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兄妹の朝はこうして始まる

 藤宮レクの一日は、鏡に向かって微笑むことから始まる。

 洗面台の前に立ち、鏡に向かってニコリ。

 そして映し出された笑顔を見て「はぁ」とため息を吐く。


「もっと、こうか? 唇を動かさないように……」

「おにいちゃーん、朝ごはんできたー」


 リビングから自分を呼ぶ声がする。しかしそれを無視してレクは笑顔の練習を続ける。

 口元に手を添えたり、首の角度を変えたりと試行錯誤。


「……いや俺、きもっ!」

「またやってる……」


 鏡の向こうにはオカメのような笑みを浮かべる少年と、それをジト目で見つめる妹のさよがいた。


「この八重歯矯正しようかなぁ」

「気に入らないの?」

「当たり前だろ! いつも俺が笑うたび、女子たちに『かわいいかわいい』言われるんだ! それもこれも全部、この八重歯のせいだ! こんなもんいるかあああ!」


 歯ブラシを掴むと、八重歯の先端を思い切り擦り始めるレク。


「ヤスリじゃないんだから……」


 呆れたさよはため息を漏らす。


「男に可愛さなんていらねーの! カッコよくてなんぼだろ!」


 今度は歯ブラシをマイクのように見立て、声高らかに宣言する兄を、さよは変わらずの目で見上げる。


「お兄ちゃんは、カッコよくなりたいの?」

「もちろん」

「そっか。じゃあ一応言っておくけど……」


さよはコホンと咳払いをする。


「トランプを常に持ち歩いたり、『俺さ~アールグレイ以外の紅茶は飲めないんだよねぇ~』って自慢するのは全くカッコよくないよ? 意味わかんないよ」


 茶化すような口ぶりで兄の真似をする。

 するとレクの動きがピタリと止まる。


「………………まじで?」


 壊れたロボットのようにぎこちなく首を動かし、それまで鏡越しに見つめていた妹と直接目を合わせる。


「うん。さよは思うの。コーヒーに砂糖とミルクを入れても負けじゃないし、ビートルズ以外の曲も聴いていいんだよ?」

「ふ、ふーん。そうなんだーへー。そっかそっかー」


とぼけたふりをしているが、両目は泳ぎ、手は電動歯ブラシのように震えている。

 わかりやすく動揺する兄を見ておかしそうにクスリと微笑むと「朝ごはんチンしたから早く来てね」と言い残し、さよはその場から離れようとする。


 その背中にレクは、「もう母さんたち出かけたの?」と尋ねる。

「うん、二人とも仕事~」


 がらがらがらぺっ。

 口内に溜まった泡を水で流し、レクはリビングへと足を運ぶ。


                   ☆   ☆   ☆


 登校準備が整った兄妹は学校指定のローファーに履き替えた。施錠する兄を、明るい色味のスカートを揺らしてさよは待つ。中学二年になったさよだが、その顔立ちはまだまだ幼く、ランドセルの方がまだ似合うだろう。

 春とはいえ朝の風は冷たく、レクは思わずくしゃみをする。


「誰かが俺の噂をしているな……」


 無視してさよは半歩先を歩く。


「さよ、昨日の怪我大丈夫か?」

「え。あ、うん怪我した……」


 レクは一呼吸を置いて。


「お前、無理すんなよ」

「…………」


 さよは俯き、唇を真一文字に結ぶ。


「お前は戦闘力がないんだからさ、お兄ちゃんに任せとけよ! まぁ、記憶はないけどな……」


 そう言うと兄は、少し照れ臭そうな笑みを浮かべる。


「わかった。でも……」


 さよは遠慮がちに言葉を選ぶ。


「お兄ちゃん、敵の場所、わかんないでしょ?」

「あーそうなんだよなー。ちっともわかんねぇんだよなー」


 レクは苦い顔を浮かべ、空を仰ぐ。


「ほんと、お前はよくわかるよな」

「………………それがわたしの能力、なのかも」

「かもな」


 通りを進み、青い歩道橋を渡り終えると二人以外にも制服姿が目立ってきた。

 二人の目的地である宮市学園は中高一貫の私立学校。

 レクは高等部、さよは中等部にそれぞれ通っている。

 兄妹は校門をくぐり年配の警備員に軽く会釈をして、校舎へと続く坂道を登る。


「そう言えば昨日の夜、チョー気持ち悪い夢を見たんだよ」


 さよは兄の顔を覗き、無言で続きを促した。


「なんかな。目が覚めたら俺、血だらけで倒れてるんだよ、しかも脇腹のあたりからドロドロと流血しててさ」

 


 身振り手振りを交えてレクは興奮気味に話す。

 あ、目が覚めたって言っても夢の中でな。と付け加えて。


「そんでさ、パッと見上げたら、背の高いゴリッゴリのマッチョが立ってんの。で、ジーと俺のこと見つめててさ。俺はもう『え、え』ってパニクってたら、その巨漢が顔を近づけてきてさ。よく見たらめちゃくちゃ顔赤いの。しかもスッゲー鼻息荒くて」

「…………」


 さよの肩は小刻みに震えていた。顔も強張っている。


「もうそれだけでもめちゃくちゃ怖かったんだけどさ。なんと、そっからその大男、俺の服をめくってさ傷口のあたりめっちゃ凝視してんの。そんでさ、ハァハァ言いながら俺の血を舐め出すの! やばくね? 初めはチロチロってゆっくりな感じだったんだけど、途中から一心不乱に舐め出してさ」


 歩きながら二人は坂を登り終えると、下足室が見えてきた。


「もうめっちゃ気持ち悪かったわ。とんでもねー野獣って感じだった」

「…………」


 さよは口を閉じ、地面に視線を固定している。


「あ、じゃあ俺こっちだから。朝からキモい話してごめんな! じゃなー」


 レクは走り去っていった。

 残されたさよは深いため息を吐き、その後ろ姿を見つめる。

 兄の背中が見えなくなると、さよも昇降口へと歩き下駄箱から上履きを取り出すと、ローファーから履き替える。

 ワックスで磨かれた廊下が、うっすらと彼女の暗い表情を映していた。

 校舎に響く楽しげな笑い声や叫び声も、さよの耳にはどこか遠くに聞こえた。

 重い足取りで階段を登り、中学二年生の教室へと向かう。廊下の窓からふと遠くの景色へ目を向け、思いを馳せる。


 最近のバトルのこと。自分の能力のこと。

 そして、兄が話した血を舐める巨漢の夢。

 それらを払うように頭を振るが、反射した自分と目が合うと、またひとつため息が漏れた。

 藤宮さよの一日はなんとも言えない疲労感に包まれ、始まった。


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