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迷宮図書館  作者: 和田好弘
其の陸 「もっとも冴えた竜の倒し方」【竜の舞う谷】にて:ロロ
22/30

其の陸 1

 世界を綴る者・シビル。

 彼女の話を整理することにより、この場所が何処であり、そして、現状がどうなっているのかが分かった。


 半ば推測も含まれてはいるが。


 シビルは古代帝国、ロゴスダウ大帝国の人間である。それはつまり、ベアトリクスたちの時代を遡ること、およそ二万年も昔の人物であるということだ。

 そしてこの世界は、彼女の作り上げた書物、物語の世界である。即ち、世界が物語である以上、物語が進まない限り時間も進まない。故に、太陽は天上に居座ったまま、動かないというわけだ。

 では、なぜシビルとベアトリクスたちはこの物語の世界で、二万年もの時を越えて会えたのか。これに関しては推測となる。


 まず第一に、この書物は古代帝国期に作られ、そして現在まで欠損することなく残っていた稀有な代物である。欠損を免れたのは、シビルが施した術の賜物だ。この書物は、時間が止まっているのである。そのため、いかなるものでも破壊不可能であったわけだ。


 ひとつの時間軸において、二万年前と現在、ともにこの書物は存在し、そのそれぞれで、シビル、ベアトリクス、ヌンが物語の中に入った。だが、書物自体の時間が止まっているため、二万年前も現在も、書物から見れば、まったく同じ時なのである。


 そのため、彼らは出合うこととなったのだ。


 もっとも、この本が完成品であったなら、そんなことはないのだとシビルは云った。

 でなければ、本の中は人で溢れる事になってしまうからだ。

 そして一番肝心なこと。

 どうすれば、この物語の世界から抜け出すことが出来るのか?

 シビルの回りくどい話は、ようやくその部分に到達した。



「物語を終わらせればいいのよ!」



 シビルが云った。


「そうすれば、本に入った時間プラス物語の時間後に戻れるわ」


 シビルは胸を張った。

 大きく開け放たれた窓から差し込む陽射しが、部屋を明るく照らし出していた。

 そよそよと流れ込んでくる風が心地よい。

 部屋自体は簡素なもので、調度品の類は一切無かった。ゆいいつあるのは、壁に掛けられたタペストリー。これも図柄は群れ泳ぐ魚だ。

 三人は部屋の中央におかれた円卓に着いて話していた。


「終わらせるって、でもそれなら、私たちに頼む必要ないじゃない。だって、シビルが作者なんでしょう」


 ベアトリクスが首を傾ぐ。彼女がこの物語の作者であるのなら、その内容はすべて分かっているはずだ。ならば、どうすれば結末へと辿りつけるのか、当然それも分かっているはずだ。


「うん。そうなんだけど、実はこの話、未完成なのよ」

「へ?」


 ベアトリクスは目をぱちくりとさせた。


「隣のじじぃ。どういうわけだかことあるごとに私に嫌がらせすんのよ。一度、大学を退学させられたこともあったし。まぁ、これについては、協会が慌てて退学を取り消して、そのじじぃを徹底的にやっつけたんだけど、ちっとも懲りてなくて。やっぱりちまちまちまちま嫌がらせすんのよ。で、私の知らないうちに、この未完成品の術式を強引に完成させておいたらしいのよ。もちろん。私は作業を進める為に本を開いたわ。で、私はこうしてここにいるってわけ」


 シビルは憤慨した顔のまま、ふんっ! と鼻息を噴き出した。


「……その術式を完成云々の辺りは、推測だな」

「でもあのじじぃに違いないわ! 同じ――だし。人の本を勝手に解析したりしてたんだから」


 シビルがジロリとヌンに視線を向けた。


「まぁ、それはひとまず脇に退けて。それじゃシビル、この本、完結してないの?」

「うん。そう」

「では、どうやって物語を終わらせるのだ?」


 ヌンが尋ねた。

 この物語から抜け出すために、もっともな質問だ。


「最終的に、猫が虹の泉の魚を捕まえれば終わるんだけれど、そこに至るまでを、私たちが作らなくちゃならないのよ。私のクセで、話を頭から順にじゃなくて、そこかしこ虫食い状態で好き勝手に作ってるから、終わりだけは書いてあるの。だから、そこまでの物語を、私たちが行動して勝手に作ればいいのよ」

