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ストーカーと思春

時間は、さよが眠りにつく、少し前に巻き戻る。



「あっっっぶねーバレるところだったぜ!」

「そだね~」



 少年と少女は霊園を後にする。

 さよが感じた存在は坂本豪と乃木絃歩だった。

 二人とも朝と同じ制服姿をしている。茂みに隠れていたため、制服は汚れてしまっていた。



「そだね~、じゃねぇだろ! お前が一瞬気配を隠すのを忘れたせいだよ!」



 豪は怒鳴りつけ、絃歩の頭を殴る。



「だって~眠かったんだもーん」



 殴られたことには一切のリアクションをせず、絃歩はあくびをする。



「それにしても、強すぎる」



 覚醒したさよの姿を見た豪は、その力に驚いた。

 俺もあんな風になれたら。俺も、あいつみたいに、一撃で敵を倒せたら。



「もしかしたら絃歩より強いかもな」



 しかし絃歩の返事は聞こえない。



「また道草か!」



 慌てて振り返るが、そこに絃歩の姿はない。

 どこに行った。 

 周囲を見渡すが彼女は見当たらない。すると、豪の頭に上空から葉っぱが落ちた。

 嫌な予感がして豪が見上げる。するとそこには絃歩が木に登り、実を食べている姿があった。

 瞳孔が開き、獣の目つきに変わっていた。



「絃歩! 降りろ!」



 しかし絃歩に、その声は聞こえていない。

 辟易として豪は、自身の腕に噛み付く。

すると今朝のごとく、次の瞬間には絃歩と二人、地面に立っていた。



「いい加減にしろこのバカ絃歩!」


 壊れたテレビを叩いて直すように、正気を失った彼女を叩き、なんとか野獣から人間へと戻す。


「はぁ~~~」


 豪は深いため息を吐き出す。


「ご~ぉ~、いとほぉ~お腹がすいたでしょぉ~」

「なんでこんな奴が俺のパートナーなんだ……」



 豪の気分は深く沈む。


「それは、ごぉーがいとほにピッタリだからだよぉ~」


 絃歩の言い分に豪は反論できず、自分の能力を呪った。


「でも、パートナーで言ったら、さっきのさよちゃん? は可哀想だね~。お兄ちゃんやられちゃったし」


 絃歩はまたも大きなあくびをする。


「そうだな……ソッコーで死んだな」


 豪はその先の言葉を一瞬探す。


「あいつはハッキリ言って、ただの―」



 一呼吸を置いて。



「足枷だったな」

「足手まといにしか見えなかったでしょ~」



 意図せず絃歩とタイミングが重なる。 豪が不快そうに顔を歪めると、絃歩は「ホラこういうとこ~」と嬉しそうに微笑む。無視して豪は話を続ける。



「それにしても城森のやつ、継承する時ちゃんと言ったのかよ。一般人は巻き込むなって。あのままじゃあいつ死ぬぞ?」

「そだね~」



 気の抜けた返事を返し、特大のあくびをする絃歩。



「おい聞いてんのかよ」



 咎める豪を無視して、絃歩は終始嬉しそうな顔つきで夜道を歩いた。



                ☆   ☆   ☆



 時刻は朝。

 私立宮市学園高等部一年三組の教室。



「うーす」



 レクはクラスメイトに挨拶をしながら教室に入り自分の席へ着く。



「藤宮くーん」



 レクの姿を見つけた少女は、嬉しそうに手を振りながら駆け寄ってくる。



「おはよ」



 首をちょこんと傾げ、眩しいくらいの笑顔を向ける。


「あっ、おはよ」


 座っていたレクは思わず椅子から立ち上がってしまう。その声は裏返る。



「ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど、いいかな」



 樹梨は黒目を大きくするとその上目遣いで是非を問う。見ると手元には一限の現国の教科書があった。


「あっ、い、いいよ~」


 レクは完全にキョドッていた。それを悟られないように平然を装う。


「ありがとう~」


 胸の前で手を合わせ、その顔に笑顔の花を咲かせると「座って座って」と促す。言われるがままレクは腰を下ろす。樹梨は腰を曲げ、座るレクに目線を合わせる。机に教科書を開き、黒髪を耳にかけ「えーっと」とページをめくる。



 ち、近い……。

 レクは思わず唾を飲み込む。鼓動は高鳴り、頬は赤く染まっていく。

 鼻に意識を集め、樹梨の甘い匂いを吸い込む。

 そして横目で、隣の美少女の胸元を盗み見る。

 色っぽい鎖骨にはうっすら汗が浮かんでいた。

 そしてその先へと視線を滑らせようとした時。



「今日暑いね~」


 細く伸びた指がシャツの襟を掴み扇ぐ。焦ったレクは視線を上げると、こちらを向いた水晶のような黒目に捕まる。


「近いね……」


 樹梨は視線を反らし、恥じらいを隠すように微笑んだ。レクは頬が熱を帯びていくのを感じる。視線が交差した時間は一秒にも満たなかったが、レクには永遠に思えた。まるでこの世に二人だけ取り残されてしまったようだと感じる。自分たちを見るクラスメイト、主に男子からの嫉妬の眼差しも全く気づかなかった。



