其の弐 2
19/01/08 20:07 冒頭部分が切れていたのを修正
「め、迷宮図書館?」
ベアトリクスは目を瞬いた。
「そう。迷宮図書館。下手に奥に入ると、戻れなくなるからよ。とある理由でね。だから、あなたが入り口で引き返してくれて助かったわ。でないと、また捜索隊を出すことになったもの。とりあえずこの指輪を嵌めて。これは、この場所に戻るための魔法具よ。どこか平らなところ。床でも、書架の側板でもいいから、その指輪を当てて、こう指輪に命じて。
『扉よ開け。受け付けへ』
そうすれば転送の魔法陣が現われて、ここに戻ってくることが出来るわ」
云いながらアキコが、ベアトリクスの右薬指に指輪を押しこんだ。
「それと、あの悲鳴とかは――」
「アキコー。アキコーっ。どこだー。臨時一班から応援要請ー!」
いまにも泣き出しそうな顔で、アキコは天井を見上げた。
「あ~、もう。なんで司書以外の仕事ばっかり。ごめんね。え~っと……」
アキコがあたりをキョロキョロと見回すと、箒を手にしたメイドに目を止めた。
クセのある巻き毛をした黒髪のメイド。エプロンドレスもその黒髪同様に真っ黒だ。
「あ! アイン! 新人さんをお願い! しばらくあなたが付いてあげて」
アキコがメイドを呼び付けた。
「あの娘があなたにこの図書館について説明してくれるわ。とにかく、今日はここがどういう場所で、どういう事態になっているのかだけ把握して頂戴。仕事は明日からね」
アキコはそれだけいうと、カウンターへと駆け戻っていった。
そして入れ替わるように黒いメイドがやってきた。
黒髪の巻き毛、真っ白な顔、赤い唇。そして瞳の無い、やや暗い赤い眼。
柘榴石の眼。
その表情は異様な色香をかもし出している。
ベアトリクスとリューマムはその雰囲気に、思わずたじろいだ。
たじろぎ、おもわず一歩後退さった。
「あ、いいわねぇ、その反応。びっくりした?」
「あ、いえ、あの、すいません」
慌ててベアトリクスが謝った。
彼女は声までも艶っぽい。
正直な話、その妖艶さとエプロンドレスはあまりにもチグハグだ。まるで、似合っているんだかいないんだか。まったくもって微妙である。
いや、だがある意味、これはこれ以上にないくらい似合っているともいえる。そう、主を毒殺しようというメイド。という感じにおいては。
ベアトリクスの口元が、勝手にピクピクと引き攣れた。
「なにも謝ることないわ。ほら、そっちのおチビちゃんも口を閉じる。はしたないわよ」
アインがリューマムのおでこをつついた。
「さて、まずは自己紹介しておこうか。私はアイン。この中央図書館に配属されている自動人形よ。私が意味する物は目、そして象徴する物は悪魔。よろしくね」
スカートをつまみ、アインがふたりに、優雅にお辞儀をした。
「あ、悪魔?」
「もしかして怖いの?」
「こら、リュー」
アインに尋ねるリューマムを、思わずベアトリクスが叱り飛ばした。
だがアインはそんなこと、ちっとも気にしていないようだ。
「えぇ、怖いわよ。ルールを守らない馬鹿者に対してはね。ま、安心なさいな。この図書館の職員に対しては、私たちは忠実よ。ただし、ルールを破らない限りはね」
真っ赤な口紅の塗られた艶のある唇が笑みを作る。
その妖艶な笑みに、ふたりはまたもやたじろいだ。
はっきりいって、背筋が寒くなるほど怖い。
もっとも、それと同じくらい美しくもあるが。
「る、ルールって?」
珍しくリューマムがどもった。
「館内で飲食をしない。
本を無断で持ち出さない。
このふたつだけよ。残念なことに『騒がない』、という点に関しては守りようがないのよね。この図書館」
ずがーん。
うわー。
「……ほら」
肩をすくめ、アインはやれやれというように首を振った。
「あはは……は。いったい、あれ、なんなんです?」
「聞いた通りのものよ」
ベアトリクスの問いに、アインがあっさりと答えた。
「爆発と悲鳴……ですか?」
「えぇ、その通り」
「でも、なんだってそんな……図書館なのに」
ベアトリクスが訊いた。これはもう不思議でならないことだ。
「それについてはいま説明するわ。
でもその前に、この図書館について話さないとね。まだなにも知らないでしょ?」
「はい。呼び名をきいたくらいで」
ベアトリクスが答えると、アインはなんだか嬉しそうな笑みを浮かべた。
……目が笑っていないように見えるのは、気のせいだろうか?
「この図書館は、元々は【智の塔】の資料置き場だった場所なのよ。そして二千数百年前、ここを図書館とする際に、当時の塔の魔術師たちが、いろいろと防犯魔術を施したの。それは当然のことよね。大事な資料、危険な魔導書の類が流出するのは、なんとしても避けなくてならないからね。
ところが、その防犯魔術の設置が、魔術師間の競り合いに発展しちゃったのよ」
「競り合い……ですか?」
たすけてー。
ついに助けを求める声が聞こえてきた。
ベアトリクスの顔が強張る。だがアインの顔は相変わらず笑みを浮かべたままだ。
まぁ、自動人形というからには、人ではないのだろうから、感情に合わせて表情がころころ変わるわけではないのかもしれない。
……って、自動人形ってなんだろう?
人形というからには……、その、人形なんだろうけれど。
そんなベアトリクスの思いなど余所に、アインは話を続けた。
「そうよ。俺はこんなに凄い防犯術を作ったぜ。いや、俺のほうが凄いぜ。おのれ、負けてられるか……っていう感じでエスカレートしちゃったのよ」
「あははは。なんて馬鹿な話」
「でもなんだか楽しそー」
ベアトリクスとアインがリューマムを凝視した。
さすが桃色頭脳。物事の捉え方が常人とはまるで違う。
「珍しい反応ね」
「気にしないで下さい。変わってるだけですから」
「そーよ。あたしをその辺りの娘と思ったら怪我するわよ!」
リューマムが仁王立ちでのたまう。
だがアインはそれを無視して話を進めた。
「で、その罠だけれど、もう洒落じゃ済まない代物なのよ。アキコから聞いてるのよね。ここが【読みたい本の見つからない図書館】【必ず迷子の出る図書館】って云われてるって。それと、【迷宮図書館】って呼ばれてるってことも」
「はい、聞きました」
「それ全部、防犯術の結果なのよ。
ある魔術師が、ある完璧な術をこの図書館に施した。それは図書館にとっては夢みたいな術よ。即ち、この図書館にある限り、あらゆる書物は無敵となる。つまり絶対破壊不可能な代物と化してるの。だから、例え火に翳しても、燃えるどころか焦げさえもしないのよ。
マスターが云っていたけれど、どうも時間が止められているらしいわ。もちろん、図書館自体もそうなってるから、壊れようがない」
ベアトリクスは目を見開いた。
「す、凄いですね、それ」
「えぇ。本当にね。でもね。それが防犯術のエスカレートに拍車を掛けちゃったのよ。なにしろ、どんな事態でも本も図書館も被害を受けないわけでしょ。だから罠がどんどん派手になってね。それがさっきの爆発に悲鳴。さらにはこの騒音もそのひとつなんだけど、その説明は後にするわ」