「なんだ。簡単そうじゃない」

「途中、竜が三匹いるわ」


 ベアトリクスの顔が強張った。


「竜?」

「うん」

「三匹?」

「うん」

「なんで!?」


 ベアトリクスはシビルに詰め寄った。


「ここって、子供の遊び場なんでしょ! なんでそんな竜が……って、そうよ! さっき、私たちも危うく食べられちゃうところだったのよ!」

「えぇっ! お姉ちゃんたち、遭遇したの? 良く無事だったわね」

「私が仕留めた」


 いつもの調子でヌンが答えた。

 シビルが驚きの表情を浮かべるものの、すぐに顔をしかめた。どうしても図書館の職員と竜を屠る者(ドラゴンスレイヤー)とがイコールで結びつかない。


「えと、確認したいんだけど、お姉ちゃんたち、図書館の職員なのよね」

「そうよ」

「私は職員とは違う。立場的には備品と云える」


 そういう細かいところはひとまずどうでもいい。


「なんで竜を倒せるような人が、図書館で働いてるわけ?」


 シビルは困惑した顔をしている。

 あぁ。そうよね。普通はそう思うわよね。

 ベアトリクスは遠い目をするとため息をついた。

 だが、ヌンはそんな感情など持ち合わせていない。如実に事実を語るだけだ。


「決まっておろう。必要だからだ。もし私とメムがいなければ、あの図書館はますます危険な場所となっているだろう」


 ヌンが淡々と云った。そういえば、メムは悪魔と戦ったと云っていた。

 シビルはますます困惑した。


「図書館って、図書館よね? 本を貸し出す」

「そうよ」

「それじゃ、危険ってなに? せいぜい地震で、書架が倒れたりする程度でしょ」


 シビルはオロオロしはじめた。

 現状では、自分の常識が多数決で負けているからだろう。


「そうよね、普通はそう思うわよね、図書館って。でもあそこは違うのよ」


 この驚き困惑するシビルが、ベアトリクスにはたまらなく嬉しかった。なぜなら彼女の思っている事、それは今朝、彼女自身が思ったことなのだ。

 ここに、自分と同じ疑問を持つ者がいる。

 ただそれだけで、なぜだかとても嬉しい。


 あぁ、そうか。だからアキコさんは、新人へのレクチャーを楽しみにしているんだ。


 ベアトリクスは唐突に理解した。

 なるほど。確かにこれは、先輩職員の醍醐味だ。


「ち、違うって?」

「今朝はアインが魔犬を退治した。そして昼前には討伐隊が鎧竜を仕留めた。つまりは、そういうことが普通の図書館だ」


 ヌンが説明した。

 シビルは強張った顔のまま、彼女をみつめた。そして一言ぼそりと云った。


「それ、図書館じゃない」

「それよりも、話を戻すわよ、シビル。竜がなんで三頭もいるのよ」


 ベアトリクスは詰め寄った。


「本当は一匹だけだったのよ。虹の泉のほとりに住んでる草食性の蒸気竜だけだったの。その蒸気竜の吐き出す蒸気だって、確かに熱くて近づくのは無理だけど、火傷するほどの熱さのものじゃないのよ。極めて安全なんだから。物語は、泉を護るその蒸気竜を出し抜いて、どう魚を捕るか。そこがクライマックスなんだから!」

「シビル。順を追って話してくれ」


 ヌンが的確な指示をした。


「えと、この本のコンセプトは、冒険を間近で見物するっていうものなのよ。要は、演劇の舞台に観客が上がって、観覧してるっていう感じかな」


 うんうん。

 ベアトリクスは頷いた。


「主人公は二匹の猫。……というか、猫人間?」

「猫人間?」


 ベアトリクスは目を瞬いた。


 猫人間って、まさか……。


「お茶をお持ちしました」

「あ、ありがと……うっ」


 お茶を持ってきた人物の姿に、ベアトリクスは驚き、思わず身構えた。

 トレイを片手に持って現れたのは、二足歩行している灰色猫。だがその毛色は少々まだらだ。背丈は子供ほど、およそ八十ミザス程度だろうか。短い毛並みに金色の目をした猫は、紺色のドレスに白い前掛けという恰好をしていた。スカートのお尻の辺りから尻尾がでている。きっと、ちゃんと穴を開けてあるのだろう。

 ベアトリクスはこのような姿の種族を知っていた。


「う、嘘、やっぱりキャットマン!?」


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