「あ、えっと、ここなんだけど……」

「え、あ、うん」



 レクの声はまたも裏返り、視線を落とした。



「この『問一』の『作中の主人公が呆れた理由』っていうところなんだけど……」

「え、ああ、えっと。そこは多分、『恋人が普段は遠慮なく思ったことを口にする性格なのに、別れ話の時には優しく口籠ることに対して……』みたいな、感じじゃないかな」

「おおー! なるほど。じゃあ次の『傍線部①について。彼は何を勘違いしていたのか』ってところは?」

「うーんと……」



 レクは顎に手を添え、首をかしげながら考える。想像力を働かせ、作中の少年に思いを馳せる。


「ごめん。俺もここの問題だけはわっかんねーんだよなぁ……」


 困ったように苦笑する。


「なぁ薫子、ちょっといいか」


 レクは振り返る。

 後ろの席に座る田中薫子。彼女は普段から読書をしている。彼女は小、中の間で何度も国語で学年一位になっていた。薫子にとって国語は得意科目だ。レクは彼女に尋ねようとした。



「この問題、なんだけどさー」

「…………」



 しかし田中薫子は、視線を落としたままだ。



「この少年っていうのは何を勘違いしてるのか教えて欲しいんだけど……」

「…………」

「おい、おーーーい。薫子? 聞こえてるか?」

「…………」

「おい! なんだよ、どうして無視すんだよ」



 二人のやりとりを見つめるクラスメイトは「いつもだろ」「ようやく気付いたのか」と声を潜めて話す。



「なんで無視すんだよー」

「…………」

「知らない、ってなんだよーなんのことだよー」



 薫子は一瞬レクの方を睨み、プイッと視線を外してしまった。



「あ、はは……楽しそうだね」



 さすがの樹梨も若干引いていた。



「すまん、この問題はわかんねーわ」


 レクは申し訳なさそうに頭を掻く。


「ううん、いいよ、ありがとね! 私、昔っから国語が苦手なんだ~」


 そう言うと肩をすくめてみせる。


「昔から」過去を感じさせる言葉に、レクは改めて彼女が転校してきたことを思い出す。

 初日からクラスにも馴染んでいるようだったのですっかり忘れていた。



「いや全然! 前はどこの学校に行ってたんだっけ?」

「隣の県だよ。ここよりもっと田舎のところ」



「そっか、色々大変だったよな……」レクの言う「大変」には引っ越して転校してきたことと、もう一つ。「……その、事故にあったんだよな……」藤田先生が言っていた。安西樹梨は本来一ヶ月前の四月からクラスに加わるはずだったが交通事故にあって入院してしまったらしい、と。そのことを口にするかどうか一瞬憚られたが、変に気を遣う方が失礼だとレクは判断した。



「ああ、ううん。事故は全然大丈夫だよ!」

「怪我とかは?」



「平気平気~」樹梨は体の前で手のひらをヒラヒラ振ってみせる。

「その、どこをぶつけたんだ?」



 レクは心配そうな面持ちで尋ねる。



「……背中」



 その表情に一瞬憂いの色が見えた。やはりあまり話題にすることではなかったか。レクは何か違う話を振ろうと頭を回転させるが、口からは何も言葉が出ず、溺れているようにパクパクともごつく。樹梨はレクの様子を見ておかしそうに微笑む。



「気にしないで、本当に今は平気だし! それにすっかり気を抜いて、不注意だった私も悪いんだ」



 その口ぶりは明るいものだった。事故にあったというのに自分が悪いと話す姿に、レクは胸を駆り立てられた。

そんなことないと、否定しようとしたが、もうこの話はしない方がいいなとレクは思った。



「そういえば藤宮くんは、ご兄弟とかいるの?」レクが天気の話でもしようとした時、樹梨の方から質問された。大きな瞳でレクは見つめられる。



「ああ、うん。妹がいるよ」

「そっかー、妹さんかー」



 樹梨は目を細め、柔らかく微笑む。

 一呼吸置いて、言葉を続ける。



「藤宮くんの妹さんだったら、きっとすごく可愛いんだろうなぁ」

「え、いや、そんなことない、よ?」



 え、藤宮くんの妹だからってどういう意味? 

 俺の顔が整っているってこと? え、それとも、暗に俺のことを「可愛い」って言ってるのか!?

 レクが言葉の真意に一人動揺していると、樹梨はチョンと背伸びをしてレクの耳に顔を近づける。



「会いたいな」


 レクにしか聞こえない声で、囁く。

 スピーカーからノイズが漏れ出し、レクを甘い時間から現実へ引き戻すように、チャイムが鳴り響く。



「ありがとね! 国語、助かった!」



 呆然と立ち尽くすレクに感謝を伝え、安西樹梨は立ち去って行った。


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