其の壱 2
19/01/09/20:11 冒頭部分が切れていたのを修正
余分な荷物を部屋に置くと、貴重品だけをもってふたりは宿をでた。
向かうのは【智の塔】。見上げれば塔の姿はすぐに目に入るのだから、道に迷うことはないだろう。
かくして、ベアトリクス再び歩き始めた。
そして十数分後、ふたりは中央広場の端に立ち、またもや、上を見上げていた。
目の前にそびえるは、巨大な塔。
魔術の殿堂たる【智の塔】だ。
いったいどれだけの高さであるのか? まさに天を突くとはこのことだろう。
「……でかっ!」
「どうやって建てたのかしら?」
は~……。
思わずため息をつく。
「すごいねぇ。お嬢、ここで働くの?」
「違うわよ。ここで仕事をみつけるの。塔で働くことになるかどうかは、求人次第よ」
ベアトリクスはそういうと、開け放たれている塔の扉をくぐった。
塔に入ると、そこはやや広めの玄関ホール。いくつか置かれたテーブルに椅子。塔を支える柱が左右に数本並び、その奥、正面に石造りのカウンターがあり、白いローブを着たエルフのお姉さんがひとり座っている。
きっとこの人が塔の案内人だろう。
帝都にあった仕事斡旋施設はもっと煩雑としていたが、ここは実に殺風景だ。
求人や仕事の依頼、業者の広告などが所狭しと張られた掲示板などは見当たらず、大抵屯している日雇い仕事目当ての人や、傭兵の姿が見えない。
ざわざわとした人の声は聞こえることから、このホールではなく、恐らくは隣室にでもいるのだろう。
帝都とは大分様相が違うが、とにかくあのお姉さんに話を訊けば分るだろう。
「こんにちは」
「こんにちは。どんなご用かしら?」
「仕事を探してるんです」
ベアトリクスが云った。
「あら珍しい。傭兵登録じゃないなんて」
「いえ。荒事とかはちょっと……」
「自慢じゃないけど、弱いわよ!」
リューマムが宣言した。
「そうなの? なんだか強そうじゃない」
お姉さんが興味深そうにリューマムをみつめる、するとリューマムは首を捻って考え込んだ。
「えーっと、えーっと、これはねぇ、……なんていうんだっけ。そう! 見掛け倒し!」
「大声でいうことじゃないわよ」
ベアトリクスは呆れた。
だがお姉さんはケラケラと笑っている。
「すると、一般求人ね。ここで扱ってるのは、塔関連と、公共事業関連だけね。それ以外は、それぞれの店舗で独自に求人してるからね。ちょっとついてきて」
お姉さんはそういうと、ふたりを隣室へと案内した。
そこには壁一面に仕事の依頼が張り出されていた。
「ここにあるのがそうよ」
お姉さんが壁を指し示す。
いまこの部屋にいるのは彼女たちだけ。どうやら一般求人はあまり人気がないようだ。となると、聞こえてくるこの喧噪は傭兵向けの求人の部屋のものなのだろう。
まぁ、荒事は自分には無理なのだ。そんなことは気にせず仕事を探そう。
ベアトリクスは端から順番に求人を見ていった。
【求む! 清掃員! 日給二千リープ
ウィラン清掃局 下水道課】
【誰でもできる簡単な仕事、煙突掃除!
詳細はウィラン清掃局 煙突課迄】
【君も僕と一緒にゴミを燃やさないか!
詳細はウィラン清掃局 ゴミ処理課迄】
「……清掃局の仕事ばっかりだね」
「後は、警備とかか。そっちは無理だなぁ。なんだか短期の仕事ばっかりだし」
ベアトリクスがぼやいた。
というか、警備の仕事も一般求人に入るの?
「あれ? お小遣い稼ぎとかじゃないの?」
「いえ、あたし、ウィランに定住することを考えているんで、しっかりした仕事を見つけたいんです」
「それと住む所も探すのよ!」
「えぇっ! そうなの?」
大声を上げるや、お姉さんは頭を抱えるように身悶えた。
「あぁ、ごめんなさいね。てっきりあなた、塔の学生かと思ってたのよ。となると……どうしよう。あ、そうだ。ねぇあなた、どんなことできる?」
ずいとお姉さんが顔を近づける。思わずベアトリクスは仰け反ると、正直に答えた。
「実は、たいした事はなにも。母の手伝いで、帳簿整理とかしてたくらいで」
「帳簿整理! うわぉ。あなた、ごちゃごちゃしたものをまとめて、分類したりするのは得意? お手の物なのね!」
「え? いや、まぁ、普通にはできると思います」
なにをこんなに興奮してるのかしら?
ベアトリクスは不思議に思った。
「いーのよぅ。普通。大いに結構だわ! あぁ、なんてラッキーなの! いままで誰も来てくんなかったのよ! 学生連中は被害増やすだけで役に立たないし」
ひ、被害? 被害ってなに?
とてつもなく不安だ。
だいたい、このお姉さんの喜びようはなんなのだろう?
「あぁ。やった。やったわ。これこそ神様の思し召しよ。あ、でも確認しとかないとダメね。ちょっと待ってて。すぐ戻ってくるから」
いうや、お姉さんはパタパタと駆けていってしまった。
かくして後に残されたのは、この部屋の出入り口を見つめたままオロオロしているベアトリクスと……。
「ねぇねぇ、お嬢。ここにすごいのがあるよ」
パタパタと羽根を羽ばたかせて求人をみていたリューマムが呼んだ。
ベアトリクスは怪訝な顔をしたまま、その求人に目を向けてみた。
彼女がみつけた求人は次のようなものだった。
【大ネズミ駆除。報酬五十万リープ。
ウィラン清掃局 下水道課迄】
「……あんた、あたしに死ねというのか」
読むなりベアトリクスはリューマムを小突いた。
「ったいなぁ。ただの、ネズミ退治じゃない! おいしい仕事よ!」
「そうネズミ退治ね」
「ネズミなんて、箒一本あればいちころだよ!」
そういってリューマムは、ぶんぶんと箒を振り回す仕草。
ベアトリクスはため息をついた。
「このネズミ、でっかい犬くらいの大きさなんだけど」
リューマムに事実を教えてやった。
「……え?」
リューマム、目をぱちくり。
「わんちゃん?」
「そんな可愛くないわよ。あんたなんかひと齧りよ」
「で、でも、一匹だし」
「どこに一匹って書いてあんのよ。相手はネズミよ。一体何匹いることやら。それに下水にはいるってことは、臭くなるってことよ」
ベアトリクスは身震いした。
ネズミは苦手なのだ。そしてもちろん悪臭も苦手なのだ。
「むぅ。ネズミのくせに、やるわね」
だがリューマムはそんなことわかっちゃいない。
ベアトリクスはため息をついた。
それからややあって、バタバタとした足音が聞こえてきた。