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迷宮図書館  作者: 和田好弘
其の伍 「猫は如何にして竜を出し抜き、魚を捕らえたか?」【名も無き城】にて:世界を綴る者・シビル
20/30

其の伍 3

 どれほどの時間を歩いたのだろう。

 ヌンの云った通り、陽の高さがちっとも変わらない。

 なぜかそのことに苛立ちを覚えながらも、ベアトリクスはヌンの後を、遅れないように歩いていた。


 あの砂浜を出た後は、ずっと鬱蒼とした森が続いている。足元は、決して良いとはいえない。下生えに隠れた節くれた樹の根に、何度も足を取られて転びそうになる。靴を、この新調した頑丈なブーツにしたのは、まさに正解だった。アキコやアインがあんなに薦めたのは、こういう事態を見越してのことだったのだろうか?


 ヌンは二ザスほど先を、あの凶悪な大鎌を振りながら進んでいる。この森に道らしきものはかけらもなく、湖の縁は、高くは無いが崖となっていた。おまけにやたらと蔓草や茨が生い茂っていて、まともに歩くことはままならない。そのため、ヌンが大鎌でそれらを刈り、道を切り開いているのである。

 時折、蛇や妙に大きい芋虫、ナメクジが出現する度に、ベアトリクスはビクビクと身を縮こまらせていた。


 ザクザクと切り開いていた道が、急に開けた。

 砂浜に出たのだ。

 たちまち陽射しが強烈になる。これではまるで夏の海辺だ。

 ちっとも変化しないお陽様を、不遜にもベアトリクスは忌々しく感じた。

 だいたい、まるっきり位置が変わらないこと自体、異常なのである。


 あれは本当にお陽様なのかしら?


 ベアトリクスは顔をしかめて、口をへの字に曲げた。

 ヌンはまっさきに水辺に行くと、ザブザブと大鎌を洗いはじめた。蔦の汁や、一緒に斬った、なんだか得体の知れないものの体液を洗い流しているのだろう。

 ベアトリクスは右手に聳える崖を見た。崖の上には城が建っている。オレンジ色の帽子を被った尖塔がみっつほど見える。城としての規模は、あまり大きくはないようだ。


 崖の端に階段があるのが見えた。あそこから崖上の城にまで登れるのだろう。

 ヌンが大鎌を振って水を切ると、ベアトリクスのところへ戻ってきた。


「さて、いくとしようか」

「……それ、そのまま担いで行くの?」


 ベアトリクスが大鎌を指差した。

 正直、この大鎌を担いだヌンは、ある種の歪んだユーモアを具現化したような姿といえる。

 巨大な鎌を担いだ黒髪長髪白メイド。

 それも、息を飲むくらいの美女ときている。

 おそらく、どんな人でも彼女がいきなり現れたら、驚くに違いない。……いや、驚くだけですめば、きっといい方だ。


「なにか問題でもあるのか?」


 ヌンが聞いて来た。

 彼女のことだ。きっと、大真面目で聞いているのだろう。


「問題というか、相手が腰抜かすわよ。そんな大鎌担いで行ったら。女の子なんでしょ。びっくりするどころの騒ぎじゃなくなるんじゃないかしら」


 ベアトリクスがいうと、ヌンは担いでいた大鎌を持ち替え、その凶悪な刃を見つめた。


「まだ乾いていないのだが。解除」


 ヌンが命じると、大鎌はたちまち柄に巻きつき、そして柄は元のように短くなった。それをふたつに分解すると、ヌンは左太腿のホルスターに差し込んだ。


「また随分と便利な武器なのね。そんなに小さくなるなんて」

「マスターが神々の遺産を分析し、作り上げたものだ。武器としての威力は比べるべくもないが、この携帯形状への変化については、完全に複製したと云っていた」


 ベアトリクスは目を丸くした。

 神々の遺物がこの地上に存在しているという話は、ベアトリクスも聞いた事がある。だがまさか、それを参考に、レプリカとでもいうべきものを創ることのできる者がいるとは、思ってもいなかった。

 どうやらヌンたちを生み出した人物は、ベアトリクスが考える以上の術師であるようだ。会ってみたい。いや、見てみたい衝動に駆られるが、それはこの得体の知れない場所から帰ってからの話だ。


