其の弐 4
「だ、大丈夫だよぉ。な、ナイス悪魔ぁ」
ヘロヘロの状態のまま、リューマムはアインに親指をつきだして見せた。
かくしてリューマムは、ベアトリクスに抱えられて移動する事となった。
「で、箒だったわね。箒の使い方なんて、ひとつしかないでしょ。今日は私が掃除当番なのよ。ゴミも、埃も、そして、不良閲覧者も、これでひと掃きにしてくれるわ」
あぁ、やっぱり武器なんだ。
ベアトリクスはしっかりと彼女の性格を把握した。
「そうそう。それでトラップブックだけど、困った事に特定書架から動かすことができなくてね、回収することが不可能な代物なのよ。だから、確認済みのトラップブックには、全て赤いタグを背表紙に貼り付けてあるわ。だから、その本を開くことはしないでね。それと、さっき云った黄色いタグのも」
「はい。わかりました」
ベアトリクスは肝に銘じた。
自分の命、或いは精神に関わる事なのだ。
おろそかにするわけにはいかない。
死ぬのも廃人になるのも願い下げだ。
「もっとも。まだ未確認のものも残っているから、開くときは、もう自分の運に賭けるしかないけれどね」
あ~……。
そればっかりは、運試しにしかなりそうにない。
まぁ、本のタイトルが罠を示しているらしいから、あからさまに危険な雰囲気のものを開かなければ、大丈夫だろう。
そういえば、アキコさんをイライラさせている原因もトラップブックなのかしら?
ベアトリクスは訊いてみた。
「アイン。アキコさんが、九十年が無駄になったっていっていましたけど、それってなんなんです?」
「あー。それね。実は先月、やっとのことで、第一層と第二層の整理が完了したのよ。ブロックごとに分けて、本を分類して。あとは第三層と地下の三階層分の本の整理ってときにね、馬鹿な学生がトラップブックを発動させちゃったのよ。面白半分に、わざと。それも、一番腹立たしいのをね」
ベアトリクスはゴクリと唾を飲み込んだ。
「……どんな罠だったんです?」
「シャッフル」
アインが云った。
「シャッフル?」
なに? それ?
ベアトリクスは首を傾げた。
「要するに。図書館内の本をすべて、ごちゃごちゃに入れ替える罠。当然、整理したものはみんなぱぁ」
再び足を止め、アインが振り向いた。
「ありとあらゆる罠にもめげず、地道にやってきたことが、悪戯でぜーんぶ……」
アインが右手をベアトリクスの目の前に持ってくると、パッと天井に向けて開いた。
「……なるほど。そういうことですか」
ベアトリクスは合点がいった。
アキコが怒るわけである。
たしかに、この図書館の整理は、一筋縄ではいきそうにないもの。
「あの時のアキコの怒りようったらなかったわよ。その学生は無期限図書館立入禁止になったし、他にも罰を山ほど加えられてたわね」
腕組みをして、アインがうんうんと頷いている。
「不幸中の幸いは、トラップブックはそのまま動かなかったってことね。すくなくとも、また危険を犯しながら確かめる必要はないからね」
「……それは、不幸中の幸いなのかなぁ」
タグを貼ってあるのなら、シャッフルされても問題はないのではなかろうか。
すると、再びアインが足を止めた。
そして今度は半病人見たいな顔で振り向いた。
再びベアトリクスとリューマムはたじろいだ。
「そんなことを云っちゃダメ。だって、そうでも思わないと、やってられないのよ!」
事態は……相当、切実であるらしい。
漸くカウンターにまで辿り着き、呻いているアキコを尻目に三人は奥の司書室へと入った。そして更に奥の扉を開けると、正面と左に廊下が延びている。三人は左に折れると、すぐ右の部屋へと入った。
「ここがロッカールーム。とはいっても、正式な職員はアキコを含めて、ふたり、あなたで三人目だから、ほとんど空いてるわよ。適当に使って」
さ、三人しかいないのか、職員。
これは相当の覚悟をしたほうがよさそうだ。
ベアトリクスは無理矢理な笑みを浮かべた。
とりあえず、名札の掛かっていない、端から二番目のロッカーを使うことにした。
隣のロッカーはアキコのだ。
……はて? あとのひとりのロッカーはどこだろう?
