奇怪な様子をじっと見つめている。政宗はこの日のために死装束を着てきたのであった。秀吉はその姿と覚悟に驚いていた。

「面をあげよ。」

秀吉は政宗に命令した。お互いに目があった。秀吉は少し笑顔を見せた。政宗は初めて見る秀吉の姿に驚いた。体は小さいが、目は鋭く、心の底まで見透かされるようであった。それでもって、顔をしわくちゃにして見せる笑顔は少年のようでもあり、人たらしの所以が分かった気がした。

「このたびの遅参、誠に面目ありませぬ。」

政宗は再び頭を下げ、許しを請うた。

秀吉は刀に手を掛けて政宗に近づいてきた。

切られる!と思ったが、今さらどうにもできない。

政宗は目を閉じて覚悟を決めた。

秀吉は政宗の首に人差し指を当て、

「もう少し遅ければ、この首が飛んでおったぞ。」

と馬鹿にしたように言い放った。

「はっ、ははーっ。」

政宗は体中から汗を流して、声を震わせながら返事をした。こんな経験をしたのは初めてだった。

結果的に政宗は許され、小田原攻めに加わることができた。その日の夜、政宗は小十郎と成実とともに盃を交わし、祝いの酒を飲んだ。人生で一番酒が美味しいと思えた。

翌朝、政宗は家康に会い、

「家康殿のおかげで助かりました。誠に感謝してもしきれません。」

と丁寧に礼を述べた。

「なぁに、儂は大したことはしておらん。」

と家康が答えると

「何かお礼の品を送らせてくだされ。」

と政宗が続けた。

「いや、それには及ばぬ。何か儂が困ったときに助けてもらえれば、十分よ。」

家康はニヤリと笑った。政宗は何を考えているのかわからず、その笑顔が恐ろしく感じた。





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