 ふたりは鳴き砂を踏みしめ、砂浜を抜けると階段を登り始めた。

 思ったよりも緩やかな階段は、途中で右に折れていた。

 階段を登りきり、城の入口を探して周囲を見回す。

 そしてベアトリクスは、崖上からの眺めに、目を奪われた。


 青い空。緑の森。真っ青な湖。彼方のくすんだ山々。あのちぐはぐだった世界が、ここからみると見事に調和し、まさに芸術的だった。


 そう、芸術的なのだ。確かに美しいが、それはどこか不自然だった。

 その違和感が、ほんの少しばかりベアトリクスの心に引っかかる。

 とはいえ、この景色に、心洗われるような気分になるのは確かだ。


「ベアトリクス。入口があった。行こう」

「あ、うん」


 ヌンに呼ばれ、ベアトリクスは慌てて彼女の所に駆けて行った。

 ふたりは城の正面に回り、扉の前に立っていた。

 扉は普通の大きさだった。大抵、こうした城の入口というものは、これ見よがしな巨大な扉が付いているものだ。そしてそれらが開かれることはほとんど無く、その隣にある通用門だけが使われていたりするのが、城というものだ。

 ベアトリクスはずっとそう思っていた。

 事実、彼女が住んでいた帝都の皇城は、大門が開かれるのは式典などの時だけだった。


「……ここ、お城よね」

「見たところそうだ」


 ヌンが真面目な声で答えた。


「でも、お城っていったら、大門があるものなんじゃない?」

「ふむ。確かにそうだが、ひと括りにするわけにもいくまい。事実、この城はこうなのだから。恐らくは城主の趣味なのだろう」


 ヌンの答えに、ベアトリクスは目をぱちくりとさせた。

 ヌンは大物だ。

 ベアトリクスは突然それを確信した。

 目の前に立ち塞がる、青銅製の扉を見つめる。一面に、角を生やした獅子の面がレリーフされたそれは、一種、異様な雰囲気をかもしだしていた。


「ノッカーが見当たらんな」

「閉まってるのかしら?」


 ベアトリクスがドアの取っ手を押して見た。すると扉は簡単に開いた。

 ふたりは顔を見合わせた。


「また無用心だわね」


 扉をくぐると、そこは城の前庭。だが踏み固められた赤土の地面が広がるだけで、まったく持って殺風景だ。まるで、騎士団の訓練場である。

 城壁沿いに花壇のように煉瓦で区切られた場所があるが、そこには草が生えているだけだ。


「また随分と実用性一辺倒の城だな」

「これを実用性のひとことで済ませるのは問題だと思うわよ」


 ベアトリクスが呆れた声を上げる。

 まぁ、城主の趣味はこの際どうでもいい。とにかく、ここがどこであるのか、情報がほしいのだ。そのためには、まず、ヌンが見たという女の子に会わなくては。

 彼女はこの城にいるはずだ。


 ふたりは前庭を突っ切ると、場内への入口と思われる観音開きの大扉の前に立った。

 今度はちゃんと、ノッカーが付いている。獅子がリングを咥えたデザインのノッカーだ。もちろん、この獅子にも角が生えている。


 ゴンゴンゴンゴン。


 ヌンが、えらく鈍い音のするノッカーを鳴らした。

 だが、誰も出てくる気配がない。


 ゴンゴンゴンゴン。


 もう一度鳴らす。

 やはり結果は同じだ。


「こんなに鈍い音じゃ、聞こえてないんじゃないかしら」


 誰とも無く呟き、ベアトリクスはドアの取っ手を押して見た。

 すると、これまた扉は容易く開いた。

 無用心さにベアトリクスは顔をしかめた。

 中に入ると、そこはホール状になっていて、一面に赤い絨毯が敷かれていた。正面には階段。もちろん、そこにも絨毯が敷かれている。階段の上に視線を向けると、そこで十歳くらいの少女が肩で息をしながら、手摺にもたれて立っていた。

 どうやらここまで走ってきたらしい。


 生きていれば、ベアトリクスの妹は、この少女と同じ年頃であったはずだ。


 ベアトリクスと少女の目が合う。

 するとたちまち少女の顔に満面の笑みが浮かんだ。


『やった! やった! これで、これで、これで物語が進むわ!』


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