見回し、ベアトリクスは見つけた。
どういうわけだか、真ん中辺りに【ミカカ】と名札が傾いてついたロッカーがあった。
なんであんなところに。
疑問に思ったが、とりあえずそれはどうでもいいことだ。
「サイズはこの辺で合うかしら?」
アインがいくつか制服をもってきてくれた。
端から順番にベアトリクスは袖を通して見る。
「これが調度いいです」
三着目の制服を着て、腕をぐるぐると回しながらベアトリクスが云った。
どこもひっつれることも無く、実に動きやすい。
そしてスカートは二着目のもの。
「わかったわ。それじゃ、そのサイズで制服は準備するわね。あと、名札も作るから……と、そういえばまだ名前を聞いてなかったわね」
書類にベアトリクスの服のサイズを書きつけながら、アインが尋ねた。
「私はベアトリクスです」
「リューマム・バットウィング」
ふたりが名乗る。
「うん。ベアトリクスにリューマムね。とりあえず、今日は手書きの名札を付けてね」
アインがにっこりと微笑んだ。
姿見を睨みつけながらしっかりと身だしなみを整え、ベアトリクスはうんとひとつ頷いた。
あとは靴だけだ。
「まだブーツはないから、とりあえずこの靴のままで……っと」
「あたしの服はー?」
「あんたのサイズがあるわけないでしょ。というか、そんなの着たら、あんた飛べなくなるんじゃない?」
「あ、そっか」
リューマムがポンと手を叩いた。
飛べなくなるのは困る。
「それに、ここで働くわけじゃないでしょ」
「そんなことないよ。働けるもん」
「本、持てないでしょーに」
ベアトリクスの的確な指摘。
リューマムはがっくりと項垂れた。
それはもう、否定のしようの無い事実だ。
そのやりとりをみていたアインが、怪訝な顔をした。
「……ねぇベアトリクス、もしかして、私にかしこまった話し方をしてる?」
「え? あ、まぁ、なんというか……」
「どうして? さっきも云ったけれど、私はそういう者じゃないのよ」
アインが首を傾いだ。
はっきり云おう。こういう仕草も、彼女の場合は妖しさが漂う。
そのため、どうしても気後れしてしまうのだ。
ベアトリクスは苦笑いを浮かべた。
するとたちまちアインの表情が曇った。
「あぁ、なんてこと、また意味も無く怖がられてるのね、私」
えぇっ? なんでこんなことで落ち込むんだ? この人。
いや、人じゃないけど。
ベアトリクスは慌てた。
ど、どうしよう。あ、そうだ、聞く事があったんだ。
それでどうにか……。
「アイン、頑丈なブーツって、どこで買ったらいいのかしら? 私、この町に来たばかりだから、分からないのよ。いいお店知らない?」
ベアトリクスが普段の口調で尋ねてみた。
すると、アインの顔が覿面に明るくなった。
ベアトリクスは一安心だ。
「そういうことはわからないのよ。私、ここからほとんど出たことないから。そうね、今日は少ししたらレディマスターが来るから、その時に聞けば教えて貰えるわよ」
「レディマスター?」
誰だろう?
「私たちを生み出したマスターのお弟子様。私たちの整備を引き受けてくれてるのよ」
整備?
その単語にベアトリクスは目を瞬いた。
それは、決して人に対して使う単語ではない。
彼女は人形であるのだ。
だが、どうしても信じられない。
これは、色々と慣れるのに時間が掛かりそうね。
ベアトリクスは気を引き締めた。
なんと云っても、今日はウィランでの新生活一日目なのだ。
よし、がんばろう。
「うん。準備できたわね。それじゃ、奥へ行って見ましょ」
アインがベアトリクスの姿に、にっこりと笑みを浮かべた。